ラベル 数学 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 数学 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025-02-13

「定理1.3から」が分からない

放送大学で数年前に受講した「入門微分積分('16)」の印刷教材を読み直しています。受講していた当時は、(本当はよくないことだと思いますが)流し読みをしていただけでした。その反省を踏まえて、印刷教材の記述における論理の展開や式の導出などを納得できるところまで考えながら読んでいこうと思っています。

 

「1.8 課題1.Cの解決」を読んでいると、数列{an}において、以下の結果が得られます。ここまでは、理解できました。

0 < an < 2, n = 1, 2, ...   (1.16)

 

これを踏まえて、次のように記述されています。

すなわち、数列{an}は増加数列であることがわかります。また、(1.16)は、{an}が上に有界であることも示しています。 ゆえに、定理1.5より、{an}は収束します。この極限値lim an (n→∞)をαとおきましょう。定理1.3から、0 ≦ α ≦ 2です。

 

さて、この記述にある「定理1.3」とは、次のようなものです。

定理1.3 2つの数列{an}、{bn}は収束して、lim an (n→∞) = α、lim bn (n→∞) = β であるとする。任意のnに対して、an ≦ bnであるならば、α ≦ βである。

 

記述は、「極限値をαとおく」→「定理1.3から」→「0 ≦ α ≦ 2である」となっているのですが、この論理の展開がよくわかりません。「極限値をαとおく」のは構わないのですが、「定理1.3から」→「0 ≦ α ≦ 2」と何故なるのでしょうか?

 

些細な疑問も解決していきながら読み進めていくつもりですが、前言を翻すことになってしまいますが、この疑問は保留として先に進もうと思います。

2025-02-10

等比数列の和の公式

数年前に放送大学で「入門微分積分('16)」(石崎克也放送大学教授)を受講しました。既に単位は取得済みではあるのですが、お恥ずかしながら、充分に理解しているとは言えません。この状態で、微分方程式とか量子力学や相対論などを勉強しようとしても、結局はなんとかなるかもしれませんが、自分自身として納得できません。あらためて印刷教材を最初から読み直しています。

 

この書籍に限りませんが、記述内容や数式などを「表面的」な理解で済ませてしまうと、読了しても不完全燃焼感に苛まれてしまいます。今回は数式の展開も納得するまで理解してから読み進めようと決意しています。ただし書籍によっては、わからなくても先に進み、あとから戻って再読することを推奨している場合があります。そのような手法も理解できますが、それを繰り返してきた挙句に今があることを考えると、今回は先を急がずジリジリと進んでいこうと考えています。

 

「第1章 実数・数列」の「1.6 解析学基本定理」において、ネピア数を与える数列{an} = (1+1/n)^nが上に有界であることを示す内容が記されていました。ここで以下のように式が変形されていたのですが、何故こうなるのか、わかりませんでした。

 an < 1 + 1 + 1/2! + 1/3! + ... + 1/n!

< 1 + 1 + 1/2 + 1/2^2 + ... + 1/2^(n-1)

= 1 + 2(1 - 1/2^n) < 3


1行目が2行目よりも小さいのは、2^(n-1) = 1 * 2^(n-1) ≦ 1 * 2 * 3 * ... * (n-1) * n = n! を踏まえているのは理解できました。しかし2行目から3行目の等号は何でしょうか?

 

Googleなどで情報を検索できるようになった今日は、できなかった以前に比べて、とても有難いと思います。できなかった頃であれば、図書館で書籍を手当たり次第に探るとか、詳しそうな人に尋ねるしかありませんでした。いまならGoogle(もし好みであればGemini)を使えば、全く見当もつかないとしても、手掛かりを得ることができます(可能性としては)。

 

結局は、初項aで公比rの等比数列の和の公式が使われているだけとわかり、納得しました。この公式を昔々習っていたことを思い出しましたが、普段使うこともないので、忘れていました。

