2021-06-23

「単線」の新幹線

Webを見ていたら毎日新聞のサイトに「羽越・奥羽新幹線の早期実現へ 秋田-東京1時間14分短縮に」というニュースがありました。現在建設中の新幹線は、北海道新幹線の札幌延伸、北陸新幹線の敦賀延伸、九州新幹線の長崎ルートなどがあります。この他にも過去に計画されたルートは日本全国にありますが、何時になったら建設段階に入るかは不透明です。しかも、東海道新幹線が開業した時代とは異なり、今日の新幹線には並行在来線問題があり、交通網としての鉄道の将来を総合的に考えていく必要があります。


上述した記事には「(単線で高架化を抑えて経済成長は高め、運行速度は向上などの場合)」という記述がありました。新幹線を「単線」で建設しようとするのは、過去にも「長崎新幹線「単線」には課題 JR九州社長が与党検討委で意見表明」でも目にしたことがあります。


今のところ「単線」の新幹線は存在しませんし、建設中の新幹線も複線です。もし「単線」の新幹線が現実になったとすると、現在でも「単線」の在来線で普通に起きているようなことが、新幹線でもおきることになるでしょう。例えば駅で対向列車の到着待ちをするとか、運行ダイヤが乱れている時に「対向列車の到着が遅れているため、この列車の出発が遅れます」というようなアナウンスが流れたりするでしょう。


そもそも東海道新幹線が建設された当時の事情を考えると、在来線の東海道本線の運行容量に余裕がなくて、新しい路線を建設しないと解決できないと見られていたからです。しかし最近建設される新幹線は、並行する在来線の運行容量が逼迫している訳ではなく、新幹線も在来線も空席が目立つ列車が運行されているような状況を目にします。


新幹線を建設することが目的なら、複線にするほど運行容量が見込めないなら、単線にすれば解決するではないかという発想が生まれるのかもしれません。

Squad Leaderのシナリオ1の勝利条件

VASSALのVSQLで「Squad Leader」をプレイするため、ルールブックなどを読んでいます。まずはシナリオ1「THE GUARDS COUNTERATTACK」を何度かやってみて、「Squad Leader」にもVSQLにも慣れようと思っています。


シナリオ1の「VICTORY CONDITIONS」(勝利条件)は、次のように書かれています。ソ連軍の勝利条件が記述され、ドイツ軍側はソ連軍の勝利条件を阻止すれば勝利となっています。

To win the Soviets must completely occupy two more of the stone buildings initially occupied by the Germans than they lose of their own initial stone buildings to complete German occupation, OR (以下略)


英語の勉強中でもあり、書かれている内容を理解するのは苦労しています。英文解釈の練習だと考えて読んでみようと思います。文全体を一気に理解するのではなく、部分ごとに理解していこうと思います。


まず最初に書かれているのは、「ソ連軍が勝利するには、2つ以上の石造建物を完全に占拠しなければならない」という事だと思います。その「石造建物」とは「当初ドイツ軍によって占拠されていた」石造建物だということです。


「than」以降の節は、解釈に苦しみます。「they」や「their」が指しているのは「ソ連軍」だと思って良いのでしょうか。そうであるなら、「彼ら(ソ連軍)が自分たちが当初押さえていた石造建物を失った」よりも、という意味だと思います。文の最後にあるのは「ドイツ軍の占拠が完遂された」石造建物、という意味かと思います。


以上をまとめると、「ソ連軍は、ドイツ軍に占拠されて失った石造建物に対して、自軍が占拠した石造建物が2つ以上多ければ勝利条件を満たす」となるのかなと思います。

如何取計候而宜敷哉

図書館で借りた「W・サマセット・モーム全集」(新潮社)で『人間の絆』を読んでいます。初版発行が昭和29年なので、使われている文字が旧字体ですし、全体的に文章が古い印象です。それだけであれば、その当時の書物は全てそうなるでしょう。


