2017/04/30

レポートやエッセイの指定された語数の数え方とは

日本では小学校で読書感想文を書く指導が行われており、400字詰め原稿用紙で3枚以内と指定されたりします。このように原稿用紙で何枚という形式で書く量が指定されている場合、それは単純な文字数とは数え方が異なります。例えば段落の最初に入れる空白も1文字と数えますし、行末に空白があったとしても文字数に入れるはずです。

ところで英語を使ってレポートやエッセイを書く課題が出された場合には語数が指定されるようですが、これはどのようにして数えるのでしょうか。

コンピュータが普及し、Microsoft Wordなどを使うのが想定されている昨今であれば、 語数はWordが数えてくれます。しかしWord出現以前のタイプライタを使っていた頃は、どのようにして数えていたのでしょうか。

原理的には個々に数えれば算出できるのは間違いないのですが、そんなこと面倒くさくてやっていられないと思います。しかも英単語は1語の文字数が不定なので、ある1行の語数を数えてから行数を乗じても全体の語数にはならないでしょう。

正確に数えようとしたら、いちいち数えていくしかありませんが、概算だけでも簡単に算出する方法はないのでしょうか。英語圏の学校の先生、または課題を出されてしまった学生は、このような問題にどのように対処していたのでしょうか。

そろそろノートPCのWindows VistaをNetBSD/i386に移行しよう

Windows Vistaのサポートは終了しました。サポートが終了したから直ちにセキュリティに問題が起きるとは思いませんが、そろそろ手持ちのdynabook SS SX/15AにインストールされているWindows Vista BusinessはNetBSD/i386に移行させようと思います。

いきなりNetBSD/i386をインストールして問題ないかもしれません。しかし成功するに決まっていると(根拠のない思い込みで)決めてかかって突っ走り、それでトラブルが起きると無駄に時間を費やすことになりますから、移行手順を検討しておきたいと思います。

まずは現状のWindows Vistaの環境のフルバックアップをとっておこうと思います。最終的にはNetBSD/i386に移行してしまう訳ですからバックアップは不要とも考えられますが、もしかしてNetBSD/i386への移行に失敗して急遽Windows Vistaに戻したくなるかもしれません。その時のために、一応バックアップしておくことにします。

次に実際にNetBSD/i386に移行する作業手順です。WindowsからNetBSDに移行することを考え始めた当初は、CD-RからブートさせてNetBSD/i386をクリーン・インストールし、必要なパッケージを入れ、最後に各種設定をおこなうつもりでした。しかし昨年から外付けHDDで移行準備を進めてきた経験を考えると、クリーン・インストールからはじめると移行作業に相当時間がかかってしまいそうです。いっそのこと外付けHDDを内蔵HDDにコピーして使うことにすれば、移行作業が楽になりそうな気がしてきました。

ただし事前に確認しておきたい点が少なくとも2つあります。

まず何を使ってコピーするかという問題です。cpを利用するのは問題外だと考えています。使うとすればdump & restoreかtarです。できればdumpを使いたいと思っていますが、コピー前後のパーティションサイズが異なっていてもdumpはエラーにならないのか調べておこうと思います。

また内蔵HDDにNetBSDをインストールして無事に起動できるのか、多少心配しています。なにしろ外付けHDDにインストールした際には当初起動できなかったわけですから。その時は外付けHDDのブートブロックを強引に弄って対処しましたが、内蔵HDDで同じことをするのは厳しいでしょう。

以上の問題をクリアしつつ、そろそろ移行作業をおこなおうと思います。

2017/04/29

「接客販売業の働き方はどうなっているか」

研究会「職場の人権」の第98号(2017年3月)に掲載されている「接客販売業の働き方はどうなっているか―少人数化と非接客労働の効率化がもたらす過重労働―」を読みました。報告の中では具体名を出さずに「A社」と表現されています。しかし報告者が自ら「A社がどこの会社か想像がついている方を前提にお話しするんですけど」と語っているように、伏せ字になっていたとしても、労働問題を扱う研究者の間では自明の会社のようです。

