2016-11-30

XDMでグラフィカル・ログイン

LightDMを使うことを一時断念しXDMでログインできるように設定しておきます。この辺りの設定は1年ほど前にSONY vaioにNetBSD/i386を入れた時の実績があるので、あまり心配はしていませんでした。

"The NetBSD Guide"の"9.10. Graphical login with xdm"に従って標準的な設定をおこないます。
  1. /etc/rc.confに「xdm=YES」を追加します。
  2. ユーザのホームディレクトリに~/.xsessionを用意します。
これでxdmでグラフィカル・ログインできるようになりました。ところが一般ユーザでログインするとMATEが起動せずxdmに戻ってしまいます。ホームディレクトリにある~/.xsession~/.xinitrcへのシンボリックリンクになっていて、startxを使ったときにはMATEが起動できていたのです。

Webで調べてみたところ最後の「exec mate-session」を「exec ck-launch-session mate-session」にしなければならないようです。 この変更をおこなうとxdmでログインして無事にMATEが起動するようになりました。今のところ~/.xsessionには最低限の設定しかおこなっていません。
#!/bin/sh

# setting locale
export LC_ALL=ja_JP.UTF-8
export LANGUAGE=ja_JP.UTF-8
export LANG=ja_JP.UTF-8

# setting Input Method
#export XMODIFIERS="@im=SCIM"

# execute scim as daemon
#scim -d

# So, let's go to MATE
exec ck-launch-session mate-session
# $Id:$

2016-11-28

小技でCDの音質は改善されるもの?

最近LPレコードが復活しつつあるようです。CDが登場したのは30年以上前ですが、LPは消えたかに見えましたが愛好家の世界では生き続けていたそうです。CDは、登場した頃から言われていたことですが、LPに比べて音が薄っぺらいと評価されています。CDが登場した時代の技術水準を考えればやむを得ないところですし、人間の可聴音域や、デジタル量子化を踏まえれば、仕方のないことです。

LPは隅から隅までアナログの世界ですので、音質を向上させるためには、アナログを意識したテクニックを駆使しなければなりません。レコードの回転数の変動が音質悪化に直結しますから、回転が安定するようにターンテーブルを重くするとか、振動を避けるように設置するとか、気を使います。電気信号もアナログ技術の世界なので、ノイズが入らないようにして、アンプの周波数特性にも気を配らなければなりません。

愛好家はそこが楽しいのでしょうが、誰もがオーディオ機器にお金や時間を注ぎ込めるわけではありません。CDはLPに比べると、とても扱いが楽でした。音質がLPに比べて悪いと言われようが、圧倒的な使い勝手の良さを有していました。

それでも「出来る範囲」(←ここが重要です) で音質を改善したいものです。ちょっとした小技を駆使すると、音質が改善されると「主観的」に主張する意見がみられた記憶があります。例えば、「CDを冷やす(?)と良い」とか、「CDの周囲に緑色を塗っておけばよい」など、都市伝説のような小技を語るひとがいたように思います。

これらの小技でCDの音質が改善される理由としては、次のように理由づけていたような記憶があります。「これらの対処をすることで、CDに記録されたビット列の読み取り精度が向上するから、音質も良くなるのだ」というのです。 思わず「なるほど!」と思ってしまいそうな理屈ですが、そう簡単には納得できません。

 ひとまずCDに対処することで読み取り精度が向上することを認めるとしましょう(本当は、そこも真偽を確かめたいところではあるのですが)。CDはLPとは違うのでデジタル処理が最初に行われます。LPならレコード盤から音を拾うところが改善されれば最終的な音質もよくなるでしょう。しかしCDの場合は、読み取られたビット列が直ちにD/A変換されるわけでもないでしょう。エラー訂正やデジタル信号処理が行われたあとでD/A変換されるはずです。特にエラー訂正のことを考えれば、CDからの読み取り精度がちょっとくらい良かろうが悪かろうが、出力される信号には影響がないと思います。

電子回路の世界にとっては、デジタル信号と言っても結局はアナログ波形でしかないことは承知しています。またD/A変換が済んだ後は、LP時代と同じくスピーカーまではアナログ回路の世界であることも間違いありません。