もっと驚いたのは、主人公フィリップが学校を退学したがって伯父や校長と対立する場面において、ケアリ氏が校長宛に出した手紙です。次のような文面として翻訳されています。

パーキンズ校長殿

迂生甥の件に就き、再度御心労を煩し、誠に恐縮に存上候共、何分當方両人と致候而も、本人の身上に関しては、誠に心痛罷在候次第、何卒御宥恕被下度願上候。(以下略)


なんと候文です。このような文体は時代劇でよく見かけますが、頻度は不明ですが、戦前までは使われることもあったようです。この訳書の出版が昭和29年という事は、翻訳していたのは昭和20年代中だったと思います。さらに訳者である中野好夫氏は明治36年生なので、候文を読み書きすることはできたのでしょう。


ケアリ氏がパーキンズ校長に手紙を出す場合に如何なる文体であれば失礼にならないかを考慮して、翻訳者が訳出した結果が候文であったのであれば、それが昭和30年前後の日本における社会常識を踏まえた判断であったのかと私は考えました。翻訳者が候文に通じているとしても、読者が候文を理解できなければ意味がありません。当時の常識では候文に違和感はなかったのでしょう。


『人間の絆』は、文庫本にもなっているし、新訳も出ているようです。上述した手紙は、どのように訳されているのか気になります。

2021-06-19

地方賣價

放送大学で受講中の「英語で「道」を語る('21)」 の「LESSON 12 逆説/Paradox」で参照されていたサマセット・モームの『人間の絆』を読んでみようと思い、近所の図書館で借りてきました。講義で参照されていたのはオリジナルの英語の方ですが、借りてきたのは日本語訳です。


新潮社の「W・サマセット・モーム全集」の第2巻「人間の絆1」なのですが、図書館で所蔵していたのが古く、昭和32年5月20日第4刷でした。発行が古いのは気にしませんが、奥付には、「定價 250圓」の外に「地方賣價 260圓」とありました。「地方売価」って、初めて見ましたが、なんでしょう?


Webを検索したら、神戸大学附属図書館報(Vol.12, No.4)で副館長である濱口 八朗氏の「本・書物・書籍・図書・書-雑感-」の中に次のような記述がありました。

当時、子供の雑誌には「定価」のほかにそれよりやや高額の「地方売価(という表現だったと思う)」が書いてあった。家の近くでは地方売価であったが、新興書房へ行くと定価で買えたので時々行っており、その本屋を知っていたという次第である。


またレファレンス協同データベースには三田市立図書館が2018年5月23日に登録した「書籍の「地方売価」がなくなった年を知りたい」がありました。『日本雑誌協会日本書籍出版協会50年史』(Web版)の38頁に詳しい情報があるようです。参照してみましたが、次のような記述があるだけで、「地方売価」が何かという疑問は解消しませんでした。

その結果,59年6月22日に「各取次店の販売原価に定価の1分を織り込む」ことを骨子とした「全国均一運賃込み販売制」の覚書が書協・取協間で取り交わされ,9月1日より実施された(これにより地方売価表示も廃止となった)。


さらに「【丸善創業150周年】出版物で辿る丸善の歴史 ~戦後復興期編~」にも以下のような記述があり、「地方売価」というものが存在していたことは確認できるのですが、「地方売価」とは何時から存在するものなのかとか、「地方」とは具体的に何処かなどの疑問は解消しません。

奥付に1,800円(地方売価1,890円)と記されていて、当時は全国統一価格ではなかったことがわかる。


本を借りた目的は『人間の絆』を読んでみることなのに、横道にそれてしまいました。

真夜中は「午前0時」なのか「午後12時」なのか「12:00 a.m.」なのか

The Japan Times  Alphaの2021年6月11日号のエッセイ「Odds & Ends」は月間テーマ「Summer」の第2回目でタイトル「Early, mid, late」でした。その後半に次のようなことが書いてありました。

Midnight is just one time, 12 a.m.  If you prefer the 24-hour clock, it's 00:00.