この報告を読むことで、(矛盾した表現ですが)非接客的な接客業の実態が見えてきた気がします。おそらくA社に限らず同様の労働形態を採用している「接客業」は少なくないのではないでしょうか。僕が利用した店舗(それがA社なのかどうか不明ですが)でも、僕がイメージする(または期待する)接客業のあり方と乖離した接客をされて違和感を感じた経験があります。

聞くところによると「日本の接客応対は過剰だ」という言説が流布されているようです。だから世界に合わせて簡素化すべきだと主張されているみたいです。

本当にそれで良いのでしょうか。そもそも日本の接客応対は過剰なのでしょうか。そして世界の接客は簡素なのですか。だいたい世界って何処を指しているんでしょう。過剰な接客が本当にあるのか、それを簡素にすべきなのか現状を維持すべきなのか、社会の合意はまったくとれていない気がします。一部の大きな声に引きずられている気がしなくもありません。

このままいくと未来の店舗では、店員さんは一掃され、商品の会計は自動精算機が並んでいるだけになっているかもしれません。そして万引き防止のために制服を着た警備員が店内を巡回しているだけになってしまうかもしれません。

そんな未来が来てほしいとは、あまり思いません。

2017/04/25

遠隔地の2点は近接しているように感じる

一般的に言われていることとして、土地の距離感は自らの地元から離れるほど区別できなくなっていきます。

例えばインターネットの掲示板などで見かけるものとして「初めて北海道に2泊3日で旅行しようと思っていて、函館と釧路と札幌と旭川に行ってみたい」 というような質問が時折あります。観光するというよりも、移動しているだけで終わってしまうような日程です。質問者の知識不足があるのは確かですが、地元からの距離が遠くなるほど、そこにおける距離感は小さく見えるという心理状況が根底にあると思います。

同様の例として、海外旅行でニューヨークに行こうと思っている人が、どうせアメリカに行くんだから、ついでにワシントンにも寄りたいとか言い出すことがあります。世界地図で見ると、アメリカ合衆国は広い国ですが、ニューヨークとワシントンは近くにあるような気がして、まるで東京に行くついでに横浜にも寄っておくというような意識で旅先を選択しているようです。

これらの事例は、土地勘が無いと言ってしまえばそれまでですが、冷静に考えれば決して短距離ではないことがわかるはずです。ニューヨークとワシントンの間であれば400km弱なので、東京と大阪との間くらいの距離があります。

日本地図や世界地図を見れば、行こうとしている場所までの距離は確認できるとは言っても、実際には自分が住んでいる場所ほどの親密さは無いので、距離感覚は大雑把となりがちです。もし過去に住んでいたことがあるなどの特殊事情があれば、それは要するに「地元」ということになるので、現在住んでいるところから離れた場所の距離感は掴み難くなるということとは別です。

さて、ここで話を飛躍させて、インターネットが高度に発達した現代社会は「世界が小さくなった」と言われます。確かに数10年以上前であれば、世界の情報を入手するのは容易ではなく、実際に現地に訪れる機会もなかなかありませんでした。それに比べれば、インターネットでWebを見れば、アメリカだろうがヨーロッパだろうが、南米でもアフリカでも最新の現地の様子がリアルタイムに得られるのは驚異的です。

世界中の情報がほぼ無限に得られる時代であるにもかかわらず、実際の意識の上では、自分の身近の土地勘の緻密さに比べれば、距離が離れるに従って大雑把になっていかざるを得ません。個人が収集できる土地的情報量が一定だということなのでしょう。

しかしグローバルな現代社会に生きている我々としては、これまでなら意識しなくても済むような場所における災害や事件などが、巡り巡って我が身に間接的に降りかかる影響は無視できなくなってきつつあります。従来なら気にしなくても良かったような国々の情報も、知っておいた方が望ましい時代であるとも言えます。

