2017/12/21

中古CD「Hooked On CLASSICS 2000」

Amazonマーケットプレイスに出品している「ZOverstocksJPN」で標記のCDを買いました。元祖「Hooked on Classics」は当初LPで、後にCDで買い直して持っています。関連CDも気が付いたら買うようにしていたのですが、このCDは実は知りませんでした。届いたCDを見ると(C)1999とありますから、もう20年ほど前の発売ですね。

存在を知ったきっかけはYouTubeです。CDを入手したいと思いましたが、既に新品としては日本国内では流通していないようでした。諦めかけたのですがAmazonならば中古CDとして入手できるようです。演奏しているのがThe Royal Philharmonic Orchestraというイギリスの楽団なので、出品業者もイギリスの「ZOverstocks」を選んでみました。

今月9日に注文して、今月13日から28日の間に到着予定とありましたから、だいたい予定通りですね。ただし気になったのは、発送元がイギリスと思われるので、Amazonに登録されている宛先が日本語のままで大丈夫だろうかという点でした。結論からすると大丈夫でした。宛名ラベルは日本語の住所氏名が印刷されていましたが、最後に「JAPAN」とあるので、イギリス国内では日本語が読めなくても日本向けのコンテナに積み込まれるように手配されるのだと思います。

ZOverstocksというのはマンチェスター近郊にある会社のようです。住所はそうなっていました。

これまでの海外から古本を買った経験もありますが、場合によっては届くまで2カ月以上も待たされたりしました。それに比べると今回は順調でした。

もうすぐクリスマスです。良いクリスマスプレゼントになった気がします。

FORFILES.EXEがエラーを出す

日常的に利用しているWindows10の%HOMEPATH%\Documentsのファイル群をdynabook SS SX/15A上に構築しているNetBSD/i386の~/Documentsに同期させる仕組みを構築するために、Windows10側でFORFILES.EXEを利用することにしていました。うまくいくと思いましたが、エラーが出てくるようになってしまいました。

処理中に「エラー: パラメーターが間違っています。」 というメッセージが出て、処理が中断してしまいます。この「パラメーター」というのはコマンドラインオプションの事ではないと思います。では何の「パラメーター」なのか?それが不明なのが困ったところです。これ以上の情報が無いので、何がどのように「パラメーターが間違ってい」るのか、さっぱり分かりません。

エラーを解決する方法が不明なので、代替策を検討する必要があります。当初の目的に立ち返ることにしましょう。そもそもの発想の原点は、Windows10側で更新されたファイルリストを生成させておくという事でした。UNIXであればfindを使うのが素直な解決策だと思いますが、Windows流儀ではどうすれば良いのでしょうか。Win32用に移植されたfind.exe(Windowsには昔からFIND.EXEという名前の、UNIXで言うところのgrepのようなプログラムがありますが、そのことではありません)が見つかれば良いかもしれません。またはCygwinのような環境を構築しておくという方法もあるでしょう。しかし、どうも気が進まないのです。「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」と言うか、「木に竹を接ぐ」と言うか、違和感があるのです。

Windows10のFall Creator UpdateからはWSLが利用できるようになりました。WSL内でWindowsのプログラムを起動させることができるようなのですが、逆はどうなのでしょうか?試しに簡単なシェルスクリプトを書いて、Windows側から起動させてみたところ、%SystemRoot%\System32\wsl.exeを使えば、シェルスクリプトを起動できることが分かりました。

しかし問題があって、wsl.exeに渡すファイル名は、WSL環境が理解できるパスになっている必要があるのです。つまり、例えば「C:\Users\FOO\BAR」であれば 「/mnt/c/Users/FOO/BAR」と指定する必要があるのです。またWSLは一応UNIXですので、ファイル名の文字種(大文字と小文字)の違いにも意識する必要があります。

結局、簡単なWindows用スクリプトを介してwsl.exeを使うことにしました。以下の内容を含むcmdファイルを作って使うことにしました。
set CMDPATH=%~pnx1
wsl /mnt/c%CMDPATH:\=/%
WindowsからWSLのシェルスクリプトを呼び出すことにすれば、堂々とfindを使うことが出来ます。これで同期対象ファイルのリストを生成させられれば、後はNetBSD側でリストを読んで、対象ファイルをコピーするだけです。その仕組みは従来と同じなので、たぶん大丈夫でしょう。

考えてみるとWSLというのは不思議な世界です。Windows上でUNIX環境が動くのですが、過去に存在した如何なるものとも違うのです。Win32用バイナリを探してU*IX-likeな環境を作るのとも違うし、Cygwinの環境とも違い、またVirtualBoxなどで仮想環境にU*IX系OSをインストールした環境とも違います。使い道は個人個人で異なるとは思いますが、WSLには可能性を感じます。

2017/12/17

iMacrosの代替はseleniumが良さそう

Firefox57で動作しなくなったiMacrosの代替として、wildfireとseleniumが候補にあがりました。まずwildfireをインストールしてみました。簡単に使えるという触れ込みでしたが、iMacrosで簡単に出来ていたことが、うまくいきません。

Web操作の記録はできているようなのですが、それを再生しても、意図したようになりません。別に難しい操作をしたわけでもないのですが、それなのに再生が上手くいかないようでは、先が危ぶまれます。wildfireは却下しようと思います。

次にseleniumもインストールしてみました。こちらは見た目はwildfireよりも地味でiMacrosに似ている気がします。使ってみた感じでは、Web操作が再現できています。このままseleniumでiMacrosと同じことが全て出来るのか不明ですが、可能性はありそうです。

結局iMacrosの代替にはseleniumを使っていこうと思います。

2017/12/16

iMacrosの代替アドオン候補

Firefox57から旧式アドオンが動かなくなりました。これまで使っていたiMacrosが使えなくなってしまいました。 iMacrosというのはWeb操作を自動化するものです。例えば近所の図書館のOPACを自動的に巡回して書籍を検索するときなどに利用していました。

iMacrosはFirefox57に対応させる予定がないようです。そうなると代替アドオンを探さなければなりません。調べてみるとwildfireとかseleniumというのが見つかりました。どちらも昔からあるアドオンですが、これらはFirefox57にも対応しているようです。

Webの記事を読んでみるかぎりでは、wildfireの方がseleniumよりも「使いやすさ」を強調したつくりになっているようです。seleniumというのは(あえて言えば)プロ向けという感じでしょうか。

あまり凝ったことをするつもりはありませんが、以前にiMacrosで出来ていたことは最低限できて欲しいと思っています。もしwildfireで出来るなら、それで良し。wildfireで出来なくても、seleniumで出来るなら、それでも良し、というところです。

まずはwildfireから使ってみようかと思います。

計算機プログラムの構造と解釈

『 計算機プログラムの構造と解釈』(原題:Structure and Interpretation of Computer Programs、略称:SICP)という計算機科学の分野における名著があります。存在は以前から知っていて、図書館で何度か手にしたこともあるのですが、今一つ興味がなく終わっていました。

ただし評判が良いことも承知していて、Webを検索すれば関連情報がたくさん見つかります。簡単に読める本ではないようですが、読み終えれば達成感はあるようです。

日本語訳も書籍として出版されています。2000年にピアソンエデュケーションから出版された『計算機プログラムの構造と解釈 第二版』と2014年に翔泳社から出版された『計算機プログラムの構造と解釈 第2版』があります。漢数字の「第二版」というのは(紛らわしいですが)原著の2nd editionが底本という意味のようで、日本語版としては初版です。

ありがたいことに公式サイトではテキストを無料で読むことが出来ます(英文ですが)。また非公式の和訳も何種類かあるようです。コンピュータ関連の洋書について「和訳を読むくらいなら(訳が変だから)原著を読んだ方がマシだ」とよく言われます。非公式な和訳が何種類もあるのも、そのためのようです。それは一面の真理ではあると思いますが、(変な和訳だったとしても)日本語で読める方が有り難いのは確かです。
  1.  minghaiの日記
  2. アスペ日記
  3. 計算機プログラムの構造と解釈 第二版に関連するホームページ
  4. Long Gamma

この本ではLISP(というかScheme)が例示として使われています。原著が書かれた時代背景もあるでしょうが、Cとか(最近大流行のPythonとか)が使われている訳ではないので、手っ取り早く(CやC派生言語の)プログラミング能力をあげる役には立たないでしょう。しかし本文をよく読んで、練習問題にも取り組めば、縁の下の力持ち的に役立ちそうな予感がします。

いろいろな事に手を出しているので、これに集中できるわけではありませんが、ライフワークとして取り組んでみようと思います。

2017/12/14

Windows10 1709 (Fall Creator Update)のWSLにはtcshが無い

Windows10 1709(Fall Creator Update)ではWSL(Windows Subssytem for Linux)が標準機能になりました。以前には「Bash on Ubuntu on Windows」という扱いでしたが、今はUbuntuには限定されていません。Windows10の更新が始まる前にBoWをアンインストールして準備を整えておきました。

つい最近になって、ようやく機能更新の順番が回ってきたようで、ついに1709版になりました。そしてWSLを使ってUbuntuも使えるようにしました。Microsoft StoreではOpenSUSEなども選べるのですが、どのディストリビューションにも拘りがない(つまりどれでも構わないということ)ので、最も人気があると思われるUbuntuにしておきました。

インストールには「「Windows Subsystem for Linux(WSL)」セットアップガイド【スクリーンショットつき解説】」を参考にしました。 インストール自体は簡単で、Microsoft StoreでUbuntuを選んだあと、ダウンロードに数分、ダウンロード後の起動時に初期化で数分というところでした。

ここまででインストールは完了ですが、追加的に以下の対応をしておきました。
  1. タイムゾーンをJSTに変更
  2. パッケージを最新に更新 
  3. 端末画面のフォントが見難いので「Source Code Pro Light」の18ポイントに変更
標準のシェルはbashなので、いつも使っているtcshにしたいところです。/etc/shellsを見ると以下のようになっていました。
# /etc/shells: valid login shells
/bin/sh
/bin/dash
/bin/bash
/bin/rbash
/usr/bin/tmux
/usr/bin/screen
なんとtcshがありません。自分でtcshを入れなければならないようですね。

しかもtmuxとかscreenも入っているのは初めて目にしました。以前はtmuxを使っており、今はscreenを使っているのですが、これらを/etc/shellsに指定するとは知りませんでした。

2017/12/09

Can't translate pathname 'path/to/the/file/foo.bar' to UTF-8:

20年位前のノートPCにFreeBSD/i386を入れて利用してきましたが、さすがに旧過ぎるので問題を感じています(ハードウェア的な問題という訳でもないのですが)。ジャンクでThinkPad Edge 530cを入手したので、FreeBSD/amd64の環境に移行しようと作業を進めています。

OSやアプリケーションを入れるのは、特別に難しいことではありません。問題は以前のマシンに置いてある長年蓄積されたファイルをコピーする方法です。外付けHDDを仲介する方法もあると思いますが、LANを使ってネットワーク越しにコピーしようと思います。NFSでマウントしておきさえすれば、普通のコマンドでコピーできるでしょう。

 まず試したのがtarを使う方法です。普段から一括コピーする場合はtarを利用することが多いのです。注意したのはロケールです。ファイル名に日本語を使っているところもあるので、余計な処理がおこなわれないようにするためCロケールにしておきました。

ところが標記したようなメッセージが大量に出てくるのです(何故?)。Webを検索してみると「TARコマンドのCan't translate pathnameメッセージ 」という情報を見つけました。 やはりロケールには注意しなければいけないようですが、Cロケールにしたのに何故「Can't translate pathname ~ to UTF-8」というメッセージが出てくるのでしょうか。

このようなメッセージが出てきたとしても、コピー自体は出来ているのか、それとも失敗しているのか、何分にもメッセージが大量に出るので個々に確認していられません。

tarを使うのを諦めて、rsyncを使ってみました。こちらは妙なメッセージが出ることも無く、スッキリと転送されました。rsyncはFreeBSDに標準的に入っているコマンドではありませんが、うまくいくのであればrsyncにしようと思います。

tarを使って転送した場合には39時間ほどかかりましたが、rsyncでは37時間あまりでした。rsyncの方が心持ち速いようですが、劇的に速くなるわけでもなく、ほとんど誤差の範囲です。

Ten Words to Understand Modern Britain

NHKラジオ第2放送の「ラジオ英会話」のテキストにJapanglophiliaというエッセイが連載されています。著者はColin Joyceさんです。2017年12月号のタイトルは標記の通りです。

いろいろ書いてあるのですが、次のような文がありました。
a lot of American "movies" and whole "seasons" of American television dramas.  (They use those words, though the British English is "films" and "series".)
注目したのは、アメリカ英語では「シーズン」と呼んでいるものを、(イギリス)英語では「シリーズ」と呼ぶ、というところです。最近は日本のドラマでも「シーズン」という呼び方をしています(テレビ朝日の人気番組「相棒」はシーズン16だそうです)。

「シーズン」というのは英語起源の表現なんだろうとは思っていましたが、アメリカ英語独特の表現だとは思いませんでした。

もう一か所、気になったところがあります。
get a "starred A" (A*)
試験の成績を英字で表現することがありますが、「A」よりも良い成績を「A*」というのですね。「A+」というのは知っていたのですが、同じことでしょう。でも気になったのは、そういうことではなくて、「A*」を「starred A」と読むというところです。これを知らなければ「A スター」と呼んでいたところでした。

今まで「A+」を「A プラス」と呼んでいたのですが、もしかすると、これも勘違いだったのでしょうか。

2017/12/06

File Save and Backup AddOn for FireFox 57++

Firefoxのバージョンが上がったことで昔から利用しているアドオンが使えなくなってしまいました。その中のひとつに「TiddlyWiki for Firefox」があります。ローカルで使っているTiddlyWikiに書き込みを加えると、自動的に保存してくれて、便利でした。

これが旧式の拡張機能という扱いになり使えなくなって困っていたところ「File Save and Backup AddOn for FireFox 57++」が登場しました。「TiddlyWiki for Firefox」と同等の動作をするわけではありませんが、当面の解決策の一つだと思います。

ドキュメントにも書かれていることですが、重要な制限事項があります。それは自動的に保存される対象となるのは特定のディレクトリに限られていることです。つまり「ダウンロード先」として指定されているディレクトリだけです。Firefoxのオプションで変更することも可能ですが、デフォルトでは%HOMEPATH%\Downloadsになっているはずです。

過去に書き溜めてきたTiddlyWikiのファイルは%HOMEPATH%\Documentsに置いてあるので、このままでは自動保存の対象になりません。どうしたものかと思いましたが、次のような対応が考えられます。
  1. Firefoxのオプションで「ダウンロード先」を%HOMEPATH%\Documentsに変更する。こうすればアドオンの機能により自動的に保存してくれます。しかし何かファイルをダウンロードした時に、DownloadsではなくてDocumentsに入ってしまうことになるので、あまり気持ちよくありません。
  2. Microsoft Windowsの機能を利用して、あたかも%HOMEPATH%\Downloadsの下に%HOMEPATH%\Documentsのファイルがあるかのように見せかける。
後者の方法は、UNIXならシンボリックリンクを張るようなものです。「Windowsのシンボリックリンクとジャンクションとハードリンクの違い」という記事によると、Windowsには3種類(ジャンクション、シンボリックリンク、ハードリンク)あるようです。それぞれ一長一短があるようですが、今回はジャンクションを利用してみました。

このようにすることで、ひとまず解決したかと思ったのですが、まだ厄介なことがありました。過去に作成したTWCやTW5のファイルでは、相互のリンクにおいて%HOMEPATH%\Documentsであることを前提にしてファイルパスを埋め込んでいるところがあるのです。これを個々に変更するか、何か別の対処方法を考えるかしなければなりません。

2017/12/04

NetBSD/i386で公衆無線LANに接続

dynabook SS SX/15AにインストールしたNetBSD/i386の無線LANを使うために自宅など wpa_supplicantを使っています。SSIDとパスフレーズを記録しておけば、マシンをブートした時点で接続してくれます(ただし接続に失敗することも、よくあるので、これはこれで原因を調査して解決したいと思っていますが、将来的な課題です)。

ところが公衆無線LAN(公衆Wi-Fiとも呼ばれます) の場合、接続するためのSSIDしか公表されていないことがあります(パスフレーズを必要としない)。この場合の手順としては、指定されたSSIDに接続した後でブラウザを開くと利用規約に同意を求められ、その後利用が可能となるのが一般的です。例えばJALのサクララウンジがそうですし、スターバックスもそのようです。

この方式を用いる場合もwpa_supplicantで対応できる(「NetBSDでwpa_supplicantを使ってWEPでWi-Fi接続する場合 」)ようなのですが、うまくいきません。次の手順ならば接続できることは確認しました。
  1. /etc/rc.d/wpa_supplicant stop
  2. ifconfig 無線LANインターフェイス ssid 指定されたSSID -nwkey 

この方法で成功することもありますが、何度か失敗を繰り返すこともあります。スッキリと解決した訳ではないのですが、当面はなんとかなっています。もっと綺麗な解決策があるか調べたいと思っています。

「Japanese English」の和訳の一つの事例

放送大学教養学部で「英語の軌跡をたどる旅('13)-The Adventure of Englishを読む-」を受講しています。この講義ではMelvyn Braggの『The Adventure of English: The Biography of a Language』(英語の冒険:ある言語の一生)の一部が使われています。

邦訳で「23英語の植民地化」においては「日本人は独特の日本語英語の形態を生み出した。」(340頁)とあります。ここに現れる「日本語英語」というのは、原文をあたっている訳ではないのですが、「Japanese English」を訳したものでしょう。

「Japanese English」の意図するところは、日本人が使う母語(日本語)の影響を受けた英語(表現)ということだと思います。例えば英辞郎だと「日本語訛りの[日本人風の]英語」としています。

日本人の英語を語るとき「Japanese English」という表現はよく出てくると思われます。実際に上述した文献でも出てきています。その時に英辞郎のような訳出でも構わない場合もあるでしょうけど、もっと簡潔に表現したい場合もあると思います。先の例では「日本語英語」としています。特に定まった訳語というのは無いようなので、これ以外にも様々な表現が使われます。

話は飛びますが「Japanese American」は「日系アメリカ人」という訳語が定着しています。「日本人アメリカ人」と訳されることは(ほぼ)無いでしょう。これを考えると「Japanese English」にも何か定訳が欲しいところです。

2017/11/21

マタイ 7:13-14

「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

2017/11/20

Firefox Quantum

Webを閲覧するためにFirefoxを利用していますが、先日新しい更新が出ているという通知が出てきました。更新を適用したところFirefox 57.0になりました。Firefox Qutantumと呼ぶことになったようです。画面の構成も変わりましたし、内部的にも大きく変更されているようです。

