2017/05/26

人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!【佐藤】

この4月からNHKでは「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」という番組が始まっています。民放に出演していてNHKからは遠ざかっていた古舘伊知郎が復帰したということでも話題になりました。臨時に放送する特別番組ではなく毎週木曜日に定期的に放送されるのですが、かなりマニアックな内容が続いています。この路線で今後も続けていけるんだろうかと心配になるくらいです。

2017年5月25日の放送では「佐藤」という姓を取り上げていました。都で左衛門尉という下級官僚だった藤原氏の一族が東北に移ることで繁栄を築いていくという話をアニメを交えたドラマ仕立てで説明していました。

その中で面白いと思ったのは、都での任官に失敗したときのシーン(アニメでしたが)の描写に「お祈りメール」が使われていたことです。昨今の就活の現場でも「お祈りメール」が飛び交っているらしいですが、そのような事実を知っていると番組の隅々まで興味深く視ることができます。

番組制作側が各所に忍ばせてくる仕掛け(「お祈りメール」など)を視聴者側が見抜けるか否かは、受け止める側の「素養」が問われることになるでしょう。この番組の中でも、もっといろいろと仕掛けが忍ばせてあったのかもしれません。それを僕が見抜けたところもあり、見抜けなかったところもあるのではないかと思います。

テレビ番組に限らず、映画でも、舞台でも、小説であっても、創作作品においては制作側と受容側が共通して持っている背景に期待して表現されるところがあります。そこをうまく読み解いていけるためには、受容する側としても多様な文化に常に接し、間口を拡げておく必要がありそうです。

2017/05/25

明治期の官報に掲載されている鉄道の時刻情報など

国立国会図書館デジタルコレクションを利用すると明治期の官報を見ることが出来ます。官報が発行されるようになったのは明治16年7月2日からです。官報に掲載される主な情報は省庁が出す告示などだと思いますが、付録として鉄道の時刻や運賃なども掲載されることがあると知りました。

国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる官報では、勅令、告示、省令などについては細かくインデックスがつけられているのですが、附録に対しては詳細な情報がインデックス化されていません。このため検索しようとしても1件も見つけることができないのです。Googleを利用してみても、官報に含まれる鉄道時刻の情報を探そうとしている人はよく見つかるのですが、網羅的に探している人はいないようです。

検索で見つからないなら、力業ですが目視で探すしかありません。仮に明治期の官報に限定するとしても、官報の情報を全て目視して探すのは大変すぎます。いくら力業で探すとしても、もう少し範囲を限定しておきたいところです。

国立国会図書館デジタルコレクションで検索をかけると「附録」とインデックスがつけられているものだけを抽出できるようです。これでも目視するには大変なくらいの量がありますが、全部見るのに比べれば随分ましになります。

目視で探してみると以下に示すような情報が得られました。目視なので、もしかすると見落としたものがあるかもしれません。
  • 官報第1652号附録(明治21(1888)年12月29日)汽車発着時刻及び賃金
  • 官報第1768号附録(明治22(1889)年5月24日)日本鉄道線路図
  • 官報第1794号附録(明治22(1889)年6月24日)鉄道運輸開始
  • 官報第1903号附録(明治22(1889)年10月31日)全国汽車発着時刻賃金及哩数表
  • 官報第2121号附録(明治23(1890)年7月25日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第2258号附録(明治24(1891)年1月12日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第2923号附録(明治26(1893)年3月31日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第3428号(明治27(1894)年11月30日)彙報官設鉄道収入旬報
  • 官報第3452号附録(明治27(1894)年12月28日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第3874号附録(明治29(1896)年5月30日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第4695号附録(明治32(1899)年2月28日)全国各鉄道停車場名称及位置並哩程表
  • 官報第4696号附録(明治32(1899)年3月1日)逓信省告示第60号別冊東海道及北陸線旅客賃金表
  • 官報第5621号附録(明治35(1902)年4月4日)逓信省告示第184号別冊東海道及北陸線旅客賃金表
  • 官報第5808号附録(明治35(1902)年11月12日)彙報鉄道線路哩程(逓信省)
  • 官報第6754号附録(明治39(1906)年1月8日)彙報鉄道線路哩程(逓信省)
  • 官報第7166号附録(明治40(1907)年5月22日)彙報鉄道線路哩程(逓信省)