2025-01-13

『はじめての解析学』(原岡喜重)に書かれている「ε-δ論法」の解説

近所の図書館で書棚を眺めていたら、偶々目に入った『はじめての解析学』(原岡喜重)を借りて読んでみました。ブルーバックスの中の一冊なので、基本的なスタンスとしては(専門家向けではなく)一般向けに書かれていると思います。

 

「5 実数と関数」の中にε-δ論法で極限を定義する話題が出ていました。しかし専門書ではないので「ε-δ論法」という用語は使っていませんでした。そこで書かれていた事柄が、個人的には役に立ちました。158ページに以下のような記述があったのです。

高校数学のやり方をすると、{an}の極限が2/3となることが発見できます。一方後半のεを使ったやり方では、極限2/3の値があらかじめわかっていることが必要です。つまり収束の定義は、極限がどういう値になるかということを教えてはくれないのです。

では 高校数学のやり方が万能かというと、ニュートン法のところで見たように、数列{an}は何らかの値には収束するのだがその極限の値はわからない、という場合があり、実はそのような場合が圧倒的に多いのです。だからこそ、その極限の近似値として使える数列{an}が役に立つのです。


ε-N論法とかε-δ論法がよくわからない(多くの人が躓くようですが)ので、図書館にある書籍を読んでみたり、Webで情報を得てみたりしましたが、「腑に落ちる」という感覚が得られませんでした。

 

大学レベルの数学書籍の言い方を借りれば、高校数学のように「感覚的に収束を定義する」のではなく、ε-δ論法を持ち出してきます。しかし例題では収束される値か既知であるかのように記述されていて、ε-δ論法が収束の定義だと言うのに、既知の値が出てきているのは「いったいどういうことなんだろう???」と、モヤモヤとした感覚が拭えませんでした。


結局は、上述した引用のような事情があるのですが、教科書では触れていないということだということでしょう。ようやくスッキリしてきました。

2024-12-12

ε-N論法が腑に落ちない

放送大学教養学部で数年前に「入門微分積分('16)」の単位を取りましたが、ちゃんと理解したという実感が持てずにいたので、印刷教材を読み直すことにしました。第1章の例1.3では、a_n=1/nにおいてn→∞ならば0に収束することをε-N論法で説明しています。あっさり書いてあるのですが、どうもスッキリと腑に落ちません。

 

この問題はε-N論法について学ぶ際にはお馴染みの例題のようなので、Webを検索すれば多くの記事が見つかります。

 

ε-N論法は初学者の多くがつまずくところで、私も同様につまずいている訳です。Web上にある記事を幾つか読んでみましたが、特別に難しいことが書かれているわけではないと感じます。しかしながら、読んでみても、「?」という感じで、「!」と分かった気になりません。

 

この印刷教材に限りませんが、教科書を読み進める際に、分からなければ、とことん拘って、一歩一歩確実に先に進むというスタンスと、分からないところがあっても、とりあえず先に進んで、後でまた戻ってくれば良いというスタンスがあるようです。どちらも大切だと思うのですが、分からなくても先に進んだ結果として、単位は取得できたものの、理解できたという納得感のないままに今日に至っているのを考えると、あくまでも拘ってみようかと思っています。

2022-08-07

3Blue1BrownJapan

YouTubeで「なんで球の表面積って円の面積の4倍なの?」という作品を見つけました。とても興味深い内容でした。どうやら「3Blue1Brown」というチャンネルがあり、東京大学の有志が本家から公式にライセンスを得て日本語版を作っているようです。


本家は2015年から活動しているようですが、日本語版は2020年に始まったらしく、公開されている動画は10本くらいしかありません。今後の活動に期待していますが、面白いチャンネルを見つけて、嬉しく思っているところです。

2021-11-23

テンソル

物理学の教科書を読んでいると「テンソル」が登場することがあります。非ユークリッド幾何学とか相対論でお目にかかることが多いように思います。教科書の執筆方針にも依ると思いますが、「テンソルは既に学んでいる」ことを前提とするとか、「テンソルが分からなくても気にしなくて構わない」とか、いろいろです。微積分、ベクトル解析、線形代数のようなものは独立した科目になっていることが多いと思いますが、テンソルが独立した科目になっているのは聞いたことがありません。しかも何かの科目の中で教えられたこともなかったと思います(忘れているだけ?)。 