愛好者的な立場では、際限なくお金を費やして、自分のオーディオ環境を作り上げていくことが面白くてしかたないのでしょう。それを否定する意図はありません。ただ主観的な評価ではなく客観的な判断が欲しいこと、そして費やせるお金には限りがあることを踏まえた意見が欲しいことを望んでいる気持ちがあるのです。


LightDM再考

Windows Vistaが入っているdynabook SS SX/15AのOSをNetBSD/i386に入れ換えようとしています。昔ならXにはtwmで良かったのでしょうが、さすがに地味すぎるので、MATEを使うつもりです。日本語環境は出来ていませんが、MATEが使えるところまでは確認しています。

この一ヶ月ほどはLightDMを使えるようにしようとしてきました。NetBSDのpkgsrcにはLightDMが取り込まれていません。WIPにはありますが、バージョンが古いし、いつになったら正式にpkgsrcに入ることになるのかわかりません。そこで自前でコンパイルし、これは無事に終わりました。しかし構成ファイルにどのような設定をしたらよいのか、よくわかりません。LightDMというのは、単純化して表現するとしたら(グラフィカルな)ログイン画面に過ぎないと思うのですが、それにしては設定項目が多すぎます。また「Seat」という概念も、なんのことやら見当もつきません。

Webで資料を探したり、LightDMのソースを読んでみたり、いろいろと試行錯誤すれば、結局はなんとかなるとは思います。問題は、それほど精力を傾けるべき対象なのか、ということです。しかも、今それをしなければならないのか、ということです。

LightDMは今風でカッコよいのですが、僕としては単なるログイン画面として使うだけになるでしょう。それならばxdmもあります。またコンソールでログインしてstartxするという手もあります。要するにLightDMが無くても代替策はいくらでもあるのです。

来春Windows Vistaのサポートが終了する前に、NetBSD/i386で環境を作り上げてしまわなくてはなりません。Windows Vistaで出来ていたことが全てNetBSD/i386+MATEでも出来てくれれば万々歳ですが、それを確認するには、まだまだ環境構築を進めていかなければなりません。LightDMに引っ掛かっている余裕はないのです。

とりあえず今はLightDMを脇において、NetBSD/i386の環境構築を先に進めようと思います。いずれ余裕が出来たら、LightDMを使ってみることにしましょう。

2016-11-26

大学の「グローバル化」と「出島オプション」

東京大学出版会の広報紙『UP』の2016年11月号に「留学生支援の場から見た日本の大学の国際化」(大西晶子)という文章が掲載されていました。文中では『中央公論』(第129巻第7号、2015年、pp.178-195)に掲載された「外国人教員から見た日本の大学の奇妙なグローバル化」(エドワード・ヴィッカーズ、ジェルミー・ラプリー)が参照されていました。どちらも興味深く読みました。

特に後者が言及していた日本の大学における国際化の将来は考えさせられました。3つの可能性があり、1)大成功、2)大失敗、3)出島オプションとのことです。そして最も可能性が高いのが3番目の「出島オプション」と考えているようです。

前者によると「出島」で表現することは、これまでの議論の中でもみられたそうです。江戸時代に長崎の出島にオランダ人を閉じ込めたことに基づく比喩表現ですが、わかりやすい例え話だと思いました。

後者で「出島」と表現しているのは、大学において外国出身者が阻害されている状況をあらわしているわけですが、これは大学にかぎらず企業でも同様の状況はあり得るし、同じ日本人でありながら正社員と非正規雇用者との関係においても同様の状況にあるのではないかと思います。それが顕在化していないかもしれませんが。

延々と「更新の確認」を続けるWindows VistaのWindows Update

dynabook SS SX/15AのWindows VistaのWindows Updateは延々と「更新の確認」を続けています。11月20日(日)の午後から「確認」し続けていますから、明日で一週間になります。何を確認しているのか不明ですが、プログラムのバグによる無限ループにしか見えません。

今年の春頃から遅くなり始めて、夏頃には「確認」に数日かかるようになり、秋が終わる今は「確認」が終わらなくなりました。今すぐWindows Updateを打ち切っても構わないとは思いますが、せっかくなので明日まではこのままにしておこうと思います。おそらく明日になっても同じ状況でしょう。

