2021-12-18

伊右衛門

サントリーから「伊右衛門」という商品名でペットボトルのお茶が販売されています。伊右衛門というのは、江戸時代に京都で創業された茶舗の当主の名前に由来するようです。これに限らず、○右衛門とか□左衛門や、△兵衛などは、江戸時代の庶民の名前によく使われていますし、時代劇にもよく出てきます。


でも考えてみると不思議な気がします。それらは律令制における「衛門府」や「兵衛府」に由来しているはずです。もっとも江戸時代には、律令制は廃れていて、元来の官職のことは全く意識していなかったでしょう。しかし何故「衛門」や「兵衛」などを庶民が名乗ったのでしょうか。武家だと「式部」とか「民部」のような名前がありますが、これも律令制での「式部省」や「民部省」に由来すると思います。


どうして律令制の官職を江戸時代頃には名前に使っていたのか不思議です。さらに「左衛門」とか「大蔵」とか、名前にするのはともかく、庶民と武家との間で何か棲み分けのようなものがあったのかも気になります。例えば大名クラスになると「大和守」のような名前がありますが、さすがに農民階級ではそのような名前は名乗らなかったと思います。間違っても名乗らなかったと思いますが、万が一そうしようとしたら「身分を弁えず不届き」とか言われてしまうのではないでしょうか。

ラッピとハセスト

函館のご当地グルメとして、「ラッピ」という愛称で呼ばれている「ラッキーピエロ」が有名です。函館を訪れたときには立ち寄ることにしています。その他にも函館には「函館カール・レイモン」とか「駅弁の函館みかど」とか、美味しそうなものがあります。


Webをみていたら「ラッピ」のライバルとも言われる(?)「ハセスト」のやきとり弁当というのが紹介されていました。何の事だろうと思って調べてみると「ハセガワストアのやきとり弁当を食べた」という記事がありました。 


やきとり弁当は、「やきとり」なのに豚肉を使っているそうです。先の記事でも「道南エリアでは、やきとりといえば豚串なのだそうです。」と書かれています。ふと考えてみると、「ラッピ」の看板メニュー「チャイニーズチキンバーガー」だって挟んであるのは鶏から揚げです。


ハンバーグが入っていなくても「バーガー」なのは、鯛が入っていなくても「鯛焼き」と呼ぶようなものでしょうか。

2021-11-25

Adobe Acrobat 8 Professionalでスキャナを使う際の反応が良くなった

10日ほど前から、Adobe Acrobat 8 Professionalを利用してスキャナからPDFファイルを作成しようとすると、操作自体はできるものの、何かの反応を待つのに5分くらいかかり、実質的に利用できなくなっていました。


ところが今朝確認したところ、問題なく、異常に時間がかかる反応待ちがなくなっていました。何だったんだろう。何かのサーバが止まっていたのでしょうか。 

2021-11-23

テンソル

物理学の教科書を読んでいると「テンソル」が登場することがあります。非ユークリッド幾何学とか相対論でお目にかかることが多いように思います。教科書の執筆方針にも依ると思いますが、「テンソルは既に学んでいる」ことを前提とするとか、「テンソルが分からなくても気にしなくて構わない」とか、いろいろです。微積分、ベクトル解析、線形代数のようなものは独立した科目になっていることが多いと思いますが、テンソルが独立した科目になっているのは聞いたことがありません。しかも何かの科目の中で教えられたこともなかったと思います(忘れているだけ?)。 


一般論として、「わからないところがあっても、立ち止まらず、先に進むべきだ」のような考え方があります。わからなくても後になれば理解できるからという理由があるようですが、わからないことがありすぎて落ちこぼれてしまう恐れがないわけでもありません。


近所の図書館でテンソルに関する参考書を探してみたら『物理とテンソル』(中村純)を見つけました。まえがきには「テンソルの計算は添字が多くて目がチラチラし、授業でも丁寧にやってくれることはまずないので」云々と書いてあります。やはりテンソルは、微積などに比べると扱い方が弱いようです。それでも教科書を読んでいるとテンソルが出てきたりするので、疎かにはできない気がします。


借りてきた本を読んでテンソルが分かった気になろうと思います。

「Keep reading」の和訳

The Japan Times Alphaで連載されている「Odds & Ends」の2021年11月12日号は「Idioms with 'back'」でした。今回の記事に限りませんが、最初の段落の最後に次のような記述があります。

How about you? What do you think it means? Keep reading.


要するに、著者が読者に問いかけて、「記事の続きを読んでくださいね」というつもりなのだろうという事はわかります。日本人ならば「この件について、あなたはどう思われますか?詳しくは、この先でご紹介しましょう」のような表現になるのかもしれません。


この英文のような「Keep doing」という表現の仕方は、英語らしい発想の表現なのだろうと思います。日本語に直訳すると変なので、意訳になると思いますが、「Keep reading」という原文から訳が離れすぎても、どうかと思います。


例えば、英語の「Good morning」は、日本語で「おはようございます」ですが、直訳では変なので、意訳になります。同じような感じで、「Keep reading」の意味をくんだ日本語訳は、どのようになるものでしょうか。

Acrobat 8 Professionalでスキャナを使うと反応が異常に遅い

文書をスキャンしてPDFにするために、これまでAdobe Acrobat 8 Professionalを使用していました。つい10日ほど前には問題なかったのに、突然動かなくなりました。具体的には、Acrobat 自体の起動には問題がないのですが、メニューから「スキャナからPDFを作成...」を選択すると、PDF保存のためのファイル選択画面が出るはずなのですが、何の反応も無くなってしまいます。どうしたんだろうと思っていると、5分くらい待ったところで、出るはずだったファイル選択画面が出てきました。そしてスキャン自体はできましたが、またそこで反応がなくなり、5分くらいしたところで、ダイアログボックスが出てきました。スキャンは出来るのですが、反応待ちが長すぎて、使い物になりません。


どこに問題の原因があるのか不明ですが、いろいろ調べてみました。

  1. イベントビューアには「CLSID {~} のライセンス認証は、サービス stisvc の停止の待機中にタイムアウトしました。」というメッセージが記録されていました。
  2. つい最近Windows10 21H1を適用したので、もしかするとAdobe Acrobat 8 Professionalに関する情報が何か消えてしまったのかもしれません。過去にもWindows10の更新を適用したら、何かの情報が消えて、Acrobatが動かなくなったことがありました。そこでインストーラを起動して、「インストールの修復」をおこなってみましたが、問題は解決しませんでした。
  3. Acrobatを起動すると、ライセンス認証の画面が出る場合があります。ライセンスを保有している正規ユーザではありますが、もしかするとAcrobatが何かのサーバと通信をしている可能性はあるかもしれません。Wiresharkでパケットを取得してみましたが、大量にパケットがあるので、素人がちょっと見ても判断できません。
  4. Adobe Acrobat 8 Professionalは2006年11月頃に発売された製品で、もはやサポート対象外です。Adobe製品のライセンスの考え方も過去10数年の間に変わってきているので、ライセンス認証に必要なサーバが消えた可能性もあるかもしれません。

是が非でもAcrobat 8 Professionalを利用したいというわけでもなく、文書をスキャンしてPDFに変換できれば、何でも構わないのです。なんとか方法がないか考えてみると、CANONのプリンタを購入してきたときに「IJ Scan Utility」が付属していたのを思い出しました。Acrobat 8 Professionalとは機能的に等価ではありませんが、スキャンしてPDFにできれば良いだけなので、IJ Scan Utilityでも構わない気がします。

VirtualBox 6.1.30で仮想マシンの起動に問題なし

先月末頃にWindows10上のVirtualBoxを6.1.28に更新したら、仮想マシンが起動しなくなりました。ひとまず6.1.26にバージョンを落として対処していましたが、6.1.30がリリースされたので更新しました。6.1.28の問題は解決されており、問題なく仮想マシンが起動しました。


6.1.30のChangelogを確認すると、次の記述がありました。これが6.1.28で仮想マシンが起動しなかった件だったのでしょう。

VMM: Fixed 6.1.28 regression preventing VMs starting when using Hyper-V mode on Windows 10

2021-11-17

VertualBox 6.1.26なら仮想マシンが起動する

2021年10月19日にVirtualBox 6.1.28がリリースされたので、更新したのですが、仮想マシンが起動しなくなりました。この時点でWindows10は20H2でしたが、その後21H1に更新しましたが、やはりVirtualBox 6.1.28では仮想マシンが起動しませんでした。


更新前のVirtualBox 6.1.26では仮想マシンが起動していました。Web上で「VirtualBox 6.1.28 は Windows 10 で仮想マシンが起動できない。」という情報が見つかるので、同様の問題を抱えている人はいるようですが、もしVirutalBox 6.1.28に致命的な問題があるなら、すぐにでも修正版が出そうなものですが、その気配はありません。


当面はVirtualBox 6.1.26を使い、6.1.30が出た時に修正されていることを期待しています。

2021-11-12

DMV

Webで「阿佐海岸鉄道DMVが年内にも営業運転へ。技術面の課題をクリア」という記事を見かけました。DMVは、鉄道と道路を両方走れるような構造を持った車両で、小型バスのような見かけです。もともとはJR北海道が開発していましたが、経営状況の悪化で実用化が断念されていました。


2007年頃に出版された「線路にバスを走らせろ 「北の車両屋」奮闘記」を読んだことがあります。鉄道とバスがシームレスに繋がることに、技術的な面白さは理解できます。しかし日常生活的な利便性は、自分の住んでいる地域に導入されないと、実感できません。それはともかく、珍しいことは確かなので、一度は乗ってみたいと思います。 

地デジが映るようになった

数日前に地デジが映らなくなり、何が悪いのか不明ながら、ひとまず屋内アンテナを買い替えようかと考えていました。ところが何故か受信レベルが良くなり、どのチャンネルも映るようになりました。結局は自宅の屋内アンテナも、テレビもビデオデッキも故障していなかったという事でしょうか。


自宅の機器に問題点がないならば、中継局の問題なのかとも考えられますが、そう判断するのは早計でしょう。自宅側の問題でも中継局の問題でもないとしたら、中継局を出た電波が自宅に到達するまでの経路に何か問題があったということになります。しかしこれは調べようがありません。


中継局は自宅から目視できる距離ではないし、おそらく直線距離上の途中には、高い建物や地形の高低などがあるだろうと思います。現実に電波がどのように直射や反射してきたのか、わからないし、わかったところで、どうすることもできません。


ただし、自宅で使わずに放置していた日本アンテナ製のブースター「VRC-202」を今は利用しています。受信レベルが低いときに役立つと聞いて過去に購入しましたが、ブースターを使っても受信できないチャンネルは相変わらず受信できないので、効果を実感できないので使っていませんでした。


屋内アンテナを買い替えようと思っていましたが、現状のままで受信できるようになったので、ちょっと再検討しようかと思い始めています。

2021-11-10

地デジが映らなくなった(チャンネルがある)

自宅にあるテレビやビデオデッキは、テレビがアナログ放送だった頃に買ったものです。テレビが地上デジタル放送に切り替わった際に、屋内用アンテナで対応することにしました。日本アンテナの「UDB80(B)」です。地元の中継局からは自宅までは15km弱で、中継局のアンテナが見える訳でもないし、多分途中にビルなども建っている筈ですが、屋内アンテナでも地デジは見られました。チャンネルによっては電波が弱くて、ブロックノイズが入ることもありましたが、それほど困りはしませんでした。


ところが数日前から、どのチャンネルもブロックノイズが入り始め、テレビを視ていても気になるようになってきました。今朝になったら、さらに状況が悪化し、電波レベルが下がってしまい、 チャンネルによっては全く映らなくなってしまいました。映っているチャンネルもありますが、ブロックノイズが目立つし、困った状況です。


何が問題なのか、可能性だけを考えれば、

  1. テレビが壊れた。
  2. ビデオデッキが壊れた。
  3. 屋内アンテナが壊れた。
  4. ケーブルが傷んでいる。
  5. 中継局がトラブっている。

のどれか(または全部?)なのでしょう。


全部新調するのは物入りなので、原因を突き止めて、壊れたことが確実なものだけを買い替えたいところです。テレビやビデオデッキが壊れた可能性はあると思いますが、同時に壊れるとも思えません。そうなると怪しいのは屋内アンテナですが、これは壊れるようなものなのでしょうか。屋内アンテナの構造は知りませんが、屋外で普通にみかける八木アンテナなんて、壊れるところがないように見えます。日光にさらされたりして、経年劣化はするかもしれませんが。


もしかすると中継局でトラブっているのではないかという可能性も無い訳ではないでしょうが、そうなると地域全体で大騒ぎになっているでしょうね。


まずは屋内アンテナを買い替えようかと思います。日本アンテナのUDF80は販売終了となっていて、後継はUDF85のようです。もしくはDXアンテナのUAH261Bでも良いかもしれません。ひとまず近所の家電量販店に行ってみようと思いますが、売っていなければ、取り寄せてもらうか、ネット通販になるかもしれません。

『放蕩息子の帰郷』(ヘンリ・ナウエン)

NHK出版から出た『キリスト教の核心をよむ』(山本芳久)を読んだら、巻末に「初学者のための「キリスト教」ブックガイド」というリストがついていました。そこで「◆ヘンリー・ナウエンの思想に触れる」というタイトルで紹介されていた書籍の中にあった『放蕩息子の帰郷』が近所の図書館にあったので借りて読んでみました。


レンブラントの晩年の作品に「放蕩息子の帰郷」というものがあることは知りませんでした。レンブラントというと「夜警」が有名です。「放蕩息子の帰郷」が聖書に書かれている「放蕩息子のたとえ話」を踏まえた作品であることは、すぐにわかりました。聖書に書かれている例え話そのものは、短く、流し読みしてしまいそうです。


例え話における「父」と「息子兄弟」の表面的な関係だけだと捉えるのではなく、その背後にある聖書の教えにまで理解することが必要になる事を知りました。もっとも聖書の記述は、表面的には読みにくくもないし理解できた気になる話しが少なくありませんが、その背後まで理解しているかというと心許ありません。例え話の奥に隠れた意味を解き明かすことができれば、聖書自体も、それを踏まえた美術作品なども、より理解が深まる気がします。

2021-11-07

Windows 10 21H1がやってきた

Webで「「Windows 10 バージョン21H1」の提供制限は解除、広範な展開へ移行」という情報を知りました。21H2のリリースが迫っていて、去年は結局20H1をインストールしなかったので、半ば諦めかけていましたが、設定から「更新とセキュリティ」を確認したら、21H1がインストールできる状態になっていました。 


朝インストールを始めてから外出していたのですが、昼過ぎに帰宅したら、リブートする状態になっていました。今回の更新は、トラブルもなく、順調に終わりました。

2021-11-01

並木浩一・荒井章三編『旧約聖書を学ぶ人のために』

NHKから出版されている「学びのきほん」というシリーズの最新刊『キリスト教の核心をよむ』を買ってみました。このような入門書は昔から各出版社から出ています。この書籍には巻末にブックガイドが掲載されており、次に何を読んだらよいのか分かるので、とても有り難いです。


近所の図書館が所蔵していた『ユダヤ教の誕生―「一神教」成立の謎』(荒井章三)を借りて読んでみました。個人的には分かりやすかったので、次に『旧約聖書を学ぶ人のために』(並木浩一・荒井章三編)も借りてみました。


キリスト教を「学ぶ」とは何かと考えてみると、信仰を目的とする人もいるでしょうし、信仰とは無関係に文化的背景として知りたい人もいるでしょう。それぞれ学ぶ目的が違う訳ですが、本書の巻末には「旧約聖書研究史・文献紹介」として参考となる文献が紹介されています。しかも、単に文献が羅列されているだけではなく、多くのコメントがついているので、とても助かります。しかも以下に引用するような記述もあり、その主張も納得できます。

この場合の「学ぶ」とは、聖書的信仰の有無に関わりなく、旧約聖書の諸文書の内容や思想、成立の過程や歴史的な背景などについて、客観的な知識と学問的な理解を得ようとすること(このような立場を「歴史的・批判的研究」と言う)と了解しておく。


 新旧約聖書は西洋文化(美術、建築、文学など)の基礎なので、信仰的関心とは別にして、理解したいと思っています。そのために、本書と、そこで紹介されている文献は、とても役に立ちそうです。

2021-10-27

マッチ棒を見なくなって何年になるだろう

テレビを視ていたら、マッチ棒を1本足して文字を完成させるというクイズをやっていました。その問題自体は、発想の転換などが必要となり、楽しめましたが、ふと考えると、「マッチ棒」というものを見なくなって何年になるだろうと思いました。


自宅には、蚊取り線香とかアルコールランプに点火するために使い捨てライターならありますが、マッチはありません。以前はマッチを使っていましたが、それも随分前のことだし、マッチを買おうと考えたことすら、何時のことだったかと思うくらいです。


