2021-01-31

オンライン宴会

COVID-19の影響により、対面を避け、オンラインで行われる活動が多くなりました。ZOOMを使うか否かは別にして、学校の授業でも、会社の会議でも、さらには宴会までもがオンラインで開催されるようになっています。忘年会や新年会もオンラインで開催された事例も少なくないのではないかと思います。


オンライン忘年会は、従来の対面の忘年会とは違うのではないかと思うのです。どう違うかということを端的に示しているのが「情シスのタマちゃん2」の「リモート新年会」(第76回)です。3コマ目に「でも大人数過ぎてちょっと会話がし辛いですねぇ・・・」というセリフがでてきますが、まさにその通りなのです。


従来の宴会(新年会でも、忘年会でも、歓送迎会でも)であれば、どんなに参加人数が多くても、自分の座っている席の周囲の人と会話をするしかないのです。他の人と話がしたければ、席を移動することになるのです。ところがオンライン宴会だと、出席者全員がフラットに画面に並んでしまうので、まとまりがないというか、これでは会話にならないのではないでしょうか。


このあたりの事情を的確に表現した文章をみつけました。岩波新書から出ている『英語独習法』の7頁には以下のような記述があります。

人は外界にあるモノや出来事を全部(seeの意味で)「見ている」わけではない。無意識に情報を選んで、選んだ情報だけを見るのが普通である。

これは混雑している電車などの中でも隣にいる知人と普通に会話ができたり、 広大なアトラクション施設でも親なら自分の子供の声は瞬時に聞き分けるなどの事例からも、わかります。人間は周囲の刺激(音声でも映像でも)を同等に受容しているわけではなく、自己の関心に応じて(無意識に)取捨選択しているはずです。


オンラインで宴会ができることは、それはそれで凄いことです。しかし現実世界の代替となるには、原始的すぎます。リアルな宴会と同じレベルに達するための研究活動がおこなわれているのか、そのような関心を持っている研究者(もしくは研究機関)が存在するのか知りませんが、いずれはそのようなことができる時代が来るのかもしれません。

2021-01-28

/self/proc/mountstats

CentOS 7.4でGangliaを利用しています。Pythonでスクリプトを組むとグラフ表示できるメトリックを追加できるので、NFS操作で使われるRPCに関する情報をファイル「/proc/self/mountstats」から取得してみました。


作成したPythonスクリプトをGangliaの所定のディレクトリに配置して動かしてみました。ごころがログ「/var/log/messages」に次のようなエラーが記録されます。

centos74 /usr/sbin/gmond: [PYTHON] Can't call the metric handler function for [get_delta] in the python module [nfsiostat].


このエラーメッセージだけでは、何か問題があるのだろう、ということはわかりますが、何が悪いのか分かりません。そこで設定ファイル「/etc/ganglia/gmond.conf」でプロパティ「debug_level」に設定値「1」を指定して再起動したら、より詳しい情報が記録されました。それによるとファイル「/proc/self/mountstats」を読もうとして「許可がありません」というエラーになっています。特殊ファイルシステム「/proc」において、「self」というのは自プロセスの事である筈なので、許可がなくて読めないというのは解せません。


念のために確認してみました。するとプロセスの所有者が「ganglia」で、ファイルの所有者が「root」でした。なぜプロセスとファイルの所有者が異なるのかわかりませんが、「許可がありません」というエラーになることはわかります。

[root@centos74 ~]# ps auxww | grep gmond

ganglia   1237  0.3  0.5 291312 10588 ?        Ssl  15:32   0:04 /usr/sbin/gmond

[root@centos74 ~]# ls -l /proc/1237/mountstats 

-r--------. 1 root root 0 Jan 28 15:33 /proc/1237/mountstats

[root@centos74 ~]# ls -ld /proc/1237

dr-xr-xr-x. 9 ganglia ganglia 0 Jan 28 15:32 /proc/1237


デーモンプロセス「/usr/sbin/gmond」を起動するのは管理者「root」だとおもいます。しかしプロセスの所有者が「ganglia」になっているということは、起動後の何らかのタイミングで所有者を変更したのでしょう。ところがファイル「/proc/1237/mountstats」 の所有者が「root」のままになっている(「ganglia」に変更されていない)のが原因だろうと思います。何故かディレクトリ「/proc/1237」は所有者「ganglia」になっているのですが・・・