2016-11-22

Lisa Batiashvili演奏によるチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35」

チャイコフスキー作曲「ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35」を聴いています。ソリストの違いにより曲の雰囲気が変わってくるところが興味深いので、CDをいろいろと買ってみて聴き比べています。

ショップの店頭で「チャイコフスキー&シベリウス:ヴァイオリン協奏曲[直輸入盤] 【CD】」を見つけました。発売日が2016年10月28日ということですから、出たばかりですね。

ソリストはLisa Batiashviliで、指揮者がDaniel Barenboimです。これまで買ったCDでは、タイトルやケースに出ているのはソリスト自身だけでした。ところがこのCDではダニエル・バレンボイムが登場しているので、それでいいのかと思わなくもありません。

演奏は、これまでに聴いてきたものとはアレンジが違い、独特です。これがソリストの発想なのか、指揮者の意向なのかわかりません。もしかするとお互いに話し合ったのかもしれません。噂に聞くところによると、ソリストと指揮者の主張が最後まで折り合わず「喧嘩別れ状態」で演奏会に臨んだ事例もあるらしいですから、曲に対する思い入れはかなりあるのでしょう。

独特のアレンジではありますが、そこが楽しいところでもあります。いろいろなソリストによる演奏を聴き比べると、それぞれの個性が際立って、また別の演奏も聴いてみたいと思うようになるのです。

2016-11-21

大阪堂島のアリラン亭「ユッケジャン鍋焼きうどん」の食べ方

大阪堂島にアリラン亭という韓国料理のお店があります。お店の関係者は韓国出身者が多いようです。お昼のランチメニューには「ユッケジャン鍋焼きうどん 」(950円)というものがあり、僕は必ずこれを注文します。かなり辛い料理で、以前は食べ終わると頭の中から汗が噴き出しているという感じでしたが、最近はそうでもないような気がします。日本人向けに味をマイルドに変えたのか、僕の味覚が辛さに慣れたのか、答えはわかりません。

韓国では食事に金属製の箸とスプーンを使うそうです。このお店でも韓国式のスプーンはありますが、お箸は日本風の割り箸です。

また、このメニューにはご飯がついてきますが、日本式のお茶碗ではなく、韓国で使う金属製の蓋つきの容器で出てきます。

さて問題はここからです。この「ユッケジャン鍋焼きうどん」をどのように食べたらよいのでしょうか。もちろん食べたいように食べれば良いというのは、その通りです。周りのお客さん(当然ほとんどが日本人)の様子を観察していると、日本の食習慣に従い、ご飯のお茶碗を持つような感じで、ご飯とスープを交互に口に運んで食べているようです。

これに対して別の方法があるのではないか、と思って僕は食べています。そしてそれこそが韓国における普通の食べ方ではないのか、とも思っています。もう何年も前にピースボートに乗船したとき、船内で親しくしていた韓国の方に教えてもらった記憶があります。その後ソウルに観光旅行で行ってきたときも同じような食べ方をしていたように思います。

実際にどうしているかというと、注文した料理が運ばれてきたら直ぐに、ご飯を全てユッケジャンの中に入れてしまい、よく混ぜて食べるという方法です。食べるときにはスプーンを主に使うので、お箸の出番はあまりありません。

こうい食べ方を日本では品がないとされていて、実行に移すのは勇気がいります。例えば吉野家で牛丼と味噌汁を注文し、丼に味噌汁を入れて混ぜて食べたら、それは無いだろうと僕も思います。しかし今から食べようとしているのは韓国料理なのです。韓国料理には韓国風の食べ方があるはずです。

この食べ方は間違っていないだろうと思っていますが、若干の後ろめたさも同時に感じていました。すると、この窮状を救ってくれる救世主があらわれたのです。大阪の千里にある国立民族学博物館で『韓国食文化読本』というのを見つけたので買ってみました。同書の19ページには「クッパプ(국밥)・・・汁(湯)に入れて食べる」という項目があり、上述した食べ方は韓国ではおかしくないことが書かれていました。

これで安心して今後も「ユッケジャン鍋焼きうどん」を食べることができそうです。