パズルなどで「マッチ棒を1本足して文字を完成させよ」という問題は、これからも出てくるでしょう。しかし「マッチ棒って何ですか」という質問が出てきてしまう時代なのではないかと思います。

ガスバーナーみたいな100円ライター

お墓参りに行った時に寺名の入った粗品を貰うことがあります。100円ライターのようなものであることが多く、お線香をつけるのに役立ちます。ところが最近は、100円ライターのようでありながら、ガスバーナーのような炎が出るものを貰うようになりました。


Webを検索してみたら「100円ライターがガスバーナーに変身する「ポケトーチ」」とか「世界が賞賛!使い捨てライターを小型トーチに変身させる「ポケトーチ」がスゴ過ぎる」という情報を見つけました。これらと同じものではないと思いますが、普通のライターのような揺ら揺らした炎とは違います。


普通のライターだと、風があるときに線香に火をつけようとすると、炎が揺れて困るのですが、このガスバーナーのようなライターなら大丈夫かもしれません。 

2021-10-25

VirtualBox 6.1.28に更新したら仮想マシンが起動しない

VirtualBox 6.1.28がリリースされたので、これまでの6.1.26から更新したのですが、仮想マシンが起動しなくなりました。


VirtualBoxは以前から使っていましたが、しばらく前にWSL1からWSL2に切り替えた際にもVirtualBox上の仮想マシンが起動しなくなった事がありました。その後6.1.26では不完全ながらも仮想マシンが動いていたのですが、全く駄目になりました。

2021-10-24

「人間を探し求める神」(アブラハム・ヘッシェル)

NHK出版から出た『キリスト教の核心をよむ』(山本芳久) を読んでいます。この書籍の目的は、「本書では、そんなキリスト教の基礎と基礎を学びます。」(6ページ)とあるので、入門書だと思います。いろいろなことがわかりましたが、最も驚いたのは、次の記述でした(23ページ)。

旧約聖書の大きな特徴は何かというと、人間の側が心の安定などを求めて神にすがるというよりは、むしろ神の側が、人間を追い求めてさまざまな出来事を引き起こし、言葉を語りかけてくることだとヘッシェルは行っています。


キリスト教や仏教など昔からある宗教や、俗に新興宗教と呼ばれる近年になって登場した宗教なども、人間が日々の生活の中で被る諸々の困難に対して救いを求めるために宗教というもの全てがあるのだと私は考えていました。そういう側面はあるのだと思いますが、旧約聖書にある神は、むしろ神の側から積極的に人間に関わってくるというのです。そのようなことをする神という存在は、考えたこともありませんでした。


人間を探し求める神」というのはアブラハム・ヘッシェルの著作名とのことです。読んでみたいと思います。

2021-10-15

New research rewrites our understanding of the genetic ancestry of modern Japanese

The Japan Times Alphaの2021年10月8日号には「日本人の祖先、縄文・弥生に加え古墳時代にも由来?」という記事が掲載されていました。日本人の由来を辿るのは大きなテーマで、今日の人類というのは結局はアフリカから世界中に散らばっているということなので、究極的にはそうなるのでしょう。しかしもう少し日本周辺に目を向けた時に、何時頃、何処から、日本にやってきたのかという事を考えるのは、面白いテーマです。

 

これまで、日本人の祖先は、縄文時代や弥生時代に、大陸から朝鮮半島を経由してきたとか、東南アジアの島々を経由してきたのだと教えられていました。それに加えて古墳時代にも日本人の由来をもとめることができるというのは、興味深い話です。

 

自分の持っているDNAを解析することで、どのような経路を辿ってきたのか由来を知る事ができるようです。これで判明するのは由来した経路だと思うのですが、時間的な情報を知るには、どうするのでしょう。

 

まだまだ面白そうな話題が沢山ありそうな気がします。

National character, stereotypes and the sinking ship

2021年10月8日号のThe Japan Times Alphaに掲載されていたKip Catesさんの連載「3-minute Reading With Kip」は、国民性をあらわす有名なジョークが使われていました。沈没しかけている船から船客を脱出させようとした際に何と声をかけるかという事で国民性があらわれるという話です。これは「エスニックジョーク」とも言われているようです。


日本人に対しては「皆さん飛び降りていますよ」と声をかけるのですが、日本人は人の目を気にして行動すると思われているということです。他人の視線を意識して自分の行動を決める日本人は確かに存在すると思いますが、そうではない日本人も居るでしょう。

 

「何々人→こういう行動」という論理を逆転させて、「こういう行動→何々人」と見ることもできると思います。船から飛び降りる際に自分だったら何と言われたらそういう行動を起こす気になるのかを考えれば、自分が日本人であることは間違いないとしても、どの国の発想に近い考え方を持っているのか、見えてくるかもしれません。

 

そういう意味で、僕は何国人的なんでしょうか。

2021-10-08

「スポーツと喧嘩」と「議論と口喧嘩」

ふと思うのですが、スポーツ(特に格闘技のような激しい肉体運動を伴う競技)は危険性と背中合わせです。その危険性を取り除いて、安全で公平な競技とするには、ルールを定めて、危険な行為を反則としておく必要があるでしょう。なんでもありだったら、「スポーツ」ではなく「喧嘩」になってしまいます。


他方で、議論(議会や会社で行われるものや、友人同士とか家族間で行われるものなど)には物理的な危険性はありません。ルールが無い訳ではありませんが、議論を阻害しないようにするため、議論中の行為の一つ一つに枠をはめるようにはなっていません。しかも友人とか家族でおこなわれる議論には、ルールが定められていることはなく、常識的であることが要請されるだけです。しかしなんでもありだったら、「議論」ではなく「口喧嘩」になってしまうのではないでしょうか。


何が「常識的」なのかはルールで定めるものではなく教養として身につけるものだと思います。議論には物理的な危険性はありませんが、(意図的か否かは別として)切先の鋭いナイフのような言葉を放つことで、心理的な危険性を招く可能性が無い訳ではありません。ルールが無くても注意をしようと思います。

Haskell

Webを眺めていたら見つけた「純粋関数型言語Haskellは難しいが学ぶ価値がある言語」という記事を読みました。Haskellというのは、名前だけは以前から耳にしていました。Haskellで何が出来て何が出来ない(または苦手な)のかを知るためにも、動作環境を整えたり、情報を集めたりして見ました。


近所の図書館に『関数型プログラミング入門 Haskellで学ぶ原理と技法』があったので借りてきました。Haskellは「純粋な関数型言語」というだけあって、CとかPythonのような他のプログラミング言語とは、まったく様子が異なります。発想の転換が迫られるので、慣れるまでは投げ出したくなるかもしれませんが、だからこそ「学ぶ価値がある」のではないかとも思いました。


情報処理学会では2005年4月から1年間に亘り「Haskellプログラミング」を連載していたようで、今でもPDFで読めるので、順番に読もうと思っています。また日経クロステックでは2006年から2013年に亘り「本物のプログラマはHaskellを使う」を連載していたので、こちらも読んでみようと思います。


FreeBSDにはGlasgow Haskell Compilerのportsがあったので入れてみました。Haskellについても関数型プログラミングについても、わからないことばかりですが、何か新しい可能性が得られそうで、ワクワクします。


GHCi, version 8.10.5: https://www.haskell.org/ghc/  :? for help

Prelude> :load factorial.hs

[1 of 1] Compiling Main             ( factorial.hs, interpreted )

Ok, one module loaded.

*Main> :list factorial

1  factorial    :: Integer -> Integer

2  factorial n  = if n == 0 then 1

3                           else n * factorial (n - 1)

4  

*Main> factorial 12

479001600

*Main> :quit

Leaving GHCi.

2021-09-30

2021年9月29日17時37分頃に日本海中部で発生したM6.1の地震

2021年9月29日17時37分頃に日本海中部でM6.1の地震が発生しました。この地震についてNHK NEWS WEBでは「関東などで震度3 震源は日本海中部の深い場所 広範囲で揺れ」という記事が出ています。


この地震は、不思議なことに、日本海中部が震央なのに、日本海側には揺れを検出したところが少なく、関東から北海道の太平洋側で揺れています。


さらに、揺れが検出したのは東日本だけで、西日本は揺れていないようです。ちょうど糸魚川静岡構造線を境にしているように見えます。日本列島は、糸魚川静岡構造線を境に東西に分かれていたものが合体したそうです。地震で揺れた範囲をみると、まさにそれを思わせるような結果になっていると思います。

2021-09-19

SONY Reader PRS-T1のUSBケーブルによる充電不良

かつてSONYが販売していた電子書籍リーダー「PRS-T1」を持っています。購入した目的は、Amazonのkindleで読むような電子書籍が読みたかった訳ではなく、PDFを読むために簡便に使える機器が欲しかったためです。OpenVMSだったりFreeBSDやNetBSDだったり、何らかのツール類でも何でも良いのですが、マニュアルがPDFで提供されている場合があります。そのPDFは数百ページもあるので、印刷して読むのは、印刷する手間もあるし、現実的ではありません。そのようなPDFを読む機器としてSONY Readerが利用できるかもしれないと考えたのです。


また数ページのPDFであれば印刷して読むことは可能なのですが、印刷しても読み終わったら紙が不要になるくらいであれば、SONY Readerで読んだ方が、「地球にやさしい」のではないかと思います。


さらに主目的ではありませんが、SONY Readerならば、ePub形式ファイルも扱えますし、青空文庫で公開されている書籍を読んだりすることもできます。もっと機能の高いタブレット端末に比べれば、お粗末な能力しか持っていませんが、タブレット端末に比べるとSONY Readerは信じられないくらいバッテリの持ちが良い(使い方にもよりますが、1ヵ月以上バッテリが持ちます)ので、利用方法を工夫すれば、意外と使えると思っています。


SONY Readerの充電は、スマホ同様に、USBケーブルでおこないます。ところが数年前から調子が悪く、USBケーブルを挿しても充電されなくなってしまいました。USBケーブルが不良なのかとも思ったのですが、同じケーブルでスマホは問題なく充電出来ている事を考えると、問題はケーブルではなく本体ではないかと思います。


なぜUSBケーブルから充電できないのか原因が不明なのですが、何気なく本体の一部(USBポートの周辺)を指で強く力をかけると充電できることに気付きました。指を離すと充電できなくなるので、機械的な接触不良か何かなのかもしれません。


ずっと指で押さえているのは、さすがに辛いので、どうしようかと考えて目玉クリップで本体を挟んでみました。多少コツが必要ですが、充電が続いているので、当面これで何とかなりそうです。

2021-09-15

無印良品の万年筆とペリカンのコンバーター

現在使用中の万年筆に不満があり、新しい万年筆を探していたら無印良品の万年筆を見つけました。税込み1,090円と安価なので、とりあえず購入して使い勝手を確かめるには手頃です。近所にある無印良品の店舗を確認すると在庫がありました。早速購入しようと思いましたが、無印良品ではインクカートリッジしか取り扱っておらず、コンバーターを販売していません。これでは数多あるインクが利用できず万年筆の愉しさが台無しです。


Webを検索してみると、欧州共通規格に対応しているコンバーターなら利用できるという情報がありました。


欧州共通規格に準拠したコンバーターというのが具体的に何なのか若干混乱があります(LAMYを欧州共通規格とする情報と独自規格とする情報がある)が、事例が多いのはペリカンのコンバーターです。

無印良品が公式に推奨コンバーターを紹介してくれれば良いのですが、購入時に店舗で質問してみましたが、情報を持っていないようでした。(成功事例が多いので失敗は無いと思いますが)ダメもとでペリカンのコンバーターを購入してみる事にしました。近所の文具店に問い合わせたところ、在庫はありませんでしたが、取り寄せてもらいました。税込み1,100円でした。

ペリカンのコンバーターの型番も正式な商品名称も不明でしたが、購入時のレシートを見ると「C499 コンバーター 4988891214996」となっています。この「C499 コンバーター」というのが商品名でしょうか。「4988891214996」という謎の番号は型番でしょうか。この番号をAmazonのサイトで検索すると、ペリカンのコンバーターが見つかるので、そうなのかもしれません。

無印良品の万年筆にペリカンのコンバーターを装着してみましたが、問題なさそうに思えます。手持ちのインクを入れて、試し書きしてみましたが、問題なさそうです。

2021-09-11

ASTEC-X 8.1でFreeBSDのRStudio

つい先日、FreeBSD/amd64上のRStudioを、Windows10上のASTEC-X 8.0で使おうとして、残念ながら失敗しました。何が悪いのか分かりませんでしたが、ASTEC-X 8.0というのは2012年12月19日にリリースされたものなので、最新のXクライアントに対応できなかったのかもしれません。


ところが2021年9月10日にASTEC-X 8.1がリリースされ、アップデートキットも提供されたので、更新して、再度RStudioを動かしてみました。ASTEC-X 8.0の頃とはエラーの出方が変わりましたが、やはり駄目でした。


qt.qpa.xcb: X server does not support XInput 2

qt.qpa.xcb: XKeyboard extension not present on the X server

WARNING: Application calling GLX 1.3 function "glXCreatePbuffer" when GLX 1.3 is not supported!  This is an application bug!

[78137:19316736:0910/203957.135850:ERROR:gl_surface_glx_qt.cpp(141)] GLX 1.3 or later is required.

[78137:19316736:0910/203957.135873:ERROR:gl_ozone_glx_qt.cpp(57)] GLSurfaceGLXQt::InitializeOneOff failed.

セグメンテーション違反 (core dumped)


Webを検索すると、FreeBSD上でRStudioを動作させている事例もあるようです。動くものであれば、動かせるようにしたいと思うのですが、何から手を付けたら良いのか、わかりません。

2021-09-08

WSL2を有効にしてVirtualBox上でCentOS7が動作した

昨年からWindows10上でWSL2を利用しています。もともとWSLを使っていましたが、1年ほど前にWSL2に移行しました。それ以前より、WSLと共に、VirtualBoxやVMware Playerも利用していました。


ところがWSL2を有効にしたら、VirualBox上でCentOS7が動かなくなりました。VirtualBox上で動作するOSもあり、VMware Playerを使えばCentOS7が動作するのですが、何が悪いのか分かりませんが、動作する組み合わせがあるようです。


先日Webをみていたら、WSL2を有効にしていてもVirtualBox上で動くようになったという記事「WSL2とHyper-Vの関係」を見つけたので、あらためてVirutalBox上でCentOS7.4を動かしてみたところ、一部に不審なメッセージが出るものの、動作することを確認しました。


動作を確認した環境は、こんな感じです。

  • 【CPU】Intel(R) Core(TM) i3-3220 CPU @ 3.30GHz
  • 【Windows10】バージョン 20H2 (OSビルド 19042.1165)
  • 【VirtualBox】バージョン 6.1.26 r145957 (Qt5.6.2)
  • 【CentOS7.4】Linux foobar 3.10.0-693.el7.x86_64 #1 SMP Tue Aug 22 21:09:27 UTC 2017 x86_64 x86_64 x86_64 GNU/Linux

2021-09-03

コレガCG-WLRGNXWからIOデータWN-SX300FRへ

自宅ではフレッツ光を利用しています。Windows10やFreeBSD/amd64等は基本的に有線LANで繋いでいますが、無線LANも使えるようにしてあります。これまで無線LANの親機はコレガのCG-WLRGNXWを使っていました。これは2008年12月発売のようです。購入したのが何時頃だったのか覚えていませんが、もう10年以上前であることは確かです。


自宅内に無線LANの環境ができていたので、2年ほど前にガラケーからスマホに移行した時には助かりました。しかし自宅内とはいえ電波が弱くなることがあり、若干不安定でもありました。それでも別に困るという事はなかったのですが、先月末頃にスマホがWi-Fiで繋がらなくなりました。当初は電波が弱いだけかと思ったのですが、親機の真横でもWi-Fiが繋がりません。しかもWeb経由で管理画面にも入れませんでした。もしかすると故障したのかもしれません。本体を確認すると赤色のLEDが光っています。コンセントを抜いて、電源を入れ直しても、やはり赤色LEDが点灯しています。どうやら寿命が来たようです。


無線LANで接続しているのは、スマホとNetBSD/i386を入れているdynabook SS SX/15Aだけです。どちらもIEEE 802.11b/gで十分なので、値段が安かったIOデータのWN-XS300FRを買ってきました。廉価版とはいえ、さすがに10年以上前の製品よりは進化しているようで、心なしかスマホの繫がりがよくなったような気がします。


ひとつ問題になったのが、自宅内のネットワークに合わせる設定でした。元々自宅内は192.168.1/24で使っていたのですが、WN-XS300FRの初期設定が192.168.0/24で動作するようになっており、Windows10のブラウザからはWebで管理画面(192.168.0.1)が開けませんでした。しかも無線LANの子機も192.168.0/24のアドレスが割り当てられてしまい、192.168.1/24ネットワークのマシンと通信できません。


WN-XS300FRは、初期状態では「IPv4 over IPv6(MAP-E)」というモードだったので、「APモード」に変更しました。こうすることで無線LANも192.168.1/24ネットワークの中に入ってくれたので、一段落したのですが、Web管理画面のIPアドレスが何なのかわからなくなってしまいました。


WN-XS300FRを管理するために、今風と言うべきか、Androidアプリ「Magical Finder」というものがあり、これを使うとWN-XS300FRを探し出してくれます。そうすればIPアドレスも判明するので、Windows10のブラウザから接続すれば管理画面に入れることが分かりました。

French people call them Belgian fries.