そうは言っても、万が一のために世界中の国々や町々の情報を詳細に調べていたら、とてもじゃないけど一日が何時間あっても足りません。

ここまで述べてきたような事情を意識した上で、世界の状況に気を配っていくべきでしょう。物理的距離が遠ければ「遠くのものはよく見えない」のは確かですが、意識的に関心を持つようにすれば、心理的距離が近くなることで世界は多様な原理で動いていることが実感できるはずです。

2017/04/24

福井県立歴史博物館の常設展示「昭和のくらし」

先日福井に行ったついでに福井県立歴史博物館にも立ち寄りました。なかなか展示が充実しています。北陸線などの鉄道関係の展示は模型が数多く並んでいて、鉄道好きの学芸員がいるのかと思いました。また「昭和のくらし」という常設展示では、昭和30年代後半から昭和40年代頃の町や村の生活を実物大に表現しています。

このような展示は福井以外の歴史系博物館でもよくあり、たいていはスバル360や、大村崑のオロナミンCのホーロー看板が置いてあったりします。

いろいろと見所が多かったのですが、僕が特に目を引いたのは、復元された建物の屋内で壁に使われていた化粧板です。このような化粧板は自分が今住んでいる家でも同じようなものが使われており、もしかすると昭和40年前後にリフォームした際のものかもしれません。

個人的には自宅の壁に使われている化粧板は安っぽい印象なので、あまり好感を持っていませんでした。しかし福井県立歴史博物館の復元展示を見ることで、これはもしかすると昭和30年代後半から昭和40年年代にかけて流行した素材なのかもしれないと考えるようになりました。どうみても現在の目線で考えるとチープな印象しか感じないのですが、当時は流行の最先端のデザインだったのかもしれません。

2017/04/22

愛知御津駅

青春18きっぷを使って東海道線を移動していたら「愛知御津」という駅があることを知りました。このネーミングは珍しいパターンで、普通なら旧国名を冠することが多いのです。実際に愛知御津駅の隣は三河大塚駅ですし、その隣は同様に三河三谷駅です。ところが愛知御津駅は「愛知」と県名を冠しているので、このようなパターンはあまりありません。

旧国名ではなく県名を冠する理由をウィキペディアでは次のように説明しています。
旧国名をつける三河御津も、当時は三河大塚駅が存在しておらず三河三谷駅が隣接していたため、混同(「みかわみや」と「みかわみと」で一字違い)を防ぐため旧国名の「三河」ではなく県名の「愛知」の冠称を用いた。

似通った名前になることを避けたということで、それは納得できます。ここでふと考えてみると、なぜ駅名の地域を限定するために旧国名が使われるのでしょうか。一説によると、それらの駅名は明治時代に作られた私鉄に由来するものが多いため旧国名を冠することが自然だったという事です。それは理解できます。

しかし旧国名を冠するのは駅名だけではありません。地方自治体の名前にも同じようなものがあります。例えば大和郡山市というのは、福島県の郡山市と区別するため生駒郡郡山町が1954年に市制施行する際に名付けられたものです。戦後になってからでも、旧国名を冠するのはシックリくるけど、県名を冠するのはパッとしないという意識が残っているということなのでしょうか。

2017/04/11

英語らしい表現の発想の根幹はどこにあるのだろう

The Japan Times STの2017年4月7日号におけるCENTER SPREADコーナーのタイトルは「Beyond spring cleaning: Tapestries get 16 years of grooming」でした。ニューヨークの教会が所蔵するタペストリーが長い年月をかけて修復完了し公開されているという話題です。STでは記事によっては日本語の註釈がついており、この記事の場合「火災の被害に遭ったタペストリーの修復完了、公開へ」というタイトルになっていました。