ところが、これまで利用していたアドオンが使えなくなってしまいました。日々の作業の根幹に関わる機能なので、ちょっと困っています。
  1. iMacros
  2. It's All Text!
  3. TiddlyWiki for Firefox
これらのアドオンがFirefox Quantumにも対応してくれるのを待つか、代替アドオンを探すことになるでしょう。

2017/11/14

CANNAの終焉

自宅には365x24電源を落とさないで利用しているノートPCがあります。ハードウェアは昔々のGateway製でCPUはPentium III 450MHzです。旧いCPUですが、CPUの演算性能に依存するようなことはしていないので、別に不満はありませんでした。OSはFreeBSD/i386 10.3を利用しています。

ところが旧過ぎるマシンだとOSやアプリケーションを最新化できなくなってきました。例えばOSのカーネルをFreeBSD/i386 11に変更するとブート時にpanicしてしまいます。またportsでインストールしているアプリケーションを更新しようとすると、コンパイル中にSSE2が使えないというエラーが出てしまうようになってきました。そろそろマシンを更新する潮時かもしれません。ジャンクでLenovo ThinkPad Edge 530cを購入しFreeBSD/amd64の環境を構築し、FreeBSD/i386の環境を移行することにしました。

以前はportsを自前でコンパイルしていたのですが、オプションをデフォルトから変更することは滅多にないし、コンパイルする時間もかかるので、今後はコンパイル済のパッケージを使おうと思っています。FreeBSD/i386において使っていたパッケージをFreeBSD/amd64でもインストールしておきました。

ここで気になったのがemacsです。以前は自前で漢字変換が出来るようにするためCANNAオプションを有効にしていました。ところがコンパイル済のパッケージでは(予想はしていましたが) CANNAオプションが無効になっています。
emacs25-25.3_1,3
Name           : emacs25
Version        : 25.3_1,3
Installed on   : Tue Nov 14 13:27:37 2017 JST
Origin         : editors/emacs
Architecture   : FreeBSD:11:amd64
Prefix         : /usr/local
Categories     : editors ipv6
Licenses       : GPLv3+
Maintainer     : ashish@FreeBSD.org
WWW            : http://www.gnu.org/software/emacs/
Comment        : GNU editing macros
Options        :
        ACL            : on
        ALSA           : off
        CAIRO          : off
        CANNA          : off
(以下略)
CANNAオプションを有効にしてコンパイルすることも可能であることは承知しています。しかしCANNA自体が過去のものですし、Windows上で端末エミュレータを利用していることを考えれば、日本語変換はWindowsに任せても構わないような気がしています。

muleの頃からemacsではCANNAを利用してきましたが、どうやらCANNAの時代は終焉を迎えているようです。

2017/11/13

Windows10とNetBSDの同期にforfiles.exeとcpioを使う

Windows Vistaがインストールされていたdynabook SS SX/15AをNetBSD/i386に入れ換えて使用しています。まだOSがVistaだった頃から、Windows10が入っているデスクトップPCの%HOMEPATH%\Documents以下をdynabook側にコピーして、外出先でも自宅のPCと(ほぼ同じ)ファイルが参照できるようにしていました。当時はお互いにWindows PCですから、ネットワークドライブとして繋げば、あまり苦労もせずにファイル同期が可能でした。

OSをNetBSDに置き換えたことで、Windows10側のファイルを如何にしてNetBSD側に持ってくれば良いのか方式を検討することになりました。考え方としては、Windows10側を動作主体にしてNetBSD側にファイルを送り付けるか、NetBSD側を動作主体としてWindows10側からファイルを引き込むか、いずれの方式にするか考えなければなりません。OSの標準的な機能だけを使って実現しようとすると、NetBSD側を動作主体にして、NetBSD側からWindows10側のディレクトリをリモートマウントすることで、処理を全てNetBSD側でおこなう方式にしました。

まず最初に試したのは、NetBSD側でmount_smbfsを使ってWindows10側の%HOMEPATH%\Documentsをマウントし、rsyncで同期させることでした。しかし試してみると、ネットワークが切れたり、途中で処理が固まったり(情報が出ていないので何が問題なのか分からない)、上手くいきません。

次に考えた方式は、NetBSD側でrump_smbfsを使いファイル名の文字コード変換をさせてWindows10側の%HOMEPATH%\Documentsをマウントし、 tarでファイルをコピーしてみました。ひとまず問題なく全てのファイルをコピーすることができました。しかし処理速度が異常に遅く、ほぼ24時間かかってしまいました。いくらなんでも遅すぎますし、CPUは99%程度はアイドル状態です。NetBSD側が動作の処理を主導して、Windows10側のディレクトリを検索しようという発想が良くなかったのかもしれません。

次に考えた方式では、発想を転換して、Windows10側とNetBSD側の処理を分離することにしました。Windows10側では、指定日付以降に作成されたり変更されたりしたファイルのリストを作成しておきます。そしてNetBSD側では、そのファイルを参照してファイルを転送するだけの処理にしました。

ここで問題になるのは「指定日付以降に作成されたり変更されたりしたファイルのリスト」をどのようにして作成すれば良いかということです。U*IXであればfindを使えばなんとかなるのですが、Windows10ではどうすれば良いのでしょうか。もしかするとPowerShellでロジックを組めば対応できるのかもしれませんが、PowerShellを使ったことがないので他の方法を探してみました。Webを検索したところforfiles.exeというものがあるようです。なんと指定した日付以降のファイルリストを生成することができました。何時の間にこんなコマンドがWindowsに入っていたのか知りませんでしたが、ありがたいことです。

またNetBSD側ではファイル転送をおこなうだけなので、cpを使えば良いかと思いましたが、ちょっと問題がありそうです。最初にWindows10側のファイルを全てコピーする場合には問題になりませんが、2回目以降に一部のファイルだけをコピーしようとすると転送先ファイルのディレクトリが無い可能性を想定しなければなりません。スクリプトをちょっと工夫してmkdirしてからcpするようにしても良いのですが、cpioを使ってみました。cpioの存在は昔から知っていましたが、普段はtarを利用するのでcpioを利用したことがありませんでした。アーカイブファイルを作るだけではなく、ファイル転送にも利用できるようですし、転送先にディレクトリが必要なら作ってくれるオプションもあります。

最後の方式でWindows10側(%HOMEPATH%\Documents)→NetBSD側($HOME/Documents)にファイル同期させることが出来るようになりました。

2017/10/26

Hooked on Classics 2000 Golden Classics

Hooked on Classics」というCDを持っています。元々はLPを持っていましたが、LPレコードが廃れた頃にCDで買い直しました。クラシック以外にもスウィングとかバロックとか、いろいろなアルバムが出ていますが、見つけたら買うようにしていました。何分にも随分古い作品なので、新しいアルバムは出ていないようです。

このアルバムを知ったきっかけは、NHKが土曜日の夜に放送していた「海外ウィークリー」の中で紹介されたことだったような覚えがあります。キャスターだった幸田シャーミンが「今、イギリスで大ヒットしているアルバムがある」と言って、最初のトラックを流したと記憶しています。Wikipediaでは次のように書かれているので、1982年頃のことでしょうか。
 The opening track, "Hooked on Classics" (Parts 1 & 2), was released as a single in October 1981, peaking at number 2 in the UK and later in the US at number 10 on the Billboard Hot 100 in February 1982.
時は過ぎて、LPの時代からCDの時代に変わり、今ではYouTubeなどが一般的になりました。ふとYouTubeでHooked on Classicsを検索してみたら「HOOKED ON CLASSICS 2000 (Golden Classics)」というのを見つけました。曲のアレンジが新しくなっています。

何時の間にリリースされたのか分かりませんが、タイトルに2000とあるので、2000年頃でしょうか。日本国内では既に流通していないようです。なんとか入手したいものですが、どうしたら良いのでしょうか。

2017/10/25

ラテン語辞書の常識?

放送大学で「ラテン語の世界('16)」を受講したので古書店で『研究社 羅和辞典』(1980年7月10日増訂新版14刷)を買いました。この辞書しか知らないので、僕の持っている辞書が偶々そうなのか、ラテン語辞書はどれもそうなのか断言はできませんが、辞書の使い方の説明がとてもシンプル(実は不親切と言いたい)です。

まだラテン語の勉強を始めたばかりなので辞書で単語を引くほどの段階でもないのですが、 せっかく買ったので使ってみようと思いました。試しに教科書に掲載されている単語cogitoを調べてみました。

辞書には次のように掲載されていました。
cogito, are, avi, atum, v.a. [co+agito] (intrans.) 1. 考える、考慮する、省察する、追想する、回顧する(de alqo; de re). (以下略)

cogitoの後にある「are, avi, atum」というの何でしょう?「v.a.」や「intrans.」については辞書の始めの方に「本辞典使用の略語」として説明されていた何なのか分かりました。

今まで利用してきた辞書(英和辞典など)の場合、辞書の最初の方で使い方の説明がありました。ところが『研究社 羅和辞典』にはそういう説明が見当たりません。ラテン語の辞書では常識なので態々書く必要がないということなのでしょうか。

「ラテン語の世界('16)」の印刷教材には「辞書では伝統的に一人称単数で掲載する習慣があります」(44頁) とさらっと書いてあるのですが、この他には特に辞書の引き方の説明は見当たりません。

困ってしまって検索エンジンで調べていると「山下太郎のラテン語入門」の「ラテン語の格変化」に次のような記述を見つけました。
辞書では見出しの次に属格の形を記す習わしです。ただし語尾のみ記す場合がほとんどですから、その点にも注意が必要です。

また『ゼロからのラテン語』には「3.1.13 辞書に書かれている動詞の項目」で次のように書かれていました。
ラテン語の辞書に書かれている動詞の項目は、次のような記述から構成されています(ただし、 辞書ごとに相違がありますので、すべての辞書がこのとおりになっているわけではありません)。(以下略)

やはりラテン語辞書独特の習慣があるようです。こういうことは一度知れば良いことなのですが、全くの初心者にとっては落とし穴になるところです。

ともかく一歩前進しました。

2017/10/24

ラテン語の世界('16)

2017年度第2学期は「ラテン語の世界('16)」を受講してみました。講師はHermann GOTTSCHEWSKI客員教授で、東京大学大学院比較文化研究室の教授です。ラテン語は日本人からすれば外国語ではあるのですが、今日ではラテン語を母語とする人が存在していないので、学んだところで旅行などで役に立つわけでもありません。しかしラテン語から派生した言語としてスペイン語やフランス語などがありますし、西洋文化の起源を学ぶためにラテン語は役に立つでしょう。ちょうど日本人が古典的な教養のために漢文を学ぶようなものかもしれません。

ラテン語に限らず、あたらしい言語を学ぶことは大変です。英語だって、日本人なら中学1年生から延々と勉強しているのに、使えるレベルに達するには相当長い時間がかかります。放送大学の通信授業で半年弱(実際には3カ月半程度)では、どこまで深く学べるのか怪しいところです。

印刷教材(放送大学では授業で使用する教科書のことを「印刷教材」と呼びます) では、次のように書かれています(「1.2 この教科書の目的と構造」16ページより)。無意味に期待を持たせることなく、このように言い切るのは、とても潔いと思います。
本書では「ラテン語を勉強する」ことを目指すのは到底無理なので、最初から諦めることにしました。
ラテン語の勉強を諦めると書かれているとは言っても、これは言葉の綾というものであって、印刷教材に書かれているのはラテン語文法の詳細です。この科目のゴールとして深い理解に至ることを求めていないとしても、個人的なゴールとして深い理解を目指すことは妨げられない(むしろ奨励しているのではないか)と思いますから、できるだけ頑張ってみようと思っています。

勉強を開始するにあたり『研究社 羅和辞典』を買いました。新品は高いので避け、古書店で買いましたので、1980年7月10日発行の増訂新版14刷です。古書ですので千円ちょっとでした。

2017/10/22

『Windows PowerShell逆引きハンドブック』

図書館で『Windows PowerShell逆引きハンドブック』を見かけたので目を通してみました。最近のWindowsではPowerShellが標準搭載されています。しかも2017年春にリリースされたWindows10 Creators Updateでは、コンテキストメニューのコマンドプロンプトがPowerShellがデフォルトになってしまいました。ただし切り替える方法があるのですが、将来的にはコマンドプロンプトが本当に消えてしまうかもしれません。

以前からPowerShellについて学んでおく必要性を感じていたのですが、要するにPowerShellで何が出来るのかという事を概説した情報が見つかりませんでした。もちろん検索エンジンで探せば情報は幾らでも見つかるのですが、細切れの情報を大量に読んでもPowerShellのイメージがつかめませんでした。

この本を読んでみるとPowerShellの概要がつかめた気がします。PowerShellを使いこなすには情報は足りないと思いますが、PowerShellの概念が判ってしまえば検索エンジンで詳細を調べることができるでしょう。

僕としては(完璧ではないとしても)悪くない書籍だと思うのですが、amazonでの評価は高くありません。評価しないという意見があったとしても、それはその人の考えですから、僕がどうこう言う問題ではありません。

2017/10/14

Rにおいてread.csv()を使う場合のTips

LibreOffice Calcを使って入力した情報をグラフ化する場合にRを利用しています。グラフ化する機能はCalcにもあるのですが、WYSIWYG的な操作方法が好きになれないのでRを使っています。入力したシートをUTF-8エンコーディングのCSVでファイルに出力し、そのファイルをRで読み込んでグラフ化します。

RでCSVファイルを読み込むにはread.csv()を使います。いろいろとオプションが用意されていますが、簡単に使ってみるには以下のようにします。
foo <- read.csv("foo.csv")

こんな感じで今まで使用していたのですが、問題が発生しました。
  1. 1行目にはヘッダ情報として各列の項目名が日本語で指定されていたのですが、 文字化けしてしまう。
  2. 各列の項目名をグラフ化した時にlegend()で使おうとしたら、うまく扱えない。

まず1番目の問題は、CSVを読み込むときにファイルエンコーディングを指定する必要があるようです。「RのUTF-8で漢字などが入っている場合read.tableができない」という情報が役に立ちました。要するに「encoding="UTF-8"」を明示的に指定しておきます。

2番目の問題は「stringsAsFactors=F」を指定すれば良いようです。これは「Factor型になってしまいがちな文字列型のデータフレームの列を戻す」を参考にしました。

これらのオプションを指定することで意図していたようにCSVファイルを読み、グラフを出せました。

2017/10/13

OpenVMS Hobbyist Registrationの更新

自宅にあるDEC Personal Workstation 500auにはOpenVMS Alpha 7.2を入れています。商用と同じものなのでライセンス登録が必要ですが、Hobbyist OpenVMSライセンスを使っています。条件を満たしていれば無料でライセンスを得られますが、有効期限が1年間なので、毎年更新手続きを行わなければなりません。

OpenVMS Hobbyist Registration」からライセンスを申請しました。ちょっと入力に漏れがあったので、再申請が必要でしたが、数日するとメールでPAK登録に使えるコマンド・プロシージャが送られてきました。このサイトはHPが運営しているようですが、何時まで続くのか心配しています。

PAKの登録は簡単です。
 Welcome to OpenVMS (TM) Alpha Operating System, Version V7.2   

Username: system
Password:
   Welcome to OpenVMS (TM) Alpha Operating System, Version V7.2 on node PWS500
    Last interactive login on Friday, 13-OCT-2017 07:39:18.16
    Last non-interactive login on Friday, 13-OCT-2017 07:41:49.56
$ @SYS$SYSROOT:[SYSMGR]HOBBYIST-USE-ONLY-VA.TXT;2
%SHOW-I-NOLICMATCH, no licenses match search criteria
%LICENSE-I-DISABLED, ACMS HOBBYIST-VA-KEY12497-151009 has been disabled
%LICENSE-I-DISABLED, ACMS HOBBYIST-VA-KEY12497-161007 has been disabled
%LICENSE-I-DISABLED, ACMS HOBBYIST-VA-KEY12497-171009 has been disabled
%LICENSE-I-UNLOADED, ACMS   has been unloaded
%LICENSE-I-ENABLED, ACMS HOBBYIST-VA-KEY12497-171009 has been enabled
%LICENSE-I-LOADED, DEC ACMS was successfully loaded with 0 units
%SHOW-I-NOLICMATCH, no licenses match search criteria
%LICENSE-I-DISABLED, ACMS-REM HOBBYIST-VA-KEY12497-151009 has been disabled
*snip*
%LICENSE-I-DISABLED, X500-DIRECTORY-SERVER HOBBYIST-VA-KEY12497-151009 has been disabled
%LICENSE-I-DISABLED, X500-DIRECTORY-SERVER HOBBYIST-VA-KEY12497-161007 has been disabled
%LICENSE-I-DISABLED, X500-DIRECTORY-SERVER HOBBYIST-VA-KEY12497-171009 has been disabled
%LICENSE-I-UNLOADED, X500-DIRECTORY-SERVER   has been unloaded
%LICENSE-I-ENABLED, X500-DIRECTORY-SERVER HOBBYIST-VA-KEY12497-171009 has been enabled
%LICENSE-I-LOADED, DEC X500-DIRECTORY-SERVER was successfully loaded with 0 units
Completion of PAK Load Command File....
OpenVMSのような本格的なOSが個人的に利用できるのは有り難いことです。


2017/10/09

wpa_supplicantにおける謎めいた挙動

NetBSDに入れ換えたdynabook SS SX/15Aで近所にある公共図書館の館内用無線LANに接続したいと思って、試行錯誤を続けています。ifconfigを使えば接続できるところまでは確認しました。できれば/etc/wpa_supplicant.confにエントリを追加して、他所の無線LAN環境とも統一的に扱いたいところです。

本日、入館直後に持参したdynabookを起動させると、なんと最初から無線LANに接続されていました。一瞬嬉しくなって「ついに成功した」と思いました。

ところが/etc/rc.d/wpa_supplicantからリスタートをかけてみると、/etc/wpa_supplicant.confに記述誤りがあるというエラーが出るのです。そんな馬鹿な、と思いましたが、確認してみたら確かに記述誤りがあります。それじゃぁ、どうして先程は無線LANに接続できたのでしょうか。謎です。

wpa_supplicantを使うと、ごくまれに無線LANに接続できることがありますが、たいていは失敗します。なにか指定が足りないんだろうと思っていますが、それが何か絞り込めていません。

ifconfigを使えば、ほぼ確実に無線LANに繋がります。

どうもスッキリしません。調査を継続しようと思います。

2017/10/07

WEPの公共無線LANに繋げる方法が判明したが、起動時は繋がらない

近所の図書館が館内利用者に対して提供している無線LANをNetBSDで接続することができました。どうやらこれは「パスフレーズなしのWEB」というもののようです。「Open Networks」とも呼ぶらしいです。

wpa_supplicatntでは、このようなネットワークにも対応していることになっています。しかし/etc/wpa_supplicant.confにSSIDなどを書いておいても、起動時には繋がりません。他にも何か指定しておくべき事があるのでしょう。