2021-01-09

とりあえず『イェルサレムのアイヒマン』を通読

数年前にハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』を買いました。それほど分厚い書籍ではないのですが、読みやすい本でもないので、ちょっと読んでは投げ出してしまう事を繰り返して、積読になっていました。そうこうしているうちに新訳『エルサレムのアイヒマン』が出てしまいました。


自宅で読もうとすると、気が散る要因が多々あり、なかなか集中できません。仮に読んだとしても、一度だけ通読したくらいでは、読んだことにはなるかもしれませんが、理解したとは言い難い気がします。そうであったとしても少なくとも通読しておく事は必要だと、ずっと思っていました。


電車に乗って移動中に本を読むというのは、非日常的な時間でもあり、興味を逸らせるような要因がない空間でもあり、積読状態だった本を片づけるには都合がよさそうです。そう考えて、この年末年始に最初から最後まで通読するという目標を立てました。


じっくり読もうとすると、固有名詞やら当時の事情やらを理解していないと困るので、単に字面を追っただけといえるかもしれません。しかし流し読みするつもりなら、ページをペラペラめくりつつ最後まで読んだ気になることだってできてしまいます。熟読でもなく、流し読みでもない、ほどほどの労力をかけて読み終えました。これで全体の流れは押さえたので、今後何度も読み返そうと思っています。

川添愛「ニセ英語の世界」を読んで

 東京大学出版会の広報誌『UP』の2021年1月に掲載されていた「ニセ英語の世界」を読みました。今日の日本語では外来語をカタカナで表記することが多く、それは必ずしも英語由来とは限りませんが、多くの場合に英語なのは、その通りです。


日本語に現れる(英語としての)カタカナは、元々の英語における意味を保っている訳でもなく、日本独特の意味付けが与えられることも少なくありません。日本語では表現できないような概念を記述するために(英語を)カタカナで示すのは仕方ない事だとおもいます。そうではなくて、日本語の訳語も与えられている概念をカタカナ英語にして、助詞「てにをは」を加えるだけで文を作り上げているのは違和感があります。もちろん何でもかんでも漢字(日本語表記)にすれば良いというわけではありませんが。


掲載された文章では、外国映画の日本でのタイトルについても書かれていました。映画のタイトルが「カタカナ」になっているものと、「日本語」になっているものがあるのは、気がついていました。日本語のタイトルは、原題を意訳していると思うので、直訳とは乖離があっても、別に気になりません。しかしカタカナのタイトルは、原題に近いと思っていたので、そうでもないという事を知り、驚いています。例えば、原題「Gravity」が、日本公開の映画では「ゼロ・グラビティ」になってしまうのは、何故なんだろうと思います。


この著者による連載「言語学バーリ・トゥード」は、毎回興味深く読んでいます。次回も楽しみです。


JR上野駅公園口

先日JR上野駅公園口改札を出たところ、以前に比べて大きく変わっていたので驚きました。


公園口改札を利用するのは東京国立博物館や国立国際美術館に行く場合が多いのです。しかし去年の春にCOVID-19のためにミュージアムに行く機会がなくなり、いつの間にリニューアルしたのか知らないでいました。


JR東日本が発表した情報「2020年春、上野駅公園口が新しく生まれ変わります」によると「2020年3月20日からリニューアルする予定」との事です。去年の春というとCOVID-19の感染拡大で大騒ぎしていた(2021年になっても相変わらずですが)頃ではありますが、予定通りだったようです。


以前の公園口は改札の目の前に道路があり、横断歩道を渡る必要がありました。また自動改札機の数も少ないし、段差もあり、いろいろな意味で使いずらい改札だったと思います。


それに対して新しい公園口は、よくなったと思います。改札前の道路がなくなったし、改札内外の高低差がなくなっていて歩きやすくなりました。さらに公園口改札の位置が若干北上したため、公園と改札の間の狭隘部がなく広々としています。