明治期の鉄道は、開業された路線も限られていましたし、また運行本数も僅かだったので、全国の発着時刻を官報に掲載しても差し支えない程度で済んでいます。しかし路線が増え、また運行本数も増えてくれば、今日につながるような時刻表に役割を譲ることとなり、官報に鉄道時刻が掲載されることは無くなっていくようです。

2017/05/22

捨てられる幸福と捨てられない幸福

三木清の『人生論ノート』の「幸福について」には次のような一節があります。
幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるやうにいつでも氣樂にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし眞の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。
アランの『幸福論』の「幸福は美徳」には次のような一節があります。
なぜなら、完全な意味でもっとも幸福な人とは、着物でも投げ捨てるように別な幸福などはもっとも適切に船外に投げ捨てる人であることは、まったく明らかだからだ。だが彼は、自分の真の幸福はけっして投げすてない。そんなことはできはしない。
とてもよく似たことを語っています。アランの文章は1922(大正11)年11月5日に書かれたようです。また三木の文章は昭和13(1938)年7月に「文学界」で発表されました。三木はアランの文章を知っていたのかもしれません。しかし三木は哲学者ですから、単なる引用をおこなったと考えるのではなく、三木が思考を深めた結果として自分の身に一体化したものとなっていたのであろうと考えるべきでしょう。

2017/05/14

ランサムウェア「WannaCry 2.0」が猛威を振るっているらしい

「WannaCry 2.0」と呼ばれるランサムウェアが猛威を振るっているようです。マイクロソフトが2017年5月1日付で「ランサムウェア WannaCrypt 攻撃に関するお客様ガイダンス」という情報を出しています。この中で「お客様の影響の大きさを考慮し、すでにサポートが終了している Windows XP, Windows 8 および Windows Server 2003 についても例外的にセキュリティ更新プログラムを公開しています」と記しているように、もうセキュリティ更新プログラムを出さないことにしたはずのWindows XPなどの対処をおこなっていることから分かるように、相当深刻な状況にあるようです。

つい先月でサポート期限を迎えたWindows Vistaは、今年3月時点で対処されたセキュリティ更新プログラムが出されていました。Windows Updateを毎月適用し続けていれば既に対応済みになっているはずですが、VistaのWindows Updateは昨年頃から反応が悪く使い物ならなくなっていたのは、どうしたことでしょう。

僕がNetBSDへの移行を検討していたdynabook SS SX/15Aは、まだWindows Vistaのままになっています。早々に移行したいと思っていますが、移行作業をおこなう時間的な余裕がありません。せめてMS17-010だけでも適用させておきたいところです。しかしVistaのWindows Updateの更新確認の反応が異常に遅い現象は結局直っていないので、 適用できずにいます。最低限としてSMBv1を無効にする処理はとっておきました。

ただ幸いな事には、このdynabook SS SX/15Aは常用しているわけではありません。またローカルHDDに入っているファイルは別のPCのミラーですので、 影響が直ちにオリジナルに及ぶわけでもなかろうと思います。だからと言って「WannaCry 2.0」に感染しても良いということにはなりません。うっかり感染してしまわないように、十分気を付けようと思います。

2017/05/13

鉄道に乗車中のゴミを座席の下に捨てる?

はるか昔のことなので記憶が定かではありません。まだ小学校に入る前か、小学生だとしても低学年の頃のことだったと思います。特急のような優等列車ではなく、普通の各駅停車(私鉄ではなく国鉄ですが)に乗っていて駅弁を食べたり、または缶ジュースのような飲料を飲んだりしたとき、その飲食し終えたゴミを座席に下においておくように言われたような記憶があります。食べ散らかしたままではなく、きちんとまとめた状態(「きちんとまとめた」ゴミって意味不明ですが)にした後ではありました。子供心に勝手な行動をしたというより、その時に同行していた祖母に言われたような気がします。

いまこのようなことをしたら、ゴミはゴミ箱に捨てるか持ち帰るようにと、非難されるでしょう。JRの駅のホームにはたいていゴミ箱が設置されていますし、ローカル線を走る気動車の車内にもゴミ箱が設置されていたりします。だからゴミは放置しないでゴミ箱に捨てるのが望ましい行動です。