立ち上がってからコマンドを叩けば繋がることを確認しました。
# ifconfig wpi0 ssid 指定されたSSID -nwkey
# ifconfig wpi0 up
# /etc/rc.d/dhcpcd restart

ここに辿りつくまで、検索エンジンで情報を探しました。いろいろと見つかるのですが、最も参考になったと言えるのは、次の2つでした。
  1. how to use wpa supplicant
  2. WiFi Configuration Using WPA and WEP 

2017/10/01

「カー・SOS 蘇れ!思い出の名車5」の進む道

ナショナル ジオグラフィック チャンネルで「カー・SOS 蘇れ!思い出の名車5」が放送されています。前作品のシーズン4の頃から番組の傾向が変わってきたと思っていましたが、今回のシーズン5では、その傾向がより鮮明になっていると感じます。

この番組「カー・SOS 蘇れ!思い出の名車」が放送された当初は、ボロボロになったクラシックカーを修復する過程に主眼がおかれていて、どちらかというと「DIY的」な番組だったような記憶があります。基本的に3週間で修理を完了させていたハズです。修理に必要なパーツを集める過程や、ボディを直すための工場での板金作業などにフォーカスしていた番組だったと思います。しかも修理が終わっても、(イギリスの車検制度がどうなっているの私はわかりませんが)「車検が通らないと、修理が終わっても車が公道を走れないから」とか語るシーンがあったと思います。

ところがシーズンを重ねるにつれて、番組の主眼がオーナーの闘病生活の描写に移ってきているように感じます。フォーカスしているのが「DIY的」なところから「人情物語的」な面に移ってきている気がしています。

クラシックカーを修理する過程はオマケ程度に触れられるくらいの扱いです。番組のスタンスが変わっていくのも、長寿番組の宿命なのかもしれません。

2017/09/25

「彼女が愛し、守ったゴリラたち」ナショナル ジオグラフィック 日本版 2017年9月号

ナショナル ジオグラフィック 日本版 2017年9月号に掲載された「彼女が愛し、守ったゴリラたち」はルワンダ奥地でゴリラの研究を続けたダイアン・フォッシーの活動を紹介する記事でした。記事によれば「彼女への評価は分かれるが、チンパンジー研究者のジェーン・グドールが語ったように、『ダイアンがいなければ、今頃はルワンダにマウンテンゴリラは1頭もいなかったかもしれない』のだ」ということです。

この記事にはとても考えさせられました。それは、ゴリラの生態に関心が生まれたからではないし、彼女の活動に興味があるからでもありません。

彼女の活動を詳しく知っているわけではなく、記事に書かれた以上のことは知りません。記事を読んだ印象では、彼女のやり方は地元と軋轢を生んでいたようです。しかし結果としては偉大な成果をあげたといえるのでしょうが、その過程は誰もが参考にできるものではなさそうです。

普通よく聞かれるのは、信念を持つ人物が困難に打ち勝ち最終的に大きな成果をあげるというような物語です。地元もそれを歓迎し、地域も一体となって応援するというストーリーです。この方が道徳的には良いのかもしれませんが、利害が衝突する場合に、どう対処すべきなのか、事前に望ましい結論が判っているわけではないでしょう。

この記事が本来伝えたかったメッセージとは違うところで、とても考えさせられました。

公共無線LANに接続する方法がわからない

dynabook SS SX/15AにインストールしたNetBSD/i386の環境設定をすすめています。元々入っていたWindows Vistaの頃にできていたことは、NetBSDでもだいたい出来るようになっているのですが、まだ設定を試行錯誤しています。そのひとつが公共無線LANに接続することです。

自宅においては有線LANも無線LANも利用できています。また公共無線LAN(または有線LANのこともありますが)においても、SSIDとパスフレーズが明示されている場合は、接続できることを確認しました。

接続が上手くいかなくて困っているのは、近所の公共図書館が館内サービスとして提供している無線LANに接続できないことです。どうもNTTの光ステーション サービスを利用しているようです。何が問題なのかというと、接続するためのSSIDは明記されているのですが、パスフレーズは不要らしいので、このような場合にwpa_supplicantの設定の仕方がわからないのです。

dynabook SS SX/15AのOSがWindows Vistaだった頃は問題なく接続できていました。またUSBメモリにUbuntu-MATEのLIVEイメージを入れて起動させてみると、Windowsと同様の手軽さで無線LANに接続できました。だから何か方法を見つけさえすれば問題なく繋がるのだと思うのですが、その方法が見えてきません。

SSIDだけ指定されていて、パスフレーズが不要ということは、WEPということなのでしょうか?

何か解決の糸口となりそうな情報を探しているところです。

2017/09/15

Violin Concerto in D Major, Op. 35

以前からチャイコフスキーの作品は好みだったのですが、映画「オーケストラ!」を観てからは、「ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35」がとても気に入りました。バイオリンを演奏するソリストの演奏の違いで曲の雰囲気がこれほど変わるものかと驚きました。それ以来(いつもではありませんが)CDを見かけたら購入することにしています。

先日指揮者Yehudi Menuhin、バイオリンZino VinnikovThe Royal Philharmonic Orchestraの演奏によるヴァイオリン協奏曲が収録されたSACDハイブリッドを買いました。

全体的にゆっくりとした穏やかな演奏だと感じました。この曲は終盤ではテンポが速くなるので、そこでは次第にテンポを上げてきていますが、それでも抑制されている印象を受けます。こういう演奏もあるのかと思うと新鮮でした。

2017/09/11

TOEIC試験会場で見かけた「トイレ女子」

昨日第223回TOEIC L&R公開テストを受験してきました。いつのことながら試験時間に追われる感じがして、最後の方は解いている時間がなくて、適当にマークすることになります。

さて、TOEICの試験会場はいつも同じということでもなく、近くの大学などが割り当てられます。それが何処であろうとも、(おそらく運営側のガイドラインがあるのだと思いますが)同じような試験会場になるように準備されています。例えば学校に設置されているゴミ箱には「使用禁止」との張り紙がされていますし、トイレの場所にも張り紙があります。

昨日受験した会場では、男性用トイレの入口には「トイレ男子」と、女性用トイレの入口には「トイレ女子」との張り紙がありました。

「トイレ女子」?近年流行で「山ガール」とか「歴女」とか「〇△女子」というのが多いですが、その一種かと思ってしまいました。

何故「女性用トイレ」とか書かないんだろう?

2017/09/03

rump_smbfs

dynabook SS SX/15Aに入れたNetBSD/i386のホームディレクトリの下に、Windows 10で使っているPCの「Documents」ディレクトリ以下をコピーするようにしています。昨年来Windows VistaからNetBSD/i386への移行を検討しているときにも、いろいろと試してみた結果、NetBSD/i386側からmount_smbfsでWindows 10の共有フォルダ「Users」をマウントし、rsyncを使ってコピーする方式で運用するつもりでした。

ここで最も重要なポイントは、Windows側の文字コードCP932をNetBSD/i386+MATE側の文字コードUTF-8に変換するタイミングです。当初検討していた時には、2つの可能性がありました。
  1. rump_smbfsを使い、マウント時にコード変換をおこなえるようにしておく。 
  2. mount_smbfsを使い、マウント時にはコード変換をおこなわず、rsyncでコピーするタイミングで文字コード変換をおこなう。
当初検討していた時には、どちらの方式でも構わないと思っていました。試してみたら、rump_smbfsを使うと、ネットワークが不安定になってしまい、ちょくちょく固まるので使いものになりませんでした。それでrsyncを使ってみると問題なかったので、それ以来mount_smbfsとrsyncを利用していました。

ところが、つい先月下旬に、いつもと同様にrsyncを使ったら異常終了するようになってしまいました。これまで問題なかったのに突然エラーが出るようになったのか不明ですが、 何度試してみても駄目でした。rsyncはオプションを指定すると詳細な処理情報を出せるのですが、原因にたどり着けそうな情報が得られません。

そこで改めてrump_smbfsを利用してみました。以前はネットワークが不安定になりましたが、今度は安定しています。そもそも以前不安定だったのは、rump_smbfsが原因だったのではなく、無線LANの親機の設定が悪かったようなのです。無線LANでダブルチャンネルを利用しようとしていましたが、これが不安定の原因になっていたようです。これを使うのを止めるように設定してからは安定するようになっています。

試行錯誤を繰り返した結果、rump_smbfsに戻ってきました。ファイル名の文字コード変換をおこなうにはオプション「-E UTF-8:CP932」を指定すれば良いようです。

2017/09/02

Rehabiri for rehabilitation

The Japan Times STのコラム「ODDS & ENDS」の8月の話題は「Japaese English」で、2017年8月11日号は、その第2回でした。タイトルは「TPO」です。著者は以下のように語り始めます。
Some Japanese English words are shortened forms of the original word.  For instance, rehabiri for rehabilitation.
日本人からすると、rehabilitationを「リハビリ」と言っているのであって、「レハビリ」ではないのですが、著者には「rehabiri」と認識されているのかもしれません。著者のJames Tschudyさんの詳しい経歴はわかりませんが、日本滞在暦は長く、日本人の話す「英単語もどき」についても良く理解なさっているようなので、もしかすると手が滑っただけかもしれません。

日本人が苦手とされている「RとLの問題」もご存知でしょうし、rehabilitationのLをあえてRにして「rehabiri」と書いているところをみると、やはり「rihabiri(リハビリ)」ではなく「rehabiri(レハビリ)」と聞こえているのでしょうか。

Japanese English

The Japan Times STで人気のコラム「ODDS & ENDS」の8月の話題は「Japanese English」でした。日本で独自の意味合いを持ってしまった英単語などについて語られています。

月間テーマである「Japanese English」は、ニュアンスは理解できるのですが、日本語では何と訳したらよいのでしょう。ただ片仮名にするだけの「ジャパニーズ・イングリッシュ」とするのは御免蒙りたいです。パソコンなどIT関係の文書がこういう調子で、英単語をカタカナ表記にしただけの文章が溢れています。曰く「オブジェクトをデリゲートして、次に・・・」のような感じですが、この手の(日本の文字を使用した)文章を読むくらいなら、辞書片手に英文を読んだほうがマシです。もっとも「算譜」とか「作譜」と訳するのも流石にどうかとは思っているのですが。

さて話題を戻して「Japanese English」の和訳ですが、長々と言えば「日本独自の変化を遂げた英語(表現)」とでもすれば意図が通じるかもしれませんけど、長いですね。コラムの中では何度も使われるので、もっと簡潔な表現にしたいところです。

英辞郎では「日本語訛りの[日本人風の]英語」と訳されています。意味はこういう事ですが、簡潔とは言えません。

ここで発想を飛躍させて、「Japanese American」を「日系アメリカ人」と訳すのですから、「Japanese English」を「日系英語」とするのはどうでしょう。これが良いというわけではありませんが、一つのアイディアです。違和感を感じるかもしれませんが、その違和感の一部は、見慣れないことからくるものであって、見慣れたら気にならなくなるかもしれません。もっと本質的な違和感もあることでしょう。それは見慣れたところで解消されるものではありません。

なにか良い和訳はないものかと思います。

大阪ビーフカツバーガー

マクドナルドではキャンペーンで「大阪ビーフカツバーガー」というのを期間限定で販売しているようです。また大阪では「マクド」と呼ぶんですが、僕はあまり違和感を感じません。ミスタードーナツを「ミスド」と呼び、スターバックスを「スタバ」と呼ぶんですから、マクドナルドを「マクド」と呼んだって良いんじゃないかと思います。

それはさておき、「大阪」を冠するのだったら、「ビーフカツ」じゃなくて「ビフカツ」にすればよかったのにと思います。「とんかつ」のお店は日本各地にありますが、「ビフカツ」の店は大阪以外では見たことがありません。

2017/08/20

3桁区切りのカンマを出力するための「%'d」が便利

C言語のprintf由来の書式指定において、いつの間にか「%'d」という指定が出来るようになっている事を知りました。
% printf "%d\n" 123456789
123456789
% printf "%'d\n" 123456789
123,456,789
整数出力するため「%d」と指定するのは基本中の基本です。ここで3桁ごとにカンマで区切ろうとすると、従来は一筋縄ではいかなかったはずです。

ところが何時の間にやら「%'d」というが可能になっていて、これを使えば一発です。なんて便利なんでしょうか。

2017/08/18

官報附録「全國汽車發著時刻及乗車賃金表」

時刻表百年のあゆみ』の13ページ(第1章 明治時代 2 官報掲載の時刻表)には次のような記述があります。
「官報」付録に時刻表掲載の三回目は一八九〇(明治二三)年七月二五日で今回から『全国汽車発着時刻賃金表』の表題となる。(中略)以後「官報」付録の時刻表は毎月発行されるようになり、一九〇〇(明治三三)年まで発行が確認されているが、具体的に何年何月まで発行されたかは未確認である。

この記述が正しいなら、明治23年から明治33年ごろまで約10年間に亘り官報附録の時刻表が発行され続けたことになります。毎月発行ということなので10年間なら百数十回は発行したと思われますが、国立国会図書館デジタルコレクションにある官報を閲覧しても、数えるほどしか見つかりません。これは一体どういうことなのでしょうか。

どうやらデジタル化された官報は、付録時刻表が随分抜け落ちているようなのです。

この官報は書誌情報に「出版社 日本マイクロ写真」とあるように、株式会社ニチマイ(旧・日本マイクロ写真株式会社)が販売しているマイクロフィルムを使っていると思われます。ニチマイのWebにある沿革には昭和35年3月に「大蔵省印刷局から官報マイクロ版制作認可」されたことが書かれています。公立図書館などで明治期の官報がマイクロフィルムとして閲覧できることを紹介していることがありますが、おそらくニチマイの製品を購入しているのでしょう。

国立国会図書館デジタルコレクションにある官報を(目を皿のようにして)探しましたが、次の6件くらいしか見つけられませんでした。
  1. 官報第2121号附録(明治23(1890)年7月25日)
  2. 官報第2258号附録(明治24(1891)年1月12日)
  3. 官報第2852号附録(明治25(1892)年12月28日)
  4. 官報第2923号附録(明治26(1893)年3月31日)
  5. 官報第3452号附録(明治27(1894)年12月28日)
  6. 官報第3874号附録(明治29(1896)年5月30日)
デジタル資料ではありませんが、書籍の中に「全國汽車發著時刻及乗車賃金表」が掲載されていることがあります。

時刻表百年のあゆみ
  1. 官報第1903号附録(明治22(1889)年10月31日)p.13
時刻表でたどる鉄道史
  1. 官報第3026号附録(明治26(1893)年7月31日)p.38
史料鉄道時刻表
  1. 官報第1903号附録(明治22(1889)年10月31日)pp.167-174
  2. 官報第2852号附録(明治25(1892)年12月28日)pp.183-186
  3. 官報第2874号附録(明治26(1893)年1月31日)pp.187-190
  4. 官報第3026号附録(明治26(1893)年7月31日)pp.191-194
  5. 官報第3127号附録(明治26(1893)年11月30日)pp.195-198
懐しの時刻表
  1. 官報第1903号附録(明治22(1889)年10月31日)
  2. 官報第3978号附録(明治29(1896)年9月30日)
これらの書籍では、全てが掲載されている場合と一部だけが参考程度に掲載されている場合があります。いずれにせよ官報附録として発行されていたことが確認できる訳ですが、これらの多くが国立国会図書館デジタルコレクションの官報からは漏れているのです。何故このようなことになるのでしょうか。国立国会図書館の東京新館3階にある議会官庁資料室に行って尋ねてみましたが、経緯は不明のようでした。

「全國汽車發著時刻及乗車賃金表」は古書店で取り扱っている場合もあるようです。「日本の古本屋」で検索してみたら(値段は高いが)10件弱ほど見つかりました。

2017/08/17

Lenovo ThinkPad Edge E530cの中古

長年に亘りFreeBSDで使用していたノートPCに限界を感じていたので、何か新しい機種に置き換えることを検討していました。今後もFreeBSDを使っていくつもりなので、Windowsがインストールされている新品だと困ります。中古であっても、Windowsがプリインストールされていると、どうせ使うことはないのにライセンス料金の分だけ値段が上がってしまうのは面白くありません。ジャンクで十分ですが、あまり不具合が多いのは避けたいところです。

ジャンクの買い物は一期一会なので、オークションとか通販だと現物を確認できないので、店頭販売を探していました。今月初め頃に秋葉原を散策したときに目星をつけていたので、とうとう購入に踏み切ることにしました。

PCNET秋葉原中央通り店 の2Fのジャンクコーナーで「Lenovo ThinkPad Edge E530c」を購入しました。ジャンクなので付属品は一切ないため、やはりジャンクのACアダプタも同時に購入しました。あわせて1万円ちょっとです。

ThinkPad以外にも、dynabookなどもありましたし、HP、NEC、富士通などのジャンクもありました。確固たる理由があるわけでもないのですが、今回はThinkPadにしようと予め決意していました。ThinkPadもいろいろとありましたが、 E530cが他にも何台かありました。中にはメモリやHDDが外されていたり、キーボードが壊れているいるものや、何か故障があると注記されているものもありました。

外装はベタベタした感じで、決して状態が良いとは言い難いのですが、開けてみた感じではキーボードも綺麗で好印象です。仮に外装が綺麗だけどキーボードやLCDが壊れているとしたら、むしろ使いにくいでしょう。メモリは4G、HDDは320Gでした。おそらくE530cの販売時の状態そのものだと思います。

今後空き時間をみつけて、現行のノートPCの環境を移行させようと思っています。現行PCは、Pentium 3 450MHzで、メモリ300M程度という相当旧い性能です。新しいPCはCore i3 2.4GHzで、メモリ4Gという、現時点でも決して高性能であるとは言えませんが、Pentium 3 450MHzに比べたら雲泥の差です。

2017/08/07

FreeBSD/i386用マシンを更新したい

自宅では大昔に発売されたGatewayのノートPCにFreeBSD/i386をインストールして使っています。ほぼ常に電源は入れっぱなしになっていて、365x24運用中です。ごく普通のノートPCなので、そのような用途は想定されていないと思いますが、大きな問題もなく、利用できています。