日英のタイトルを見比べてみれば一目瞭然ですが、いずれかを訳して他方ができているわけではありません。それぞれの言語の習慣に則り、つけられているタイトルだと思います。もし英語のタイトルを和訳しただけのような日本語タイトルだったなら、それでも日本語として理解できないことはないと思いますが、日本の新聞に一般的にみられるタイトルと違うという違和感を持つかもしれません。おそらく逆も同じことで、日本語のタイトルを英訳しただけのような英語タイトルになっていたら、それはそれで英語ネイティブにとっては違和感があるのでしょう。

英語としての文法に則るのであれば日本語からの直訳調であろうが何だろうが問題ないという意見があり、一理あると思います。しかしそこが目標となると、それ以上の進歩が望めなくなりそうなので、(たとえ辿り着けないとしても)ネイティブが書けるような英文に到達できることを目指しておきたいと考えています。

その為にはどうしたら良いのか。

模索中ではありますが、日本人が書いた英文ではなく、ネイティブが書いた英文を出来るだけ多く目を通していくことが最低限必要だろうと思います。

2017/04/10

韓国語や中国語の回文はどのようなものなのだろう

The Japan Times STの2017年4月7日号の「英語なるほどQ&A」は回文について書かれていました。文中では「日本語に比べると英語における回文の作成は難易度が高いことが分かります」と書かれています。

ふと韓国語や中国語では回文はどのようになるのだろうという疑問がわきました。

日本語では原文が漢字かな混じり表記だとしても、仮名読みにしてしまってから回文を作れば、結構なんとでもなると思います。

中国語について詳しくないので、現代中国の漢字の意味と発音の関係がどうなっているのか詳らかではありませんが、回文にするときにはどうするんだろうと疑問がわきます。

韓国語でも、助詞を文脈で使い分ける(은と는など)ようなので、回文を作るときにどのように考えれば良いのか、これまた疑問に思います。

英文が書けるようになりたいにも拘わらず、練習に前向きになれない言い訳の分析

外国語を身につけたいと思っています。別に英語でなくても構わないのですが、これまでの勉強の蓄積と、使い道の多さを考えると、英語が無難なのは間違いありません。

外国語学習においては「四技能(読み・書き・聴き取り・会話)を満遍なく伸ばすこと」が大切であると言われています。インプット系(読んだり聞いたり)は、これだけインターネットが発達した現代社会なら、素材は有り余るほどです。これに対してアウトプット系(書いたり話したり)は自らの能動性が求められるので、意識的に学習しなければならないと考えています。最終的な目標としては、英文で文章を書くのに(主観的に)不自由しないことです。しかしそれは遠い目標なので、とりあえずは英文を書く練習をして、書くことに慣れたいと思っています。

こういう事は随分前から思っているのですが、なかなかエンジンがかかりません。動き出したかと思うと、あっという間に止まってしまって、長続きしないのです。

その原因を分析してみると、こうなります。
  1. そもそも文法や語法が弱いし、単語や慣用表現の蓄積が足りない。
  2. 日本語で文章を考えて英訳しようとするが、はたしてそのようなやり方でよいのかと思い留まる気持ちになる。
思い留まったりせず、四の五の言わずに、英文をどんどん書くべきだ、という意見があるようで、それはそれで一理あるとは思っています。またそれで上手くいった人もいることでしょう。なんとなくスパルタ的な方法論だとは感じます。例えるなら、泳げるか泳げないか、または泳ぎに必要な技能が身についているかなどは気にせず、どんどん海に飛び込んでいけば、自然と泳げるようになるんだという臭いを感じるのです。

さらには、英語学習に関してではありませんが、技能習得に際して最初に変なクセがついてしまうと矯正が大変だ(もしくは矯正できない)から、最初に自己流で変なやり方をしない方が良いということも、よく耳にするところです。

それで結局どうした良いのかと、この文章の最初に書いたようなところに戻り、その後の文章のような思考を辿り、壊れたレコードのように思考がループしています。どこかでこのループを断ち切らなければならないでしょう。