一般論として、「わからないところがあっても、立ち止まらず、先に進むべきだ」のような考え方があります。わからなくても後になれば理解できるからという理由があるようですが、わからないことがありすぎて落ちこぼれてしまう恐れがないわけでもありません。


近所の図書館でテンソルに関する参考書を探してみたら『物理とテンソル』(中村純)を見つけました。まえがきには「テンソルの計算は添字が多くて目がチラチラし、授業でも丁寧にやってくれることはまずないので」云々と書いてあります。やはりテンソルは、微積などに比べると扱い方が弱いようです。それでも教科書を読んでいるとテンソルが出てきたりするので、疎かにはできない気がします。


借りてきた本を読んでテンソルが分かった気になろうと思います。

2020-05-04

解析入門('18)

放送大学で2020年4月からは「解析入門('18)」も受講しています。以前に「入門微分積分('16)」を受講したので、その発展です。この科目の講師は川添健放送大学客員教授(慶應義塾大学教授)です。

印刷教材(放送大学では教科書をこう呼びます)は、例題や演習問題も多く、しっかり勉強していかなければならないと思っています。放送授業をボンヤリ聞いて、印刷教材を流し読みしていては、学期末に行われる単位認定試験で苦しむことになるでしょう。学問の苦しさというのは受け入れられますが、勉強しないまま試験に臨んで苦い思いをするのは、受け入れがたいです。

印刷教材をよく読んで、数式の変形なども、自分で理解していくようにしようと考えています。しかしながら、考えても「???」となるところも少なくありません。完全にわからなくても先に進んだほうが良いと言われる場合もありますので、とことんこだわる場合もありますが、諦めて先に進む場合もあります。

「第3章 偏微分の計算」の中の例題3.6では、直交座標と極座標のラプラシアンの関係を示すというものでした。例題の解答を読んでも、途中の式の展開でついていけなくなり、困ってしまいました。そこで諦めずに、頭を絞るのが勉強だとは思いますが、ネットを検索して参考となる情報を探すのも、勉強方法のひとつではないかと思います。自分で考える気がなくて、丸投げするだけとなるようなネットの使い方は、慎むべきだと思いますが、自分で理解を深めようとする一環でネットにある情報を探すのは、推奨されるべきだと思います。

直交座標と極座標におけるラプラシアンの関係式は、よくある話題のようで、ネットを検索すれば多くの情報がみつかります。しかし印刷教材に書かれているのとはやり方が異なり、直接的な参考になりません。それでも検索を続けていたら、ほぼ同じやり方で計算している資料が見つかりました。その資料にしても、式の展開を全て細々と書いてあるわけではなかったのですが、印刷教材に書かれているものよりは詳しいので、参考になりました。まず最初に見つけた資料で式の展開を最後まで理解して、それから改めて印刷教材の記述を読んでみると、すっきりと理解することが出来ました。

2020-04-26

線型代数学('17)

放送大学で、2020年4月からは「線型代数学('17)」を受講しています。これは「入門線型代数('19)」に続く科目として位置づけられています。教科書(放送大学では「印刷教材」と呼びますが)が執筆された時期の関係で、本文中では「入門線型代数('14)」の記述が参照されていますが、最新の「入門線型代数('19)」とは参照頁などが異なっています。出来れば印刷教材を改訂しておいて欲しいところです。

線型代数は微積分と共に、大学における数学の入り口として考えられているようです。線形代数の目標は一般的なn次元で扱うことだと思います。しかし最初から一般的に論述すると、学生がついてこられなくなる恐れがあるので、最初は2次元や3次元で扱うことで学びやすくしようという努力がなされているようです。このような試みがあることで初学者が躓かなくなることは確かですが、簡単だと誤解することで、講義が進むにつれて、ついてこられなくなる要因にもなる気がします。