12時間制で時間表記をする際の「午前」と「午後」の使い方と「0時」や「12時」の組み合わせ方には混乱があるように思います。Webを検索したら次のような情報が見つかりました。

  1. 「午前12時」と「午後0時」の違い
  2. 12:00 a.m. と 12:00 p.m. しっかり区別できてますか?


このような問題を論ずる際に「明治五年太政官布告第三百三十七号(改暦ノ布告)」に言及されることがあります。ここでは「午前零時」を「即午後十二時」と書かれています。ところが英語圏では真夜中を「12 a.m.」と考えるようなのです。これを日本語に翻訳して「午前12時」とすると、日中の「正午」のように受け取られるのではないでしょうか。


日本人の感覚ならば、24時間制での00:00~11:59が「午前」、12:00~23:59を「午後」と考えるのではないでしょうか。その上で、「正午」(24時間制における12:00)を「午前12時」とするか「午後0時」とするか議論があるでしょうし、同様に「真夜中」(24時間制における00:00)を「午前0時」とするか「午後12時」とするかも考え方の違いがあるでしょう。


しかし英語圏では何故「12 a.m.」が「24時間制における00:00」を意味することになるのか、発想がわかりません。

Assabet Woolen Mill

フェイスブックにある「DEC Computer Users」を見ていたら、Ryan Foley氏の投稿「I went to the Mill yesterday.」を見つけました。ボストン郊外にあるAssabet Woolen Millは、DECの本社があったところです。フェイスブックに投稿された写真を見ると、跡地にはDEC時代を振り返る掲示板が出来ているようです。


Assabet Woolen Millはボストン郊外のメイナードにあります。Boston中心部から50km弱ほどの距離です。アメリカは車社会なので、車を使えば小一時間で行けるでしょう。しかし日本から旅行で行くとして、レンタカーを借りずに公共交通機関を利用する方法を調べてみました。


ボストン周辺の公共交通機関はMBTAが担っており、FITCHBURG線のSOUTH ACTON駅が最寄り駅かと思います。最寄り駅とは言っても「比較的」一番近いというだけなので、この駅からAssabet Woolen Millまでは4kmほどあります。アメリカの公共交通事情は分かりませんが、日本のようにバスが運行されている訳ではないんじゃないかと思います。歩けない距離ではないと思いますが、こういう場合にどうするのが無難なのでしょうか。歩くことは厭わないのですが、フラフラ歩くのは避けたほうが良いのか、注意しさえすれば日本同様に歩いても問題ないのか、現地の感覚が知りたいところです。


COVID-19の影響が何時まで続くのか見えませんが、永遠に続くわけでもないでしょう。いつになるか分かりませんが、Assabet Woolen Millを訪問し、DEC時代を振り返る掲示板をこの目で見たいと思います。

2021-06-18

サマセット・モーム『人間の絆』

放送大学教養学部で受講している「英語で「道」を語る('21)」のLESSON 12は「逆説/Paradox」でした。講義の中でサマセット・モームの『人間の絆』が参照されていました。これは担当講師のひとりである斎藤兆史先生がお好きな作品なのだそうです。


講義の終了間際に、時間が若干余ったようで、もうひとりの担当講師である大橋理枝先生が斎藤先生に「卒論で『人間の絆』を扱ったそうですが、何を書いたんですか?」と質問なさっていました。斎藤先生としては、意外な質問だったようですが、柔やかに当時の経緯をお話ししていました。斎藤先生は、今は東京大学大学院教授をなさっていらっしゃいますが、学部で卒論をお書きになった当時の気持ちを聴くことができたのは、私にとっては貴重な体験となりました。