The Japan Times Alphaで連載されている「Odds & Ends」の8月のテーマは「Japanese English」で、その第3回目のタイトルは「Potato fry, ice candy」でした。


日本語で「ポテトフライ」と呼んでいるのは、ファストフードのセットについてくることが多いですが、スティック状のジャガイモを揚げて塩を振った食べ物のことです。これがまさに「Japanese English」であり、アメリカ英語では「French fries」と呼ばれています。


ところがアメリカ英語では「フレンチフライ」と呼ぶのに、フランスでは「ベルギーフライ」と呼ぶようなのです。Web上には「ベルギーの国民食・フライドポテトがフレンチフライと呼ばれるわけ」という記事がありました。


これと同じ発想なのが「サツマイモ」だと思います。全国的に「サツマイモ」と呼ばれますが、薩摩国(現在の鹿児島県)では「サツマイモ」ではなく「琉球イモ」と呼んでいたようです。これについてもWeb上に「カライモ?サツマイモ?」という記事がありました。


また「イングリッシュマフィン」というのも同様でしょう(「イングリッシュマフィンの起源」)。

2021-09-02

エスカレータの配置の東西

エスカレータに乗る際に、左右どちら側に立つかが東西で異なるという指摘があります(「エスカレーターのルール(関東、関西)」)。これは、上りであっても下りであっても、ひとつのエスカレータに乗る際に、左側に寄るのか、右側に寄るのかという事です。


そうではなく、エスカレータの配置にも東西の違いがあるような気がします。上り下りのエスカレータの配置には、多くのバリエーションがあるので、画像などがないとイメージしにくいかもしれません。


JR京都駅の八条口にあるエスカレータを利用したら、地上から改札フロアに上がるためのエスカレータは左側で、右側のエスカレータは逆方向でした。


JR東京駅構内で新幹線改札口からグランスタに下りるためのエスカレータでは、下りるためのエスカレータは右側で、左側のエスカレータは逆方向でした。


もっとも京都駅でも東京駅でも全てのエスカレータを調査して得た結論という訳ではないので、一般化できる話ではありません。しかし東西の傾向が何かありそうな気がしているので、もっと調べてみようと思っています。

RStudio

放送大学教養学部の第2学期が2021年10月から始まりますが、「Rで学ぶ確率統計('21)」を受講してみることにしました。放送大学では数年前から「オンライン授業」という形態が登場しており、従来からある「放送授業」に比べて、いろいろとやり方が異なっています。印刷教材(放送大学では教科書のことを印刷教材と呼んでいます)も提供されないので、何か参考資料をWeb上か一般書籍で手元に置こうと考えています。


この授業ではRを使用する環境としてRStudioを使うようです。これまでFreeBSD/amd64上でRを使っていたので、RStudioを使わなくても何とかなるかもしれないとは考えましたが、とりあえずRStudioの環境を準備だけしておこうと思いました。調べてみるとFreeBSDのportsにはRStudioがあったので、これを使えば良いのではないかと考えました。ただしFreeBSD/amd64ではGUI環境が使えないのですが、Windows10上でASTEC-Xが使えるので、何とかなるのではないかと思いました。


FreeBSD/amd64にRStudioを入れるのは簡単だったのですが、XクライアントをWindows10上のASTEC-Xに出そうとしたら、エラーになってしまいました。

qt.qpa.xcb: X server does not support XInput 2

*snip*

The X11 connection broke: Maximum allowed requested length exceeded (code 4)

XIO:  fatal IO error 2 (そのようなファイルまたはディレクトリはありません) on X server "192.168.1.31:0"

      after 254 requests (249 known processed) with 0 events remaining.


ASTEC-X 8.0が出たのは2012年12月19日だし旧いのかもしれません。FreeBSD/amd64上のRStudioをWindows10上のASTEC-Xに出すのは、うまくいきそうにありません。


放送大学の授業を受けるためには、Windows10上でRStudioの環境を作って対応しようと思います。それとは別に、FreeBSD上のRStudioをWindows10上のASTEC-Xに出せるようにする方法を模索しようと思います。

2021-08-26

Windows 10 21H1が来ない

Windows11が発表されて以来、Windows10の関心が薄れているようです。将来的にはWindows10の時代は終わるのでしょうけれども、当面はWindows10が使われ続けるし、数年間はWindows10とWindows11が並立する時期が続くでしょう。


Windows10 21H1は2021年5月18日に公開され、徐々に公開範囲を拡げているはずですが、2021年8月末になってもWindows Updateに更新ボタンが現れません(「Windows 10 バージョン21H1」(May 2021 Update)製品版が提供開始)。 Windows10の更新は半年ごとに公開される「はず」なので、このまま待っているとWindows10 21H2が登場してしまいます。確か去年もWindows10 2004を待ち続けましたが、現れることがなく、Windows10 2010で更新することになりました。


Webをみていたら「Windows 10の「機能更新プログラム(有効化パッケージ)」の秘密を暴く」という記事がありました。Windows10 21H1で必要なファイルは、既にローカルに保存されている筈だというのです。本当だろうかと確認してみると、確かにありました。

Microsoft-Windows-Product-Data-21h1-EKB-Package~31bf3856ad364e35~amd64~ja-JP~10.0.19041.789.mum

Microsoft-Windows-Product-Data-21h1-EKB-Package~31bf3856ad364e35~amd64~ko-KR~10.0.19041.789.mum

Microsoft-Windows-Product-Data-21h1-EKB-Package~31bf3856ad364e35~amd64~~10.0.19041.1083.mum

しかも早々と21H2というファイルもあります。

Microsoft-Windows-Product-Data-21h2-EKB-Package~31bf3856ad364e35~amd64~ja-JP~10.0.19041.1023.mum

Microsoft-Windows-Product-Data-21h2-EKB-Package~31bf3856ad364e35~amd64~ko-KR~10.0.19041.1023.mum

Microsoft-Windows-Product-Data-21h2-EKB-Package~31bf3856ad364e35~amd64~~10.0.19041.1083.mum


後は、これらの更新を有効にするだけのような気がしますが、何故いつまでも待たされるのでしょうか。


pdfjs.disabled

WebブラウザはFirefoxを使っています。Webの記事によるとシェアが激減しているそうです(「Firefoxブラウザのユーザー数、2年半で激減」)。Firefoxに不満が無い訳ではないのですが、トップシェアのブラウザを使うことが目的でもないので、これからもFirefoxを利用していこうと思っています。


Firefoxは頻繁にバージョンがあがり、2021年8月初めにFirefox 91がリリースされました。このバージョンで挙動が大きく変わったと思ったのが、外部PDFリーダ(具体的にはAcrobat Reader DCですが)ではなく、内蔵されているPDFビューアが使われるようになったことです。しかし常に内蔵リーダが使われるわけでもなく、外部リーダが使われることもあるのですが、内蔵リーダが使われることがあります。


FirefoxにPDFリーダが内蔵されるようになったのが何時からなのか覚えていませんが、基本的には外部リーダを使うように設定していました(「Firefox で PDF ファイルを表示するか他のビューアーを選択する」)。このように設定しているのに、何故か内蔵PDFリーダが使われる「こと」があるのです(「常に」ではありません)。


もっと根本的に内蔵リーダを無効としてしまえば良いだろうと考えました。Webで「Firefox15で統合されたPDF.jsを無効にする」という記事を見つけたので、設定項目「pdfjs.disabled」が「false」だったので「true」に変更しました。これで「常に」外部PDFリーダが使われるようになったようです。

2021-08-22

The Ethicist

何年も前からThe Japan Times On Sundayを定期購読していましたが、2021年4月からThe Japan Times / The New York Times weekend editionに変わりました。The New York Timesが読めるのは、ワクワクしますが、英語力が追い付いていないので、我ながら「豚に真珠」とか「猫に小判」という気がしないでもありません。


報道記事とか社説のようなものは、すぐに分かりましたし、クロスワードや数独のようなパズルやピーナッツディルバートのような漫画も、すぐに分かりました。しかしそれ以外の記事は、いったい何者なのか、掴みかねていました。


「LIVING」として括られているページに「The Ethicist」という記事が毎号掲載されています。「これは一体何?」と思っていましたが、どうやら日本の新聞でいうところの「人生相談」のようなものではないかと、思い当たりました。記事の先頭で相談者が悩みを投稿し、それに対して回答者(「BY KWAME ANTHONY APPIAH」とあるので、これが回答者なのでしょう)が返事をするというスタイルです。


相談事の詳細は、文化的背景などの理解が必要になると思うので、英語力だけでは済まないと思います。ただちに理解できるわけではないのですが、わからなくても目を通していくことが大切だと考えているところです。


相談者は「Name Withheld」となっていることもあります。これは日本語で言うところの「匿名希望」という事のようですね。anonymousという語が「匿名の」という意味を持つことは知っていましたが、ネイティブでは「Name Withheld」を使うという知識を得たのは収穫でした。

2021-08-20

Googleマップのタイムラインを使ってみて

先日以来Googleマップでタイムラインを有効にしています。使い始めた直後にタイムライン情報が消えて焦りましたが、それ以降は記録が残っています。消えた情報も、何らかのタイミングで復活することがあるかもしれないという情報をWebで目にしましたが、今のところ復活する気配はありません。


タイムラインを使ってみての感想ですが、専門のウォーキングアプリに比べると、軌跡の正確さは劣る気がします。位置情報はGPSで得ているのだと思いますが、位置情報を記録する頻度が高すぎると、軌跡は正確になるとは思いますが、バッテリーの消耗が激しくなってしまうでしょう。Googleマップのタイムラインが、どの程度の頻度で位置情報を記録しているのか分かりませんが、記録されている軌跡は、それほど正確とは思えません。


不満が無い訳ではありませんが、Androidのスマホを使っているので、何かアプリを追加する必要もなく気軽に記録できるのは、ありがたいことです。軌跡が正確さに欠けると言っても、正確さに拘らなければならない事情がある訳ではありませんから、許容範囲です。


このまましばらく利用してみようと思います。

2021-08-12

TWSBI

普段使いの筆記用具を、数年前よりボールペンから万年筆に移行しようとしています。ボールペンを使っていた頃は筆圧が強いのが気になっていましたが、万年筆を使うことで筆圧が強くならないように気をつけています。字が汚いのは相変わらずですが。


現状は次の3本を使っています。

  1. #3776 センチュリー
  2. LAMY safari
  3. PILOT カクノ

これらは、いずれも満足している点と不満がある点があり、総合的に文句なしという事はありません。これ以外の万年筆にも手を出して気に入ったものを見つけたい気持ちはありますが、普段使いの筆記用具に対して出せる金額には限度があると考えています。Amazonに出品されている万年筆には50万円以上もする高価なものがありますけど、とても普段使いにはなりません。

つい先日「万年筆をもっとカジュアルに。「TWSBI GO」が提唱する新しい万年筆ライフ」という情報を見つけました。これは台湾のブランドだそうで、どこで買えるのかは調べていません。値段は5000円以下のようなので、試しに買ってみたいと思います。

googleマップのタイムラインが消えた

スマホに入っているGoogleマップを利用して、タイムライン機能により移動した経路が記録できる事を知り、使い勝手はどうだろうと思っていました。ところが、過去の履歴を確認しようとしたら、あとかたもなく消えていました。


Webを検索したら、タイムラインが消えたり復活したりしている事例が報告されているのを見つけました。

  1. ロケーション履歴が消えちゃった。
  2. 帰ってきたGoogle Mapsタイムライン
  3. また消えたロケーション履歴(GoogleMapタイムライン)

履歴が消えたり復活したりするのは不安ですが、この機能が無くても生きていけなくなる訳でもないので、不安を抱えながらも様子をみようと思います。

2021-08-10

100分 de 名著「アレクシエーヴィッチ」

2021年8月に放送される100分 de 名著はアレクシエーヴィッチの「戦争は女の顔をしていない」です。著者であるアレクシエーヴィッチはウクライナの生まれです。20世紀末にソ連が崩壊してしまい、21世紀におけるロシアとウクライナの関係が、独ソ戦の頃のソ連の中であるロシアやウクライナの関係から、どのように変わったのかはよくわかりません。


WW2について学校で学ぶ事柄や、書籍などで語られている事柄は、100分 de 名著のテキストで次のように書かれている事柄(7ページ)が大多数だと思います。

「いつどこでどう兵が動いたか」「どういう戦略によって勝利したのか」などといった戦場の「事実」 


しかしアレクシエーヴィッチの関心は、同じくテキスト(7ページ)に書かれている、以下のような事柄です。

それよりも、普通の人々が戦争に巻き込まれて、どんな経験をしたのか、どんなことを感じたのかを大事にしています。


戦争の「事実」を語るのは、裏付けとなる文書などが残されている場合もあるでしょうし、「客観的」で望ましい方法と一般に思われているのでしょう。それに対して、個々人の記憶は、本当の事なのかどうかすら怪しい「主観的」な話しでしかなく、しかも記憶に混乱が無いかとか、意図的に話しを改変したり、もしくは隠したりしていないかなど、取り扱いの難しい素材です。ひとつひとつの話しについてみれば、全てが紛れもない真実とは言えないかもしれませんが、テキストで以下のように書かれている事(23ページ)は、私もその通りだと思います。

たとえ一つ一つの証言に嘘や偽りがあっても、それらがたくさん集まることで、互いに是正され浄化される、というのが彼女の考えです。


これまで行われてきたような方法で歴史を語るのが間違っているという事ではないと思います。しかしそれだけではない方法もあるということを、今月の100分 de 名著から学べる気がしています。

英語では、「please」を付けないと良くないが、「please]をつけただけで良いわけではないらしい

Webで「“Please”でなんでも要求できるわけではない 新幹線のアナウンスに帰国ママが違和感」という記事をみかけました。この記事の中で以下のような事が書かれていますが、私自身も同じような事を教えられた覚えがあります。

そんなアメリカの子育てで、重視されていることばが‘please’です。子どもはまだことばがおぼつかない頃からpleaseを付けてお願い事をするよう厳しくしつけられます。


この記事では、新幹線乗車中に耳にした英語でのアナウンスに対して違和感を感じた状況が書かれています。新幹線に限らず、日本人が英語のアナウンスをする場合には、日本語の発想を英語に(ほぼ)直訳したような英文であることが多いような気がしています。そのような英文アナウンスに対してネイティブ・チェックをしているのか否か不明ですが、仮にネイティブに確認していたとしても、英文法として明らかな間違いがあるような場合でもなければ、そのままチェックを通ってしまうのではないかと想像します。


日本人が英語について誤解している事柄のひとつとして「「英語には敬語がない」って言われるけど、実際どうなの?」があります。英語は日本語のように堅苦しい言語ではないから、何でもカジュアルに表現すれば良いと勘違いしている日本人がいるようです。しかし考え方にもよるのかもしれませんが、日本語と英語とでは敬意の表現の仕方が違うのであって、英語に敬意の表現がないわけではないようです。日本語のような「単語」レベルでの「敬語」というものは確かに存在しないかもしれません。しかし「表現」レベルで、上下関係などの経緯を表現する方法は存在するし、英語として適切に用いないと、時と場合によっては致命的な問題を引き起こすことがないわけではないでしょう。

Googleマップのタイムライン

Googleマップにはタイムラインという機能があるそうです。この機能を有効にしていると、スマホのGPS機能で位置情報を読み取ることで、何時何処にいたかという記録が残ることになります。使いようによっては便利ですが、悪用されればセキュリティ的に問題が出るでしょう。手放しで「便利だ、便利だ」と喜ぶわけにはいきませんが、注意して利用するならば、やはり「便利」です。


普段ウォーキングしていて、歩いた道筋の軌跡を記録できないかと考えていました。スマホで何らかのアプリを入れれば実現できそうですが、具体的に何というアプリを使えば良いのか不明で、どうしたらよいのか困っていました。過去には「Walkmeter」というアプリを使ってみたことがあります。機能的には悪くないと思いましたが、スマホのバッテリ消耗が激しいし、単にウォーキングの軌跡を記録するだけで良いのに、それ以上の豊富な機能があって、使いこなせませんでした。