ところが今でも、飲み終わった空き缶が座席の下に置かれていて、走行中に車内を転がっていたりする光景を稀に見かけたりするのです。

まだ幼い頃のことなので日常的に鉄道を利用しているような年頃ではありませんし、また乗車中に駅弁のようなものを食べる機会も滅多にありませんでした。だからゴミを日常的に座席の下に放置していたとは思えず、もしかすると何か別の記憶と混乱しているのかもしれません。

先月福井に行ってきた時に福井県立歴史博物館で購入した図録『鉄道博覧会 日本と福井の鉄道のあゆみ』の中に興味深い記述を見つけました。巻末に掲載されている「概説」の中で「III 鉄道の旅」の一節に次のような記述がありました。
また、飲み終わった汽車土瓶を走行中の列車の窓から投げ捨てる人がいたことから「あきびんは腰かけの下にお置き下さい」などの注意書きが、この頃から書かれるようになりました。

僕には土瓶のお茶というのは記憶にありませんが、ポリエステル製ならば微かに覚えています。記述にあるように、土瓶を走行中の列車内から外に投げ捨てると危ないかと思います。この汽車土瓶は再利用していたようですから、座席の下に置いておくように指示されるのもありえるかと思います。

当時の列車内でお茶を飲むという行為は単独でおこなわれるわけではなく、当然ながら駅弁を食べるという行為が主となっているはずです。そうであれば、お茶が飲み終わっている時には、駅弁も食べ終わっているわけで、駅弁の弁当箱などのゴミがあるはずです。もし汽車土瓶を座席の下におくならば、自然な流れとして駅弁のゴミも一緒に置くことになるでしょう。

このような習慣が祖母の世代にはあるため、ゴミを座席の下に置いておけば良いという言動につながっていたのではないかと思い至りました。

2017/05/08

夢でない空中飛行

調べものをしていて『新聞集成明治編年史』を見ていたら「夢でない空中飛行」という記事を見つけました。これは明治2年9月に「横浜新報もしほ草」という新聞に掲載された記事だそうです。

明治2年というのは1872年ですから、ライト兄弟が初飛行に成功した(もっともNHKの「BS世界のドキュメンタリー」では2017年5月3日に「人類初飛行の光と影 ~ライト兄弟とホワイトヘッド~」という番組で1901年に有人飛行を成功させたとされるホワイトヘッドを紹介しています)と言われる1903年よりも30年ほど前のことになります。

「もしほ草」という新聞について調べてみると国立国会図書館のデジタル資料に『幕末明治新聞全集』と『もしほ草:横浜新報』を見つけました。どちらの資料もオリジナルではなく翻刻されたものようようです。若干の誤植らしきものを除けは、どちらも内容は同じです。ただし『新聞集成明治編年史』と違うのは、今日における飛行機とは違いますが、イラストが掲載されていることです。飛行船とも違う感じです。尾翼らしきものはありますが、主翼がついていません。またアメリカ国旗のようなものが風に靡いています。

さらに注目すべき点は、「もしほ草」のオリジナル記事には「夢でない空中飛行」というタイトルはついていなかったと思われることです。このタイトルは『新聞集成明治編年史』の編者が独自につけたのでしょう。

記事では「今日に至ては、極めて至奇の器械を、サンフランシスコの或人、方サに発明せり」とあり、「此器械はアゥイトルと名付」と書かれています。明治初年頃の新聞記事において、どれくらい正確な情報を伝えていたのか不明ですが、まったくの作り話という訳でもないはずです。事実誤認は含まれていたとしても、記事にあるような情報を記者が入手したのでしょう。

記事の最後には「日本人この器械に乗り、内部を飛行せんに、拂暁に東京より飛行して長崎を巡覧し、日暮に無滞東京に歸る事を得べし。」とあります。まさに今日そのような社会に我々は生きているのです。

Chopingと恵方巻

the Japan Times STの2017年5月5日号に掲載されているエッセイはTan Ying Zhenさんによる「Choping」でした。Chopingというのは日本で言うところの「席とり」のようなものらしく、エッセイでは次のように説明されています。
Singaporeans have a habit of choping, or reserving, seats in hawker centres by placing items such as tissue packs, name cards or staff passes on the tables while they queue for their food.