教育方法論のひとつに「i+1」 というものがあるそうです。これがループ脱出の鍵になるんじゃないかと考えているところです。

2017/04/08

名古屋のリニア・鉄道館に行ってきました

JR東海が名古屋に開館した「リニア・鉄道館」に行ってみました。

国鉄時代には、東京神田須田町の交通博物館とか大阪弁天町にある交通科学博物館などが有名でした。これらは所在地が偶々東京であったり大阪であったりしたというだけのことで、特に地域を限定して展示していたつもりはなかったはずです。

国鉄が分割されJRになると、管轄内にある博物館が地域色を帯びるようになっています。神田の交通博物館は大宮に移り鉄道博物館になりましたが、JR東日本のための博物館としての色が濃くなっています。大阪の交通科学博物館は京都にある梅小路蒸気機関車館と一体となり京都鉄道博物館に変わり、同様にJR西日本の意向が強く反映されるようになりました。

JR東海の管轄内には国鉄時代から存在する博物館がありませんでした。そこで新規に鉄道に関する博物館を開館し、JR東海が誇る技術を前面に押し出した展示をおこなっています。

設置主体が、全国一律を旨とする国鉄から、地域色を持つJR各社に変わることで、 (設置主体以外のJR各社の情報が全くないわけではありませんが)地元密着型の展示をおこなう傾向にあります。これは展示を見にくる観客からすれば、あまり知らない他所の地域の話をされるより、身近にある親しんでいる地域の話題と絡めて解説されているほうが、親近感がわくという事情があるのでしょう。

 このような事情により、リニア・鉄道館では東海道新幹線開発の話題に大きなスペースを割いています。

東海道新幹線が開業してから50年が過ぎ、戦前の弾丸列車構想は若干夢物語的であったとしても、戦後になって具体的計画がスタートしたのは60年ほど前のことです。日本の新幹線は世界中で有名となり、今に生きる我々からすれば、当時の日本には新幹線を開発するための技術が全て備わっていたと思いたいことでしょう。要するに、日本で新幹線が開発できたのは歴史的な必然であり、 出来るべきして出来たと思うことでしょう。全くの絵空事が現実のものとなったとは言いませんし、ある程度の実現可能性を見込んでいたからこそ、開発が始まったのでしょう。しかし「出来て当然」とか「坦々と事業を進めていくだけ」というほど簡単な話でもないと思います。

昨今の労働問題のひとつに「ブラック企業」問題があります。社員などを死に追いやったり、回復が難しい心理状況に追い詰めてしまう企業は「ブラック」と呼ぶしかありません。しかし困難なプロジェクトに関わろうとし、難問が山積するプロジェクトを推進していこうとする企業に対しても「ブラック企業」呼ばわりがされてしまうこともあります。とくに東海道新幹線開発のように、従来の技術からは大きく飛躍した成果を求めるプロジェクトでは、並大抵のことでは成功に至りません。それこそブラック企業と呼ばれることも覚悟するほどでないと、なかなか巨大プロジェクトは廻らないと思います。

ただの「ブラック企業」と、未来を見据えた結果として「ブラック企業」的になってしまう職場との違いは、どこにあると考えたらよいのでしょう。ブラック企業を無くすためには、どうしていけば良いのでしょう。

一朝一夕に答えが出るような簡単な問題ではないと思いますが、ひとつの考え方として余裕の欠乏を無くしていく必要があると思います。余裕というのは、スケジュールとしても、コストとしても、人員配置としても、無くてはならないものです。しかし昨今では余裕を失いつつあるのを感じます。 どれくらい余裕があれば良しとするかは総合的な判断ですが、その調子で人間に対しても余裕を削ることのみを考えるようになっていくと、行きつく先は「ブラック企業」ということになるでしょう。