もっと別な方法がないものかと考えて、最近よく耳にする「スマートウォッチ」ならば目的を達成できるかもしれないと思いました。スマートウォッチにGPS機能がついていれば、ウォーキングした軌跡を記録できるでしょう。それを地図上にプロットするには、スマホ側にデータを取り込まなければならないかもしれませんが、そのくらいは何とかなります。しかしスマートウォッチというのも、高機能だし、安ければ数千円台からありますが、高いと数万円もします。ちょっと買ってみるとしても、どれを買うのか、簡単には決められません。


なんとかならないかと思ってWebを検索していたら、Googleマップにはタイムラインという機能があることを知りました。これを使えば、アプリを入手する必要も、スマートウォッチを買う必要もなく、願ったり叶ったりです。試しに使ってみようとしたら、どうも記録が出来ていないようです。


Webで調べてみると「 【Googleマップ】タイムラインが記録されない!原因と対処法」という情報がみつかりました。この記事に記載されている項目を確認していくと、以下の記述にあてはまることがわかりました。

「このアカウントに関連付けられているデバイス」を確認するには、「ロケーション機能」がオンになっていないといけません。


 これをオンにしてみたら、タイムラインが記録されるようになりました。

2021-08-07

サマセット・モームの『月と六ペンス』

先日サマセット・モームの『人間の絆』を読みました。サマセット・モームの名前は以前から知っていましたが、『人間の絆』がモームの作品だとは知りませんでした。むしろ、どこで仕入れた情報なのか覚えていませんが、モームの作品というと『月と六ペンス』でした。


近所の書店に行ってみたら、「新潮社の100冊 #キュンタ大作戦 2021」というキャンペーンをやっていました。眺めていたら、サマセット・モームの『月と六ペンス』があったので、買ってみました。


長編ですが、『人間の絆』に比べれば短かったし、一気に読了しました。『人間の絆』は1915年に発表された作品ですが、『月と六ペンス』は1919年です。両作品は、ずいぶん作風が違う感じがしましたが、一方で著者が同じであるので、興味関心の在り処は似通っているとも感じました。


『人間の絆』において主人公フィリップは、絵が得意で、画家を目指そうとしたこともありました。『月と六ペンス』において、主人公ストリックランドは、人生をかけて画家として生き抜きます。


さらに、ストリックランドは「わたし」に対して「人生には意味などないんだ。」と言い放ちます(第41章)。『人間の絆』が「人生には意味がない」という事をテーマに据えていたのに比べると、この発言は『月と六ペンス』のテーマに関わるわけではないと思います。しかし著者であるモームの思考の中には、「人生には意味があるのか、それともないのか」という問題意識があるのでしょう。

2021-08-05

黙示は啓示

「啓示」と「黙示」の違いがよくわからないので調べてみたいと考えていましたが、Webを検索してみると、参考となる情報が得られました。両者の違いについて疑問を感じている人は少なくないようです。いろいろな情報がありましたが、次の情報が参考になりました。


僕が疑問に感じた発端もそうですが、「黙示」を聞いたきっかけは、新約聖書の最後にある「ヨハネの黙示録」や、映画の「地獄の黙示録」です。疑問を感じた他の人達も同様らしく、これらに言及されていることが多いです。


定説なのかどうかわかりませんが、「黙示」というのは「啓示」と違いはないようです。そして日本で聖書が翻訳された際に「黙示録」と和訳してしまった故に、「黙示」という言葉が「ヨハネの黙示録」を連想させる状況を創り出しているようです。そうならば、もし別の語を採用して翻訳されていれば、映画のタイトルとして「地獄の黙示録」も生まれなかったでしょう。

2021-08-04

啓示と黙示

宗教的な用語として「啓示」と「黙示」があります。例えば「神の啓示」とか「黙示文学」のように使われています。宗教的な厳密な語義は知りませんが、なんとなく意味は分かっているつもりでした。もう少し語義を理解しておこうと調べてみましたが、かえって疑問が深まってしまいました。


手元の辞書(『明鏡国語辞典 携帯版』初版)では次のように説明されていました。

【啓示】キリスト教・ユダヤ教などで、神自らが人知を越えた真理を人間にあらわし示すこと。黙示。

【黙示】キリスト教で、神が人間に対して隠されていた真理や神意などを示すこと。啓示。


説明文は違いますが、意味が大きく違うとは思えません。また「啓示」では「黙示」を、「黙示」では「啓示」が指し示されています。これは「啓示」≒「黙示」という意味なのでしょうか。


もっと大型の辞書や、専門的な事典を参照して理解を深める必要があると感じています。「啓示」と「黙示」というのは、対義語なのか同義語なのか、両者をどのように使い分けているのかなど、理解を深めたいと思っています。


バラク・オバマ『約束の地 大統領回顧録I』

バラク・オバマの大統領回顧録である『約束の地』(上・下)を読みました。購入したのは随分前ですが、読み始めたのは先月下旬頃です。以前にミシェル・オバマの『マイ・ストーリー』を読みました。ミシェルの方は、彼女の幼少期からはじまり、オバマとの出会いや、夫が大統領を務めていた時期までが語られます。600ページくらいあるので、随分長いとは思いましたが、オバマの方は、500ページくらいの上下2巻なので、さらに長いです。しかも、何時になるかは不明ですが、「大統領回顧録II」が出るようなので、さらに長くなります。


オバマの方は、「大統領回顧録」とあるように、ミシェルの作品とは違って大統領時代の逸話がメインです。初めの頃に、幼少期の話題や、ミシェル・オバマと出会った頃の話題が出てきますが、それはオマケでしょう。さらにイリノイ州議員になったり、上院議員として活動していた頃の話題も出てきますが、そこがメインではなく、テーマは「大統領回顧録」にあると思います。


『約束の地 大統領回顧録I』は、オバマ大統領としての1期目の4年間の話題が語られています。おそらく次に出るという「大統領回顧録II」では、オバマ大統領2期目の話題がメインになるのでしょう。


オバマ大統領の次の大統領はドナルド・トランプでしたが1期だけで終わり、今はジョー・バイデンが大統領を務めています。本書『約束の地 大統領回顧録I』には、下巻の最後の頃になってドナルド・トランプの名前が登場します。それまではオバマ自身はトランプとの関わり合いもなかったようです。次に出版される予定の回顧録では、オバマ大統領2期目の話題の外に、大統領選の話題も出てくるでしょう。米国大統領に3期目は無いので、オバマ自身の選挙戦にはなりませんが、民主党の大統領候補の応援をしていたでしょうし、共和党からのオバマ政権批判の対応もあったでしょう。


続編が、「大統領回顧録II」ということで、オバマ大統領2期目の話題が中心になることは間違いないと思いますが、それだけとも思えません。回顧録のメインを奪うほどにはならないと思いますが、トランプ大統領時代の話題や、ジョー・バイデン大統領選出の話題も出てくるかもしれません。

2021-07-31

That's the rule.

The Japan Times Alphaで連載されているコラム「Odds & Ends」の7月のテーマは「Play」でした。2021年7月23日版に掲載された第4回目のサブタイトルは「Phrasal verbs」でした。このコラムで句動詞を扱う事はよくありますが、そこでは次のように指摘されます。

If you use a pronoun, the pronoun must separate the words. That's the rule.


 句動詞がseparableである場合、目的語を、句動詞の間に入れても良いし、句動詞の後に続けても構わないようです。しかし目的語が代名詞であれば、句動詞の間に入れなければなりません。後に続けることは出来ません。「That's the rule.」ということなのですが、英文法の規則なので、日本人が異議をとなえるような問題ではありませんが、何故このような規則ができたのでしょう。


英語のような言語の規則は、数学や物理のような絶対的な規則とは違います。今日では誤りとされていても、過去には問題なかったとか、未来には問題ないかもしれないとか、普通にあり得ると思います。日本語だって、言葉の乱れだと眉を顰める人もいても、常に変化しています。「ら抜き言葉」とか「さ入れ言葉」とか、僕自身は誤用だと思っていますが、問題ないと主張する人はいますし、将来的には日本語文法に組み込まれることになるかもしれません。


さて話を戻して、英文法における句動詞で目的語が代名詞だった場合の「規則」とは、どういうことなのか、もう少し詳しく知りたいと思っています。英語は世界中で使われていますし、地域や集団によっては、変格文法となっている場合があるんじゃないかとも思います。英語の文法も次第に変化していくと思うので、今は誤用でも未来は誤用とは言えない時代が来るのかもしれません。

COVID-19ワクチンのモデルナとファイザー

COVID-19ワクチンに関する報道を参照していると、今年になってワクチン接種が始まったのは良いとしても、その後の展開がスムーズとは言い難いような気がしています。それでも次第に接種対象範囲が拡大してきつつあり、自分も接種できる可能性が出てきました。


ワクチン接種は、病院などでおこなうか、行政の大規模接種会場などでおこなうか、選択できます。病院などではファイザーのワクチンが、大規模接種会場ではモデルナのワクチンが使われることが多いようなのですが、行政の大規模接種会場でもファイザーのワクチンを使っているところがあります。


COVID-19のワクチンとして何を選択するのかということを、悩むことになるとは思いませんでした。今日の夕食は和食と洋食のどっちにする?というような選択とは違うので、慎重に考えたいのですが、専門的知識を持っているわけではないので、何をどう考えたら良いのか困ります。Webを検索すれば、それなりに情報がみつかると思いますが、見つかった情報が正しいのか誤情報を含んでいるのか判断する能力は持ち合わせていません。


いろいろ考えても仕方がないので、日程優先でワクチン接種の予約をとろうと思います。その結果としてモデルナであってもファイザーであったも、その良し悪しを判断する知識はないので、どっちでも構わないと思っています。


ただし、今回選択したワクチンの有効期限が何時までなのかは気になるところです。永遠に効果が持続すれば有り難いところですが、そういうわけにもいかないでしょう。次にワクチンを接種する時点で、今回選択したワクチンと同じでなければならないのか、別なワクチンになっても影響ないのか、ちょっと心配です。

CANON MG3130からTS3330へ

自宅でWindows10に接続して使用していたプリンタはCANONのMG3130です。これは2011年11月上旬に発売されたモデルですが、発売と同時に購入した訳ではなく、何時頃に購入したのかは覚えていません。しかし10年近くは使っていると思います。


ちょっとした資料とか、Webページを印刷するのに使っている程度で、写真や葉書などは殆ど印刷していません。しかし次第に調子が悪くなってきており、1年ほど前から、新しいプリンタを購入した方が良いだろうと考えていました。


まず最初に異常を感じたのは、印刷が乱れることです。このような場合には「【インクジェットプリンター】プリントヘッド位置を調整する(PIXUS MG3130)」をおこなうと良いようなのです。しかしプリンタヘッド位置調整シートを印刷してみると、これが乱れまくりで、大丈夫だろうかと心配になるくらいでした。心配したとおり、印刷の乱れは解消しません。何度か試していたら、大目にみれば比較的マシかもしれない程度にはなりました。もうこの時点で、新しいプリンタを買った方が良いかもしれないと思っていました。


新しいプリンタを買わずに、なんとか印字状態を改善できないものだろうかとWebを検索していたら「【インクジェットプリンター】エンコーダーフィルム清掃手順 (PIXUS MG3130)」という情報を見つけました。エンコーダフィルムが汚れていると印字に影響が出るようです。多少手間がかかりますが、この情報に従って清掃してみたら、印字状態が劇的に改善されました。それでもまだ多少の乱れはありますが、これならなんとかなりそうです。


印刷状態が良くなってホッとしていたら、今度は「【インクジェットプリンター】用紙がうまく送られない/「用紙なし」のエラーが発生する(PIXUS MG3130)」という不具合に見舞われました。用紙が多ければローディングされるのに、残り少なくなるとエラーになることが多いようです。そうなった時には、一枚ずつ紙送り時に手差しで補助するとか、下敷きを差し込んでおいて厚みを持たせるとか、小技を駆使して凌ぎました。


数か月前からはプリンタの電源を入れると「P07」というエラーがでるようになりました。これは「インク吸収体がいっぱいで印刷できない」という状況のようです。数か月前の段階では、いったん印刷開始ボタンを押せば、印刷などが出来る状態になったので、それで使っていました。


ところが先日、ついに「P07」エラーが出ても、印刷開始ボタンでエラーが解除できなくなりました。こうなるとキヤノンに修理を依頼することになるのが本来の手順ですが、2017年9月末でMG3130の修理対応が終わったようなので、もうどうにもなりません。


否応なしに新しいプリンタを購入しました。今度はCANONのTS3330です。たいしたものは印刷しないので、このモデルで十分かと思いました。家電量販店に行ったら、たまたま白色モデルの在庫がありました。MG3130は黒色モデルだったので、TS3330も黒色モデルにしようと思っていましたが、取り寄せになると最悪1ヵ月くらいかかるかもしれないようです。東京オリンピック開催中で物流に遅れが出ているようですし、そうでなくても8月はお盆シーズンで何かと遅れが出る可能性があります。プリンタ本体が黒色だろうと白色だろうと、本体機能が違う訳ではないので、店頭在庫のTS3330白色モデルを買いました。

2021-07-27

They're not games.

The Japan Times AlphaでJames Tschudyさんが連載している「Odds & Ends」の7月における月間テーマは「Play」でした。その第2回目はサブタイトルが「Verbs」でした。その中で次のように書かれていました。

Don't use "play" with sumo, judo, karate and boxing. They're not games.


この文の前には「The Japanese women's soccer team, Nadeshiko Japan, play the Westfield Matildas from Australia on July 14.」とか「Many tennis fans wanted to see Roger Federer play Novak Djokovic.」などの例文が挙げられています。


コラムで書かれているように、「相撲、柔道、空手、ボクシングで『play』を使わない。それはゲームではない」というのが、英語圏の常識なのか、僕が何かを勘違いしているのか、ちょっとよくわかりません。Amazonには「Rules to play Sumo Wrestling」という出品があるようですし、Weblioには「play sumo」という用例が掲載されています。


要するに、どのように理解すれば良いのでしょうか。

テキサス州パリス

The New York Times Weekend International Editionの記事を読んでいたら、次のような文がありました。

Nor do I know whether the home city where he enjoyed recognition is Paris or Paris, Texas.


パリと言えば、フランスの首都であり、ロンドンやニューヨークと並んで、世界的に最も有名な都市でしょう。しかし、上述した文を読んで驚いたのは、まず最初に、テキサス州にパリスという町があることです。ウィキペディアの説明では、次のように書かれています。

パリスという名はライトの従業員の1人、トーマス・ポティートが、フランスの首都パリにちなんでつけたものであった。


次いで、そして最も大きく驚いたのは、英語表記なら双方とも「Paris」なのに、日本語で表記すると、フランスの首都が「パリ」で、テキサス州の地名は「パリス」になってしまうことです。本来の発音を考えれば、フランスの首都も「パリス」であって、日本語で「パリ」となっている事の方が、変だというべきなのでしょう。


外国由来の単語を日本語にした時の表記は、統一性があった方が望ましいのかもしれませんが、結構バラバラです。日本語を学ぶ外国人が苦労しているという話を聞くこともあります。その時に聞いたのは、「何故『Hong Kong』が『ホンコン(香港)』なのに、『King Kong』が『キングコング』なんだ」という疑問でした。何故「King Kong」は「キンコン」ではないのか。何故「Hong Kong」は「ホングコング」ではないのか。このような疑問は尤もだと思います。「歴史的な経緯でそうなっている」という以上の答えを持ち合わせている日本人は存在しないのではないかと思います。

2021-07-26

VSI版OpenVMSのコミュニティライセンスを更新した

OpenVMSのHobbyistライセンスからHPEが手を引き、VSIがコミュニティライセンスを提供するようになって1年が経ちました。HPEの頃は、毎年ライセンス発行を依頼していました。ところが驚いたことに、VSIからはライセンスの有効期限前に新しいライセンスが送られてきて、なんて親切なんだと思いました。


Googleグループでも「VSI CE License PAKs」において報告されていて、同時期に世界中のユーザにコミュニティライセンスの更新版が届いているようです。 

2021-07-24

LibreOffice CalcでVBA

ワープロとか表計算ソフトのようなアプリケーションを総称して「オフィススイート」と呼ぶようです。最も使われているのはMicrosoft Officeだと思います。しかし私は随分前からLibreOfficeに移行しています。Microsoft WordやExcelのファイルを開くことは可能ですが、見た目が崩れてしまうことがあるので、LibreOfficeをMicrosoft Officeの無料の代替品だと思うと失望するかもしれません。しかし無料で使えるワープロや表計算ソフトなど一式が揃うのは有り難いことですし、Microsoft Windowsだけではなく、NetBSD/i386上でMateデスクトップ環境を使っていてもLibreOfficeを利用できるので、私にとっては大きなメリットです。