ただし旧過ぎるために最新版のFreeBSDがインストール出来なかったり、グラフィックス関係のportsがSSE2を要求するためコンパイルできなかったりと、 さすがに使い続けるのが苦しくなってきました。ちなみにdmesgには次のような表示が出ています。今さらPentium IIIの450MHzとは時代遅れですが、CPU性能に依存するようなことをしていないので、不満には感じませんでした。
 CPU: Intel Pentium III (447.70-MHz 686-class CPU)
マシンを新調するとしても、FreeBSDで使うので、新品を購入する必要はなくて、中古で十分だと思っています。それも高価格の高性能マシンである必要もなくて、激安中古で十分です。なにしろ今まではPentium IIIだったのですから。

新品を購入するなら通販でも構わないと思いますが、中古は現物をしっかり確認してから購入したいので、まずは秋葉原で下見することにしました。

中古を取り扱っているショップをいくつか見てみましたが、中古とは言っても、なかなか激安の出物には巡り合えません。しかもWindowsがインストールされていたりするので、FreeBSDに入れ換える目的からすると、余分です。

思っていたような中古が見つからないなぁと諦めかけているとPCNETという店に、僕がイメージしていたようなジャンクが大量に置いてあるのを見つけました。ジャンクなのでOSは入っていないし、値段も激安です。場合によってはメモリやHDDが抜いてあったり、キーボードのキーの一部が壊れていたりしますが、それがジャンクというものでしょう。中古PCのHDDは劣化が不安なので、そもそも換装しようと思っていたので、HDDが抜いてあっても別に構いません。キーボードが壊れているのは困りますが、それ以外の基本機能が正常なら、パーツ不足は自前で揃えれば良いだけのことです。

ジャンクは現品限りなので、オークションや通販などで入手するのは不安です。出来れば店頭で確かめて買いたいものです。今月中には何か買おうと思っています。

2017/07/31

TVドラマはリアルさを追求したとしても本当にリアルな訳ではないハズ

NHKの大河ドラマは、戦国時代か幕末明治期を扱うことが殆どです。その時期の有名人は放送されてしまっているので、主人公を選んでドラマを組み立てるのが大変なんじゃないかと思います。特定の地域では有名な人物はたくさんいると思いますが、全国的な知名度が高くないと視聴率が落ちて「失敗作」とか評価されてしまうでしょう。

同時に、最近の大河ドラマは時代考証が綿密になってきているようです。歴史研究などの新しい知見を取り込んでいたり、当時の風習や言葉遣いなども出来る範囲で再現しようとしているようです。

例えば、斎藤道三の娘で織田信長に嫁いだ女性を、昔は「濃姫」としていましたが、最近は「帰蝶」と呼んでいたりします。名前が本当に帰蝶だったのか確かではないと思いますし、現代ドラマの家族関係のように親子や夫婦の間柄で帰蝶という名前が呼び合っていたのか、怪しいところです。

さらに言えばドラマでは当時の実名(いわゆる諱)を使って会話を繰り広げていますが、ここも純粋に当時の状況を再現しようとすれば怪しいところです。配下の武将が主君の名を呼びかける場合や、同盟している大名同士において、実名が使われる状況は無かったのではないかと思います。諱は忌み名であり、そう容易く口に出せるようなものではなかったはずです。しかしドラマで当時の会話を忠実に再現しすぎると、史学の専門家以外は視ていても何のことはサッパリ分からない会話になってしまって、「ドラマ的」に面白くないでしょう。

同じような状況はNHKの朝ドラにも言えると思います。今は「ひよっこ」が放送されています。この作品は従来と大きく違って、純粋な創作であり、実在するモデルがいません。しかし舞台設定は茨城県北部ということになっているので、茨城県北部を「思わせる」ような方言で会話しているようです。

ここで先程述べた大河ドラマと類似した状況が生じます。つまり、茨城県っぽい方言であっても、本当に茨城県北部で使われていた方言ではないだろうと思われることです。

どういう意味かというと、イントネーションとか方言らしい言葉を使うことで、茨城県「らしさ」を表現することができます。しかし方言というのはイントネーションだけではありません。使われている語彙なども重要です。方言に地域限定性が強いほど、使われている語彙は全国的に馴染みの薄いものになります。それが全国で放送されるドラマに現れれば、視聴者からすると「何を言っているの?」ということになってしまうのではないでしょうか。これではドラマ(娯楽作品)になりません。

そういわけで、大河ドラマにしろ朝ドラにしろ、純粋に歴史的であったり、純粋に地方色を表現したりしているわけではなく、視聴者かイメージできる範囲に抑えてあるのではないかと思います。

2017/07/18

オーディオデバイスが認識された

dynabook SS SX/15AにインストールしたNetBSD/i386のカーネルを8.99.1にしたら、7.0.1の頃には認識されなかったオーディオデバイスが、認識されていました。

昨年10月頃にNetBSD 7.0.1をインストールした時のブートメッセージは次のようになっていました。
hdaudio0 at pci0 dev 27 function 0: HD Audio Controller
hdaudio0: couldn't map mmio space

ところがNetBSD 8.99.1にしたところ、うまく認識できているようです。
hdaudio0 at pci0 dev 27 function 0: HD Audio Controller
hdaudio0: interrupting at msi0 vec 0
hdafg0 at hdaudio0: Realtek Semic ALC262
hdafg0: DAC00 2ch: Speaker [Built-In]
hdafg0: DAC01 2ch: HP Out [Jack]
hdafg0: ADC02 2ch: Mic In [Jack]
hdafg0: ADC03 2ch: Mic In [Built-In]
hdafg0: 2ch/2ch 44100Hz 48000Hz 96000Hz 192000Hz PCM16 PCM20 PCM24 AC3
audio0 at hdafg0: full duplex, playback, capture, mmap, independent
hdafg0: Virtual format configured - Format SLINEAR, precision 16, channels 2, frequency 48000
hdvsmfg at hdaudio0 not configured

この問題はkern/51920として2017年1月27日付でPRを送っていて、今でもopenのまま放置されています。しかし最新カーネルでは認識できているので、実質的には解決しました。

2017/07/15

mono-2.10.9nb20

dynabook SS SX/15Aに入れたNetBSD/i386を実運用していくにあたり、まずは最新版にバージョンアップしておくことにしました。ソースをCVSでカレントの最新版にして、カーネルとユーザーランドを最新化しました。8.99.1になりました。

pkgsrcから入れたアプリケーションも最新版にしておこうと思って、pkg_rolling-replaceを使ってバージョンアップしています。いろいろとトラブルがあって一筋縄ではいかないのですが、少しずつ前進して(いるはず)います。

ところがKeePassで依存しているMonoがビルドできません。次のようなエラーが出てしまいます。
MCS     [basic] mcs.exe
cp mcs.exe ./../class/lib/basic/mcs.exe
cp: mcs.exe: No such file or directory
../build/executable.make:105: recipe for target '../class/lib/basic/mcs.exe' failed
gmake[7]: *** [../class/lib/basic/mcs.exe] Error 1
gmake[7]: Leaving directory '/usr/pkgsrc/lang/mono2/work/mono-2.10.9/mcs/mcs'
../build/rules.make:132: recipe for target 'do-all' failed
gmake[6]: *** [do-all] Error 2

以前ビルドした時(2017年2月11日頃)には問題なかったと思います。この時はmono-2.10.9nb18というバージョンでした。今回はmono-2.10.9nb20と多少バージョンがあがっているようです。

両者の違いをcvswebで確認してみましたが、ビルドエラーの原因となりそうな箇所は見つけられませんでした。

自前でビルド出来ないのであれば、既にビルド済みのバイナリを入手して解決しようと思ったのですが、NetBSDのオフィシャルサイトを見てもmono-2.10.9nb20.tgzが見当たりません。mono-2.10.9nb19なら置いてありました。

どうにも困ってしまいましたが、このままではpkg_rolling-replaceを先に進めることができません。緊急避難的な対処方法ですが、mono-2.10.9nb18をmono-2.10.9nb20に見せかけることにしました。どうやらpkgの管理は/var/db/pkgで行っているようです。ここにmono-2.10.9nb18というディレクトリがあったので、試しにmono-2.10.9nb20に名前を変えてみました。どうやらうまくいったようです。

今回はオリジナルのバージョンがmono-2.10.9で変わっていなかったので、このような小手先の対処でも問題はないと思います。もしオリジナルバージョンから変わっているのであれば、このような対処方法ではかえって傷口を広げることにことなってしまうでしょう。

2017/07/12

イギリスの社会階層を判断するために

NHKで放送されている「ラジオ英会話」のテキストにはColin Joyceさんによるの「Japanglophilia」というエッセイが掲載されています。2017年7月号は「The Beginner's Guide to Class Spotting, for Non-Britons」というタイトルでした。

イギリスには社会階層が今日でも厳然としてあるそうですが、どのように定義すれば良いのかは簡単ではないようです。筆者は次のように書いています。
It isn't just about how much money you have; you may still be considered lower class because of your accent even if you have become a millionaire.  But also it's not just about family background.  Nor is it just about your level of education.  It's a confusing mixture of many things.
社会階層を示すために何に着目すればよいのか難しそうですが、筆者が思いついたのは次のようなことだそうです。
  1. Aitch Aspiration
  2. The Letter Aitch
  3. Olives
  4. Tea and Coffee
  5. Net Curtains
  6. Wordings
  7. Appearance
  8. Education
  9. Sport
  10. Supermarket
どうやら「このような傾向の人たちは、このような社会階層に属している」という事を見出すのは容易ではなさそうです。しかし社会階層云々とは別に、イギリスにはそのような傾向の有無で社会が作り上げられているのは間違いなさそうです。その良し悪しを問うのではなく、社会の真の姿を理解するためには面白い素材になるのではないかと思います。

2017/07/11

Tera termの終焉とRLogin

*BSDやLinuxなどにWindowsからリモート・ログインするためには、昔からTera termを利用していました。オリジナルのTera termは1990年代に登場しました。当時はVT382エミュレーションができて、かつ実用に耐えるフリーの端末ソフトが他には見当たらなかったので、あっという間に広まった記憶があります。

その後オリジナルの開発が止まりましたが、別のチームによってメンテナンスが再開され、それ以来ずっとTera termを利用し続けてきました。

昔はU*IXの文字コードは日本語EUCを使うことが多かったと思いますが、最近ではUTF-8が使われているようです。Tera termでもUTF-8は利用できることになっていますが、僕自身はEUCで環境を整えているのでUTF-8を利用したことはありませんでした。

Linuxを利用する必要が出てきて、UTF-8のロケールで利用しなければならなくなりましたが、何故か文字が化けてしまいます。Webで調べてみた限りでは、端末設定で送受信の文字コードを「UTF-8」にすれば良いだけらしいのですが、上手くいきませんでした。

さらに調べてみると、Tera termではUTF-8の取り扱いに問題があるような情報も散見されました。もし不具合があってUTF-8の使用に耐えられないのであれば、もっと騒ぎになっていそうなものですが、世間ではTera termでもUTF-8で運用できているようです。僕の環境では文字化けしてしまうので、何か設定があるのでしょうが、残念ながら見つけられませんでした。

困ったことになったと思っていたら、偶然RLoginという端末エミュレータを見つけました。試しに使ってみたところ、何の苦もなくUTF-8のロケールの環境で利用できました。

Tera termの大きなアドバンテージはVT382とかVT520などの、それほどメジャーではない端末をサポートしていることです。RLoginではVT100しかサポートしないようですが、実際問題としてはそれで十分でしょう。各種VT端末のエミュレーションを実際に必要とするのはOpenVMSを利用する時ぐらいではないかと思います。

長年に亘りTera termを利用してきましたが、今後はRLoginに移行していくことになりそうです。しかしOpenVMSを利用することがありますから、その時にはTera termを使うことになるでしょう。


userauth_pubkey: key type ssh-dss not in PubkeyAcceptedKeyTypes [preauth]

dynabook SS SX/15AのOSをNetBSD/i386に入れ換えましたが、作業上の都合によりOSのバージョンが多少旧くなってしまいました。NetBSD-currentでは8.99.1が出ているので、ソースからカーネルとユーザーランドをビルドして総入れ替えをおこないました。

入れ替えが完了した後で、tera termからSSHの鍵認証でログインしようとしたら、何故か撥ねられてしまいます。入れ換え前までは問題なく認証できていたので、いきなり認証できなくなったのは困りました。

調べてみると/var/log/authlogに表題のようなログが吐かれています。これを頼りに情報を探ると「SSH鍵の暗号化方式を強化してみた。」にたどり着きました。どうやらDSA鍵はデフォルトでは使えなくなっているようです。昔はDSA鍵を作っておくのが推奨されていましたが、時代が変わって今ではed25519鍵が最強なのだそうです。

昔DSA鍵を作成した時にはASTEC-Xを利用してWindows側の共有鍵と秘密鍵を作成しました。しかし最近はASTEC-Xの更新がされていないので、鍵を生成するには不適当です。どうしたものかと思って調べてみると、Tera termで鍵を生成できるようなので、これでed25519鍵を作ることにしました。

2017/07/04

音声合成を使ったニュース

愛媛県松山市に本社を構える南海放送が「ラジオでは全国初!自動音声システムによるニュース放送を実施」というプレスリリースを発表しています。個人的な意見としてはラジオ放送だし「バーチャルアナウンサー」は設定しなくてもいいんじゃないかと思いますが、それは良しとしましょう。

 音声合成技術の発達を考えると、遅かれ早かれこういうものが出てくると思っていました。

ニュース(報道番組)というものが、アナウンサーが原稿を読むだけじゃなくて、「コメンテーター」と称する人が何か発言したり、「芸能人」が出てきてみたり、「女子アナ」という女性のアナウンサーという意味ではない傾向があったりして、多様な番組作りがおこなわれています。

しかしラジオの場合は、声で勝負するしかないので、音声合成技術の役割は大きいでしょう。しかも事実を淡々と伝えるような番組(例えばNHKラジオ第2放送の気象通報など) であれば、実際の職員が原稿を読むより、むしろ音声合成の出番なんじゃないかと思います。

これがテレビのニュース番組になってくると、声(音声合成)だけでは済まなくなってくるでしょう。初音ミク(仮想キャラクタならば、ゆるキャラでも、人形浄瑠璃でも何でも良いですが)みたいなイメージキャラクターが出てこないと、画面が不自然でしょう。

音声合成技術がもっと進化すれば、もしかするとアニメーションの声優に影響を与えるかもしれないと考えています。昔からあるアニメ、例えばドラえもん、サザエさん、ルパン三世などは、主演声優が引退した場合、同じような声を持ち、同じような話し方ができる声優を探してくる傾向があるようです。もしこれを音声合成技術で解決できるとしたら、未来永劫に亘って従来からのファンを安心させることができるでしょう。 もっとも進化は止まったとも考えられるので、墨守するだけで面白くない世界になりそうですが。

2017/06/30

桃栗三年柿八年とは言うけれど

2015年の秋にホームセンターで買った柿の苗を植えました。いろいろな種類の柿の苗を売っていましたが、どれを選ぼうか迷いました。結局「太秋柿」という大玉の実が生るものにしました。幸いなことに根付いてくれたようです。

2016年の秋は、何も実りませんでした。

柿の実が生るまで8年もかかるとすると当分先になるなぁと思っていましたが、ふと見ると小さな実がついています。

どんな実になるんだろう。今年の秋が楽しみです。

2017/06/15

Windows VistaからNetBSD/i386へ

昨年夏からdynabook SS SX/15Aに入っているWindows VistaをNetBSD/i386に移行するための準備をおこなってきました。内蔵HDDに入っているVistaを壊さないようにするため、USB接続の外付けHDDを利用して調査を進めてきました。今年4月にはVistaのサポートが終了したので、いよいよ内蔵HDDのOSを入れ替えなければならなくなりましたが、まとまった時間が確保できず移行作業を始めることができませんでした。

最近になって移行作業に着手しましたが、いきなりトラブルに見舞われ、先行きが危ぶまれました。解決できてしまえば簡単な問題ではあるのですが、トラブルが発生した時点では深刻な問題に見えてしまいます。次々に問題が発生し決して順調だったとは言えませんが 、なんとか内蔵HDDにNetBSD/i386 + MATEの環境を入れることができました。もうWindows Vistaを使うことは無く、今後はNetBSDを利用していくつもりです。

この移行作業を計画し始めた当初は、外付けHDDを使っていろいろと調査をしても、最終的な移行作業では内蔵HDDにゼロから環境を構築していく目論見でした。しかし移行のための調査をしていく中で、インストールしたアプリケーションや各種設定などの手間を考えると、素から環境を整えるのは二度手間になるし、相当手間がかかるのが見えてきました。

そこで外付けHDDに作った環境を内蔵HDDに複写して利用することにしました。

まず内蔵HDDにNetBSDを入れて起動できるか確認しました。この時にはNetBSD/i386 7.1のCD-Rを利用しました。このときに移行しやすいようにパーティションを切っておきました。

外付けHDDから内蔵HDDへの複写にはdumpとrestoreを利用しました。対象となるパーティションは、/、/var、/usr、/homeです。これらのパーティションに対して、次のような手順で複写をおこないました。
# newfs -O 2 /dev/wd0a
# installboot -v /dev/wd0a /usr/mdec/bootxx_ffsv2
# mount /dev/wd0a /mnt
# cd /mnt
# dump 0uaf - / | restore xf -
ルートパーティションにはブートローダを入れなければなりません。また外付けHDDはsd0であり、内蔵HDDはwd0なので、/etc/fstabを書き換えておく必要があります。

これでdynabook SS SX/15AはNetBSD/i386 + MATEとして蘇りました。

今回の調査をしていく過程でLubuntuを使ってみました。トラブルに見舞われることもなく、あっさりと利用できるようになることに驚きました。それに比べるとNetBSDで環境を整えるのは敷居が高いと感じます。それでも僕はNetBSDを使うつもりです。それは問題に直面して解決する過程こそが技術力を伸ばす良い機会になると信じるからです。

2017/06/14

NetBSD/i386の起動に成功

dynabook SS SX/15Aの内蔵HDDにインストールしてみたNetBSD/i386 7.1が起動しました。今回のインストールは起動可否を確認するための調査なので、Windows Vistaがインストールされていた状態からNetBSD/i386に移行する作業は別途必要ですが、ひとまず起動できることが確認できて安心しました。

おそらく原因はBIOS設定だと思います。BIOS設定のSYSTEM SETUP (2/2)にあるDevice Config.の設定を「Setup by OS」から「All Devices」に変更しました。