『人間の絆』は読んだことがありません。近所の図書館で所蔵しているようですので、借りて読んでみようと思います。

VASSALモジュール「War in Europe」

ボードゲーム「Squad Leader」をプレイする環境としてVASSALの調査をすすめています。VASSALは、本来であれば対面でゲームするべきところを、オンラインで疑似的に対面でゲームしているかのような環境を提供することが目的です。VASSALの使い方を学ぶ必要もありますが、もっと大切なのは「Squad Leader」のルールに精通しておくことです。ずいぶん昔に当初「Squad Leader」を購入した際には、ホビージャパンが訳した日本語版ルールブックがついていましたが、今はどこかに行ってしまいました。今残っているのはオリジナルの英語版ルールブックだけです。最初のシナリオ「The Guards Counterattack」で必要になるルールを読んでいるところです。


それはさておき、VASSALでは多くのモジュールが公開されています。私が所有しているのは、「Squad Leader」シリーズの外に、元々はSPIでホビージャパンが再版した「War in Europe」(邦題:第二次欧州大戦)があります。VASSALモジュール「War in Europe」もあるようなので、使ってみようかと考えました。「War in Europe」は巨大なシミュレーションゲームとして知られており、全マップを拡げることのできる空間は個人の住宅には無いのではないかと言われるほどです。


VASSALにモジュールを組み込むのは「Squad Leader」でも「War in Europe」でも変わりないはずですが、エラーになってしまいました。使用しているVASSALのバージョンが最新の3.5.7ですが、モジュールのCompatibilityが3.2.17となっています。バージョンが合わないという事なのでしょうか。


使えなかったのは残念ですが、いずれVASSALのバージョンに合うモジュールが出てくるのではないかと思います。それを待っていようと考えています。

2021-06-15

VASSALでSquad Leader

1980年頃に日本でも流行したボードゲーム「Squad Leader」は、当時のような大流行はありませんが、今日でも愛好家が少なくないようです。Squad Leaderが発売された後、ゲームを拡張する「Cross of Iron」、「Crescendo of Doom」、「GI: Anvil of Victory」が登場しました。ゲームの追加版が登場するたびにルールが改変されていき、複雑になりすぎたと判断されたのか、改めてゲーム全体を作り直した「アドバンスト・スコードリーダー」が登場しました。


「Squad Leader」や「Advanced Squad Leader」は、物理的なゲーム盤や駒を使い、サイコロを振ってゲームを進めるものです。現代的なオンライン・ゲームではありません。


SLやASLは、シミュレーションゲームの中ではゲーム盤が小さい方です。またゲームする時間も、他のシミュレーションゲームに比べれば短い方かもしれません。そうであったとしても、ゲームしようとすれば、ゲーム盤を並べたり、必要な駒を揃えたり、ルールブックやチャート類を置くために、それなりに場所が必要となります。しかも一緒にゲームをしてくれる相手が必要です。これらの障壁を乗り越えるのは、あまり容易ではなく、ゲームを所有していても、ゲームをしたことは無く、コレクターになってしまう人が多いようです。


コンピュータ時代のゲーム環境としてVASSALというものがあるようです。しかしコンピュータ・ゲームとは違うので、そういうものを期待すると、失望するでしょう。そこを納得するならば、ゲーム中のボードを物理的に用意する必要がなくなるのがメリットです。またゲームの対戦相手が離れていても構いませんし、対戦相手がいなければ独りでゲームすることも出来そうです。


VASSALで何ができるのかよく分からないので、まずは環境を作ってみました。

  1. 最初にJava 8.0.291-b10をインストールしました。
  2. 最新のVASSAL 3.5.7をインストールしました。
  3. VASSAL上のSquad Lederモジュール「VSQL」をインストールしました。何か事情があるようで、複数のバージョンが置いてありました。何を選んだら良いのか分からないので、最新のVSQL 4.3.1をインストールしました。