Microsoft Office上で使えるVBAは、LibreOffice上で使えるマクロ機能とは違うものです。ちょっと思うところがあり、LibreOfficeでVBAが使えないだろうかと調べてみたら、「LibreOfficeでVBAを使う方法。1行おまじないを書くだけ!」という情報を発見しました。Windows10で利用しているLibreOfficeはバージョン7.1.4.2です。さっそく「Option VBASupport 1」というおまじないを入れてVBAが動くか確認してみました。ところがエラーが出てしまいます。


おまじない以外にも何かコツがあるのだろうかと調べてみると「libreofficeでOption VBASupport 1 を設定してもランタイムエラー35が出る件」という情報を発見しました。VBAを記録する場所によってエラーが出てしまうようです。


その情報に従ってVBAの記録先を変えてみたら、動作することを確認できました。


LibreOfficeで動くVBAの互換性がどの程度なのか分かりませんし、仮に「完全互換」を謳っていたとしても、微妙な挙動まで完全に一致する保証がある訳ではありません。それを承知の上で、VBAを学ぶ環境としてLibreOfficeが使えそうです。

2021-07-10

フィリップは幸福だった。

先月からサマセット・モームの『人間の絆』を読んでいましたが、最後まで読み終えました。主人公であるフィリップが新しい人生を歩みだそうとしたところで物語が終わり、ハッピーエンドと言えるのではないかと思います。


この作品は、フィリップが問いかける「いったい人生とは、なんのためにあるのだ?」に対して「人生に意味などあるものか。」という答えを提示する物語でもあると言われています。その答えを得るために、フィリップがクロンショーから貰ったペルシャ絨毯が示唆を与えていることになっています。「人生に意味などない」という結論だけを取り上げると、なにやら投げやりな響きもあります。この一言だけで結論づけるのではなく、もう少し説明しないと、その真意が歪められてしまうのではないかと危惧します。物語の中では、以下のようにも語られています。

幸福という尺度で計られていた限り、彼の一生は、思ってもたまらないものだった。だが、今や人の一生は、もっとほかのものによって計られてもいい、ということがわかってからは、かれは、自然勇気が湧くのを覚えた。


そしてさらにフィリップは次のような事に思い至ります。

そして人生の終わりが近づいた時には、意匠の完成を喜ぶ気持、それがあるだけであろう。いわば一つの芸術品だ。そして、その存在を知っているのは、彼一人であり、たとえ彼の死とともに、一瞬にして、失われてしまうものであろうとも、その美しさには、毫も変わりないはずだ。


そして「フィリップは幸福だった。」と悟ります。


人生の意味を問う作品は少なくありません。V・E・フランクルの『〈生きる意味〉を求めて』も、そのような作品の一つでしょう。フランクルは「生きる意味」について考察する中で、次のように語ります。

つまり意味は自分自身で探究し、自分自身で見つけていかなければならないものなのである。だから、たとえすべての普遍的な価値が完全に失われたとしても、ユニークな意味を探求し発見していくことは可能なのだ。簡単に表現すれば、価値は死んでも、意味は長く生き続けるということである。


人生論という類の書籍は、他にも沢山あります。それを全て読みきったとしても、自分自身の答えが見つかるのかという点で、私自身は懐疑的です。自分の求める答えを得るためのキッカケならば、それは『人間の絆』からでも『〈生きる意味〉を求めて』からでも得られると思いますが、それは普遍的な真理というよりも、目が開かれたという境地にあると思います。


2021-07-07

文体と英作文

英作文の基礎的な訓練方法についてWebで調べていたら「文体を作ろう! それなりに英語は読めるのに英作文が極端に苦手なあなたへ」という情報を見つけました。そこでは「「英語ってこういう言い方する/しないよね」という基準」を持っていることを重視しており、次のように書かれています。

読んでもまったく英作文力が身につかない人には、英文法の正誤のほかには、自分の中に、こういった英語的な基準が、まったく無いはずです。

いわば無手勝流で、文法の知識と語彙力と辞書だけを頼りに書いている。

この状況を打破するのが、冒頭で述べた「文体」の獲得です。


「文体」を獲得するために、例文を暗記を薦めています。『表現のための実践ロイヤル英文法』に付属している「英作文のための暗記用例文300」を覚えると良いとありますが、それだけで良い訳ではなく、例文暗記の入り口としては妥当というだけです。入り口ではあるとしても、次のような効果が期待できると主張しています。

この300を経ると、多かれ少なかれ、書いていて「あってるっぽい」「間違ってるっぽい」という判断が、それなりに自分のなかに出てきます(貧しい文体の獲得)。


例文数が少ないので、「貧しい」文体の獲得にしかならないのはやむを得ません。しかし「貧しい」状態から豊かな状態に拡げていくことは比較的容易であるとも主張しています。私としても、これはその通りだろうと予感しています。


英作文能力を向上させるために例文暗記を推奨する意見は少なくありません。そのことにより、例文を暗記しておけば、単語を入れ替えることで無限に英文を作っていけるはずだと理由を述べていることが多いようです。これは英借文の発想に近いので、あながち間違っている訳ではないと思いますが、そんなに単純な話しでもないような気がしています。


「英作文のための暗記用例文300」に限らず、『英作文 基本300選』とか『DUO 3.0』など、例文暗記の素材はなんでも良いのかもしれません。しかも例文を暗記したところで、獲得できるのは「貧しい文体」レベルに過ぎない恐れは高いし、英作文能力が劇的に向上することはない可能性が高いと思います。そうだとしても例文暗記は、やらないより、やった方が望ましいだろうと思います。それは直接的な効果が見込めるからではなく、長期的な効果が見込めるだろうと思うからです。もはや信仰なのかもしれません。


 

2021-07-05

「えん」と「ゆかり」の違い

諺に「縁もゆかりもない」という表現があります。「何の関係もない」という意味ですが、「縁」と「ゆかり」は同様の表現を重ねたものであるという説明がされます。同様の表現だとは思いますが、全く同じ意味なのか、微妙に違う意味を含むのか、いずれなのでしょうか。


手持ちの辞書(明鏡国語辞典 携帯版 初版第3刷 2005年)によると、「縁」は「運命として定まっているめぐりあわせ。えにし。」と、「ゆかり」は「何らかのつながりや関わりのあること。縁故。」との説明があります。


もっと大型の辞書を調べて、用例を確認してみないことには、両者の違いがよくわかりません。「縁」は漢語で、「ゆかり」は和語であるとの説明もありました。そうであれば、漢語と和語で同様の意味の語を並べるという発想は、理解しやすい気がします。

サマセット・モームと日本

サマセット・モームの『人間の絆』を読んでいますが、全体の半分あたりまで読みました。読んでいたら以下のような次のような記述がありました。

前には、あのセント・ジェイムズ公園の美しさが、常に喜びであり、よく彼は、ベンチに坐って、影絵のように、空にひろがる樹々の梢を眺めたものだった。まるで日本の版画のようだった。それからまた、船着場や、川船の浮ぶあの美しいテムズ河の河景色に、それこそ掬みつくせない魔術を感じたこともある。四時に変るロンドンの空は、彼の心一ぱいに、楽しい空想を齎してくれた。


ここで「まるで日本の版画のようだった」とあります。サマセット・モームが「日本の版画」に対して持っていたイメージが何だったのかという事と同時に、当時の読者が持っていたであろう「日本の版画」のイメージが何だったのかという事も気になります。


小説の一表現として「日本の版画」に言及するのは著者であるサマセット・モームの判断ではありますが、読者が何を想像するかという点の社会的な共通認識が存在したのではないかとも思います。ここで言う「日本の版画」というものが、浮世絵とか広重の作品のようなものがヨーロッパで流行していたという事なのか、それとも誰か別の日本人の作品が当時のイギリスで有名だったのか、どうなんでしょうか。


この作品では、これ以外にも日本に言及する場面が出てきます。これから読み進めていくと、他にも日本に言及する場面が出てくるかもしれません。わざわざ「日本」について言及することが重要とも思えません。この作品で重要なのは、むしろ「ペルシャ絨毯」であり、これが人生の意味を見いだすための重要なアイテムになっています。

2021-07-02

ミスタ・カメロン

サマセット・モームの『人間の絆』を読んでいるところです。主人公フィリップは、画家になるのを諦めてパリからイギリスに戻り、今度は医者になろうと学校に入ります。その学校の講師のひとりについて、次のような描写がありました。

後で聞いたが、ミスタ・カメロンは、王立美術院の学生たちにも、講義をしているのだそうである。以前、東京大学の講師をして、長いこと、日本にいたこともある。


人間の絆』という作品が発表されたのは1915年です。これは和暦ならば大正4年になります。この作品は、ドキュメンタリではなく基本的には小説なので、現実に起きたことが語られている訳ではないでしょう。イギリスを含めたヨーロッパを舞台にしていることは明瞭ですが、何時頃なのかは定かではありません。ビクトリア朝末期ではないかという気がするし、小説の中には「1892年の秋以前に登録をすませていた者は、云々」ともありますので、だいたいその頃だとは思います。


カメロン講師が日本に住んだことがあるというのは、明治時代のことでしょう。東京大学の講師をしていたというのも、いわゆる「お雇い外国人」ということだったのかもしれません。日本居住経験にせよ、東大講師の経歴にせよ、いずれにしても本作品は「小説」なので、サマセット・モームがそのように書いたという以上の現実があるわけではありません。もちろん、このように書くにあたり、誰か参考にした人物が存在していた可能性はありますし、その人物が日本と関わりを持っていたのかもしれません。


『人間の絆』を読んでいる途中なので、まだストーリーは分かりませんが、カメロン講師が日本と関わりがあったという描写は、後々のための伏線ではないような気がします。

ミーハー

サマセット・モームの『人間の絆』を読んでいます。図書館で借りた新潮社の「W・サマセット・モーム全集」の第2巻から第4巻に『人間の絆』が収録されており、第3巻(3分冊としては2番目)を読んでいるところです。主人公フィリップは、画家になりたくてパリに行きますが、自らの才能に疑問を感じ、画家を諦めてイギリスに戻り、今度は医者を目指して学校に入ります。


フィリップと医学校の友人ダンスフォードがよく通っていた店で給仕をしていた女性に惹かれていく場面に、次のようなこと描写がありました。

まだ六ペンス本の廉価版文学書が出ない前の頃で、その代りには、そこら三文文士どもが、注文次第に書き飛ばす、ミーチャンハーチャン向きの安小説本が、決って、ドンドン売り出されていた。


今日使われている「ミーハー」という表現の語源は「ミーチャンハーチャン」だと聞いていましたが、本当に使われている場面は初めて目にしました。


ここで「ミー」とか「ハー」が何を意味するのかは諸説あるようです。その一つに、音階の「ドレミファソラシド」に由来するとした説があるそうなのですが、Webで検索した情報(語源由来辞典「ミーハー」)には、「ミーハー」よりは多少高尚な「ソーラー族」という表現が昭和30年頃に誕生したと書いてありました。今日では廃れてしまっており、そんな表現もあったのかと驚くばかりです。

2021-06-23

「単線」の新幹線

Webを見ていたら毎日新聞のサイトに「羽越・奥羽新幹線の早期実現へ 秋田-東京1時間14分短縮に」というニュースがありました。現在建設中の新幹線は、北海道新幹線の札幌延伸、北陸新幹線の敦賀延伸、九州新幹線の長崎ルートなどがあります。この他にも過去に計画されたルートは日本全国にありますが、何時になったら建設段階に入るかは不透明です。しかも、東海道新幹線が開業した時代とは異なり、今日の新幹線には並行在来線問題があり、交通網としての鉄道の将来を総合的に考えていく必要があります。


上述した記事には「(単線で高架化を抑えて経済成長は高め、運行速度は向上などの場合)」という記述がありました。新幹線を「単線」で建設しようとするのは、過去にも「長崎新幹線「単線」には課題 JR九州社長が与党検討委で意見表明」でも目にしたことがあります。


今のところ「単線」の新幹線は存在しませんし、建設中の新幹線も複線です。もし「単線」の新幹線が現実になったとすると、現在でも「単線」の在来線で普通に起きているようなことが、新幹線でもおきることになるでしょう。例えば駅で対向列車の到着待ちをするとか、運行ダイヤが乱れている時に「対向列車の到着が遅れているため、この列車の出発が遅れます」というようなアナウンスが流れたりするでしょう。


そもそも東海道新幹線が建設された当時の事情を考えると、在来線の東海道本線の運行容量に余裕がなくて、新しい路線を建設しないと解決できないと見られていたからです。しかし最近建設される新幹線は、並行する在来線の運行容量が逼迫している訳ではなく、新幹線も在来線も空席が目立つ列車が運行されているような状況を目にします。


新幹線を建設することが目的なら、複線にするほど運行容量が見込めないなら、単線にすれば解決するではないかという発想が生まれるのかもしれません。

Squad Leaderのシナリオ1の勝利条件

VASSALのVSQLで「Squad Leader」をプレイするため、ルールブックなどを読んでいます。まずはシナリオ1「THE GUARDS COUNTERATTACK」を何度かやってみて、「Squad Leader」にもVSQLにも慣れようと思っています。


シナリオ1の「VICTORY CONDITIONS」(勝利条件)は、次のように書かれています。ソ連軍の勝利条件が記述され、ドイツ軍側はソ連軍の勝利条件を阻止すれば勝利となっています。

To win the Soviets must completely occupy two more of the stone buildings initially occupied by the Germans than they lose of their own initial stone buildings to complete German occupation, OR (以下略)


英語の勉強中でもあり、書かれている内容を理解するのは苦労しています。英文解釈の練習だと考えて読んでみようと思います。文全体を一気に理解するのではなく、部分ごとに理解していこうと思います。


まず最初に書かれているのは、「ソ連軍が勝利するには、2つ以上の石造建物を完全に占拠しなければならない」という事だと思います。その「石造建物」とは「当初ドイツ軍によって占拠されていた」石造建物だということです。


「than」以降の節は、解釈に苦しみます。「they」や「their」が指しているのは「ソ連軍」だと思って良いのでしょうか。そうであるなら、「彼ら(ソ連軍)が自分たちが当初押さえていた石造建物を失った」よりも、という意味だと思います。文の最後にあるのは「ドイツ軍の占拠が完遂された」石造建物、という意味かと思います。


以上をまとめると、「ソ連軍は、ドイツ軍に占拠されて失った石造建物に対して、自軍が占拠した石造建物が2つ以上多ければ勝利条件を満たす」となるのかなと思います。

如何取計候而宜敷哉

図書館で借りた「W・サマセット・モーム全集」(新潮社)で『人間の絆』を読んでいます。初版発行が昭和29年なので、使われている文字が旧字体ですし、全体的に文章が古い印象です。それだけであれば、その当時の書物は全てそうなるでしょう。


もっと驚いたのは、主人公フィリップが学校を退学したがって伯父や校長と対立する場面において、ケアリ氏が校長宛に出した手紙です。次のような文面として翻訳されています。

パーキンズ校長殿

迂生甥の件に就き、再度御心労を煩し、誠に恐縮に存上候共、何分當方両人と致候而も、本人の身上に関しては、誠に心痛罷在候次第、何卒御宥恕被下度願上候。(以下略)


なんと候文です。このような文体は時代劇でよく見かけますが、頻度は不明ですが、戦前までは使われることもあったようです。この訳書の出版が昭和29年という事は、翻訳していたのは昭和20年代中だったと思います。さらに訳者である中野好夫氏は明治36年生なので、候文を読み書きすることはできたのでしょう。


ケアリ氏がパーキンズ校長に手紙を出す場合に如何なる文体であれば失礼にならないかを考慮して、翻訳者が訳出した結果が候文であったのであれば、それが昭和30年前後の日本における社会常識を踏まえた判断であったのかと私は考えました。翻訳者が候文に通じているとしても、読者が候文を理解できなければ意味がありません。当時の常識では候文に違和感はなかったのでしょう。


『人間の絆』は、文庫本にもなっているし、新訳も出ているようです。上述した手紙は、どのように訳されているのか気になります。

2021-06-19

地方賣價

放送大学で受講中の「英語で「道」を語る('21)」 の「LESSON 12 逆説/Paradox」で参照されていたサマセット・モームの『人間の絆』を読んでみようと思い、近所の図書館で借りてきました。講義で参照されていたのはオリジナルの英語の方ですが、借りてきたのは日本語訳です。


新潮社の「W・サマセット・モーム全集」の第2巻「人間の絆1」なのですが、図書館で所蔵していたのが古く、昭和32年5月20日第4刷でした。発行が古いのは気にしませんが、奥付には、「定價 250圓」の外に「地方賣價 260圓」とありました。「地方売価」って、初めて見ましたが、なんでしょう?