FreeBSDのpkgの依存関係を調べる方法

FreeBSDにおいてpkgを利用してインストールしているアプリケーションの依存関係を調べる必要性に迫られました。あるアプリケーションが依存しているパッケージを探すのは、比較的容易なのです。しかし逆に、あるパッケージに依存しているアプリケーションを探すのにはどうしたら良いのか、ちょっと迷ってしまいました。

googleで調べれば、必要なコマンドには辿りつけました。それほど難問というわけではありませんでしたが、検索エンジンを利用して問題を解決しようとすると、最新の情報や最適な情報が、必ずしも上位に表示される訳ではないことには注意がいると感じます。

pkgの依存関係を探すのは「pkg query」が使えるようです。例えばllvm37パッケージの依存関係を調べてみると以下のようになりました。
% pkg query %do llvm37
lang/python27
lang/perl5.20
devel/libedit
逆に、依存関係の中にllvm37パッケージが含まれているアプリケーションを探すには、次のようなコマンドを打てばよいようです。
% pkg query %ro llvm37
graphics/dri
graphics/libEGL
このようにパッケージの非依存関係がわかれば、特定のパッケージを必要としていたアプリケーションが判明します。この例ではllvm37を必要としているのはdrilibEGLだと分かります。これらのパッケージは何故llvm37を必要とするのか、言い換えれば、標準で入っている以下のコンパイラでは何故駄目なのかということを探る糸口を与えてくれると思います。
FreeBSD clang version 3.4.1 (tags/RELEASE_34/dot1-final 208032) 20140512
Target: i386-unknown-freebsd10.3
Thread model: posix

名古屋の桜


福井の桜


長浜の桜


2017/04/03

積極的な記憶定着の方法と消極的な記憶定着の方法

例えば外国語を学習するにあたり、文法事項にしろ単語にしろ、覚えることが推奨されることが多くあります。文法書や単語帳を眺めているだけで記憶できてしまう人もいるかもしれませんが、多くの人は記憶を定着させるためには積極的に暗記するなどの努力をしなければならないでしょう。

外国語学習法としては、暗記を避けようとする方法論もあり、丸暗記は真の実力がつかないから止めるべきだという主張もあります。これはこれで一理あります。外国語の文章を読んだり、耳にしていれば自然に覚えるから、そうあるべきだというのです。それで外国語が身につくのであればありがたい話ですが、なかなか思うようにはいきません。

ところが分野によっては、積極的に記憶を定着させようとはしていないのに、自然と記憶できてしまうような事柄もあったりするのです。確かにその分野の情報には常に接するようにはしていますが、それだけで覚えてしまうこともあります。「好きこそものの上手なれ」というところかもしれませんが、諺には「下手の横好き」というものもあるので、好きだから覚えるわけでもないでしょう。

趣味的事項であれば、記憶の定着のために、積極的手段を用いても、消極的手段でも、どちらでも構いません。しかし外国語学習のようなものは、むしろ積極的に記憶定着に努めているにもかかわらず、なかなか頭に残りません。なんとかならないものだろうかと、いつも思っています。

旅行の記念としての「証明写真」

証明写真というと普通は履歴書に添付する写真や、運転免許証とか学生証・社員証などにある写真のことを想像すると思います。街角の写真屋さんなどで「証明写真」と言ったら、そういうものです。

これに対して、旅行をすると有名な旅先などを背景にして(たいていは無表情の)写真を撮ることが多く見られます。これは旅行の記念写真を意図していると思いますが、まるで「証明写真」です。自分は間違いなく「その有名な某に行ってきた」ということを「証明」するための写真のようです。

自分の旅の記録をどのようにして写真として残すのかということは難しい問題なので、どうしたら良いのか僕自身としても試行錯誤しているところです。

昔は日本人の旅行者を指して揶揄的に「カメラを持っている」と言われたりもしました。しかし日本人じゃなくても、どこの国の人でも、多くの旅行者はカメラを持っているし、写真を撮っているのではないかと思います。