インストール手順は上述した3ステップで良さそうなのですが、他にも必要なファイルがあるようです。
  1. Extension Filesというものが5ファイルありました。何をするものか分かりませんが、ダウロードしました。VSQLのモジュールに追加して利用するようですが、これの有無で何が違うのか、まだ分かりません。
  2. BoardsやOverlaysのファイルをダウンロードしました。ZIPで圧縮されていますが、展開したファイルを置くディレクトリは決まっているようです。
  3. Scenario Start FilesとしてVSQL-SSF-Master-Listing.zipも入手しました。

ここまで準備したことで、Squad Leaderの最初のシナリオをゲームできるようになったように思います。VASSAL上のSquad Leader環境をVSQLと呼ぶようなのです。ゲーム盤や駒が画面上に表示されているところまでは確認しましたが、実際にゲームするには何をすれば良いのか、よくわかりません。次はVSQLでゲームする方法を調べていこうと思います。

2021-06-10

『華氏451度』と米国テレビ普及率

NHK放送文化研究所の年報「第44集」(1999年)には「米商業テレビネットワーク50年の軌跡~プライムタイム番組編成からの考察~」という報告があります。その「第2章第2節 テレビ創成期(40年代後半~50年代前半)」を読むと、次のような事が書いてあります。

  • アメリカでは、ラジオ全盛時代の1941年に商業テレビ放送は誕生した。
  • WW2の中断を経て、1948年には4ネットワーク(NBC、CBS、Dumon、ABC)がニューヨークを中心にプライムタイムでの番組提供サービスを始めた。
  • 「表5 テレビ受信機台数普及の推移」(資料:Broadcasting & Cable Yearbook)によると、1946年には所有世帯数が8,000世帯(普及率:0.02%)だったものが、1950年には3,875,000世帯(9.0%)、1955年には30,700,000世帯(64.5%)に急上昇した。

日本では1959年4月10日の御成婚を契機にしてテレビが普及したと言われています。アメリカの方が早いのは当然なのですが、それでも21世紀の今日のように充実した番組が提供されていた訳ではなかったと思います。


『華氏451度』は1953年に出版されました。100分 de 名著のテキストには「同年春、ブラッドベリはのちに『華氏451度』に発展する中編を書き始めます」(11頁)とありますが、この「同年」というのは1950年のことだと思います。さて主人公モンターグの妻ミルドレッドは、「ても、第4のテレビ壁がとりつけてあったら、もっともおもしろくなるはずよ。はやくお金を貯めて、第4の壁をとり払って、テレビ壁にとりかえなけりゃ」と語るように、テレビにのめり込んでいる人物として造形されています。


『華氏451度』をレイ・ブラッドベリが執筆したのは、アメリカでテレビが急速に普及した時代と重なっています。ブラッドベリもテレビを視ていたのかもしれませんが、今日の我々がテレビ番組に対して抱くイメージとは異なっていたのではないかと思います。それなのに『華氏451度』が描くテレビの姿は、今日の我々が思い描くテレビのイメージと極めて似ている気がするのです。


100分 de 名著のテキストによると、『華氏451度』は「作家や文学研究者など「その道のプロ」には必ずしも評判がよくない」(5頁)とのことです。そのような評価が妥当なのか不当なのか判断できませんが、少なくともテレビの未来を描き出してみせたブラッドベリの洞察力は卓越していたと思うのです。

2021-06-07

レンタルのミシンで雑巾を縫う

自宅で使っているタオルが汚れてきたので雑巾にしようと思いました。畳んで縫うだけなので、簡単な筈です。自分で使うので、縫い目が揃っていなくても構いません。針と糸はありますが、最後に使ったのが何年前だったのか分からないくらいです。下手でも雑巾だから気にしないつもりでしたが、手縫いだと大変です。旧いタオルが2~3枚程度なら我慢できますが、30枚ほどあるので、手作業は諦めました。


ミシンを使えば楽だと思うのですが、持っていません。Webで検索したら、レンタルのミシンがあるようです。幾つもの会社でレンタルできるミシンを取り扱っているようです。最も評判が良さそうなミシンレンタル屋さんから借りてみました。これまでミシンを触ったこともない(もしかしたら小さい頃に触ったかも?)ので、基本機能に特化したコンパクトミシンを選びました。