Webを検索したら、神戸大学附属図書館報(Vol.12, No.4)で副館長である濱口 八朗氏の「本・書物・書籍・図書・書-雑感-」の中に次のような記述がありました。

当時、子供の雑誌には「定価」のほかにそれよりやや高額の「地方売価(という表現だったと思う)」が書いてあった。家の近くでは地方売価であったが、新興書房へ行くと定価で買えたので時々行っており、その本屋を知っていたという次第である。


またレファレンス協同データベースには三田市立図書館が2018年5月23日に登録した「書籍の「地方売価」がなくなった年を知りたい」がありました。『日本雑誌協会日本書籍出版協会50年史』(Web版)の38頁に詳しい情報があるようです。参照してみましたが、次のような記述があるだけで、「地方売価」が何かという疑問は解消しませんでした。

その結果,59年6月22日に「各取次店の販売原価に定価の1分を織り込む」ことを骨子とした「全国均一運賃込み販売制」の覚書が書協・取協間で取り交わされ,9月1日より実施された(これにより地方売価表示も廃止となった)。


さらに「【丸善創業150周年】出版物で辿る丸善の歴史 ~戦後復興期編~」にも以下のような記述があり、「地方売価」というものが存在していたことは確認できるのですが、「地方売価」とは何時から存在するものなのかとか、「地方」とは具体的に何処かなどの疑問は解消しません。

奥付に1,800円(地方売価1,890円)と記されていて、当時は全国統一価格ではなかったことがわかる。


本を借りた目的は『人間の絆』を読んでみることなのに、横道にそれてしまいました。

真夜中は「午前0時」なのか「午後12時」なのか「12:00 a.m.」なのか

The Japan Times  Alphaの2021年6月11日号のエッセイ「Odds & Ends」は月間テーマ「Summer」の第2回目でタイトル「Early, mid, late」でした。その後半に次のようなことが書いてありました。

Midnight is just one time, 12 a.m.  If you prefer the 24-hour clock, it's 00:00.


12時間制で時間表記をする際の「午前」と「午後」の使い方と「0時」や「12時」の組み合わせ方には混乱があるように思います。Webを検索したら次のような情報が見つかりました。

  1. 「午前12時」と「午後0時」の違い
  2. 12:00 a.m. と 12:00 p.m. しっかり区別できてますか?


このような問題を論ずる際に「明治五年太政官布告第三百三十七号(改暦ノ布告)」に言及されることがあります。ここでは「午前零時」を「即午後十二時」と書かれています。ところが英語圏では真夜中を「12 a.m.」と考えるようなのです。これを日本語に翻訳して「午前12時」とすると、日中の「正午」のように受け取られるのではないでしょうか。


日本人の感覚ならば、24時間制での00:00~11:59が「午前」、12:00~23:59を「午後」と考えるのではないでしょうか。その上で、「正午」(24時間制における12:00)を「午前12時」とするか「午後0時」とするか議論があるでしょうし、同様に「真夜中」(24時間制における00:00)を「午前0時」とするか「午後12時」とするかも考え方の違いがあるでしょう。


しかし英語圏では何故「12 a.m.」が「24時間制における00:00」を意味することになるのか、発想がわかりません。

Assabet Woolen Mill

フェイスブックにある「DEC Computer Users」を見ていたら、Ryan Foley氏の投稿「I went to the Mill yesterday.」を見つけました。ボストン郊外にあるAssabet Woolen Millは、DECの本社があったところです。フェイスブックに投稿された写真を見ると、跡地にはDEC時代を振り返る掲示板が出来ているようです。


Assabet Woolen Millはボストン郊外のメイナードにあります。Boston中心部から50km弱ほどの距離です。アメリカは車社会なので、車を使えば小一時間で行けるでしょう。しかし日本から旅行で行くとして、レンタカーを借りずに公共交通機関を利用する方法を調べてみました。


ボストン周辺の公共交通機関はMBTAが担っており、FITCHBURG線のSOUTH ACTON駅が最寄り駅かと思います。最寄り駅とは言っても「比較的」一番近いというだけなので、この駅からAssabet Woolen Millまでは4kmほどあります。アメリカの公共交通事情は分かりませんが、日本のようにバスが運行されている訳ではないんじゃないかと思います。歩けない距離ではないと思いますが、こういう場合にどうするのが無難なのでしょうか。歩くことは厭わないのですが、フラフラ歩くのは避けたほうが良いのか、注意しさえすれば日本同様に歩いても問題ないのか、現地の感覚が知りたいところです。


COVID-19の影響が何時まで続くのか見えませんが、永遠に続くわけでもないでしょう。いつになるか分かりませんが、Assabet Woolen Millを訪問し、DEC時代を振り返る掲示板をこの目で見たいと思います。

2021-06-18

サマセット・モーム『人間の絆』

放送大学教養学部で受講している「英語で「道」を語る('21)」のLESSON 12は「逆説/Paradox」でした。講義の中でサマセット・モームの『人間の絆』が参照されていました。これは担当講師のひとりである斎藤兆史先生がお好きな作品なのだそうです。


講義の終了間際に、時間が若干余ったようで、もうひとりの担当講師である大橋理枝先生が斎藤先生に「卒論で『人間の絆』を扱ったそうですが、何を書いたんですか?」と質問なさっていました。斎藤先生としては、意外な質問だったようですが、柔やかに当時の経緯をお話ししていました。斎藤先生は、今は東京大学大学院教授をなさっていらっしゃいますが、学部で卒論をお書きになった当時の気持ちを聴くことができたのは、私にとっては貴重な体験となりました。


『人間の絆』は読んだことがありません。近所の図書館で所蔵しているようですので、借りて読んでみようと思います。

VASSALモジュール「War in Europe」

ボードゲーム「Squad Leader」をプレイする環境としてVASSALの調査をすすめています。VASSALは、本来であれば対面でゲームするべきところを、オンラインで疑似的に対面でゲームしているかのような環境を提供することが目的です。VASSALの使い方を学ぶ必要もありますが、もっと大切なのは「Squad Leader」のルールに精通しておくことです。ずいぶん昔に当初「Squad Leader」を購入した際には、ホビージャパンが訳した日本語版ルールブックがついていましたが、今はどこかに行ってしまいました。今残っているのはオリジナルの英語版ルールブックだけです。最初のシナリオ「The Guards Counterattack」で必要になるルールを読んでいるところです。


それはさておき、VASSALでは多くのモジュールが公開されています。私が所有しているのは、「Squad Leader」シリーズの外に、元々はSPIでホビージャパンが再版した「War in Europe」(邦題:第二次欧州大戦)があります。VASSALモジュール「War in Europe」もあるようなので、使ってみようかと考えました。「War in Europe」は巨大なシミュレーションゲームとして知られており、全マップを拡げることのできる空間は個人の住宅には無いのではないかと言われるほどです。


VASSALにモジュールを組み込むのは「Squad Leader」でも「War in Europe」でも変わりないはずですが、エラーになってしまいました。使用しているVASSALのバージョンが最新の3.5.7ですが、モジュールのCompatibilityが3.2.17となっています。バージョンが合わないという事なのでしょうか。


使えなかったのは残念ですが、いずれVASSALのバージョンに合うモジュールが出てくるのではないかと思います。それを待っていようと考えています。

2021-06-15

VASSALでSquad Leader

1980年頃に日本でも流行したボードゲーム「Squad Leader」は、当時のような大流行はありませんが、今日でも愛好家が少なくないようです。Squad Leaderが発売された後、ゲームを拡張する「Cross of Iron」、「Crescendo of Doom」、「GI: Anvil of Victory」が登場しました。ゲームの追加版が登場するたびにルールが改変されていき、複雑になりすぎたと判断されたのか、改めてゲーム全体を作り直した「アドバンスト・スコードリーダー」が登場しました。


「Squad Leader」や「Advanced Squad Leader」は、物理的なゲーム盤や駒を使い、サイコロを振ってゲームを進めるものです。現代的なオンライン・ゲームではありません。


SLやASLは、シミュレーションゲームの中ではゲーム盤が小さい方です。またゲームする時間も、他のシミュレーションゲームに比べれば短い方かもしれません。そうであったとしても、ゲームしようとすれば、ゲーム盤を並べたり、必要な駒を揃えたり、ルールブックやチャート類を置くために、それなりに場所が必要となります。しかも一緒にゲームをしてくれる相手が必要です。これらの障壁を乗り越えるのは、あまり容易ではなく、ゲームを所有していても、ゲームをしたことは無く、コレクターになってしまう人が多いようです。


コンピュータ時代のゲーム環境としてVASSALというものがあるようです。しかしコンピュータ・ゲームとは違うので、そういうものを期待すると、失望するでしょう。そこを納得するならば、ゲーム中のボードを物理的に用意する必要がなくなるのがメリットです。またゲームの対戦相手が離れていても構いませんし、対戦相手がいなければ独りでゲームすることも出来そうです。


VASSALで何ができるのかよく分からないので、まずは環境を作ってみました。

  1. 最初にJava 8.0.291-b10をインストールしました。
  2. 最新のVASSAL 3.5.7をインストールしました。
  3. VASSAL上のSquad Lederモジュール「VSQL」をインストールしました。何か事情があるようで、複数のバージョンが置いてありました。何を選んだら良いのか分からないので、最新のVSQL 4.3.1をインストールしました。

インストール手順は上述した3ステップで良さそうなのですが、他にも必要なファイルがあるようです。
  1. Extension Filesというものが5ファイルありました。何をするものか分かりませんが、ダウロードしました。VSQLのモジュールに追加して利用するようですが、これの有無で何が違うのか、まだ分かりません。
  2. BoardsやOverlaysのファイルをダウンロードしました。ZIPで圧縮されていますが、展開したファイルを置くディレクトリは決まっているようです。
  3. Scenario Start FilesとしてVSQL-SSF-Master-Listing.zipも入手しました。

ここまで準備したことで、Squad Leaderの最初のシナリオをゲームできるようになったように思います。VASSAL上のSquad Leader環境をVSQLと呼ぶようなのです。ゲーム盤や駒が画面上に表示されているところまでは確認しましたが、実際にゲームするには何をすれば良いのか、よくわかりません。次はVSQLでゲームする方法を調べていこうと思います。

2021-06-10

『華氏451度』と米国テレビ普及率

NHK放送文化研究所の年報「第44集」(1999年)には「米商業テレビネットワーク50年の軌跡~プライムタイム番組編成からの考察~」という報告があります。その「第2章第2節 テレビ創成期(40年代後半~50年代前半)」を読むと、次のような事が書いてあります。

  • アメリカでは、ラジオ全盛時代の1941年に商業テレビ放送は誕生した。
  • WW2の中断を経て、1948年には4ネットワーク(NBC、CBS、Dumon、ABC)がニューヨークを中心にプライムタイムでの番組提供サービスを始めた。
  • 「表5 テレビ受信機台数普及の推移」(資料:Broadcasting & Cable Yearbook)によると、1946年には所有世帯数が8,000世帯(普及率:0.02%)だったものが、1950年には3,875,000世帯(9.0%)、1955年には30,700,000世帯(64.5%)に急上昇した。

日本では1959年4月10日の御成婚を契機にしてテレビが普及したと言われています。アメリカの方が早いのは当然なのですが、それでも21世紀の今日のように充実した番組が提供されていた訳ではなかったと思います。


『華氏451度』は1953年に出版されました。100分 de 名著のテキストには「同年春、ブラッドベリはのちに『華氏451度』に発展する中編を書き始めます」(11頁)とありますが、この「同年」というのは1950年のことだと思います。さて主人公モンターグの妻ミルドレッドは、「ても、第4のテレビ壁がとりつけてあったら、もっともおもしろくなるはずよ。はやくお金を貯めて、第4の壁をとり払って、テレビ壁にとりかえなけりゃ」と語るように、テレビにのめり込んでいる人物として造形されています。


『華氏451度』をレイ・ブラッドベリが執筆したのは、アメリカでテレビが急速に普及した時代と重なっています。ブラッドベリもテレビを視ていたのかもしれませんが、今日の我々がテレビ番組に対して抱くイメージとは異なっていたのではないかと思います。それなのに『華氏451度』が描くテレビの姿は、今日の我々が思い描くテレビのイメージと極めて似ている気がするのです。


100分 de 名著のテキストによると、『華氏451度』は「作家や文学研究者など「その道のプロ」には必ずしも評判がよくない」(5頁)とのことです。そのような評価が妥当なのか不当なのか判断できませんが、少なくともテレビの未来を描き出してみせたブラッドベリの洞察力は卓越していたと思うのです。

2021-06-07

レンタルのミシンで雑巾を縫う

自宅で使っているタオルが汚れてきたので雑巾にしようと思いました。畳んで縫うだけなので、簡単な筈です。自分で使うので、縫い目が揃っていなくても構いません。針と糸はありますが、最後に使ったのが何年前だったのか分からないくらいです。下手でも雑巾だから気にしないつもりでしたが、手縫いだと大変です。旧いタオルが2~3枚程度なら我慢できますが、30枚ほどあるので、手作業は諦めました。


ミシンを使えば楽だと思うのですが、持っていません。Webで検索したら、レンタルのミシンがあるようです。幾つもの会社でレンタルできるミシンを取り扱っているようです。最も評判が良さそうなミシンレンタル屋さんから借りてみました。これまでミシンを触ったこともない(もしかしたら小さい頃に触ったかも?)ので、基本機能に特化したコンパクトミシンを選びました。


使ってみたら・・・便利でした。


最初のうちは使い勝手が分からず、ちょっと四苦八苦しましたが、慣れてしまえば淡々と作業が進みます。手縫いなんかとは大違いです。半日ほどで、古いタオルから大量の雑巾(一生分という程でもないと思いますが)が出来上がりました。

宇野利泰訳『華氏451度』(レイ・ブラッドベリ)

2021年6月の100分 de 名著で扱っている『華氏451度』を読んでみました。図書館で借りたのですが、宇野利泰訳のハヤカワ文庫でした。初版ではありませんが、1975年発行だったので、訳文が多少古めかしいとは感じました。


100分 de 名著のテキストを先に読んでいたので、荒筋は知っていました。ジャンルとしては近未来小説という事になるのかもしれません。21世紀の今日を描写しているかのような箇所もあり、考えさせられました。


映画にもなっているようなので、探して、視てみたいと思います。

2021-06-03

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』

2021年6月に放送される100分 de 名著はレイ・ブラッドベリ『華氏451度』です。タイトルや著者の名前は耳にしたことがあるような気がしますが、何も知らない状態です。解説は戸田山和久さんで、NHK出版から出た『論文の教室』を読んだことがあり、お名前は存じていました。


『華氏451度』は1953年に出版されましたが、小説の舞台となるのは約100年後です。未来を扱うと何でもサイエンス・フィクションになるわけではないと思いますが、ある種のSF小説です。作品の描く世界は「明るい未来」というようなものではないようです。1949年に出版されたジョージ・オーウェル『1984年』のような印象です。これらの作品はWWIIが終わり米ソ冷戦時代が始まったという時代背景を踏まえているのでしょう。


『華氏451度』にしろ『1984年』にしろ、コントロールされた社会を描きますが、今日の社会情勢を窺わせるようでもあり不気味です。娯楽小説ではないのでハッピーエンドにはならないのですが、小説の中の世界ならばハッピーエンドでも悲劇的な結末でも構わないとしても、現実が悲惨な結末を迎えるのは耐えられません。


100分 de 名著では放送に併せてテキストが出版されています。その最後は「引き継ぎなさい。」で締めくくられています。この小説の特徴のひとつが「すぐに答えを迫る社会」として描かれており、反射的な反応が求められる傾向は現実社会でも強まっています。しかしゆっくり考える反省的思考が必要でしょう。


『華氏451度』そのものは読んだことがないので、早々に読んでみようと思っています。

2021-06-02

「様」を付けるか付けないか

最近(と言っても、ここ数年ということではなく、もっと前からですが)の傾向として、やたらと「様」を付ける事が多くなったと感じています。例えば病院で、以前なら「患者さん」と呼んでも別に失礼ではなかったはずですが、近年は「患者様」と呼ぶのが当たり前のようになっています。昔でも「お客さん」と「お客様」とでは、敬意の表し方が違っていたとは思いますが、今のように何でも「様」を付けておくようなことは無かったと思います。


何でも「様」を付ける傾向にありますが、付けておけば無難だろうと思っていたり、付けた方が丁寧に聞こえる(のではないか)と思っていたりするのかもしれません。


「様」を付ける事例を見かけるけど、それで良いのだろうかと考えてしまう例のひとつが、役職などに「様」を付ける場合です。ある人が、例えば大臣・知事・市長などであったり、または社長・部長・局長などであったりするときに、「誰々社長様」と呼びかける場面に遭遇することがあります。「誰々」と呼び捨てにするのは失礼だと思いますが、社長のような役職がついていれば十分ではないかという気がします。それに「様」をつけたら、やり過ぎという気がするのですが、相手から失礼だと思われる(相手が本当に思うかは、だぶん関係ないでしょう)のが怖くて、とりあえず付けておくという事ではないかと思います。


一方で「のらくろ」などを見ていると、「何々大尉殿」とか「何々中隊長殿」のように、階級名や職域名に「殿」が付いています。「様」ではなく「殿」なのは、時代を反映しているだけかと思いますが、下位の階級の兵卒などが上位の将校を呼ぶ際に「殿」を付けなかったら、只では済まなかったのではないでしょうか。


さらに時代を遡って旧幕時代になると、「松平備後守」のような名前があります。正式には諱があって「松平備後守家胤」のようになるのでしょう。しかし諱は普段使うものではなく、通常は「松平備後守」で名前そのものという感覚だったようです。「備後守」のような役職名はもはや国司でもなんでもなく実態を伴っていないので、(今日の「太郎」や「花子」のような)名前の一部なのでしょう。そうなれば、「松平備後守様」とか呼ばないと敬意を表せませんし、「松平備後守」では呼び捨てに聞こえてしまうでしょう。


このような感覚を日本人が持っていたなら、旧軍で「殿」を付ける感覚も分からないではありませんし、現在でも「誰々部長様」などと言ってしまう感覚も理解できます。

2021-06-01

John Masefield

放送大学で今期は「英語で読む大統領演説('20)」を受講しています。全15回の講義は後半に入っています。その第9回はJohn F. Kennedyが大学の卒業式に招かれて1963年6月10日におこなった演説を取り上げています。


講義の時間の都合で演説の一部が省かれていますが、最初の方に次のような文がありました。

"There are few earthly things more beautiful than a university," wrote John Masefield in his tribute to English universities -- and his words are equally true today.