これに気付くまで、幾つか調査をおこないました。そもそもBIOS設定を変えなくてもLubuntu 16.04は動いていたので、OS側の問題ではないかと誤解していました。そこで、FreeDOS 1.1とかFreeBSD/i386 10.3などをインストールしてみたところ、いずれもOSのインストールは成功し、インストール終了時に「再起動する」というメニューを選ぶと問題なく内蔵HDDから起動するのに、電源を入れ直すと画面に何も表示されなくなってしまいました。

これはNetBSD/i386 7.1と同じ状況です。NetBSDもインストールは正常に終わるのですが、そこから再起動すれば内蔵HDDから立ち上がるのに、電源を入れ直すと画面に何も表示が出なくなるのです。

とりあえず問題が解決してホッとしました。これでようやくNetBSD/i386を内蔵HDDにインストールできそうです。

2017/06/13

Lubuntuならインストールできた

dynabook SS SX/15AにNetBSD/i386をインストールしようとして、あえなく失敗してしまいました。あまり考えにくいことですが、dynabookでは何か問題があってWindows以外のOSがインストールできないのでしょうか。それともNetBSDに何か問題があるのでしょうか。

この疑問を解決する簡単な方法は、NetBSD以外のOSをインストールしてみることです。そこでLubuntu 16.04を入れてみたところ、あっさりとインストールできてしまいました。電源を入れれば問題なく起動できます。

そういう訳で、dynabookの問題ではなく、NetBSDをインストールする手順(何かの前提)に問題がありそうです。この解決は厄介ですが、解決できさえすればNetBSDが動作するだろうと期待できるので、希望でもあります。

2017/06/09

dynabook SS SX/15AにNetBSD/i386を入れてみようとしたが失敗

Windows Vistaがインストールされていたdynabook SS SX/15AにNetBSD/i386を入れるつもりで去年から実験を繰り返してきました。Vistaのサポート期限は今年の4月で終わってしまったので、いよいよNetBSDに置き換えなけれなりません。

実験では外部に接続したUSB-HDDにNetBSDをインストールしましたが、インストールするのにいろいろ苦労しました。だから今回内蔵HDDにインストールするのも、何かとトラブりそうで、あっさりインストールできそうな気がしません。

いつまでも先送りしてはいられないので、気合を入れて、NetBSD/i386 7.1のインストールに挑戦してみました。しかし、残念ながら失敗でした。

NetBSD/i386 7.1のISOイメージをCD-Rに焼いて、USB接続の外付けドライブからブートさせてみましたが、これは問題ありませんでした。インストーラも普通に動きます。

ところがインストール中に「installboot: Old BPB too big. use -f (may invalidate filesystem)」というメッセージが出てインストーラが中断しました。困ったことになったと思いましたが、このメッセージは外付けUSB-HDDにNetBSDを入れようとした時にも出たことがあります。去年10月頃のことでしたが、その時には失敗したコマンドに「-f」オプションを追加してみたら良かったというメモが残っています。そこでインストーラからシェルに下りて、コマンドラインで同じコマンドを打ってみると、エラーにはなっていない様子です。

あらためてインストールを行ってみると、今度は途中でエラーにならず、最後までインストーラが動いてくれました。ここでは試しにインストールしてみただけなので、最小構成のインストールとしました。

いよいよ内蔵HDDからNetBSD/i386がブートしてくれるかと期待して、マシンの電源を入れたところ、画面には何も表示されずに止まってしまいました。失敗です。

何かメッセージでも出てくれれば状況が判断できるのですが、何も表示されないので何が起きているのかサッパリわかりません。

USB-HDDではNetBSD/i386が動いていたことを考えれば、何か細工をすれば動いてくれるのだと思いますが、すぐには対処方法が思い浮かびません。

幸いなことに、万が一を考えてParagon Backup & Recovery 2011を使ってWindows Vistaの状態におけるHDDのバックアップをとっておいたので、そのディスクイメージを使ってVistaの環境をリカバリーしているところです。

2017/06/05

Raspberry Piを使った「RaSCSI」というものがあるらしい

NetBSDのメーリングリストを読んでいて「RaSCSI」という存在を知りました。ラズベリーパイのGPIOを利用してSCSIデバイスのように見せかけるようです。

最近世間ではラズベリーパイが大流行していて、その多くはIoT的発想で使おうとしているものが多いようです。面白そうだと思いながらも、最近あまり耳にしなくなったArduinoのようになってしまうのだろうかと思ったり、それよりもAVRを直に使った方が楽しそうだと考えたりしていました。

1990年前後のワークステーションでは、ディスクインターフェイスはSCSIでした。その後IDEが登場し、IDEディスクをSCSIインターフェイスに見せかけるための拡張ボードが販売され、僕の自宅のワークステーションでも利用しています。しかし昨今はそのような拡張ボードが入手しにくくなり、またSCSIディスクも手に入りづらく、どうしたものかと考えていたところでした。

RaSCSIはX68000に接続するために作られたようですが、それ以外のマシンでもSCSIデバイスとして見せるだけなら使えるようです。

Raspberry PiをSCSIデバイスにする」という記事を読むと、個人的に基盤をおこしたようです。売り物ではないようですが、プロ級の仕上がりで、もし販売されたら買うのにと思わせます。

自宅にあるワークステーションに接続するHDDはSCSIを使わなければなりません。最初から内蔵されていたDEC純正RZ-23なんか、容量がたったの104Mバイトです。CD-Rよりも容量が少ないくせに、図体がでかくて、しかも音もうるさいのです。

今後SCSIデバイスはますます入手が困難になるだろと思うので、RaSCSIでも使ってみようかと考えているところです。

明治期の官報掲載の「全国鉄道発車時刻表」

明治期の官報に掲載された鉄道時刻に関する情報を調べています。『時刻表百年のあゆみ』(三宅俊彦)という本を見ると、1889年2月4日付の官報第1677号から1892年3月28日付の第2620号まで「全国鉄道発車時刻表」というものが掲載されていたと記されていました。

国立国会図書館デジタルコレクションにある官報で見てみると、確かに第1677号から「全国鉄道発車時刻表」というものが掲載されていました。それは良いのですが、この情報は官報の毎号に掲載されているのです。

第1677号は1889年2月4日付ですが、第1678号は同年2月5日付です。たった一日しか違わないので、特に新線が開通した訳でもなければ、増便したりしていないのであれば、全く同じ情報が掲載されることになります。事実、両日の情報は全く同じでした。

この調子で第2620号まで毎号に亘って「ほぼ」似たような情報が官報に掲載され続くようですが、これは一体何の意味があるんでしょう。何か大きな変化があるときだけ情報を掲載すればよいのにと思います。

Where are you from?

The Japan Times STの2017年6月2日号にはSamantha Loongさんの「Listen, look, and learn」という題のエッセイが掲載されました。そのエッセイによると、筆者が友人と食事をしていたら近くの席の男性が会話に割り込んできて「Where are you from?」と尋ねてきたのだそうです。

エッセイの中では次のような文章がありました。
As writer and photographer Taiye Selasi said in a TED Talk, when you ask an immigrant, "Where are you from?" they can hear, "Why are you here?"

英語が母語ではない場合、何か会話をしたくても何と言ったら良いのか分からない時に、自分の僅かな引き出しを開けて表題のような発言をしてしまうことがあろうかと思います。しかしそれは上に引用したような意味で受け止められてしまう恐れがあるということを、これまで知りませんでした。

コミュニケーション能力というものは、何か英語をペラペラと上っ面で話すことではないことを、肝に銘じておきたいと思います。

2017/05/26

人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!【佐藤】

この4月からNHKでは「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」という番組が始まっています。民放に出演していてNHKからは遠ざかっていた古舘伊知郎が復帰したということでも話題になりました。臨時に放送する特別番組ではなく毎週木曜日に定期的に放送されるのですが、かなりマニアックな内容が続いています。この路線で今後も続けていけるんだろうかと心配になるくらいです。

2017年5月25日の放送では「佐藤」という姓を取り上げていました。都で左衛門尉という下級官僚だった藤原氏の一族が東北に移ることで繁栄を築いていくという話をアニメを交えたドラマ仕立てで説明していました。

その中で面白いと思ったのは、都での任官に失敗したときのシーン(アニメでしたが)の描写に「お祈りメール」が使われていたことです。昨今の就活の現場でも「お祈りメール」が飛び交っているらしいですが、そのような事実を知っていると番組の隅々まで興味深く視ることができます。

番組制作側が各所に忍ばせてくる仕掛け(「お祈りメール」など)を視聴者側が見抜けるか否かは、受け止める側の「素養」が問われることになるでしょう。この番組の中でも、もっといろいろと仕掛けが忍ばせてあったのかもしれません。それを僕が見抜けたところもあり、見抜けなかったところもあるのではないかと思います。

テレビ番組に限らず、映画でも、舞台でも、小説であっても、創作作品においては制作側と受容側が共通して持っている背景に期待して表現されるところがあります。そこをうまく読み解いていけるためには、受容する側としても多様な文化に常に接し、間口を拡げておく必要がありそうです。

2017/05/25

明治期の官報に掲載されている鉄道の時刻情報など

国立国会図書館デジタルコレクションを利用すると明治期の官報を見ることが出来ます。官報が発行されるようになったのは明治16年7月2日からです。官報に掲載される主な情報は省庁が出す告示などだと思いますが、付録として鉄道の時刻や運賃なども掲載されることがあると知りました。

国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる官報では、勅令、告示、省令などについては細かくインデックスがつけられているのですが、附録に対しては詳細な情報がインデックス化されていません。このため検索しようとしても1件も見つけることができないのです。Googleを利用してみても、官報に含まれる鉄道時刻の情報を探そうとしている人はよく見つかるのですが、網羅的に探している人はいないようです。

検索で見つからないなら、力業ですが目視で探すしかありません。仮に明治期の官報に限定するとしても、官報の情報を全て目視して探すのは大変すぎます。いくら力業で探すとしても、もう少し範囲を限定しておきたいところです。

国立国会図書館デジタルコレクションで検索をかけると「附録」とインデックスがつけられているものだけを抽出できるようです。これでも目視するには大変なくらいの量がありますが、全部見るのに比べれば随分ましになります。

目視で探してみると以下に示すような情報が得られました。目視なので、もしかすると見落としたものがあるかもしれません。
  • 官報第1652号附録(明治21(1888)年12月29日)汽車発着時刻及び賃金
  • 官報第1768号附録(明治22(1889)年5月24日)日本鉄道線路図
  • 官報第1794号附録(明治22(1889)年6月24日)鉄道運輸開始
  • 官報第1903号附録(明治22(1889)年10月31日)全国汽車発着時刻賃金及哩数表
  • 官報第2121号附録(明治23(1890)年7月25日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第2258号附録(明治24(1891)年1月12日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第2923号附録(明治26(1893)年3月31日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第3428号(明治27(1894)年11月30日)彙報官設鉄道収入旬報
  • 官報第3452号附録(明治27(1894)年12月28日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第3874号附録(明治29(1896)年5月30日)全国汽車発着時刻及乗車賃金表
  • 官報第4695号附録(明治32(1899)年2月28日)全国各鉄道停車場名称及位置並哩程表
  • 官報第4696号附録(明治32(1899)年3月1日)逓信省告示第60号別冊東海道及北陸線旅客賃金表
  • 官報第5621号附録(明治35(1902)年4月4日)逓信省告示第184号別冊東海道及北陸線旅客賃金表
  • 官報第5808号附録(明治35(1902)年11月12日)彙報鉄道線路哩程(逓信省)
  • 官報第6754号附録(明治39(1906)年1月8日)彙報鉄道線路哩程(逓信省)
  • 官報第7166号附録(明治40(1907)年5月22日)彙報鉄道線路哩程(逓信省)

明治期の鉄道は、開業された路線も限られていましたし、また運行本数も僅かだったので、全国の発着時刻を官報に掲載しても差し支えない程度で済んでいます。しかし路線が増え、また運行本数も増えてくれば、今日につながるような時刻表に役割を譲ることとなり、官報に鉄道時刻が掲載されることは無くなっていくようです。

2017/05/22

捨てられる幸福と捨てられない幸福

三木清の『人生論ノート』の「幸福について」には次のような一節があります。
幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるやうにいつでも氣樂にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし眞の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。
アランの『幸福論』の「幸福は美徳」には次のような一節があります。
なぜなら、完全な意味でもっとも幸福な人とは、着物でも投げ捨てるように別な幸福などはもっとも適切に船外に投げ捨てる人であることは、まったく明らかだからだ。だが彼は、自分の真の幸福はけっして投げすてない。そんなことはできはしない。
とてもよく似たことを語っています。アランの文章は1922(大正11)年11月5日に書かれたようです。また三木の文章は昭和13(1938)年7月に「文学界」で発表されました。三木はアランの文章を知っていたのかもしれません。しかし三木は哲学者ですから、単なる引用をおこなったと考えるのではなく、三木が思考を深めた結果として自分の身に一体化したものとなっていたのであろうと考えるべきでしょう。

2017/05/14

ランサムウェア「WannaCry 2.0」が猛威を振るっているらしい

「WannaCry 2.0」と呼ばれるランサムウェアが猛威を振るっているようです。マイクロソフトが2017年5月1日付で「ランサムウェア WannaCrypt 攻撃に関するお客様ガイダンス」という情報を出しています。この中で「お客様の影響の大きさを考慮し、すでにサポートが終了している Windows XP, Windows 8 および Windows Server 2003 についても例外的にセキュリティ更新プログラムを公開しています」と記しているように、もうセキュリティ更新プログラムを出さないことにしたはずのWindows XPなどの対処をおこなっていることから分かるように、相当深刻な状況にあるようです。

つい先月でサポート期限を迎えたWindows Vistaは、今年3月時点で対処されたセキュリティ更新プログラムが出されていました。Windows Updateを毎月適用し続けていれば既に対応済みになっているはずですが、VistaのWindows Updateは昨年頃から反応が悪く使い物ならなくなっていたのは、どうしたことでしょう。

僕がNetBSDへの移行を検討していたdynabook SS SX/15Aは、まだWindows Vistaのままになっています。早々に移行したいと思っていますが、移行作業をおこなう時間的な余裕がありません。せめてMS17-010だけでも適用させておきたいところです。しかしVistaのWindows Updateの更新確認の反応が異常に遅い現象は結局直っていないので、 適用できずにいます。最低限としてSMBv1を無効にする処理はとっておきました。

ただ幸いな事には、このdynabook SS SX/15Aは常用しているわけではありません。またローカルHDDに入っているファイルは別のPCのミラーですので、 影響が直ちにオリジナルに及ぶわけでもなかろうと思います。だからと言って「WannaCry 2.0」に感染しても良いということにはなりません。うっかり感染してしまわないように、十分気を付けようと思います。

2017/05/13

鉄道に乗車中のゴミを座席の下に捨てる?

はるか昔のことなので記憶が定かではありません。まだ小学校に入る前か、小学生だとしても低学年の頃のことだったと思います。特急のような優等列車ではなく、普通の各駅停車(私鉄ではなく国鉄ですが)に乗っていて駅弁を食べたり、または缶ジュースのような飲料を飲んだりしたとき、その飲食し終えたゴミを座席に下においておくように言われたような記憶があります。食べ散らかしたままではなく、きちんとまとめた状態(「きちんとまとめた」ゴミって意味不明ですが)にした後ではありました。子供心に勝手な行動をしたというより、その時に同行していた祖母に言われたような気がします。

いまこのようなことをしたら、ゴミはゴミ箱に捨てるか持ち帰るようにと、非難されるでしょう。JRの駅のホームにはたいていゴミ箱が設置されていますし、ローカル線を走る気動車の車内にもゴミ箱が設置されていたりします。だからゴミは放置しないでゴミ箱に捨てるのが望ましい行動です。

ところが今でも、飲み終わった空き缶が座席の下に置かれていて、走行中に車内を転がっていたりする光景を稀に見かけたりするのです。

まだ幼い頃のことなので日常的に鉄道を利用しているような年頃ではありませんし、また乗車中に駅弁のようなものを食べる機会も滅多にありませんでした。だからゴミを日常的に座席の下に放置していたとは思えず、もしかすると何か別の記憶と混乱しているのかもしれません。

先月福井に行ってきた時に福井県立歴史博物館で購入した図録『鉄道博覧会 日本と福井の鉄道のあゆみ』の中に興味深い記述を見つけました。巻末に掲載されている「概説」の中で「III 鉄道の旅」の一節に次のような記述がありました。
また、飲み終わった汽車土瓶を走行中の列車の窓から投げ捨てる人がいたことから「あきびんは腰かけの下にお置き下さい」などの注意書きが、この頃から書かれるようになりました。

僕には土瓶のお茶というのは記憶にありませんが、ポリエステル製ならば微かに覚えています。記述にあるように、土瓶を走行中の列車内から外に投げ捨てると危ないかと思います。この汽車土瓶は再利用していたようですから、座席の下に置いておくように指示されるのもありえるかと思います。

当時の列車内でお茶を飲むという行為は単独でおこなわれるわけではなく、当然ながら駅弁を食べるという行為が主となっているはずです。そうであれば、お茶が飲み終わっている時には、駅弁も食べ終わっているわけで、駅弁の弁当箱などのゴミがあるはずです。もし汽車土瓶を座席の下におくならば、自然な流れとして駅弁のゴミも一緒に置くことになるでしょう。

このような習慣が祖母の世代にはあるため、ゴミを座席の下に置いておけば良いという言動につながっていたのではないかと思い至りました。

2017/05/08

夢でない空中飛行

調べものをしていて『新聞集成明治編年史』を見ていたら「夢でない空中飛行」という記事を見つけました。これは明治2年9月に「横浜新報もしほ草」という新聞に掲載された記事だそうです。

明治2年というのは1872年ですから、ライト兄弟が初飛行に成功した(もっともNHKの「BS世界のドキュメンタリー」では2017年5月3日に「人類初飛行の光と影 ~ライト兄弟とホワイトヘッド~」という番組で1901年に有人飛行を成功させたとされるホワイトヘッドを紹介しています)と言われる1903年よりも30年ほど前のことになります。

「もしほ草」という新聞について調べてみると国立国会図書館のデジタル資料に『幕末明治新聞全集』と『もしほ草:横浜新報』を見つけました。どちらの資料もオリジナルではなく翻刻されたものようようです。若干の誤植らしきものを除けは、どちらも内容は同じです。ただし『新聞集成明治編年史』と違うのは、今日における飛行機とは違いますが、イラストが掲載されていることです。飛行船とも違う感じです。尾翼らしきものはありますが、主翼がついていません。またアメリカ国旗のようなものが風に靡いています。

さらに注目すべき点は、「もしほ草」のオリジナル記事には「夢でない空中飛行」というタイトルはついていなかったと思われることです。このタイトルは『新聞集成明治編年史』の編者が独自につけたのでしょう。

記事では「今日に至ては、極めて至奇の器械を、サンフランシスコの或人、方サに発明せり」とあり、「此器械はアゥイトルと名付」と書かれています。明治初年頃の新聞記事において、どれくらい正確な情報を伝えていたのか不明ですが、まったくの作り話という訳でもないはずです。事実誤認は含まれていたとしても、記事にあるような情報を記者が入手したのでしょう。

記事の最後には「日本人この器械に乗り、内部を飛行せんに、拂暁に東京より飛行して長崎を巡覧し、日暮に無滞東京に歸る事を得べし。」とあります。まさに今日そのような社会に我々は生きているのです。

Chopingと恵方巻

the Japan Times STの2017年5月5日号に掲載されているエッセイはTan Ying Zhenさんによる「Choping」でした。Chopingというのは日本で言うところの「席とり」のようなものらしく、エッセイでは次のように説明されています。
Singaporeans have a habit of choping, or reserving, seats in hawker centres by placing items such as tissue packs, name cards or staff passes on the tables while they queue for their food.

