いまこのようなことをしたら、ゴミはゴミ箱に捨てるか持ち帰るようにと、非難されるでしょう。JRの駅のホームにはたいていゴミ箱が設置されていますし、ローカル線を走る気動車の車内にもゴミ箱が設置されていたりします。だからゴミは放置しないでゴミ箱に捨てるのが望ましい行動です。
ところが今でも、飲み終わった空き缶が座席の下に置かれていて、走行中に車内を転がっていたりする光景を稀に見かけたりするのです。
まだ幼い頃のことなので日常的に鉄道を利用しているような年頃ではありませんし、また乗車中に駅弁のようなものを食べる機会も滅多にありませんでした。だからゴミを日常的に座席の下に放置していたとは思えず、もしかすると何か別の記憶と混乱しているのかもしれません。
先月福井に行ってきた時に福井県立歴史博物館で購入した図録『鉄道博覧会 日本と福井の鉄道のあゆみ』の中に興味深い記述を見つけました。巻末に掲載されている「概説」の中で「III 鉄道の旅」の一節に次のような記述がありました。
また、飲み終わった汽車土瓶を走行中の列車の窓から投げ捨てる人がいたことから「あきびんは腰かけの下にお置き下さい」などの注意書きが、この頃から書かれるようになりました。
僕には土瓶のお茶というのは記憶にありませんが、ポリエステル製ならば微かに覚えています。記述にあるように、土瓶を走行中の列車内から外に投げ捨てると危ないかと思います。この汽車土瓶は再利用していたようですから、座席の下に置いておくように指示されるのもありえるかと思います。
当時の列車内でお茶を飲むという行為は単独でおこなわれるわけではなく、当然ながら駅弁を食べるという行為が主となっているはずです。そうであれば、お茶が飲み終わっている時には、駅弁も食べ終わっているわけで、駅弁の弁当箱などのゴミがあるはずです。もし汽車土瓶を座席の下におくならば、自然な流れとして駅弁のゴミも一緒に置くことになるでしょう。
このような習慣が祖母の世代にはあるため、ゴミを座席の下に置いておけば良いという言動につながっていたのではないかと思い至りました。
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