John Masefieldというのはイギリス人の詩人だそうです。1878年生まれで、1967年に無くなったそうですから、この演説が行われていた時には存命だったことになります。文中で使われている「earthly」は、辞書を引くと「(否定文・疑問文を強調して)全然、まったく、少しも」という意味だとあります。例文には「There's no earthly reason why she should quit her job.」とあります。


「earthly」は「地上」を意味する「earth」から派生しているようなのですが、「(否定文を強調して)まったく」という意味になるのは、多少飛躍を感じます。「earth」という言葉の持つイメージを考えれば、突飛ということは無いのですが、直接的にイメージできる訳語でもないと思います。


英語を学んでいると、知らない単語は次々に現れるし、辞書を引いたことがあっても訳語を忘れていることも度々あります。記憶を定着させるには、目にする頻度を上げることだと言われます。確かにその通りだと思いますが、自然にまかせていては目にする機会は多くならないので、何か方法が必要だと感じています。


trainspotterは何鉄

手持ちの辞書(『ウィズダム英和辞典』第4版)で単語を調べていたら、ふと「trainspotter」という単語が目に入りました。その訳語は「(車体番号の記録が趣味の)鉄道マニア」とあります。僕自身も鉄道に関心がある方なので、このような鉄道ファンの存在は見当がつきます。


鉄道に関する月刊誌の記事では、夜行列車の乗車記などで、乗車する列車の先頭から最後までの車両の番号を記録するのが定番でした。昔は鉄道ファン(もしくは鉄道マニアとか鉄道オタクと呼ばれていました)は、旅もするし、写真も撮るし、鉄道に関わる事ならなんでもしたものですが、今は細分化して「何々鉄」のような呼び方が多くなっています。乗り鉄とか撮り鉄とか、もっと細かくすることもあるようです。そうなるとtrainspotterは「何鉄」でしょうか。


辞書で「trainspotter」という単語を見つけたことから、思わぬ発見をしました。この語が載っている辞書は、語数10万程度の、ごく普通の英和辞典です。珍しい語をわざと掲載したわけでもないと思います。英語圏の鉄道ファンの行動が日本の鉄道ファンと比べて何が違っていて、どのくらい同じなのか気になるところです。「trainspotter」以外にも、鉄道ファンに関わる他の語を知りたいものです。

2021-05-30

「月刊みんぱく」(2021年6月号)の巻末エッセイ

「月刊みんぱく」の巻末には「ことばの迷い道」というエッセイが掲載されています。2021年6月号は人間文化研究機構総合人間文化研究推進センター研究員である茶谷智之さんが執筆した「信頼してはいないけれど」でした。

インドの首都デリーで著者が体験したエピソードをもとに、ヒンディー語における「信頼」についてエッセイで紹介しています。そのエピソードでは、インドでは隣人を「ウィッシュワース」はしていないけど「バローサー」はしていると言われて混乱した経験を語ります。それらの言葉はヒンディー語で、日本語では「信頼」に相当するようです。

日本語でも「信頼」という言葉を発した人物の気持ちとしては程度の違いがあることは少なくありません。「期待はしている」程度だったり、「あてにしている」という気持ちで「信頼」という言葉を使う人がいない訳ではないでしょう。

言葉を発した側が、どのような気持ちを持っていたかは伺い知れませんが、表に現れた言葉は発信側の意思を示していると考えるしかありません。それを基に他言語に翻訳し、他言語の「意味が完全に一致するわけではない」単語に置き換わって受信側に伝わると、言語コミュニケーションにおける理解不全に結び付くでしょう。

「月刊みんぱく」(2021年6月号)のエッセイ「千字文」

国立民族学博物館の友の会に入っていると「月刊みんぱく」を送ってきます。表紙をめくると最初にエッセイ「千字文」があり、2021年6月号はピーター・バラカンさんの「音楽こそメッセージである」でした。

音楽メディアの時代変遷をみると、昔はレコード(LPやSPとか、ドーナツ盤もありました)でしたし、CDに変化し、最近は音楽配信が「主流」のようです。音楽に多額を費やしている人によっては、デジタルよりはアナログの方が良いのだとか、デジタルならばビットレートや分解能が云々とか、相当拘りがあるようです。

ところがエッセイの著者は「いい音楽を楽しむ媒体は何でもいいと、個人的には思います」と書いてみます。僕も同意します。音楽好きの中には、機器に如何に多額を費やしているかとか、ノイズが少なくするために電源を強化しているかとかケーブルに拘っているかなどテクニカルな方面に関心が惹かれているようで、げんなりすることがあります。

昔のラジオの時代であっても、AMラジオよりはFMラジオの方が音質が良かったし、少しでも良い音で聞きたい気持ちは分からないでもありません。しかし音楽が心に訴えかける力は品質で変わるようなものではないと思うし、音源にノイズが乗っていようが、再生機器がプアーであろうが、音楽の愉しさは変わらないと思います。

2021-05-29

NHKニュースの天気予報コーナーの担当者

NHKでは4月の年度替わりで人事異動があるようなので、朝昼晩のTVニュースの担当者が定期的に変わります。NHKの職員は全国を移動するようですし、新年度の定番の光景です。またニュースの中で天気予報を伝えているのは、気象予報士の資格を持っているようですが、どういう存在なのでしょうか。


年度替わりの人事異動で地方局だった人が東京に移ったようで、それまではローカルニュースの中の天気予報でしか見たことがなかったのに、全国放送のニュースの天気予報コーナーで姿を見かけて、驚きました。


気象予報士の資格を持っていたとしても、アナウンサーであれば普通のニュースを読んだりすることもありそうなものですが、そういう姿を見たことがありません。NHKの人事異動とリンクしているようなので、NHK職員なのかと思っているのですが、もしかすると違うのでしょうか。

去年の種

もう5月は終わろうとしています。毎年庭に朝顔と向日葵の種を撒いています。あまり手間をかけていないので状態は良くないですが、 庭が雑草に覆われるよりはマシだろうと思っています。


朝顔にしろ向日葵にしろ、花が枯れて、秋頃には種が採取できます。それを翌年使えば良さそうな気もするのですが、発芽しないんじゃないかと感じているので、毎年種を買っていました。試しに前年採取した種を使ってみたこともあるのですが、発芽しなかったような記憶があります。


植木鉢に種を蒔いて、発芽してくれればいいのですが、もし発芽しなかったら改めて種を買ってこなければなりません。それを心配していたのですが、今年は去年採取した種を、浅い水に入れて様子を見ることにしました。もし発芽したら、それを植木鉢に植えれば、少なくとも発芽している事は確認されているので、心配がひとつ減ります(発芽した種を植木鉢に植えて、ちゃんと根付いてくれるだろうかという心配が増えるのですが)。


去年採取した朝顔と向日葵の種を試してみました。朝顔は、ほとんど発芽しませんが、芽が出てきたものもあるので、何とかなりそうです。向日葵は、カビが生えてきてしまいました。こちらは全滅でした。

2021-05-14

WSLのUbuntuでdo-release-upgradeに失敗

WSL上でUbuntuを利用しています。 

No LSB modules are available.

Distributor ID: Ubuntu

Description:    Ubuntu 18.04.5 LTS

Release:        18.04

Codename:       bionic


何かのために本格的に利用している訳ではないのですが、Web上の記事「Ubuntu 18.04(LTS)→20.04(LTS)アップグレード方法」を参考にして、バージョンを上げようとしました。ところがエラーで中断してしまいます。

状態情報を読み取っています... 完了      

=== Command detached from window (Fri May 14 17:37:50 2021) ===

=== Command terminated with exit status 1 (Fri May 14 17:38:00 2021) ===


何かのコマンドが異常終了したようですが、それが何なのか分かりません。どこかに情報が出ているのでしょうか。


エラーの原因を突き止めて、問題を解決すれば綺麗だとは思いますが、手っ取り早くUbuntuを再インストールするのも一つの方法かと思います。

2021-05-01

Franklin D. Roosevelt's First Fireside Chat (1933)

放送大学教養学部で今期受講している「英語で読む大統領演説('20)」の第5回目は「Franklin D. Roosevelt's First Fireside Chat (1933)」でした。これは、日本語では「炉辺談話」とも呼ばれ、ルーズベルト大統領が任期中にラジオを通じてアメリカ国民に語りかけたものです。その第1回は就任直後の1933年3月12日におこなわれ、1933年3月9日に成立した「緊急銀行法」を踏まえています。


受講している科目は、大統領演説を素材として英語を学ぶというだけではなく、アメリカと言う国家を知ることも目的としています。さらには文章を理解するためにパラグラフ・リーディングの考え方も利用しています。


パラグラフ・リーディングのスタイルが文章を理解するために助けになることは否定しませんが、それだけで文章が理解できる訳ではないのではないかという気がしてきました。例えばルーズベルト大統領の初回の炉辺談話の話題は、当時のアメリカ国内における最重要課題を取り上げています。それは当時のアメリカ国民であれば、自分たちの問題として、身近に感じている深刻な状況であったはずです。だからルーズベルト大統領とアメリカ国民は状況認識を共有していることを前提に、大統領は語り、国民は聴くわけです。ところが英語の勉強のために大統領演説を素材としているだけである約90年後の日本人である私は、そのような状況認識を共有していません。英語に不慣れであることに加えて、時代背景にも不慣れなので、結局内容が頭に入ってこないのです。


直接的な英語の勉強とは異なりますが、英文の背景を押さえる努力が必要なのではないかと思います。それは時代背景かもしれませんし、文化的背景かもしれません。もしくは個人的な志向もあるでしょう。そういう事を踏まえた上で英文を理解することになると思います。

座席鉄

Webで「「座席鉄」が選ぶ乗り心地◎な鉄道車両シート5選 普通車でG車並み 秀逸ロングシートも」という記事を目にしました。 


鉄道愛好家の呼び方について、ウィキペディア「鉄道ファン」のページ内で「日本における呼称について」で記述されています。大雑把な変遷をたどると、「鉄道ファン」が「鉄道オタク」と呼ばれるようになり、いつの間にか「鉄ちゃん」という愛称が登場し、最近では「○○鉄」という細分化された時代を迎えたと思います。少なくとも「鉄ちゃん」の頃までは、今日のような細分化された区分はなくて、鉄道愛好家たるもの、写真も撮り、模型も作り、鉄道にも乗るという、鉄道に関わることなら何でもする時代だったと思います。


いつ頃からの風潮なのか定かではありませんが、今日では「乗り鉄」や「撮り鉄」など、鉄道ファンとしての関わり方を細分化した呼称が一般的になっています。いくら細かく区分したところで専門性が高まるわけでもないのに、話題性や奇抜さを追求しているように見えなくもありません。


そしてついに「座席鉄」まで登場してしまいました。この調子では、遠からず「JR乗り鉄」とか「小田急撮り鉄」などが出現してしまうかもしれません。

2021-04-26

latexmkでLaTeX組版をおこなう

Webを見ていたら「latexmk」が話題になっていました。何のことか分からないので調べてみると、LaTeXの組版やPDF変換などをおこなうためのツールだそうです。


これまでは組版には「platex」などを使いdviファイルを生成し、「dvipdfmx」でPDFを生成していました。個々にコマンドを叩いても、それほど大変ではありません。しかしLaTeX内部で参照などがあると、「platex」を依存関係が解決するまで繰り返して実行する必要があります。そのような手間が「latexmk」を使うと、気にしなくても良くなるようです。


LaTeXのヘビーユーザではありませんが、ASCIIのpTeXとかNTTのjTeXの頃から細々と使っています。それが何時の間にやらTeXliveを使うようになりましたが、必要なものが全て揃っているとは言え、あまりにも膨大で何があるのか、情報が得られていません。


「latexmk」も何年も前から登場しているようですが、全く知りませんでした。Webを検索したら、ずいぶん前から薦められていたようです。


LaTeXの組版をして、PDF変換するのに利用するだけでも構わないのですが、PDFで50頁ほどのマニュアルがTeXlive2021には含まれているので、目を通しておこうと思います。

2021-04-21

ONKYO C-7030からSONY MZ-R50に光デジタルケーブルでダビング

2年ほどまえに自宅で使っていたMarantz CM6001が故障しました。修理に出したのですが、修理不能で戻ってきてしまったので、代替品としてONKYO C-7030を買いました。これでCDは聴けるようになりましたが、MDが使えなくなってしまいました。


SONY MZ-R50も持っているので、MDを再生することは出来るのです。しかしCDからMDにダビングする方法を見つける必要があります。C-7030には光デジタル出力があり、MZ-R50には光デジタル入力があるので、両者を光デジタルケーブルで繋げばなんとかなりそうです。光デジタルケーブルの端子は、USBほどバリエーションが多いわけではないようですが、Web記事「2種類が普及しているオーディオケーブル!“光角型プラグ”と“光ミニ・プラグ”の違いとは?」に書かれているように、少なくとも2種類あるようです。取扱説明書を確認してみたら、C-7030が角形で、MZ-R50がミニプラグでした。


C-7030とMZ-R50を光デジタルケーブルで繋ぎ、MZ-R50を録音待機状態にします。MZ-R50は録音同期スイッチがついているので、C-7030でCDを演奏開始すれば、同期して録音を始めてくれます。さらに曲が変わるタイミングでMD側でもトラックを分けてくれるので、CDと同数のトラックでMDにダビングできます。


これでCDをMDにダビングできる環境が整いました。自家用車のオーディオにもMDを付けているし、手持ちのMDが無駄になる事もなくなりました。

2021-04-18

二つの数独

The Japan Times On Sundayが2021年4月からThe Japan Times / The New York Times weekend editionに変わり、(値段も上がりましたが)The Japan TimesとThe New York Timesの両方を購読しているようで、ひとまず満足しています。


両紙ともコミック、クロスワードパズル、数独などの娯楽ページがあります。The Japan Timesの方の数独は普通ですが、The New York Timesの方の数独は、ちょっと変わっています。


謎の一つ目は、謎の追加ボックスです。The New York Timesの数独のルールは、次のように書かれています。

Fill the grid so that every row, column 3x3 box and shaded 3x3 box contains each of the numbers 1 to 9 exactly once.

これに対してThe Japan Timesの数独のルールは、次のように書かれています。

Complete the grid so that every row, column and 3x3 box contains a number from 1 to 9.


上述した謎は問題の難易度に関わることでしょうから、それほど気にする事ではありません。しかし謎の二つ目は、結構深刻です。問題には番号が付いており、2021年4月3-4日号の場合はNo. 0304でした。しかし解答がNo. 0204になっています。問題と解答の番号が合っていません。この回答は何時の問題の分なのか? また今回の問題の解答は何時掲載されるのか?


もしかして解答が掲載されるのは1週遅れなのかと思いました。ところが2021年4月10-11日号の解答はNo. 0904です。問題No. 0304の解答は何処に行ったのか?