さらにchopeというのはシンガポールで使われているスラングだそうです。エッセイでは「Chope is Singaporean slang that may have come from the word chop -- which is itself a Singlish word that comes from hindi and means a stamp or seal.」とも書かれています。

筆者は、このような慣習が何時頃始まったのはわからないとエッセイで書いています。日本でも混んでいるフードコートなどで席を確保しておくために何か私物をおいておくことは行われており、その行為を「席とり」とは呼ばれますが、それ以上の特有なスラングが使われているわけではありません。

このエッセイで「Choping」という慣習を知った時、僕の思い浮かんだのは「恵方巻」という(ある意味で不思議な)習慣です。最近では全国のコンビニやスーパーなどでも節分の前になると恵方巻の宣伝をしています。これはバレンタインデーがチョコレート業界の販促活動に化けているように、恵方巻が商売に結び付けられているからでしょう。

恵方巻というのは大阪発祥と言われていますが、その大阪でも奇妙に見えた新習慣だったようです(小林信彦の書いた小説に、そのような記述がありました)。

社会の変化によって次々と新しい習慣が生み出されていきますが、全てが継続していくわけでもないようです。商売に結び付く新習慣は長続きしていくことが多いですが、必ずしもそういうことになならないようです。今年になって始まったばかりの「プレミアム・フライデー」は早くも忘れられていきそうになっているような気がします。

2017/05/04

PCに関して、よく言われていること

個人が使用することを想定する「パーソナル・コンピュータ」(要するにPC)について、よく言われているけど、本当にそうなんだろうかと思うことがあります。

1つ目は「PCを自作する意義」です。そもそも2017年現在においてPCと言えば、それはIBM-PC互換機(昔はDOS/Vマシンとか呼ばれていましたが) のことです。1980年代にはNECのPC-9801シリーズが個人向け市場の主流を占めていたこともありました。その当時にもIBM-PC互換機は存在しましたが、日本語の取り扱いに問題があり日本市場では受け入れられていませんでした。その頃からIBM-PC互換機の世界では「PC自作」がおこなわれていました。

「PC自作」というのはNEC PC-9801シリーズには無かった発想です。IBM-PCには互換機ビジネスが立ち上がっていたので、パーツを交換して機能を向上させることは珍しくなかったようです。そして、これを繰り返していくうちに余剰パーツが増えてくるので、適当なタイミングでPCをもう1台組めるくらいになると言われていました。

「PC自作」はアメリカ人の文化的背景の影響もあると思います。アメリカには西部開拓でみられるように、自分が必要なものを自分で作り上げるというDIY文化があります。またアメリカ人が家電製品に求めるものは、日本人のようなスペック至上主義がないようで、動けば良いという程度のようです。この姿勢がPCにも反映されているのではないかと思いますが、自作だろうが何だろうが、動けば文句はないということのように見えます。

現在の日本でも雑誌で「PC自作」を語るので、自分でも手を出してみようと思う人が出てくるのだと思いますが、そこに何を求めているのでしょうか。

まず自作は安くすむと言われることがありますが、実際には必ずしも安くなるとは限りません。少なくとも間違いなく言えることは、自作することにより、メーカーが製品化されていないようなパーツを採用したPCを作ることができるということです。しかしそれは低価格で作れるとは限らず、往々にして値段の合計価格はメーカー製のPCよりも高くなりがちです。

さらに自作PCで注意しておかなければならないのは、全体を組み上げたときのトラブル解決には自分で責任を負うしかないことです。個別のパーツについては各々の製造元や販売元でトラブル解決に応じてくれるかもしれませんが、それらを組み合わせたPC全体については誰にも頼ることはできません。それが自作というものです。

自作PCは、別に安価というわけでもなく、トラブル解決の責任を自分で負わなければならないのですが、それでも「自作する意義」はどこにあるのでしょう。それは個人ごとに答えは違うのでしょう。

どうせ自作するのであれば、いっそのこと「パソコン」がまだ「マイコン」と呼ばれていた頃に、秋葉原などでICやLSIのパーツを集めてきて完全自作をおこなったような「マイ・コンピュータ」を作るくらいのことをしてみてはどうだろうかと思います。

よく言われる2つ目は「旧いPCをLinuxで復活させる」という話です。最近ではMicrosoft WindowsはOSがサポートするハードウェア要件を厳しく指定するようになっているようで、旧いPCになると最新のOSが動かないようです。しかもMicrosoftは昔のOSのサポートを打ち切ってしまうので、セキュリティ的にも問題があるので、いよいよ旧いPCの使い道に困る状況になってきます。

雑誌などをみると「旧いPCをLinuxで蘇らせよう」という記事をよく見かけます。LinuxならWindowsよりもハードウェア要件が厳しくないのは確かです。またLinuxやBSD系のフリーなOSと呼ばれているものは、IBM-PC AT互換機で、CPUが386以降でありさえすれば、基本的に動作するはずと思われてきました。しかしこの常識は変わりつつあります。

コンピュータの世界の進歩は「ドッグイヤー」とか言われるのに、30年前という超大昔のアーキテクチャとの互換性を引きずって開発を続けていくのが辛くなってきているようです。今後のLinuxやBSDの基準アーキテクチャがどのような水準なのか不明ですが、流石にオリジナルIBM-PC ATと386ではないようです。

つまり「Linuxなら旧いPCを復活させられる」とは限らないということです。

この他にもよく言われていることで「Windowsの代わりにLinuxを使う」というものがあります。これは上述した「旧いPCでLinuxを復活させる」とは違う話題です。

まず一般的に言うとWindowsの代わりにLinuxを使うことは可能です。Windowsは有償の商品で、Linuxは無償で利用できるので、金銭的なコストを気にする立場ではLinuxを利用したくなる動機づけがあります。もちろん両者は異なる設計思想で作られているため、「同じように使う」ことは出来るかもしれませんが、「まったく同じ機能を求める」ことは無理な要求です。

ここで気を付けておきたいのは、LinuxをWindowsの代わりに使うと言っても、実際にはOSにLinuxを採用し、さらにデスクトップ環境として何か(GNOME、KDE、MATE、LXDE等々)を使うという意味だということです。しかもLinuxにはディストリビューションとしてUbuntuだとか、Fedoraだとか、幾つも種類がありますから、これらを組み合わせた数は膨大に(ほぼ無限に)あります。WindowsならMicrosoftが製品としてコントロールしているので、単なる利用者としては悩むことはあまりありません。これに対してLinuxとデスクトップ環境を使おうとしている利用者は、自分が使おうとしている環境が世間的にメジャーなのかそうではないのかを気にしておいかないと、何か問題があっても何処からも助言が得られなくなるかもしれません。

さらにOS部分にLinuxではなくFreeBSDやNetBSDなどを使おうとするのであれば、何があっても自力で解決していく覚悟をしておいた方が良いかもしれません。

Windowsを止めてLinuxを使おうとするのは悪くはありませんが、実際に使ってみて総合的に判断した品質レベルが同等と言えるのかは慎重な判断が求められます。WindowsからLinuxに乗り換えてみて、何も問題がなく、移行して良かったと感じるひとはいるでしょう。しかしLinuxに変えて失敗した、これならWindowsの方が良かったと思うひともいるはずです。これらの判断は、使い続けてみて徐々にわかってくることだと思います。仮にWindowsからLinuxに移行してみて、信じられないようなトラブルに見舞われたとしても、そういうこともあるさと状況を楽しめるのであれば、どんな問題であっても乗り越えていけるでしょう。 

2017/05/01

三木清の『人生論ノート』とアランの『幸福論』

NHK Eテレで放送されている「100分 de 名著」の2017年4月のテーマは、三木清の『人生論ノート』でした。人生論というタイトルの作品は三木以外にもトルストイが著した『人生論』もあります。

『人生論ノート』の中の「幸福について」において三木は「疑ひなく確かなことは、過去のすべての時代においてつねに幸福が倫理の中心問題であつたといふことである。」と書いています。

さて幸福論というタイトルの作品も巷に溢れています。アランの『幸福論』とかヒルティの『幸福論』などがあり、他にも数多く出版されています。100分 de 名著では2011年11月にアランの『幸福論』が扱われています。

「幸福」論という言葉から受ける印象と「人生」論という言葉から受ける印象は異なるかもしれません。しかし両著の目次を見比べてみれば気付くように、著書の中で扱おうとしている内容はほとんど同じです。

三木の『人生論ノート』で「人間はどこまでも幸福を求めるといふ事實を根本として彼等の宗教論や倫理學を出立したのである」と語るように、一側面として人生とは幸福を求めることです。そうであればこそ、そのような課題に取り組む作品が(たとえタイトルが異なっていたとしても)数多く著されているわけです。

2017/04/30

レポートやエッセイの指定された語数の数え方とは

日本では小学校で読書感想文を書く指導が行われており、400字詰め原稿用紙で3枚以内と指定されたりします。このように原稿用紙で何枚という形式で書く量が指定されている場合、それは単純な文字数とは数え方が異なります。例えば段落の最初に入れる空白も1文字と数えますし、行末に空白があったとしても文字数に入れるはずです。

ところで英語を使ってレポートやエッセイを書く課題が出された場合には語数が指定されるようですが、これはどのようにして数えるのでしょうか。

コンピュータが普及し、Microsoft Wordなどを使うのが想定されている昨今であれば、 語数はWordが数えてくれます。しかしWord出現以前のタイプライタを使っていた頃は、どのようにして数えていたのでしょうか。

原理的には個々に数えれば算出できるのは間違いないのですが、そんなこと面倒くさくてやっていられないと思います。しかも英単語は1語の文字数が不定なので、ある1行の語数を数えてから行数を乗じても全体の語数にはならないでしょう。

正確に数えようとしたら、いちいち数えていくしかありませんが、概算だけでも簡単に算出する方法はないのでしょうか。英語圏の学校の先生、または課題を出されてしまった学生は、このような問題にどのように対処していたのでしょうか。

そろそろノートPCのWindows VistaをNetBSD/i386に移行しよう

Windows Vistaのサポートは終了しました。サポートが終了したから直ちにセキュリティに問題が起きるとは思いませんが、そろそろ手持ちのdynabook SS SX/15AにインストールされているWindows Vista BusinessはNetBSD/i386に移行させようと思います。

いきなりNetBSD/i386をインストールして問題ないかもしれません。しかし成功するに決まっていると(根拠のない思い込みで)決めてかかって突っ走り、それでトラブルが起きると無駄に時間を費やすことになりますから、移行手順を検討しておきたいと思います。

まずは現状のWindows Vistaの環境のフルバックアップをとっておこうと思います。最終的にはNetBSD/i386に移行してしまう訳ですからバックアップは不要とも考えられますが、もしかしてNetBSD/i386への移行に失敗して急遽Windows Vistaに戻したくなるかもしれません。その時のために、一応バックアップしておくことにします。

次に実際にNetBSD/i386に移行する作業手順です。WindowsからNetBSDに移行することを考え始めた当初は、CD-RからブートさせてNetBSD/i386をクリーン・インストールし、必要なパッケージを入れ、最後に各種設定をおこなうつもりでした。しかし昨年から外付けHDDで移行準備を進めてきた経験を考えると、クリーン・インストールからはじめると移行作業に相当時間がかかってしまいそうです。いっそのこと外付けHDDを内蔵HDDにコピーして使うことにすれば、移行作業が楽になりそうな気がしてきました。

ただし事前に確認しておきたい点が少なくとも2つあります。

まず何を使ってコピーするかという問題です。cpを利用するのは問題外だと考えています。使うとすればdump & restoreかtarです。できればdumpを使いたいと思っていますが、コピー前後のパーティションサイズが異なっていてもdumpはエラーにならないのか調べておこうと思います。

また内蔵HDDにNetBSDをインストールして無事に起動できるのか、多少心配しています。なにしろ外付けHDDにインストールした際には当初起動できなかったわけですから。その時は外付けHDDのブートブロックを強引に弄って対処しましたが、内蔵HDDで同じことをするのは厳しいでしょう。

以上の問題をクリアしつつ、そろそろ移行作業をおこなおうと思います。

2017/04/29

「接客販売業の働き方はどうなっているか」

研究会「職場の人権」の第98号(2017年3月)に掲載されている「接客販売業の働き方はどうなっているか―少人数化と非接客労働の効率化がもたらす過重労働―」を読みました。報告の中では具体名を出さずに「A社」と表現されています。しかし報告者が自ら「A社がどこの会社か想像がついている方を前提にお話しするんですけど」と語っているように、伏せ字になっていたとしても、労働問題を扱う研究者の間では自明の会社のようです。

この報告を読むことで、(矛盾した表現ですが)非接客的な接客業の実態が見えてきた気がします。おそらくA社に限らず同様の労働形態を採用している「接客業」は少なくないのではないでしょうか。僕が利用した店舗(それがA社なのかどうか不明ですが)でも、僕がイメージする(または期待する)接客業のあり方と乖離した接客をされて違和感を感じた経験があります。

聞くところによると「日本の接客応対は過剰だ」という言説が流布されているようです。だから世界に合わせて簡素化すべきだと主張されているみたいです。

本当にそれで良いのでしょうか。そもそも日本の接客応対は過剰なのでしょうか。そして世界の接客は簡素なのですか。だいたい世界って何処を指しているんでしょう。過剰な接客が本当にあるのか、それを簡素にすべきなのか現状を維持すべきなのか、社会の合意はまったくとれていない気がします。一部の大きな声に引きずられている気がしなくもありません。

このままいくと未来の店舗では、店員さんは一掃され、商品の会計は自動精算機が並んでいるだけになっているかもしれません。そして万引き防止のために制服を着た警備員が店内を巡回しているだけになってしまうかもしれません。

そんな未来が来てほしいとは、あまり思いません。

2017/04/25

遠隔地の2点は近接しているように感じる

一般的に言われていることとして、土地の距離感は自らの地元から離れるほど区別できなくなっていきます。

例えばインターネットの掲示板などで見かけるものとして「初めて北海道に2泊3日で旅行しようと思っていて、函館と釧路と札幌と旭川に行ってみたい」 というような質問が時折あります。観光するというよりも、移動しているだけで終わってしまうような日程です。質問者の知識不足があるのは確かですが、地元からの距離が遠くなるほど、そこにおける距離感は小さく見えるという心理状況が根底にあると思います。

同様の例として、海外旅行でニューヨークに行こうと思っている人が、どうせアメリカに行くんだから、ついでにワシントンにも寄りたいとか言い出すことがあります。世界地図で見ると、アメリカ合衆国は広い国ですが、ニューヨークとワシントンは近くにあるような気がして、まるで東京に行くついでに横浜にも寄っておくというような意識で旅先を選択しているようです。

これらの事例は、土地勘が無いと言ってしまえばそれまでですが、冷静に考えれば決して短距離ではないことがわかるはずです。ニューヨークとワシントンの間であれば400km弱なので、東京と大阪との間くらいの距離があります。

日本地図や世界地図を見れば、行こうとしている場所までの距離は確認できるとは言っても、実際には自分が住んでいる場所ほどの親密さは無いので、距離感覚は大雑把となりがちです。もし過去に住んでいたことがあるなどの特殊事情があれば、それは要するに「地元」ということになるので、現在住んでいるところから離れた場所の距離感は掴み難くなるということとは別です。

さて、ここで話を飛躍させて、インターネットが高度に発達した現代社会は「世界が小さくなった」と言われます。確かに数10年以上前であれば、世界の情報を入手するのは容易ではなく、実際に現地に訪れる機会もなかなかありませんでした。それに比べれば、インターネットでWebを見れば、アメリカだろうがヨーロッパだろうが、南米でもアフリカでも最新の現地の様子がリアルタイムに得られるのは驚異的です。

世界中の情報がほぼ無限に得られる時代であるにもかかわらず、実際の意識の上では、自分の身近の土地勘の緻密さに比べれば、距離が離れるに従って大雑把になっていかざるを得ません。個人が収集できる土地的情報量が一定だということなのでしょう。

しかしグローバルな現代社会に生きている我々としては、これまでなら意識しなくても済むような場所における災害や事件などが、巡り巡って我が身に間接的に降りかかる影響は無視できなくなってきつつあります。従来なら気にしなくても良かったような国々の情報も、知っておいた方が望ましい時代であるとも言えます。

そうは言っても、万が一のために世界中の国々や町々の情報を詳細に調べていたら、とてもじゃないけど一日が何時間あっても足りません。

ここまで述べてきたような事情を意識した上で、世界の状況に気を配っていくべきでしょう。物理的距離が遠ければ「遠くのものはよく見えない」のは確かですが、意識的に関心を持つようにすれば、心理的距離が近くなることで世界は多様な原理で動いていることが実感できるはずです。

2017/04/24

福井県立歴史博物館の常設展示「昭和のくらし」

先日福井に行ったついでに福井県立歴史博物館にも立ち寄りました。なかなか展示が充実しています。北陸線などの鉄道関係の展示は模型が数多く並んでいて、鉄道好きの学芸員がいるのかと思いました。また「昭和のくらし」という常設展示では、昭和30年代後半から昭和40年代頃の町や村の生活を実物大に表現しています。

