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2024-08-01

英借文の学び方

英語で文章を書こうとする際、日本語の発想をそのまま直訳しようとすると、文法的に問題ないとしても不自然な英文が出来上がってしまったりしがちです。こうならないようにするため「英借文」が勧められており、それは全くその通りだと思います。では問題なのは、「英借文」を学ぶために何をしていけば良いのかという事です。

 

英借文するには、元ネタとなる英文をストックしておく必要があります。そのような英文は、どこから仕入れてきても構わないと思いますが、よくあるのが『DUO 3.0』や『英作文 基本300選』などです。これらを勉強する事で英文が書けるようになったという記事を見かけることがありますし、素材として決して悪くはないと思います。しかし僕自身の感覚としては、これらの例文を覚えることと、活用して英借文して書きたいと思っていた英文が書けるようになることとは、乖離があるように思うのです。ストックする英文を覚えることを第一にするならば、それなりの時間がかかりますし、そのストックだけで十分なのだろうか?とか、もっと例文を増やした方が良いのだろうか?(しかし覚える時間も増えてしまいます) とか、むしろ例文は減らした方が良いのではないかとか、一歩踏み出そうとしても躊躇してしまいます。

 

英借文するとしても、もっと別なアプローチがないだろうかと調べていたら『「英借文」トレーニング』という記事を見つけました。そこには、以下のような事が書かれていました。

 もっと複雑な事を書きたい場合は、オンライン辞書で単語の手がかりを得て、ネイティブの実際の用例をGoogle.comで検索する、という方法があります。

 

この文に続いて、「たとえば、「テーブルに足の小指をぶつけた」と書きたいとします。」として、具体的に英借文する方法が示されています。この方法なら、例文をストックすることに煩わされずに済む気がしてきました。

 

英借文から始めて自力で英作文ができるようになる方法」に書かれているように、『「英語が書けない人が、英語が書けるようになるためには、英語を書かないといけない」というパラドックス』があります。これを乗り越えれば、最初は大変でも、英文を書くのに慣れていき、そうすることで英文を読むのも楽になり、次第に自分の中で英文のストックが溜まってくるので、更に英文が書けるようになっていく、という循環が生まれるのを願っています。

2021-03-21

英作文を練習するアイディア

英語の勉強をするために4技能をまんべんなく伸ばしたいと思っているのですが、ライティングの勉強方法をどうすれば良いか考えて(と言うか、悩んで)います。英作文の勉強方法については、書籍でもWeb記事でも沢山ありますが、「日記を書こう!」とか「英借文すれば良い」というものが多い印象です。それらの方法でも良いとは思うのですが、どうもしっくりこないのです。 


ふと英文のエッセイを「模写」したらどうだろうという考えが浮かんできました。素材となる英文は、何でも構わないとは思いますが、著者が英語圏の人の方が良いだろうと思います。その英文を「模写」するとは、単に書き写すのではなく、使われている単語を変えてみたり、表現を変えてみたり、空想を働かせて文章を変えてみたりするなど、いろいろとバリエーションを作ってみたら良いのではないかと思っています。


英文を無から作り上げようとすると、日本語のようにはできない(出来ないからこそライティングの勉強をしている訳で)ので、いざ書こうとすると(英語ネイティブなら)幼稚園生が書くような英文にしかならないのです。それが歯がゆくて、なかなかやる気が出ない訳です。


こんな方法で英文ライティングが出来るようになるか分かりませんが、やってみようかと思います。

2018-12-04

ディスコースマーカーと英作文(または英借文、もしくは要約)

英語(に限らず、外国語一般)を学ぶには、4技能(読む・書く・聞く・話す)をバランスよく伸ばすと良いと言われます。受信技能(読む・聞く)を伸ばすには、英文を読んだり、英語番組などを聴けばよいでしょう(能力がぐんぐん伸びるとは限らないかもしれませんが)。インターネットで探せば、一生かかっても読み切れないほど、聴き終わらないほどの素材が見つかります。

しかし発信機能(話す・書く)を練習するのは大変です。特に「話す」ためには相手が必要ですから、英会話教室に通うなどの方法をとらないと、一人で練習するのは困難が伴います。それに比べると「書く」のは、一人でも出来ることです。書いたものを評価するには誰か指導者が必要にはなりますが、書くだけなら一人で出来ます。しかし「書く」ための練習(それも日々おこなうような基礎訓練)として何をしたら良いのか、なかなか見つけられませんでした。