線型代数は次元数によらず一般的に成立する理論を目指していると思いますが、そのために必要な道具や材料を次々に学習することになります。しかしそれらを初めて学ぶ段階では、何のためにそれらを学ぶ必要があるのかということを必ずしもピンとくるわけではありません。むしろ、何故こんな事をくどくど考えるのだろうと思うことの方が多いでしょう。それで理解をあやふやにしていると、次第に講義がわからなくなってきて、ついに落ちこぼれてしまったことに気がつくのです。

理解が不十分でも試験を通れば、単位は取得できてしまいます。しかしそれでは何のために時間をかけて線型代数を学ぼうとしたのか分かりません。せっかくなら、(完璧でなくとも)自分が納得できるような理解に到達したいと思います。

2020-03-20

『線形代数 基礎と応用』(飯高茂著)の「まえがき」から

図書館で『線形代数 基礎と応用』(飯高茂、朝倉書店、講座数学の考え方#3)を借りてみました。放送大学教養学部で2019年度第2学期に「入門線形代数('19)」を受講し、2020年度第1学期には「線形代数学('17)」を受講する予定なので、参考にするためです。

数学(に限りませんが)は、解析、代数とか、微積分、線形代数、幾何などの学問分野に細分化されますが、その範囲が明確に定められている訳でもありません。さらに、各分野の入門書(に限りませんが)の到達目標が明確とも感じられません。一般的には、あれこれと参考書に目移りせず、教科書を何度も読んで理解するのが、望ましいのでしょう。しかしながら、論理の展開が分かりやすい(と感じる)本と、そうではない本があるので、ひとつの書籍にすがるよりも、何冊も参考書を読んでみる方が良いと思っています。

本書の「まえがき」には以下のような記述がありました。
 「大学の教師は自分が学生のとき理解できなかったことは丁寧に教えるが、自分が容易に理解できたことは学生に詳しく説明しないものだ」ということを「数学教育世界会議」(*1)の大学教育分科会で聞いた。実に耳の痛い話で、おおいに反省させられた。
(*1)2000年夏に幕張で開かれ、世界中から数学の先生が2000人以上集まった。

これは大学に限らず、小中高の教師でも同じことだと思います。ある科目の教師になるくらいの人物は、その科目が得意だったことが多く(努力して得意になった人も中にはいると思いますが)、その科目がわからない人の気持ちが理解できているかどうか、僕は懐疑的です。このことについて教師自身はどう思っているのだろうと常々考えていましたが、この「まえがき」を読む限り、同じような思いを感じている人がいないわけではないことが確認できました。

2019-11-11

「Std Math Keyboard」を使わなくてもよいかもしれない

『いつでも どこでも スマホで数学』を読みながらMoA(Maxima on Android)の使い方に習熟しようと思っています。まずは「Chapter 1 Maximaの概要とインストール」の記述に従ってアプリのインストールしてみました。入力は「Std Math Keyboard」を推奨していますが、気になる点があります。書籍でも次のように書かれており、懸念が示されています。
ONにすると、「すべての入力内容の収集をアプリに許可することになるがかまわないか?」という趣旨の注意書きが表示され、ちょっと同意するのをためらいます。
このような注意書きは気になりますが、はたしてMoAは「Std Math Keyboard」がないと不便なのか、それとも無くても構わないのか、実際に使ってみて判断することにしました。

Android9では「iWnn IME」以外にも「Gboard」が使えます。「Std Math Keyboard」なら数式で用いる記号類や英数字が入力しやすいとは思いますが、「Gboard」で数式を入力するのが使いものにならないという訳でもないような気がします。「Std Math Keyboard」が圧倒的に優位にたっているとも思えません。

今後は「Gboard」を利用することにして、「Std Math Keyboard」はアンインストールしようかと思います。

2019-11-10

Android版Maxima

最近長年使い続けていたガラケーからAndroidのスマホに移行しました。これも時代の流れなのかと思います。人によってはスマホがあればPCは要らないとも言いますが、僕は逆にPCがあるのでスマホの利用は最小限にしておきたいです。