このような展示は福井以外の歴史系博物館でもよくあり、たいていはスバル360や、大村崑のオロナミンCのホーロー看板が置いてあったりします。

いろいろと見所が多かったのですが、僕が特に目を引いたのは、復元された建物の屋内で壁に使われていた化粧板です。このような化粧板は自分が今住んでいる家でも同じようなものが使われており、もしかすると昭和40年前後にリフォームした際のものかもしれません。

個人的には自宅の壁に使われている化粧板は安っぽい印象なので、あまり好感を持っていませんでした。しかし福井県立歴史博物館の復元展示を見ることで、これはもしかすると昭和30年代後半から昭和40年年代にかけて流行した素材なのかもしれないと考えるようになりました。どうみても現在の目線で考えるとチープな印象しか感じないのですが、当時は流行の最先端のデザインだったのかもしれません。

2017/04/22

愛知御津駅

青春18きっぷを使って東海道線を移動していたら「愛知御津」という駅があることを知りました。このネーミングは珍しいパターンで、普通なら旧国名を冠することが多いのです。実際に愛知御津駅の隣は三河大塚駅ですし、その隣は同様に三河三谷駅です。ところが愛知御津駅は「愛知」と県名を冠しているので、このようなパターンはあまりありません。

旧国名ではなく県名を冠する理由をウィキペディアでは次のように説明しています。
旧国名をつける三河御津も、当時は三河大塚駅が存在しておらず三河三谷駅が隣接していたため、混同(「みかわみや」と「みかわみと」で一字違い)を防ぐため旧国名の「三河」ではなく県名の「愛知」の冠称を用いた。

似通った名前になることを避けたということで、それは納得できます。ここでふと考えてみると、なぜ駅名の地域を限定するために旧国名が使われるのでしょうか。一説によると、それらの駅名は明治時代に作られた私鉄に由来するものが多いため旧国名を冠することが自然だったという事です。それは理解できます。

しかし旧国名を冠するのは駅名だけではありません。地方自治体の名前にも同じようなものがあります。例えば大和郡山市というのは、福島県の郡山市と区別するため生駒郡郡山町が1954年に市制施行する際に名付けられたものです。戦後になってからでも、旧国名を冠するのはシックリくるけど、県名を冠するのはパッとしないという意識が残っているということなのでしょうか。

2017/04/11

英語らしい表現の発想の根幹はどこにあるのだろう

The Japan Times STの2017年4月7日号におけるCENTER SPREADコーナーのタイトルは「Beyond spring cleaning: Tapestries get 16 years of grooming」でした。ニューヨークの教会が所蔵するタペストリーが長い年月をかけて修復完了し公開されているという話題です。STでは記事によっては日本語の註釈がついており、この記事の場合「火災の被害に遭ったタペストリーの修復完了、公開へ」というタイトルになっていました。

日英のタイトルを見比べてみれば一目瞭然ですが、いずれかを訳して他方ができているわけではありません。それぞれの言語の習慣に則り、つけられているタイトルだと思います。もし英語のタイトルを和訳しただけのような日本語タイトルだったなら、それでも日本語として理解できないことはないと思いますが、日本の新聞に一般的にみられるタイトルと違うという違和感を持つかもしれません。おそらく逆も同じことで、日本語のタイトルを英訳しただけのような英語タイトルになっていたら、それはそれで英語ネイティブにとっては違和感があるのでしょう。

英語としての文法に則るのであれば日本語からの直訳調であろうが何だろうが問題ないという意見があり、一理あると思います。しかしそこが目標となると、それ以上の進歩が望めなくなりそうなので、(たとえ辿り着けないとしても)ネイティブが書けるような英文に到達できることを目指しておきたいと考えています。

その為にはどうしたら良いのか。

模索中ではありますが、日本人が書いた英文ではなく、ネイティブが書いた英文を出来るだけ多く目を通していくことが最低限必要だろうと思います。

2017/04/10

韓国語や中国語の回文はどのようなものなのだろう

The Japan Times STの2017年4月7日号の「英語なるほどQ&A」は回文について書かれていました。文中では「日本語に比べると英語における回文の作成は難易度が高いことが分かります」と書かれています。

ふと韓国語や中国語では回文はどのようになるのだろうという疑問がわきました。

日本語では原文が漢字かな混じり表記だとしても、仮名読みにしてしまってから回文を作れば、結構なんとでもなると思います。

中国語について詳しくないので、現代中国の漢字の意味と発音の関係がどうなっているのか詳らかではありませんが、回文にするときにはどうするんだろうと疑問がわきます。

韓国語でも、助詞を文脈で使い分ける(은と는など)ようなので、回文を作るときにどのように考えれば良いのか、これまた疑問に思います。

英文が書けるようになりたいにも拘わらず、練習に前向きになれない言い訳の分析

外国語を身につけたいと思っています。別に英語でなくても構わないのですが、これまでの勉強の蓄積と、使い道の多さを考えると、英語が無難なのは間違いありません。

外国語学習においては「四技能(読み・書き・聴き取り・会話)を満遍なく伸ばすこと」が大切であると言われています。インプット系(読んだり聞いたり)は、これだけインターネットが発達した現代社会なら、素材は有り余るほどです。これに対してアウトプット系(書いたり話したり)は自らの能動性が求められるので、意識的に学習しなければならないと考えています。最終的な目標としては、英文で文章を書くのに(主観的に)不自由しないことです。しかしそれは遠い目標なので、とりあえずは英文を書く練習をして、書くことに慣れたいと思っています。

こういう事は随分前から思っているのですが、なかなかエンジンがかかりません。動き出したかと思うと、あっという間に止まってしまって、長続きしないのです。

その原因を分析してみると、こうなります。
  1. そもそも文法や語法が弱いし、単語や慣用表現の蓄積が足りない。
  2. 日本語で文章を考えて英訳しようとするが、はたしてそのようなやり方でよいのかと思い留まる気持ちになる。
思い留まったりせず、四の五の言わずに、英文をどんどん書くべきだ、という意見があるようで、それはそれで一理あるとは思っています。またそれで上手くいった人もいることでしょう。なんとなくスパルタ的な方法論だとは感じます。例えるなら、泳げるか泳げないか、または泳ぎに必要な技能が身についているかなどは気にせず、どんどん海に飛び込んでいけば、自然と泳げるようになるんだという臭いを感じるのです。

さらには、英語学習に関してではありませんが、技能習得に際して最初に変なクセがついてしまうと矯正が大変だ(もしくは矯正できない)から、最初に自己流で変なやり方をしない方が良いということも、よく耳にするところです。

それで結局どうした良いのかと、この文章の最初に書いたようなところに戻り、その後の文章のような思考を辿り、壊れたレコードのように思考がループしています。どこかでこのループを断ち切らなければならないでしょう。

教育方法論のひとつに「i+1」 というものがあるそうです。これがループ脱出の鍵になるんじゃないかと考えているところです。

2017/04/08

名古屋のリニア・鉄道館に行ってきました

JR東海が名古屋に開館した「リニア・鉄道館」に行ってみました。

国鉄時代には、東京神田須田町の交通博物館とか大阪弁天町にある交通科学博物館などが有名でした。これらは所在地が偶々東京であったり大阪であったりしたというだけのことで、特に地域を限定して展示していたつもりはなかったはずです。

国鉄が分割されJRになると、管轄内にある博物館が地域色を帯びるようになっています。神田の交通博物館は大宮に移り鉄道博物館になりましたが、JR東日本のための博物館としての色が濃くなっています。大阪の交通科学博物館は京都にある梅小路蒸気機関車館と一体となり京都鉄道博物館に変わり、同様にJR西日本の意向が強く反映されるようになりました。

JR東海の管轄内には国鉄時代から存在する博物館がありませんでした。そこで新規に鉄道に関する博物館を開館し、JR東海が誇る技術を前面に押し出した展示をおこなっています。

設置主体が、全国一律を旨とする国鉄から、地域色を持つJR各社に変わることで、 (設置主体以外のJR各社の情報が全くないわけではありませんが)地元密着型の展示をおこなう傾向にあります。これは展示を見にくる観客からすれば、あまり知らない他所の地域の話をされるより、身近にある親しんでいる地域の話題と絡めて解説されているほうが、親近感がわくという事情があるのでしょう。

 このような事情により、リニア・鉄道館では東海道新幹線開発の話題に大きなスペースを割いています。

東海道新幹線が開業してから50年が過ぎ、戦前の弾丸列車構想は若干夢物語的であったとしても、戦後になって具体的計画がスタートしたのは60年ほど前のことです。日本の新幹線は世界中で有名となり、今に生きる我々からすれば、当時の日本には新幹線を開発するための技術が全て備わっていたと思いたいことでしょう。要するに、日本で新幹線が開発できたのは歴史的な必然であり、 出来るべきして出来たと思うことでしょう。全くの絵空事が現実のものとなったとは言いませんし、ある程度の実現可能性を見込んでいたからこそ、開発が始まったのでしょう。しかし「出来て当然」とか「坦々と事業を進めていくだけ」というほど簡単な話でもないと思います。

昨今の労働問題のひとつに「ブラック企業」問題があります。社員などを死に追いやったり、回復が難しい心理状況に追い詰めてしまう企業は「ブラック」と呼ぶしかありません。しかし困難なプロジェクトに関わろうとし、難問が山積するプロジェクトを推進していこうとする企業に対しても「ブラック企業」呼ばわりがされてしまうこともあります。とくに東海道新幹線開発のように、従来の技術からは大きく飛躍した成果を求めるプロジェクトでは、並大抵のことでは成功に至りません。それこそブラック企業と呼ばれることも覚悟するほどでないと、なかなか巨大プロジェクトは廻らないと思います。

ただの「ブラック企業」と、未来を見据えた結果として「ブラック企業」的になってしまう職場との違いは、どこにあると考えたらよいのでしょう。ブラック企業を無くすためには、どうしていけば良いのでしょう。

一朝一夕に答えが出るような簡単な問題ではないと思いますが、ひとつの考え方として余裕の欠乏を無くしていく必要があると思います。余裕というのは、スケジュールとしても、コストとしても、人員配置としても、無くてはならないものです。しかし昨今では余裕を失いつつあるのを感じます。 どれくらい余裕があれば良しとするかは総合的な判断ですが、その調子で人間に対しても余裕を削ることのみを考えるようになっていくと、行きつく先は「ブラック企業」ということになるでしょう。

FreeBSDのpkgの依存関係を調べる方法

FreeBSDにおいてpkgを利用してインストールしているアプリケーションの依存関係を調べる必要性に迫られました。あるアプリケーションが依存しているパッケージを探すのは、比較的容易なのです。しかし逆に、あるパッケージに依存しているアプリケーションを探すのにはどうしたら良いのか、ちょっと迷ってしまいました。

googleで調べれば、必要なコマンドには辿りつけました。それほど難問というわけではありませんでしたが、検索エンジンを利用して問題を解決しようとすると、最新の情報や最適な情報が、必ずしも上位に表示される訳ではないことには注意がいると感じます。

pkgの依存関係を探すのは「pkg query」が使えるようです。例えばllvm37パッケージの依存関係を調べてみると以下のようになりました。
% pkg query %do llvm37
lang/python27
lang/perl5.20
devel/libedit
逆に、依存関係の中にllvm37パッケージが含まれているアプリケーションを探すには、次のようなコマンドを打てばよいようです。
% pkg query %ro llvm37
graphics/dri
graphics/libEGL
このようにパッケージの非依存関係がわかれば、特定のパッケージを必要としていたアプリケーションが判明します。この例ではllvm37を必要としているのはdrilibEGLだと分かります。これらのパッケージは何故llvm37を必要とするのか、言い換えれば、標準で入っている以下のコンパイラでは何故駄目なのかということを探る糸口を与えてくれると思います。
FreeBSD clang version 3.4.1 (tags/RELEASE_34/dot1-final 208032) 20140512
Target: i386-unknown-freebsd10.3
Thread model: posix

名古屋の桜


福井の桜


長浜の桜


2017/04/03

積極的な記憶定着の方法と消極的な記憶定着の方法

例えば外国語を学習するにあたり、文法事項にしろ単語にしろ、覚えることが推奨されることが多くあります。文法書や単語帳を眺めているだけで記憶できてしまう人もいるかもしれませんが、多くの人は記憶を定着させるためには積極的に暗記するなどの努力をしなければならないでしょう。

外国語学習法としては、暗記を避けようとする方法論もあり、丸暗記は真の実力がつかないから止めるべきだという主張もあります。これはこれで一理あります。外国語の文章を読んだり、耳にしていれば自然に覚えるから、そうあるべきだというのです。それで外国語が身につくのであればありがたい話ですが、なかなか思うようにはいきません。

ところが分野によっては、積極的に記憶を定着させようとはしていないのに、自然と記憶できてしまうような事柄もあったりするのです。確かにその分野の情報には常に接するようにはしていますが、それだけで覚えてしまうこともあります。「好きこそものの上手なれ」というところかもしれませんが、諺には「下手の横好き」というものもあるので、好きだから覚えるわけでもないでしょう。

趣味的事項であれば、記憶の定着のために、積極的手段を用いても、消極的手段でも、どちらでも構いません。しかし外国語学習のようなものは、むしろ積極的に記憶定着に努めているにもかかわらず、なかなか頭に残りません。なんとかならないものだろうかと、いつも思っています。

旅行の記念としての「証明写真」

証明写真というと普通は履歴書に添付する写真や、運転免許証とか学生証・社員証などにある写真のことを想像すると思います。街角の写真屋さんなどで「証明写真」と言ったら、そういうものです。

これに対して、旅行をすると有名な旅先などを背景にして(たいていは無表情の)写真を撮ることが多く見られます。これは旅行の記念写真を意図していると思いますが、まるで「証明写真」です。自分は間違いなく「その有名な某に行ってきた」ということを「証明」するための写真のようです。

自分の旅の記録をどのようにして写真として残すのかということは難しい問題なので、どうしたら良いのか僕自身としても試行錯誤しているところです。

昔は日本人の旅行者を指して揶揄的に「カメラを持っている」と言われたりもしました。しかし日本人じゃなくても、どこの国の人でも、多くの旅行者はカメラを持っているし、写真を撮っているのではないかと思います。

2017/03/31

FreeBSDで複数のLLVM/clangがインストールされてしまった

FreeBSDではgccを止めてLLVM/clangが使われています。昔は他のBSDやLinuxと同様にgccでしたが、今は完全にLLVMに置き換えられています。

ところが気がついて見ると、標準のLLVMの他に、portsから異なるバージョンのLLVMがインストールされてしまっていることに気がつきました。
% cc --version
FreeBSD clang version 3.4.1 (tags/RELEASE_34/dot1-final 208032) 20140512
Target: i386-unknown-freebsd10.3
Thread model: posix
% pkg version -vIL=
*snip*
llvm37-3.7.1_4                     <   needs updating (index has 3.7.1_5)
llvm39-3.9.1_2                     <   needs updating (index has 3.9.1_3)
*snip*
どうしてこうなってしまったのか今後調べてみようと思いますが、おそらくportsから入れた何かのパッケージが特定のバージョンのLLVMに依存する設定になっていたのでしょう。

このような状況はLLVMに限らず、gccであるとか、perlなどでも起きることがあります。特定のバージョンを使わなければならない必然性があるのなら仕方ないと納得できますが、たいていの場合はデフォルトのバージョンでも問題にならないことが多いのです。

FreeBSDに標準でLLVMが入っているのに、さらにバージョン3.7や3.9のLLVMが入るのはリソースの無駄としか思えません。

2017/03/30

undocumented feature

昔々のことになりますがNECのTK-85を持っていました。CPUはインテルの8085で、RAMは何と僅か512バイトです。

8085というCPUは、有名な8080を改良したもので、命令が2つ追加されています。当時のインテル製CPUのアーキテクチャはCISCです。命令長は可変長ですが、命令の1バイト目だけみれば後続する命令長が分かるようになっています。要するに1バイトで命令をデコードするわけですから256個定義できるのですが、実際には数箇所の未定義部分があります。

当時のCPUは現在とは違い原始的ですので、未定義となっている命令を実行させようとしても「例外処理」が起きるような機能を持っていません。未定義命令を使ったバイナリを実行させてみると、思いもがけないような結果が得られることがあります。アセンブラでプログラムを書く身であれば在れば有り難いと思うような機能が実装されているのが分かったりします。しかしそれはマニュアルに記載されていませんから必ず利用できるとは保証されません。このような機能は「undocumented feature」と呼ばれます。

ここまで書いた話はハードウェアに関することですが、ソフトウェアであっても同じことです。ハードであれソフトであれ、仕様に関する文書に記載されていない場合でも、操作してみれば何らかの「一見すると有用そうな」挙動を示すことがあります。しかしそれは(厳格に捉えるなら)undocumented featureです。つまりその「機能」は永続的に利用できる保証がありません。

このようにundocumented featureを使うのは慎重となるのですが、問題は特にOSSでは仕様を明示的に示す文書が欠けていることが多いことです。あろうことか「ソースコードが公開されているんだから、文書は要らない」とか言い出す人が出てくる始末です。仕様書とソースコードが同一だとする立場であれば、そこには「バグ」という問題は原理的に発生しません。バグというのは、仕様としてあるべき状態と、プログラムとしての実際の挙動の違いから判断されるべき事柄なのです。

商用製品では、OSSに比べれば 、文書がある程度用意されていますが、些細な点まで全て網羅されているような詳細な文書が用意されているとも限りません。使おうとした機能や、行おうとした操作が、undocumented featureなのか否かを判断するのは、思うほど簡単ではありません。

このようにundocumented featureは恐いので、使わないで済むものなら使いたくないところです。問題は、文書が充実しているとは言い難いことが多い現状においては、確実に「仕様に基づいた機能を使っている」と言い切れる事態は決して多くはないという事実です。否応なしに、undocumented featureを利用しているのか違うのかも不明なままに、目の前で動いているものが「永続的」であるように祈りながら、日々を過ごしていくことになります。

GNATS、BugzillaそしてRedmine

IT開発の現場ではバグ対応が避けられません。受け付けたバグ報告や、対応しているバグや完了した件などを個人的なメモに留めていると、小規模な開発では何とかなっても、関係者が増えてきた場合に対応できなくなります。また個人で対応できていたとしても、何らかの事情で担当できない状況に追い込まれた場合、それを他の人が引き継ぐのは至難の業です。

そこで「Bug Tracking System (BTS)」というものが生まれました。これが「バグ(不具合、障害、問題点)」だけを対象とするのではなく、さらに進化し、開発の中で生じてくる様々なアイディアを含めて運用できるようにするため「Issue Tracking System (ITS)」と呼ばれたりもします。