さらにchopeというのはシンガポールで使われているスラングだそうです。エッセイでは「Chope is Singaporean slang that may have come from the word chop -- which is itself a Singlish word that comes from hindi and means a stamp or seal.」とも書かれています。

筆者は、このような慣習が何時頃始まったのはわからないとエッセイで書いています。日本でも混んでいるフードコートなどで席を確保しておくために何か私物をおいておくことは行われており、その行為を「席とり」とは呼ばれますが、それ以上の特有なスラングが使われているわけではありません。

このエッセイで「Choping」という慣習を知った時、僕の思い浮かんだのは「恵方巻」という(ある意味で不思議な)習慣です。最近では全国のコンビニやスーパーなどでも節分の前になると恵方巻の宣伝をしています。これはバレンタインデーがチョコレート業界の販促活動に化けているように、恵方巻が商売に結び付けられているからでしょう。

恵方巻というのは大阪発祥と言われていますが、その大阪でも奇妙に見えた新習慣だったようです(小林信彦の書いた小説に、そのような記述がありました)。

社会の変化によって次々と新しい習慣が生み出されていきますが、全てが継続していくわけでもないようです。商売に結び付く新習慣は長続きしていくことが多いですが、必ずしもそういうことになならないようです。今年になって始まったばかりの「プレミアム・フライデー」は早くも忘れられていきそうになっているような気がします。

2017/05/04

PCに関して、よく言われていること

個人が使用することを想定する「パーソナル・コンピュータ」(要するにPC)について、よく言われているけど、本当にそうなんだろうかと思うことがあります。

1つ目は「PCを自作する意義」です。そもそも2017年現在においてPCと言えば、それはIBM-PC互換機(昔はDOS/Vマシンとか呼ばれていましたが) のことです。1980年代にはNECのPC-9801シリーズが個人向け市場の主流を占めていたこともありました。その当時にもIBM-PC互換機は存在しましたが、日本語の取り扱いに問題があり日本市場では受け入れられていませんでした。その頃からIBM-PC互換機の世界では「PC自作」がおこなわれていました。

「PC自作」というのはNEC PC-9801シリーズには無かった発想です。IBM-PCには互換機ビジネスが立ち上がっていたので、パーツを交換して機能を向上させることは珍しくなかったようです。そして、これを繰り返していくうちに余剰パーツが増えてくるので、適当なタイミングでPCをもう1台組めるくらいになると言われていました。

「PC自作」はアメリカ人の文化的背景の影響もあると思います。アメリカには西部開拓でみられるように、自分が必要なものを自分で作り上げるというDIY文化があります。またアメリカ人が家電製品に求めるものは、日本人のようなスペック至上主義がないようで、動けば良いという程度のようです。この姿勢がPCにも反映されているのではないかと思いますが、自作だろうが何だろうが、動けば文句はないということのように見えます。

現在の日本でも雑誌で「PC自作」を語るので、自分でも手を出してみようと思う人が出てくるのだと思いますが、そこに何を求めているのでしょうか。

まず自作は安くすむと言われることがありますが、実際には必ずしも安くなるとは限りません。少なくとも間違いなく言えることは、自作することにより、メーカーが製品化されていないようなパーツを採用したPCを作ることができるということです。しかしそれは低価格で作れるとは限らず、往々にして値段の合計価格はメーカー製のPCよりも高くなりがちです。

さらに自作PCで注意しておかなければならないのは、全体を組み上げたときのトラブル解決には自分で責任を負うしかないことです。個別のパーツについては各々の製造元や販売元でトラブル解決に応じてくれるかもしれませんが、それらを組み合わせたPC全体については誰にも頼ることはできません。それが自作というものです。

自作PCは、別に安価というわけでもなく、トラブル解決の責任を自分で負わなければならないのですが、それでも「自作する意義」はどこにあるのでしょう。それは個人ごとに答えは違うのでしょう。

どうせ自作するのであれば、いっそのこと「パソコン」がまだ「マイコン」と呼ばれていた頃に、秋葉原などでICやLSIのパーツを集めてきて完全自作をおこなったような「マイ・コンピュータ」を作るくらいのことをしてみてはどうだろうかと思います。

よく言われる2つ目は「旧いPCをLinuxで復活させる」という話です。最近ではMicrosoft WindowsはOSがサポートするハードウェア要件を厳しく指定するようになっているようで、旧いPCになると最新のOSが動かないようです。しかもMicrosoftは昔のOSのサポートを打ち切ってしまうので、セキュリティ的にも問題があるので、いよいよ旧いPCの使い道に困る状況になってきます。