使ってみたら・・・便利でした。


最初のうちは使い勝手が分からず、ちょっと四苦八苦しましたが、慣れてしまえば淡々と作業が進みます。手縫いなんかとは大違いです。半日ほどで、古いタオルから大量の雑巾(一生分という程でもないと思いますが)が出来上がりました。

宇野利泰訳『華氏451度』(レイ・ブラッドベリ)

2021年6月の100分 de 名著で扱っている『華氏451度』を読んでみました。図書館で借りたのですが、宇野利泰訳のハヤカワ文庫でした。初版ではありませんが、1975年発行だったので、訳文が多少古めかしいとは感じました。


100分 de 名著のテキストを先に読んでいたので、荒筋は知っていました。ジャンルとしては近未来小説という事になるのかもしれません。21世紀の今日を描写しているかのような箇所もあり、考えさせられました。


映画にもなっているようなので、探して、視てみたいと思います。

2021-06-03

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』

2021年6月に放送される100分 de 名著はレイ・ブラッドベリ『華氏451度』です。タイトルや著者の名前は耳にしたことがあるような気がしますが、何も知らない状態です。解説は戸田山和久さんで、NHK出版から出た『論文の教室』を読んだことがあり、お名前は存じていました。


『華氏451度』は1953年に出版されましたが、小説の舞台となるのは約100年後です。未来を扱うと何でもサイエンス・フィクションになるわけではないと思いますが、ある種のSF小説です。作品の描く世界は「明るい未来」というようなものではないようです。1949年に出版されたジョージ・オーウェル『1984年』のような印象です。これらの作品はWWIIが終わり米ソ冷戦時代が始まったという時代背景を踏まえているのでしょう。


『華氏451度』にしろ『1984年』にしろ、コントロールされた社会を描きますが、今日の社会情勢を窺わせるようでもあり不気味です。娯楽小説ではないのでハッピーエンドにはならないのですが、小説の中の世界ならばハッピーエンドでも悲劇的な結末でも構わないとしても、現実が悲惨な結末を迎えるのは耐えられません。


100分 de 名著では放送に併せてテキストが出版されています。その最後は「引き継ぎなさい。」で締めくくられています。この小説の特徴のひとつが「すぐに答えを迫る社会」として描かれており、反射的な反応が求められる傾向は現実社会でも強まっています。しかしゆっくり考える反省的思考が必要でしょう。


『華氏451度』そのものは読んだことがないので、早々に読んでみようと思っています。

2021-06-02

「様」を付けるか付けないか

最近(と言っても、ここ数年ということではなく、もっと前からですが)の傾向として、やたらと「様」を付ける事が多くなったと感じています。例えば病院で、以前なら「患者さん」と呼んでも別に失礼ではなかったはずですが、近年は「患者様」と呼ぶのが当たり前のようになっています。昔でも「お客さん」と「お客様」とでは、敬意の表し方が違っていたとは思いますが、今のように何でも「様」を付けておくようなことは無かったと思います。


何でも「様」を付ける傾向にありますが、付けておけば無難だろうと思っていたり、付けた方が丁寧に聞こえる(のではないか)と思っていたりするのかもしれません。


「様」を付ける事例を見かけるけど、それで良いのだろうかと考えてしまう例のひとつが、役職などに「様」を付ける場合です。ある人が、例えば大臣・知事・市長などであったり、または社長・部長・局長などであったりするときに、「誰々社長様」と呼びかける場面に遭遇することがあります。「誰々」と呼び捨てにするのは失礼だと思いますが、社長のような役職がついていれば十分ではないかという気がします。それに「様」をつけたら、やり過ぎという気がするのですが、相手から失礼だと思われる(相手が本当に思うかは、だぶん関係ないでしょう)のが怖くて、とりあえず付けておくという事ではないかと思います。