僕が最もスマホの利点を感じるのは、外出先でWebを参照したい場合です。ガラケーでもWebを参照できない訳ではありませんでしたが、あまり使いやすくはありませんでした。さらに最近では無料Wi-Fiの提供場所が増えてきつつあり、ありがたいと思います。スマホが登場する前から、世間ではラップトップPCやらノートPCやらを利用しようとしていましたが、手軽に利用できるとは言い難かったと思います。出先で多量の文書を書いたりするのであれば今でもノートPC以外の選択肢はないと思いますが、Webを見る程度であればスマホで十分ではないかと思います。

スマホでゲームをしたり音楽や動画を視聴したりすることは考えていないのですが、その代わりにスマホで何が出来るのかを探ろうと思っています。すると何とMaximaが使えるという情報を見つけました。

Maxima on Androidというアプリがあるようなのですが、『いつでも・どこでも・スマホで数学』(梅野 善雄)という本が森北出版から出ています。早速買ってみました。Maximaのマニュアル替わりにも使えそうです。

Maxima on Android(MoAと呼ぶらしい) では文字入力に「Std Math Keyboard」というアプリを使うのを推奨しているようです。その方が数式が入力しやすいそうなのですが、書籍の文章中にある画像を見ている限り、それほどでもなさそうな気がします。もっとも先入観では判断を誤るので、使ってみてから判断しようと思います。使いにくければ使わなければ良いだけのことです。

2019-07-18

「微分方程式('17)」と検算のためのWolfram AlphaやMaxima

放送大学で今期は「微分方程式('17)」を受講しています。もうすぐ単位認定試験が行われるので、試験準備のために勉強しています。過去に受講した科目では、試験ぎりぎりになって慌てずに済むように4月から勉強しておけば良かったと(強く)思いながらも、6月末から7月になってから一夜漬けで試験勉強を済ませ、なんとなく単位を取得していました。こんな方法では身につかないと、いつも思うのですが、他にもやることがあることを言い訳にして、いつも直前に焦って試験対応をしていました。

今回は講義の進行に合わせて4月から勉強してきました。印刷教材の章末問題も解き、通信指導についている自習型問題も解いてみました。過去に受講した科目では、これらをやろうと思いながらも、手つかずのまま単位認定試験に臨んでおり、その結果として不完全燃焼感が後に残りました。その反省を踏まえて、4月から少しずつ勉強してきたわけですが、それでも微分方程式は簡単ではありません。印刷教材の内容も、あまり理解できずにいる箇所も少なくありません(特に証明)。 しかしながら、今までは微分方程式(や微積分)は五里霧中という感じでしたが、僅かに薄日が差してきたような気もしています。何事もそうかもしれませんが、勉強してみて分からなかったからと言って投げ出さず、振り落とされそうになってもしがみついていたら、僅かずつでも理解できるようになっていくのではないかと思います。スラスラできるようになれば嬉しいですが、そうでなくても一歩前進したことは間違いありません。

微積分のような理数系科目は、語学のような文系科目に比べると、正誤がはっきりしているので、考えようによっては勉強しやすいとも言えます。微積分を学んでみて、漠然とした概念レベルであれば、別に難しくはないと思います。思考方法の癖のようなものがあったとしても、概念の理解に差し障るほどではないと感じています。それでは何が難しいのかというと、実際に演習問題を解くことです。

理論を理解できているか確認するために、演習問題が用意されている教科書が多くあります。問題が解ければ、理論を理解したと判断されます。もし解けなければ、理論が分かっていないと判断されることになります。理屈の上ではそうですが、実際には問題は解けたけど、理論は理解できていないという事も少なくないのではないかと思います。仮にそうだとしても、演習問題に取り組むことは大切です。問題が解ければ、理解したという気持ちになれますし、問題を解く過程で、教科書に記述されている事柄の意味が分かってくることもあります。

演習を解いて、正解ならば良いのですが、問題なのは不正解だった場合です。よくある間違いは、不正解となった問題を放置して、他の問題に取り組むことです。出来る問題を多数こなした方が良い場合もありますが、不正解の問題について、式の展開などを見直して、間違えたポイントを納得することも大切です。