雑誌などをみると「旧いPCをLinuxで蘇らせよう」という記事をよく見かけます。LinuxならWindowsよりもハードウェア要件が厳しくないのは確かです。またLinuxやBSD系のフリーなOSと呼ばれているものは、IBM-PC AT互換機で、CPUが386以降でありさえすれば、基本的に動作するはずと思われてきました。しかしこの常識は変わりつつあります。

コンピュータの世界の進歩は「ドッグイヤー」とか言われるのに、30年前という超大昔のアーキテクチャとの互換性を引きずって開発を続けていくのが辛くなってきているようです。今後のLinuxやBSDの基準アーキテクチャがどのような水準なのか不明ですが、流石にオリジナルIBM-PC ATと386ではないようです。

つまり「Linuxなら旧いPCを復活させられる」とは限らないということです。

この他にもよく言われていることで「Windowsの代わりにLinuxを使う」というものがあります。これは上述した「旧いPCでLinuxを復活させる」とは違う話題です。

まず一般的に言うとWindowsの代わりにLinuxを使うことは可能です。Windowsは有償の商品で、Linuxは無償で利用できるので、金銭的なコストを気にする立場ではLinuxを利用したくなる動機づけがあります。もちろん両者は異なる設計思想で作られているため、「同じように使う」ことは出来るかもしれませんが、「まったく同じ機能を求める」ことは無理な要求です。

ここで気を付けておきたいのは、LinuxをWindowsの代わりに使うと言っても、実際にはOSにLinuxを採用し、さらにデスクトップ環境として何か(GNOME、KDE、MATE、LXDE等々)を使うという意味だということです。しかもLinuxにはディストリビューションとしてUbuntuだとか、Fedoraだとか、幾つも種類がありますから、これらを組み合わせた数は膨大に(ほぼ無限に)あります。WindowsならMicrosoftが製品としてコントロールしているので、単なる利用者としては悩むことはあまりありません。これに対してLinuxとデスクトップ環境を使おうとしている利用者は、自分が使おうとしている環境が世間的にメジャーなのかそうではないのかを気にしておいかないと、何か問題があっても何処からも助言が得られなくなるかもしれません。

さらにOS部分にLinuxではなくFreeBSDやNetBSDなどを使おうとするのであれば、何があっても自力で解決していく覚悟をしておいた方が良いかもしれません。

Windowsを止めてLinuxを使おうとするのは悪くはありませんが、実際に使ってみて総合的に判断した品質レベルが同等と言えるのかは慎重な判断が求められます。WindowsからLinuxに乗り換えてみて、何も問題がなく、移行して良かったと感じるひとはいるでしょう。しかしLinuxに変えて失敗した、これならWindowsの方が良かったと思うひともいるはずです。これらの判断は、使い続けてみて徐々にわかってくることだと思います。仮にWindowsからLinuxに移行してみて、信じられないようなトラブルに見舞われたとしても、そういうこともあるさと状況を楽しめるのであれば、どんな問題であっても乗り越えていけるでしょう。 

2017/05/01

三木清の『人生論ノート』とアランの『幸福論』

NHK Eテレで放送されている「100分 de 名著」の2017年4月のテーマは、三木清の『人生論ノート』でした。人生論というタイトルの作品は三木以外にもトルストイが著した『人生論』もあります。

『人生論ノート』の中の「幸福について」において三木は「疑ひなく確かなことは、過去のすべての時代においてつねに幸福が倫理の中心問題であつたといふことである。」と書いています。

さて幸福論というタイトルの作品も巷に溢れています。アランの『幸福論』とかヒルティの『幸福論』などがあり、他にも数多く出版されています。100分 de 名著では2011年11月にアランの『幸福論』が扱われています。

「幸福」論という言葉から受ける印象と「人生」論という言葉から受ける印象は異なるかもしれません。しかし両著の目次を見比べてみれば気付くように、著書の中で扱おうとしている内容はほとんど同じです。

三木の『人生論ノート』で「人間はどこまでも幸福を求めるといふ事實を根本として彼等の宗教論や倫理學を出立したのである」と語るように、一側面として人生とは幸福を求めることです。そうであればこそ、そのような課題に取り組む作品が(たとえタイトルが異なっていたとしても)数多く著されているわけです。