不安を感じるのは、数独をよく見ると、右下に小さな文字が入っていて、問題には「210403」と、解答には「210402」とあることです。これは2021年04月02日とか03日という意味ではないでしょうか。そうだとすると、数独の解答は翌日付ということになるのですが、weekend editionを購読している読者には入手する術がないのです。


なんとかならないでしょうか。

 

2021-04-13

Theodore Roosevelt's "The Strenuous Life" Speech (1899)

放送大学教養学部で今期は、宮本陽一郎先生の「英語で読む大統領演説('20)」を受講しています。最初の2回は導入で、実際に大統領演説が現れるのは3回目からです。


セオドア・ルーズベルトの演説「The Strenuous Life」は有名のようで全文を読むことが出来ます。他にも何か参考になる情報がないかと探してみたら、「Theodore Roosevelt: A Strenuous Life」を見つけました。研究者であるKathleen Daltonが2002年に出版した著書「Theodore Roosevelt: A Strenuous Life」を記念して2004年2月12日にWashington D.Cの書店で行われた講演と質疑応答の模様をC-SPAN2 BookTVが動画配信したものです。


僕自身は、セオドア・ルーズベルトについては何も知りませんし、当然のことならが動画は全て英語で、日本語の字幕が付いている訳でもないので、内容が理解できたわけではありません。しかし感覚的ですが、分かりやすそうな印象を受けました。


英語の勉強を細々と続けています。このような動画を発見すると、英語を身につけることで、得られる情報の幅が広がるのだろうと思うと、期待が膨らみます。

2021-04-12

「The Book of Tiddlywiki」

一年ほど前にGoogleグループの「TiddlyWiki」で「The Book of Tiddlywiki」が話題になっていました。PDFをダウンロードして、読もうと思っていたのですが、先延ばしになっていました。


ようやく余裕ができたので目を通してみましたが、素晴らしい出来だと思います。TiddlyWikiの情報がよくまとまっていると思います。入門書というわけではないので、本書でTW5を学ぶのは難しいと思います。しかし既にTW5を使っていても、その全体像をつかみかねている私のような利用者には、役立つと思います。


内部構造についても記載されていますが、それを理解するのは、まだ先の課題となりそうです。

池田晶子『14歳からの哲学』を読み終えた

2021年3月放送の100分 de 名著で紹介されていた『14歳からの哲学』を読み終えました。翻訳ものの哲学書と違い、とても読みやすいです。しかし内容が薄いわけでは決してなくて、むしろ「考える」ことが常に求められているので、入口に立ったばかりという感じです。


きっと今後何度も読み返していく事になるでしょう。 

2021-04-07

The Japan Times / The New York Times weekend edition

英字新聞に親しむため「The Japan Times On Sunday」を定期購読していたののですが、2021年4月より「The Japan Times / The New York Times weekend edition」に変わりました。


他にも「The Japan Times Alpha」も定期購読しており、これまでの「The Japan Times On Sunday」も、どちらもタブロイド判でした。ところが「The Japan Times / The New York Times weekend edition」は普通の新聞と同じ大きさに変更となり、「でかくなったなぁ」という印象です。


またタイトルが「The Japan Times / The New York Times」となっていますが、これはジャパン・タイムズの新聞の一部記事がニューヨーク・タイムズから提供されたものが含まれている程度かと思っていました。ところが、4月になって届いたのを確認したら、別々の新聞である「The Japan Times weekend」と「The New York Times International Edition」がセットになっており、お得な感じです。

TW5を使って資料をタグで整理する手法

個人的に必要となる情報を整理するためにTiddlyWikiを使っています。その存在を知ったのは10年以上前ですが、今はバージョンアップしてTW5と呼ばれています。それに対して以前のバージョンはTWC(TiddlyWiki Classic)と呼ばれるようになりました。


Tiddlywikiでは、情報をTiddlerという単位で管理します。これは梅棹忠夫が『知的生産の技術』で紹介している「京大型カード」のようなものだと理解しています。Tiddlerにはタグを付けることが出来るので、ひとつのTiddlerを様々な観点から纏め上げることができます。この点が情報を整理する上で役立っています。


ひとつの例として蔵書管理を行う事を考えます。ひとつの書籍をひとつのTiddlerに割り当てるのが分かりやすいでしょう。そこにタグとして、出版社とか出版年やジャンルなど、いろいろな属性を与えることができます。この方法で管理するTiddlerが増えてきて、カテゴリーで整理したリストが見たくなったとしましょう。例えば出版社ごとの蔵書リストが見たければ、タグに指定した出版社でグルーピングすれば良い訳です。出版年やジャンルなども同様です。


ここで気になるのが、タグで指定する情報が事前に想定できない場合の対応です。例えば出版社やジャンルなどであれば、(世間一般としては無限に考えられるとしても)個人的には限定された種類のタグを準備しておけば済むでしょうから、あまり問題にならないと思います。ところが出版年であれば、西暦にせよ和暦にせよ有限個数とは言え、事前に想定しておくのは困難なくらいの個数を考えておく必要がありそうです。


TW5にはマクロウィジェットなどが用意されており、これを駆使すると(なんでもできるのかは知りませんが)なんとかなりそうです。

  1. 全てのタグの中から特定の(先頭に「西暦」が付いている)ものを抽出する。
  2. 抽出されたタグから1つを選び、そのタグが付いているTiddlerのリストを表示する。

上述したロジックをTW5で実現してみました。これがTiddlerwikiの流儀に則っているか自信はありません(TW5風のもっと良い方法があるかもしれない)。もし更に良い方法が見つかったら変更しようと思います。

<$list filter="[tags[]prefix[出版]]" variable="ADyyyy">
<div class="tc-menu-list-subitem">
<$set name="theyear" filter="[<ADyyyy>addsuffix[年]removeprefix[出版]]">
<<theyear>>
</$set>
<<list-links filter:"[tag[$(ADyyyy)$]]" type:"ol">>
</div>
</$list>

出来てしまえば数行程度のものですが、ここに辿りつくには相当苦労しました。TW5で実現できるか否かが、そもそも不明であることが理由のひとつです。TW5で実現できるとの確信がなかったので、TW5では無理なことを求めているのだろうかと悩みました。また実現したい機能は単純なのですが、それを実現する為のTW5の発想が不明だったのも、苦労した理由のひとつです。

今回の経験を踏まえて、まだまだ利用していないTW5の機能があることを実感しました。もっと使いこなせるようになりたいと思います。

池田晶子『14歳からの哲学』を購入した

NHKで放送している「100分 de 名著」の2021年3月のテーマは「災害を考える」でした。いつもはテーマとなる書籍1冊を一ヶ月かけて読んでいくのが普通ですが、その回ではテーマに関連する4冊の書籍が紹介されました。


この番組で取り上げられている書籍は、その番組中で粗筋を紹介している訳ではありません。できれば自分で読んでみるのが望ましいだろうと思います。番組は、その書籍を読むための入口を提供しているに過ぎないのだと思います。


3月の番組で取り上げられていた『14歳からの哲学』(池田晶子)を購入し、読み始めています。タイトルで「14歳」を謳っているように、その年齢を対象にして執筆されているので、読みやすいのですが、易しくはありません。専門的な用語や言い回しが多用されている、翻訳された哲学書では、読み進めることすら困難であることが多いのですが、それに比べると本書は、格段読みやすいです。しかしスラスラ読めてしまいますが、表面的な理解で終わってしまうか、その中に入っていくのかは、読者の力量にかかっていると思います。

2021-04-05

Teaism

2021年度は放送大学教養学部で「英語で「道」を語る('21)」を受講することにしました。その第2回の講義のタイトルは「茶道/The Tea Ceremony」です。


印刷教材(放送大学では教科書のことをこのように呼びます)には以下のような文があります。

What is suggested here is that 'Teaism' is not just about drinking tea but about something more than that, something that is closely related to our view of life.


茶道というのは、ただお茶を飲んでいるだけではなく、人生観に関係する何事かであるというのです。私自身は茶道には縁がなく、その目指す境地はわかりません。しかし茶道がそのような方向を目指しているだろうという事はわかります。茶道に限らず、武道でも華道でも、芸事はそういう方向を目指しているように思います。


それは理解できるとして、お茶を日本に伝えたのは鎌倉時代の栄西だという話があります(諸説あるようです)が、それが「茶道」というものに発展することに何故なったのかは、よく考えると不思議です。そこには千利休の果たした役割があるとは思いますが、茶道として完成されたことが必然だとも自明だとも思いません。


一方で、珈琲が日本に伝わったのは江戸時代の長崎出島のオランダ商館だったという説があります。お茶と同様に舶来品ですが、「珈琲道」というものが出来ることはありませんでした。


「道」というものの諸芸に通底する思想が考えられます。しかし因果関係として、そのような思想があったことを原因として、茶道という結果が得られたとは思えず、そのような思想がなかったことが原因で、珈琲道という結果を得られなかったとも思えません。


道としての芸事を生むことになる、何か別の要因や原因があるのではないかと思うのです。

あるなし

ラジオを聴いていたら、2021年4月5日6時22分ごろに静岡県西部でM4.3の地震が発生したことを速報していました。そこで「津波の〈あるなし〉 は現在気象庁で調べています」と伝えていました。


NHKでは「有無(うむ)」ではなく「あるなし」と伝えているのですが、何故でしょう。ラジオを聴いている人達は「うむ(有無)」と言われると理解できないから、「あるなし」と報道しているのだ、とNHKでは考えているのでしょうか。


このような違和感は、他の状況でも感じたことがあります。鉄道で移動する際に、地域や時期によっては、ドアが自動開閉せず、自分でボタンを押してドアを開けて乗車や下車する必要のある場合があります。このような場合、車内放送では「ドアは自動的には開きませんので、〈あける〉ボタンを押してください」のように伝えています。場合によっては「あける」ではなく「ひらく」とアナウンスしている場合もあります。


「開閉(かいへい)ボタンを押して云々」とアナウンスするよりは、「ひらくボタンを押して云々」の方が、「乗客は分かりやすい」のだと鉄道事業者側が考えているのではないかと思います。そうなのでしょうか。そのように事業者は考えているのでしょうか?「かいへい」よりは「ひらく」の方が乗客側は分かりやすいのでしょうか?


分かりやすいとは何か、本当に分かりやすいと言えるのか、などを考えることは、わかりやすい問題ではないのではないかと思います。

Paragon Backup & Recovery 2017 FREEの「世代」とは

Windows 10のバックアップに、これまではParagon Backup & Recovery 2014 FREEを利用していましたが、2017(FREE)版に移行しました。バージョンが変わったことで、操作性が大きく変わりました。2014版では、フルバックアップや差分バックアップは、操作メニューの選択肢に過ぎなかったのですが、2017版では、バックアップ方針の定義の仕方に変わりました。


どのようなバックアップ方針にするかは、使い勝手を確認してみて決めていこうと思っていますが、ひとまず「フルバックアップと4個の差分イメージ」をおこなうようにしてみました。さらに「3世代」を保存し、それ以外を自動削除するように設定しました。


ここで「世代」とは何なのでしょうか?「フルバックアップと複数の差分イメージ」をひとつの世代と考えて、それが何世代分かを保持するという意味だと理解しました。しかし裏付けとなる説明が見つけられていないので、実際の挙動は違うかもしれません。


しばらくは、どのような動作をするのか確認してみようと思っています。

2021-04-02

「原稿は農作物」

東京大学出版会の広報誌「UP」の2021年4月号に掲載されていた「生産者の顔が見える原稿」(言語学バーリ・トゥード13、川添 愛)を読んでいたら、「原稿は農作物」と譬えていました。その趣旨は、「書けば出来上がる人工物ではなく、植えて育てる自然物だ」ということです。


「原稿」に限らず、何かを作り上げていく場合には、生産ラインにおける工程管理のような具合にはいかないものです。筆者が書いているように、原稿を執筆するのは約8時間だが、構想し始めてから出来上がるまでには平均しても10日間ほどかかっているようです。要するに原稿を仕上げるためには、着想から完成まで2週間ほど必要となりますが、その間で実作業に携わっていたのは延べ8時間程度でしかありません。それを一気呵成にやろうと試してみても、「無理!」だそうです。


ソフトウェア開発の問題を指摘した「人月の神話」という名著があります。ソフトウェア開発に限らず、プロジェクトでは規模を「人月」で測定することがよくあります。開発期間が年単位でスケジュールされ、携わる人員も延べで何百人にも何千人にもなるのであれば、「人月」という発想でも管理できるかもしれません。「人月」という発想の根本にあるのは、10人月であれば、1人なら10ヵ月だし、10人なら1ヵ月で済むという(本当かと思いますが)ことだからです。その発想が適用できる範囲について、必ずしも認識が合っている訳ではないようです。大規模プロジェクトならまだしも、メンバが数人程度のプロジェクトとか、上述した記事の場合なら筆者本人だけですが、その場合でも同じ発想を持ち込まれると、困った状況になります。筆者が原稿を仕上げるには、着想からならば「10人日」くらいですが、執筆だけなら「1人日」となってしまいます。出来上がった原稿に対する報酬が、「人日」を基準しようとされてしまうと、報酬額を引き下げようとする圧力の要因になってしまうでしょう。


「原稿は農作物」という主張に戻ると、それを具体化した事例は、納得できます。

  1. 「農業の基本は土作り」に相当するのが、原稿執筆なら「書く人のコンディション」だ。
  2. 農業に「種」が必要なように、「文章を書く上で絶対に必要」になるのは「テーマというかネタ」だ。
  3. 農作物が育つには、人手をかけるだけではなく、自然にまかせる必要があるように、原稿も「書けば出来上がる人工物ではなく」、「時間とともに原稿が自然に育つのを待つ」必要がある。

原稿を執筆する場合でも、何か美術作品を創作する場合でも、何かのソフトウェアを製作する場合でも、どんなに些細なものであったとしても、何かを新たに作り上げようとする際には、工場で大量生産をする場合のような「生産性」を求めるのは、お門違いだと思うのです。

2021-03-30

NetBSD/i386 9.1でパッケージを9.0_2020Q4に更新

dynabook SS SX/15AにNetBSD/i386を入れて使っています。OS本体やパッケージを更新する作業を時々おこなっています。OS自体は昨年末に9.1にしたので、今度はパッケージを9.0_2020Q4で更新しました。


パッケージはpkginを使って、バイナリで更新します。いきなり更新作業を始めると、必要なパッケージをダウンロードしようとして、何故かストールしてしまうので、事前に別のマシンで必要なパッケージを入手しておきます。必要なパッケージは576もありました。これを/var/db/pkgin/cacheに置いておきます。 


pkgin full-upgradeで、全て更新してくれるはずなのです。しかし途中で何やらエラーが発生したようで、2時間半たって処理が完了した時点では、必要なパッケージがゴッソリ消えて、不完全な状態になっていました。エラーログを見て、問題がありそうなファイルを見つけて、個別に対処しました。まったくエラーのない状態には出来ませんでしたが、なんとか復旧できたと思います。


エラーログを確認していると、パッケージ構成スクリプトのバグではないか?と思わせるような記録も残っています。もしかすると気付かないところで、問題が残っている可能性もあると思います。


いろいろと苦労しますが、そのような問題を解決していく過程も、技術力を磨くには良いのかもしれません。

Paragon Backup & Recovery 2017 Free

Windows10を利用しているデスクトップPCのバックアップは、これまでParagon Backup & Recovery 2014 Freeを利用していました。幸いにもバックアップから復旧する必要には迫られませんでしたし、使っていて特に困ったこともありません。このままでも構わないのですが、「Paragon Backup & Recovery 17 フリー版のインストール方法」という記事を読んだので、2017版に更新してみました。


その記事が書かれたのは2年ほど前ですし、2017版というのが本当に2017年にリリースされたのか知りませんが、少なくとも随分前のものである事には違いありません。記事に書かれている事とは多少違いがありました。


まず「Free版」とは呼ばないようです。公式サイトでは「Community Edition is available completely free for the non-commercial purpose only.」とありますから「Community Edition」と呼ぶようになったのでしょう。


またツール自体も「Backup & Recovery」 ではなく「Paragon Hard Disk Manager 17 Suite」に変わっています。ダウンロードしたのはバージョン17.9.3です。


さらにアクティベーションも無くなっています。記事では初回起動時にアクティベーションが必要とありますが、そのような画面は出てきませんでした。


ほぼ記事の手順どおりにインストールできたのですが、リカバリーメディアを作成できません。手順に従っているつもりなのですが、「リカバリーメディアの作成に失敗しました」というメッセージが出ます。この時に「操作は失敗しました エラーコード = 66, エラーメッセージ = ディレクトリが見つかりません」という情報も出てきますが、あまり参考になりません。「ディレクトリが見つかりません」というのは、どのディレクトリの事でしょう?


バックアップをとるだけならリカバリーメディアが無くても大丈夫でしょう。万が一リカバリする事になったら、必要ですが、今すぐではない(そう希望します)と思います。