微積分(に限りませんが)に役立つ道具として「Wolfram Alpha」と「Maxima」を使ってみました。これらの存在は以前から知っていましたが、便利そうな道具らしいと考えているだけでした。どちらにも使い方のコツのようなものがあるので、自分に合った方を使えばよいと思います。今回はWolfram Alphaを多用しました。

Wolfram Alphaを使えば、問題によっては一気に答えが出てきます。便利と言えば便利ですが、自分で勉強しなくても答えが出てくるのは危険でもあります。その答えが導き出される過程を学んでいる筈なので、答えが出てきたことに喜んでいるだけでは、話になりません。しかし途中結果を確認するために使うのであれば、とても役に立ちます。自分の計算が、最終的に正答にならない場合、途中計算のどこで間違えているのかを確認することができるからです。教科書の演習問題によっては、途中結果が示されていないこともありますし、仮に途中結果が示されていたとしても、自分の計算過程とは違う場合もあります。このような場合にWolfram Alphaで計算させてみれば、自分の誤りを見つける参考になります。

Wolfram Alphaを使ってみて便利であることを実感しましたが、無料で使える範囲は制限されており、機能の制限をなくすには有償となるようです。一方でMaximaは、Wolfram Alphaに比べれば素朴な完成度に見えますが、全ての機能を無料で利用できます(自分のマシンにインストールしなければなりませんが)。Maximaが普段使いの道具となるように、使い方を練習しておこうと思います。

2019-07-12

Sn(f;{xj},{ξj})

以前に入手したサイエンス社の「数理科学」2018年5月号(特集/微積分の考え方)を読んでいます。内容が専門的(と言っても、専門の中では初歩段階ですが)なので、理解しながら読もうとすると、なかなか先に進みません。理解できる(と自分では思える)必要がなければ、数ページ程度ならあっという間に読んでしまえますが、それでは読んだ後には何も残らないでしょう。そこで時間はかかりますが、何度も繰り返し読んで(他の書籍、Web情報などからの理解も試みますが)みて、少しずつでも理解できるようにしているところです。

このような専門的な記事を理解する際には、その専門知識の素養が必要となる事は言うまでもありません。加えて、教科書などで説明されるほどでもないような、ちょっとした知識(常識と言い換えても構いません)が、理解する上での障害になることもあります。

例えば「積分の見方」(筧三郎、pp.35-42)には次のような記述がありました。
 そして,閉区間[a,b]上で定義された関数f(x),[a,b]の分割{xj} (j=0,1,...,n),代表点{ξj} (j=1,2,...n)を定めたときの“リーマン和”Sn(f;{xj},{ξj})を,次のように定義する:

ここで疑問に思ったのが「Sn(f;{xj},{ξj})」で使われている「;」です。専門的な書籍において、たまに(自分にとって)見慣れない使われ方をしている記号を目にすることがあります。その説明が書籍内にあれば、ひとつ理解が進んだという気になれるのですが、何も説明がない場合が(多いように思う)あります。おそらく著者にとって常識に属しているので、わざわざ説明するまでもないと考えているのでしょう。

こういう場合にWebを検索し、自分と同じような疑問を解決しようとしている情報を見つけることができます(見つからないかもしれませんが)。すると「数学でのセミコロンについて」を見つけました。要するに「真っ正面から論じれば、セミコロンなんか使う意味はありませんで、カンマにしとく方が真っ当である。」ということのようです。ここに書かれているような解釈で正しいのかは別途検証する必要がありますが、当面気にしすぎなくても良いということが分かってホッとしています。

2019-05-14

「それ(学んでいる事柄)は何の役にたつ?」にどう答えればよいのか

在籍している放送大学教養学部で2019年4月からは「微分方程式('17)」を受講しています。微分方程式に限らず微積分を学ぶ意義は、一般の大学における理学部数学科であれば数学としての学問の対象でしょうし、また工学部電子工学科などであれば物理現象を記述するための道具に過ぎないのでしょう。放送大学では教養学部なので(教養としての)微分方程式という位置づけなのか否かは不明ですが、理工系学部とは位置づけが異なるのではないかと思います。