OSSで提供されているBTSもありますし、商用製品もあります。OSSと製品のいずれが優れているのかは直ちには判断できません。OSSは信用できず商用製品でなければ責任の所在が曖昧になると考えている人もいるでしょうし、製品に比べればOSSの方が利用者が多いから仮に問題があったとしても修正が迅速であるはずだと主張する人もいます。一般論としてはどちらもその通りですが、具体的に個別のBTSについて見ていくと、それぞれの事情があるとして言えないでしょう。

いろいろな主張があるとしても、試しに利用してみるためにはOSSの方が手っ取り早いのは確かです。いろいろありすぎて選択に迷いますが、著名なのは古くからある「GNATS」とか、最近では「Bugzilla」や「Redmine」です。

GNATSはGNUの開発したBTSで、FreeBSDやNetBSDなどがバグ報告を受け付けるために利用されています。バグを報告は「Problem Report」と呼ばれ、一つの報告に対してPR番号が付けられます。その問題の管理はPR番号で行われることになります。

BugzillaはFirefoxでお馴染みのMozilla Fundationが開発し、Redhatなどが利用しているようです。

Redmineは市販の参考書が多く出版されており、利用者コミュニティが活発であることが窺えます。GNATSではPRで管理していたようなことを、Redmineでは「チケット」と呼んでいるようです。

BTSの範疇に含まれるものは数多く、どれを利用すれば良いのか迷ってしまいます。注意しておきたいことは、各々はBTSには違いないとしても、その具体的な実現方法は様々であるので、出来ること出来ないことは個々に異なるということです。何かを選べば、他を選んだなら出来たであろうことが、出来なくなる可能性は高いと思います。妙な例えになりますが、MS-DOS上でC言語を利用しようとして、Lattice-Cを選ぶか、MS-Cにするか、それともTurbo-Cにするかという判断とは違うのです。

いずれのBTSであれITSであれ、ひとつの問題や要望に対する一連の情報を整合性を保って管理するという趣旨は同じですが、そのための実現方法は大きく違います。 その用語も個々に違います。もちろん同じような用語が多いのですが、全く同じである保証はないし、用語の意味を膨らませていたりすることもあります。

このような状況では、自分の要求に即したBTSやITSを選択するには、全てを使ってみるしかありません。インストールマニアでもなければ、そんなことをしている余裕は普通は無いでしょう。機能の詳細に踏み込まずとも、大雑把に比較して対象を数個に絞り込むことは可能だと思います。しかし使ってみないと分からないことも多いので、結局は何かを選択して利用してみることになるでしょう。

選択するためのひとつの考え方は「有名なものを選ぶ」ということです。市販されている書籍が多いとか、Webなどで情報が見つかりやすいとか、または身近で利用されているというような事です。そのような理由で選ばれたものは、機能的に最高レベルではないかもしれません。「有名なものを選ぶ」という判断基準は、「最高レベルを選ぶ」という基準とは両立しないのです。これまた変な例えですが、CP/MやMS-DOSが広く使われていた時代に、OS-9の方が技術的に優れているという主張がありました。これは確かにその通りだと思いますが、OS-9が広く利用されるようにはなりませんでした。

何を選んだとしても、実際に使い始めてみると、期待していたようなことができない可能性があります。その期待が、無いものねだりなのかもしれませんし、もしかすると何かのバグかもしれません。そこで選択しなかった方を調べてみたら、そちらでは出来ることが分かったとしましょう。そこでツールを乗り換えるのも方法のひとつではあります。ですが乗り換えたところで、次にまた別の壁にぶつかったら、また乗り換えるつもりでしょうか。その調子で乗り換えていたら、何時になったら本来の目的である「バグ管理(または要望管理)」ができるようになるのでしょう。

これは、一度決めたら決して乗り換えてはいけないという主張をしているのではありません。そうかといって、気軽に乗り換えることを勧めている訳ではありません。ツールの選択に限らず、「選択」と「決断」は難しい判断です。いずれにしても、何をするにも「自覚的であれ」というのは真理かもしれません。

食べ放題を意味する「バイキング」は大和言葉の一種なのか

『ナショナル ジオグラフィック 日本版』の2017年3月号の特集は「バイキング 大海の覇者の素顔」です。バイキングについては漠然としたイメージしかなかったので、この記事を読むと詳しく学べるのではないかと期待しています。特集によっては、スカパーで視られる「ナショナル ジオグラフィック チャンネル」でも雑誌記事と連動した番組が放送されることがありますが、今のところ関連番組はなさそうです。

日本を含めた世界中で「バイキング」と言ったら8世紀前後に大暴れした集団を意味していますが、日本では食べ放題形式の食堂を「バイキング」と呼んでおり、武装集団としての「バイキング」より食べ放題としての「バイキング」の方が認知度が高いのではないかと思います。

そもそも日本で「バイキング」が食べ放題形式の食堂という意味になっているのかという理由について、ウィキペディアでは次のように説明しています。
日本語では「バイキング」と称されることがある。日本初の食べ放題レストランの店名が「バイキング」であったことに由来する。

ウィキペディアによると、食べ放題形式のことを英語ではフランス語風の「buffet」とか北欧風の「smorgasbord」と呼ぶようです。

日本語では外国由来の単語をカタカナ表記にすることが多くあります。その方式で行くと、食べ放題形式は「ビュッフェ」もしくは「スモーガスボード」となるところです。しかし「ビュッフェ」と言えば「立食形式」を日本ではイメージするでしょうし、「スモーガスボード」にいたっては一般的な認知度は低いのではないかと思います。

日本語独自の「バイキング」というのは英単語の「viking」の訳語ということではなく、見た目は外来語に似ていますが、外国由来の訳語でも何でもなく純粋な日本語だと思います。だから英会話で食べ放題に関する話題をしようと考えた時に「viking」という語を使うのであれば、その英文が表面的な形式として完璧だとしても、意味的には非英語的表現でしかないでしょう。

要するに「食べ放題」を意味する「バイキング」は日本語でしょう。大和言葉とか和語とか言うと、長い歴史を踏まえている訳ではないでしょうから、言い過ぎかもしれませんが少なくとも外来語ではありません。

現在の日本語を構成する単語は、古くからの大和言葉に由来する語、中国から伝来した漢語に由来する語、古くはポルトガル等であったり幕末以降は欧米であったりする国々に由来する外来語などから構成されています。ここで「バイキング」という単語は、大和言葉とは言えないし、中国伝来でもないし、もちろん欧米由来でもありません。あえて言えば多分に勘違いに由来する現代日本語です。

 一見すると外来語のようであって、実は日本独自の単語というのは、他にも事例があります。英語の「stapler」を日本語では「ホチキス」と呼ぶ事例であるとか、紙を複写する意味の「copy」を「ゼロックス」と呼ぶ事例などが思いつきます。

おそらく世界中のどの言語にも同様の現象が存在しているだろうと思います。自国以外から取り入れた単語が本来の意味と全く関係のない意味に使われる事例は日本に限ることではないと思います。

2017/03/27

国立西洋美術館「スケーエン デンマークの芸術家村」

国立西洋美術館で日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念として「スケーエン デンマークの芸術家村」という展示がおこなわれています。常設展示室の一部を使って開催されています。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて描かれた作品が並べられており、透き通るような画風がとても美しく気に入りました。風景や人物を描いていますが、ごく一般的な庶民であり、(作品を描いた背景を学んでいないので不確かですが)著名な何かを表しているわけではないと思います。これより古い時代の宗教画や有名人の肖像画とは違いますし、これより後に増えてくる抽象画のように(何が描かれており、何を表そうとしたのか)頭を悩ませるような作品とも違います。一見すると「わかりやすい」気がする作品です。

作者は何を思って描いていたのでしょうか。図録を買いましたので、各作品には解説がついています。しかしそれは作者の言葉ではなく、解説者の文章です。この展覧会に限りませんが、作者が作品に込めた思いなどは、どうしたらわかるのでしょう。別にそれがわからなくても作品は楽しめるし、それで良いのですが、もう一歩踏み込んで作品を鑑賞したいときもあるのです。そのためにこそ図録があるとも考えられますが、今のところ問いかけに応えてくれた図録は目にしていません。何か他にないものかと強く思います。

鉄道愛好家の呼び方の変化と関心の細分化

鉄道を趣味の対象とする人を昔は「鉄道ファン」と呼んでいました。その中には個性が強く、関心の対象が鉄道にしかないのではないかと思われるような人もいて「鉄道マニア」と呼ばれたりもしました。時代が進み1970年代後半以降になるとアニメファンの中に「おたく」と呼ばれる人たちが出現し、そのキャラクターの類似性から「鉄道オタク」という呼び方がされるようになりました。さらに時代が進むと「鉄ちゃん」という呼び方が誕生し、近年では「乗り鉄」とか「撮り鉄」などの細分化が進んでいます。

昔ながらの鉄道ファンというのは、鉄道に乗って旅行もする(ただし注意しておかなければならないのは、当時は旅行するには鉄道を使うしか方法がなかったという時代背景があったということです)し、 鉄道の写真も撮るし、鉄道模型にも手を出す(ここも注意が必要ですが、今のようにNゲージなどは無く、Oゲージは大きくて場所を喰うので、興味があっても手を出せなかった人もいたということです)し、要するに鉄道に関することなら何でもしていました。だから趣味として「鉄道ファン」と言えば、その言葉に含まれる全ての対象を含意していたと言えます。

ところが今では「鉄道ファン」という言葉だけでは、興味の対象を表せなくなっているようです。つまり「乗り鉄」と言ったら「鉄道に乗ることだけが関心対象」で、「撮り鉄」であれば「鉄道を撮影することしかしない」ようなのです。現実には複数分野に興味がある人が多いのでしょうが、それでも鉄道に関わる全てを対象とする人は少なくなっているように感じます。それが呼び名が細分化されていく現象に現れているように思います。

ここ数年の間に、ブルートレインの廃止、地方ローカル線の廃止、旧型車両の廃止などが続き、その一部はマスコミにも取り上げられて大きく報道されました。そうなると、もう鉄道に愛着する気持ちなど全く持ち合わせていなくて、ただひたするた押し寄せて最終列車にむけて叫ぶだけという、これはファン(愛好家)なのかと疑問を感じる群衆が出現しています。

言葉が細分化されていくことで興味の対象を限定できるようになっています。しかし興味の対象を限定できることで、さらに関心が細分化し、新たな表現を生み出し続けているように思います。

2017/03/25

英語を勉強している成果なのかと思えた経験

以前から英語の勉強を続けています。何か直接的な目的があるわけではありません。英語が世界的に重視されている現状があるので、少しでも世界情勢について行きたいというだけの事です。スキルレベルを把握するために毎年TOEICを受験していますが、平均点を多少上回る程度で、目だった成果は上がっていません。

いろいろな教材に手を出すよりは、厳選した教材を徹底的に勉強するほうが良いと言われます。何が厳選された教材なのかは主観的に判断しただけですが、徹底的とも必ずしも言えませんが、成果が上がっていない気がしても、挫けず勉強を続けるようにしています。

それにしても昨今はインターネットや動画配信の発達により、学習用に加工されていない、現実的な英語素材が手軽に入手できるようになっているのは驚くばかりです。そのような現実の英語を耳にしても、いまひとつ理解できたという実感が得られたとも言えない状況でした。

ところが先日「日本外国特派員協会」で行われた記者会見の様子の動画を見ていたら、ある記者の質問が「聞き取れた!」という体験をしました。ごく一部分だけでしたが、今までならば全く聞き取れず、箸にも棒にも掛からないようであったことを思うと、嬉しい経験でした。英語の波に上手く乗れると聞き取ることもできそうな感触ですが、まだ波に長く乗り続けていけません。しかし練習を重ねれば、長く乗り続けることもできるようになるでしょう。

間もなくMicrosoft Windows Vistaのサポートが終了

MicrosoftはWindows Vistaのサポート期限を2017年4月11日とアナウンスしていますので、もう間もなくです。アナウンスされている日付とは一体何なのでしょうか。僕は(自分で勝手に)その日まではVistaに関わるあらゆるサービスは、それまでと同様におこなわれるものだと思ってきました。

現実世界に例えれば、店舗の営業終了日のようなものをイメージしていました。もっとも現実世界の店舗では、営業終了日に向けて在庫を少なくしていくために「在庫一掃セール」のような特売が連発します。しかしソフトウェアの世界では物理的な在庫というものが(現実世界ほど)発生しませんので、サポート期限当日まで、何ら変わることなくサービスが提供されるものとばかり思っていました。

ところが既にWebサイト等においてもVistaを扱うリンクが切れていたりしているようです。店じまいの準備は、かなり進んでいる印象です。

Windows XPのサポート終了の頃にも言われていたことですが、サポート期限を過ぎたOSを利用し続けることはセキュリティ上の深刻な問題が発生するので、使い続けることは止めるようにとされていました。これはその通りで、反論するつもりはありません。それではサポート期限(2017年4月11日)まで、Windows Vistaのセキュリティ更新が「何の問題もなく従来同様に」入手できるのかというと、そんなことはないようです。すでに昨年からWindows Updateの不具合に悩まされています。出来れば最後まで問題を感じることなく使い続けたかったと思っています。

Windows Vistaが入っていたdynabook SS SX/15AはNetBSD/i386に入れ換えるつもりで、その準備は進んでいます。来月には実行に移すことになるでしょう。

同時に利用していたアプリケーションもNetBSDで使えるものに移行するつもりです。Microsoft OfficeはLibreOfficeにします。FirefoxはWindowsでもNetBSDでも同じように使えます。よく使うアプリケーションは移行先が見つかっているのですが、一部に移行できないものが残りました。

Microsoft Visioは直接の移行先がありません。似たようなアプリケーションとしてはInkscapeがあるので、今後はそちらを使うつもりです。VisioのファイルはLibreOffice Drawで開けるのですが、日本語テキストが化けてしまっています。既存ファイルを見るだけならVisio Viewerが使えそうなので、デスクトップPCのWindows10でViewerを利用するしかありません。

またStyleWriter 4という英語の文体チェッカを持っていたのですが代替先が見つかっていません。

「旧型PCをフリーOSで蘇らせる」られるか?

雑誌の特集などでMicrosoft Windowsがサポートしないような旧いPCでもフリーのOS(LinuxとかFreeBSDなど)なら十分に使えるから云々という記事を見かけることがあります。これは間違いではありませんが、「ただし古すぎるものは除く」と条件をつけなければならないようです。

自宅では昔懐かしいGatewayによるノートPCにFreeBSDを入れて使っています。2000年より前に作られたものなので、今となってはメモリも少ないし、CPUだって骨董品です。FreeBSD 10.3の起動メッセージでは次のようになっています。
CPU: Intel Pentium III (447.70-MHz 686-class CPU)
  Origin="GenuineIntel"  Id=0x681  Family=0x6  Model=0x8  Stepping=1
  Features=0x387f9ff<FPU,VME,DE,PSE,TSC,MSR,PAE,MCE,CX8,SEP,MTRR,PGE,MCA,CMOV,PAT,PSE36,PN,MMX,FXSR,SSE>
real memory  = 301989888 (288 MB)

最新のマシンに比べれば当然遅いのですが、利用目的を見極めれば、決して使えないわけではありません。しかしながら旧過ぎるが故の問題を感じるようになってきました。

まずはFreeBSD自体の問題です。FreeBSDの最新版は11.0-RELEASEですが、このマシンでは動きません。ブート中にカーネル・パニックを起こして落ちてしまうのです。実は10.0がリリースされた当初も同様の現象に悩まされていましたが、いつの間にか起動できるようになりました。11.0も起動できるようになってくれるのを待っているのですが、もしかするともう駄目かもしれません。

さらにportsからインストールしているアプリケーションの一部が、最近になって更新できなくなっています。コンパイル中に以下のメッセージが出てしまいます。SSE2が使えないと駄目のようなのですが、Pentium 3なのでSSE2は使えません。SSE2が使えるのはPeintium 4以降なので、それ以前のCPUのサポートを打ち切ったという事なのでしょうか。
In file included from utils.c:37:
In file included from ../../../../../src/mesa/main/macros.h:36:
In file included from ../../../../../src/util/rounding.h:35:
/usr/include/clang/3.4.1/emmintrin.h:28:2: error: "SSE2 instruction set not
      enabled"
#error "SSE2 instruction set not enabled"

旧いマシンなので、いろいろとガタが来ているのは感じていますが、そろそろ引退時期を迎えつつあるのでしょう。


2017/03/18

なにわ筋線と阪急の接続計画

2017年3月17日の報道によると、JR西日本が大阪駅北側の操車場跡地で開発を進めている地下駅と阪急の十三を繋ぐ計画があるようです(なにわ筋線30年開通 JR・南海運行、新駅以北は阪急交え協議)。2030年の開通を目指すということです。あと13年ほど先になりますが、その時の交通需要はどうなっているのか、本当に工事が始まるのかなどを考えると、まだまだ一山も二山もあると思います。

阪急の大阪側の拠点は梅田駅です。梅田以南に路線を伸ばそうとしている計画は以前から聞いていましたが、それは大阪市営地下鉄の西梅田駅と十三を結ぶ路線だったはずです(西梅田・十三連絡線)。阪急の十三駅は淀川の北側に接していますし、その周辺は建物が密集しているので、地上に新規路線を乗り入れるのは相当困難であると思います。地下駅にするとしても、淀川の下を潜ってくることを考えると、かなり深い場所にホームを作ることになり、乗り換えは不便な気がします。

今回報道された計画でも事情は似たようなものと思いますが、もっと重大な問題があるのではないでしょうか。そもそも阪急はゲージが1,435mmの「標準軌」ですが、JR西日本や南海は1,067mmです。もしも阪急がなにわ筋線と十三を結ぶ路線を建設するとなると、阪急で唯一の1,067mm路線ということになり、阪急の他路線とは車両の運用が絶対にできなくなります。当然ながら、阪急の三ノ宮・宝塚・河原町などから乗り入れることは出来ませんから、既存の阪急沿線とのアクセスが「改善される」というほどのこともないような気がします。

従来から計画があった「西梅田・十三連絡線」であれば、大阪市営地下鉄もゲージが1,435mmですから、もしかすると十三は地下駅になったとしても、どこかで地上に出てきて既存の路線と繋がる可能性はあります。そうなればアクセスが「改善される」と言えるでしょう。

「鉄道ピクトリアル」の2017年4月号は特集が「阪急電鉄京都線」でした。84ページには「阪急線内の1067mmゲージ」というコラムが掲載されています。阪急は出自の違う神宝線と京都線を抱えていて、ようやく車両規格などが統一できたのに、ここでまた別規格の路線を持とうとするのでしょうか。