インターネットで方法を探すと、いろいろな方法が提示されていることは分かります。例えば「日記を書こう」とか「英語の文章を数文で要約しよう」というものが見つかりますし、「グズグズ言わずに、手を動かして英文を書けばよいだけだ」というものもあります。おっしゃる通りではありますが、どうも習慣にならず、最初の一歩が踏み出せずにいました。

何か方法がないものかと考えていたところ、Yahoo知恵袋で「英語の和文英訳が本当に解けません。」を見つけました。この質問のベストアンサーとして選ばれていた回答では、ディスコースマーカーと英借文が勧められていました。 英借文は知っていますが、ディスコースマーカーは初耳でした。

学習参考書ですがZ会から『ディスコースマーカー英文読解』が出ているようです。「ディスコースマーカー」とは、文と文とを繋ぐときの決まり文句のことのようですが、それほど大量にある訳ではないので丸暗記してしまう必要があるようです。

英語学習初級者が練習として書く英文は、小学生低学年が書くような単純な文になりがちです。それを幾つも集めて文章にしたところで、子供っぽさが強く表れてしまいます。そこでディスコースマーカーを使えば、多少はマシな文章に見えることでしょう。

ディスコースマーカーという用語は初耳でした。英語を学ぶ過程で、これまでも見たことはありますが、「ディスコースマーカー」という用語で整理した説明は見た記憶がありません。学参書レベルの文法書でも、話題として取り上げられていないような気がします。

ディスコースマーカーを学べば英作文が出来るようになるという訳でもないと思いますが、英作文が出来るようになる為にはディスコースマーカーを学んでおくと良いと感じています。

2017-04-10

英文が書けるようになりたいにも拘わらず、練習に前向きになれない言い訳の分析

外国語を身につけたいと思っています。別に英語でなくても構わないのですが、これまでの勉強の蓄積と、使い道の多さを考えると、英語が無難なのは間違いありません。

外国語学習においては「四技能(読み・書き・聴き取り・会話)を満遍なく伸ばすこと」が大切であると言われています。インプット系(読んだり聞いたり)は、これだけインターネットが発達した現代社会なら、素材は有り余るほどです。これに対してアウトプット系(書いたり話したり)は自らの能動性が求められるので、意識的に学習しなければならないと考えています。最終的な目標としては、英文で文章を書くのに(主観的に)不自由しないことです。しかしそれは遠い目標なので、とりあえずは英文を書く練習をして、書くことに慣れたいと思っています。

こういう事は随分前から思っているのですが、なかなかエンジンがかかりません。動き出したかと思うと、あっという間に止まってしまって、長続きしないのです。

その原因を分析してみると、こうなります。
  1. そもそも文法や語法が弱いし、単語や慣用表現の蓄積が足りない。
  2. 日本語で文章を考えて英訳しようとするが、はたしてそのようなやり方でよいのかと思い留まる気持ちになる。
思い留まったりせず、四の五の言わずに、英文をどんどん書くべきだ、という意見があるようで、それはそれで一理あるとは思っています。またそれで上手くいった人もいることでしょう。なんとなくスパルタ的な方法論だとは感じます。例えるなら、泳げるか泳げないか、または泳ぎに必要な技能が身についているかなどは気にせず、どんどん海に飛び込んでいけば、自然と泳げるようになるんだという臭いを感じるのです。

さらには、英語学習に関してではありませんが、技能習得に際して最初に変なクセがついてしまうと矯正が大変だ(もしくは矯正できない)から、最初に自己流で変なやり方をしない方が良いということも、よく耳にするところです。

それで結局どうした良いのかと、この文章の最初に書いたようなところに戻り、その後の文章のような思考を辿り、壊れたレコードのように思考がループしています。どこかでこのループを断ち切らなければならないでしょう。

教育方法論のひとつに「i+1」 というものがあるそうです。これがループ脱出の鍵になるんじゃないかと考えているところです。

2017-01-16

How difference between gaman and nintai?

I have read the essay "Sardines in a tin" written by Rebecca Quin in the Jan. 13 edition of The Japan Times ST.  She wrote that "there's this amazing sense of group gaman, I guess, a collective stoicism."  I have no idea whether Japanese people during rush hour in Tokyo have the sense of gaman or not.  But I can't stop thinking about the differences between gaman (我慢) and nintai (忍耐).

These words have almost same meanings.  They are used in the almost same situations. Strictly speaking, both words are not the same.  I can't come up with a good explanation.

2017-01-08

looking for a way to improve the skill for writing English

After years of learning English, I've finally decided to use this blog as a practice field.  I intend to use the way of 英借文.  I wrote the first sentence using an essay of The Japan TImes ST as a reference.