一方で「のらくろ」などを見ていると、「何々大尉殿」とか「何々中隊長殿」のように、階級名や職域名に「殿」が付いています。「様」ではなく「殿」なのは、時代を反映しているだけかと思いますが、下位の階級の兵卒などが上位の将校を呼ぶ際に「殿」を付けなかったら、只では済まなかったのではないでしょうか。


さらに時代を遡って旧幕時代になると、「松平備後守」のような名前があります。正式には諱があって「松平備後守家胤」のようになるのでしょう。しかし諱は普段使うものではなく、通常は「松平備後守」で名前そのものという感覚だったようです。「備後守」のような役職名はもはや国司でもなんでもなく実態を伴っていないので、(今日の「太郎」や「花子」のような)名前の一部なのでしょう。そうなれば、「松平備後守様」とか呼ばないと敬意を表せませんし、「松平備後守」では呼び捨てに聞こえてしまうでしょう。


このような感覚を日本人が持っていたなら、旧軍で「殿」を付ける感覚も分からないではありませんし、現在でも「誰々部長様」などと言ってしまう感覚も理解できます。

2021-06-01

John Masefield

放送大学で今期は「英語で読む大統領演説('20)」を受講しています。全15回の講義は後半に入っています。その第9回はJohn F. Kennedyが大学の卒業式に招かれて1963年6月10日におこなった演説を取り上げています。


講義の時間の都合で演説の一部が省かれていますが、最初の方に次のような文がありました。

"There are few earthly things more beautiful than a university," wrote John Masefield in his tribute to English universities -- and his words are equally true today.


John Masefieldというのはイギリス人の詩人だそうです。1878年生まれで、1967年に無くなったそうですから、この演説が行われていた時には存命だったことになります。文中で使われている「earthly」は、辞書を引くと「(否定文・疑問文を強調して)全然、まったく、少しも」という意味だとあります。例文には「There's no earthly reason why she should quit her job.」とあります。


「earthly」は「地上」を意味する「earth」から派生しているようなのですが、「(否定文を強調して)まったく」という意味になるのは、多少飛躍を感じます。「earth」という言葉の持つイメージを考えれば、突飛ということは無いのですが、直接的にイメージできる訳語でもないと思います。


英語を学んでいると、知らない単語は次々に現れるし、辞書を引いたことがあっても訳語を忘れていることも度々あります。記憶を定着させるには、目にする頻度を上げることだと言われます。確かにその通りだと思いますが、自然にまかせていては目にする機会は多くならないので、何か方法が必要だと感じています。


trainspotterは何鉄

手持ちの辞書(『ウィズダム英和辞典』第4版)で単語を調べていたら、ふと「trainspotter」という単語が目に入りました。その訳語は「(車体番号の記録が趣味の)鉄道マニア」とあります。僕自身も鉄道に関心がある方なので、このような鉄道ファンの存在は見当がつきます。


鉄道に関する月刊誌の記事では、夜行列車の乗車記などで、乗車する列車の先頭から最後までの車両の番号を記録するのが定番でした。昔は鉄道ファン(もしくは鉄道マニアとか鉄道オタクと呼ばれていました)は、旅もするし、写真も撮るし、鉄道に関わる事ならなんでもしたものですが、今は細分化して「何々鉄」のような呼び方が多くなっています。乗り鉄とか撮り鉄とか、もっと細かくすることもあるようです。そうなるとtrainspotterは「何鉄」でしょうか。


辞書で「trainspotter」という単語を見つけたことから、思わぬ発見をしました。この語が載っている辞書は、語数10万程度の、ごく普通の英和辞典です。珍しい語をわざと掲載したわけでもないと思います。英語圏の鉄道ファンの行動が日本の鉄道ファンと比べて何が違っていて、どのくらい同じなのか気になるところです。「trainspotter」以外にも、鉄道ファンに関わる他の語を知りたいものです。