さて「微分方程式を学んでいる」と言うと、人によっては「それは何の役に立つのですか?」と訊いてくる場合があります。 もちろん「微分方程式は物理現象の記述に役立つのです」と答えることは可能なのですが、質問の意図はそういうことではないのかもしれません。(聞いてきた人によるので、全員がそうだということではありませんが)率直な言い方をすれば「それを学ぶと、どのくらいオトクなのですか?いくら儲かるのでしょうか?」ということが知りたいのかとも邪推しています。これに対しても「金融工学でも微分方程式は重要で・・・」とか応えてもよいのでしょうけれども、やはりそのような答えを求めている訳ではないのでしょう。

通俗的に「大学の勉強は(世間の)役に立たない」と主張されることがあります。経済団体などが「大学ではもっと社会に出て役に立つことを教えるべきだ」と主張していると報道されることもあります。さらに大学に限らず、高校や中学の現場でも「こんなことをして、何の役に立つんですか」と生徒から(場合によっては親からも)疑問を投げかけられているようです。

それでは「役に立つ学問」とは何でしょうか。数の計算(加減乗除や九九)とか、文字の読み書きは、どんな生き方をする場合でも必要でしょう。しかしそれ以外の科目は、はっきり言えば、それがわからなくても生きていくのに困るような事態には、それほどならないと思います。そのような話題についていけなくなるという「困難さ」は存在すると思いますが、それは「生きていくのに困るような」(直接的な)事態ではないと思います。

逆説的な言い方になりますが、「それは何の役に立つ」のかという疑問に答えるには、「それ」を学んでみないことには答えられないだろうと思います。もしくは理解できないだろうと思います。「役に立つか(否か)」を知ってから学ぶのではなく、まずは「それ」を学ぶのが先だろうと思います。

そうなると、先に学び始める訳ですから、「学んでみたけど、無駄だった」という意見が出る可能性はあるでしょう。 個人の判断のもとに、そのような結論を出すのは仕方ないだろうと思います。しかしながら、「無駄だった」よりも「無駄にしないような方向性を見つけていく」という境地に達することが出来る可能性を残しておくのも、悪くないかもしれません。そういう意味において、放送大学という教育機関に教養学部というものがあるのは、悪くないんじゃないかと感じています。

2019-05-13

Wolfram Alphaで検算

以前から在籍している放送大学教養学部で、今期は「微分方程式('17)」を受講しています。ちょうど一年前は「入門微分積分('16)」を受講しており、あまり理解できたとも言えないレベルですが、残念ながら(?)単位を取得してしまいました。受講中の科目は、去年の講義を理解していることを前提として話が進む(ときおり復習的な話もありますが)ので、去年の印刷教材も読み直したり、Webで見つけた問題集を解いてみたりして、派生的な勉強もするようにしています。

いま受講中の印刷教材も、ただ読み流すだけでなく、式の導出や展開なども、自分でノートに書いてみるようにしています。あやふやな理解なままでは、印刷教材を読んでみると分かった気になっても、ノートに自分で書いてみると、理解できているところと、分かっていないところが、明らかになるので、とても勉強になります。手間はかかりますが。

自己学習するときに問題になるのが、自分でやってみた式の展開が間違っているのか、途中経過なら出来ているのか、どのようにして確かめれば良いのかということです。そこで利用しているのが「Wolfram Alpha」というWebサイトです。

有料会員として登録しなくても、十分に役に立ちます。微積分や微分方程式の計算をしてくれるので、自分の理解を深めるために活用しています。式の展開の途中経過や、部分的な微積分を確認することで、自分でやった計算の何が悪かったのか気付くことができます。

微積分に限らず数学は正誤がはっきりしているので、Wolfram Alphaのようなツールがあると、学習にとても役立つと思います。これに対して、語学のような分野では(例えば英作文)正解がひとつに決まらないので、自分の解答が間違っているのか、バリエーションとしてはあり得るのか、判断に困ることが多いのです。