在籍している放送大学教養学部で2019年4月からは「微分方程式('17)」を受講しています。微分方程式に限らず微積分を学ぶ意義は、一般の大学における理学部数学科であれば数学としての学問の対象でしょうし、また工学部電子工学科などであれば物理現象を記述するための道具に過ぎないのでしょう。放送大学では教養学部なので(教養としての)微分方程式という位置づけなのか否かは不明ですが、理工系学部とは位置づけが異なるのではないかと思います。
さて「微分方程式を学んでいる」と言うと、人によっては「それは何の役に立つのですか?」と訊いてくる場合があります。 もちろん「微分方程式は物理現象の記述に役立つのです」と答えることは可能なのですが、質問の意図はそういうことではないのかもしれません。(聞いてきた人によるので、全員がそうだということではありませんが)率直な言い方をすれば「それを学ぶと、どのくらいオトクなのですか?いくら儲かるのでしょうか?」ということが知りたいのかとも邪推しています。これに対しても「金融工学でも微分方程式は重要で・・・」とか応えてもよいのでしょうけれども、やはりそのような答えを求めている訳ではないのでしょう。
通俗的に「大学の勉強は(世間の)役に立たない」と主張されることがあります。経済団体などが「大学ではもっと社会に出て役に立つことを教えるべきだ」と主張していると報道されることもあります。さらに大学に限らず、高校や中学の現場でも「こんなことをして、何の役に立つんですか」と生徒から(場合によっては親からも)疑問を投げかけられているようです。
それでは「役に立つ学問」とは何でしょうか。数の計算(加減乗除や九九)とか、文字の読み書きは、どんな生き方をする場合でも必要でしょう。しかしそれ以外の科目は、はっきり言えば、それがわからなくても生きていくのに困るような事態には、それほどならないと思います。そのような話題についていけなくなるという「困難さ」は存在すると思いますが、それは「生きていくのに困るような」(直接的な)事態ではないと思います。
逆説的な言い方になりますが、「それは何の役に立つ」のかという疑問に答えるには、「それ」を学んでみないことには答えられないだろうと思います。もしくは理解できないだろうと思います。「役に立つか(否か)」を知ってから学ぶのではなく、まずは「それ」を学ぶのが先だろうと思います。
そうなると、先に学び始める訳ですから、「学んでみたけど、無駄だった」という意見が出る可能性はあるでしょう。 個人の判断のもとに、そのような結論を出すのは仕方ないだろうと思います。しかしながら、「無駄だった」よりも「無駄にしないような方向性を見つけていく」という境地に達することが出来る可能性を残しておくのも、悪くないかもしれません。そういう意味において、放送大学という教育機関に教養学部というものがあるのは、悪くないんじゃないかと感じています。
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