2021-03-21

英作文を練習するアイディア

英語の勉強をするために4技能をまんべんなく伸ばしたいと思っているのですが、ライティングの勉強方法をどうすれば良いか考えて(と言うか、悩んで)います。英作文の勉強方法については、書籍でもWeb記事でも沢山ありますが、「日記を書こう!」とか「英借文すれば良い」というものが多い印象です。それらの方法でも良いとは思うのですが、どうもしっくりこないのです。 


ふと英文のエッセイを「模写」したらどうだろうという考えが浮かんできました。素材となる英文は、何でも構わないとは思いますが、著者が英語圏の人の方が良いだろうと思います。その英文を「模写」するとは、単に書き写すのではなく、使われている単語を変えてみたり、表現を変えてみたり、空想を働かせて文章を変えてみたりするなど、いろいろとバリエーションを作ってみたら良いのではないかと思っています。


英文を無から作り上げようとすると、日本語のようにはできない(出来ないからこそライティングの勉強をしている訳で)ので、いざ書こうとすると(英語ネイティブなら)幼稚園生が書くような英文にしかならないのです。それが歯がゆくて、なかなかやる気が出ない訳です。


こんな方法で英文ライティングが出来るようになるか分かりませんが、やってみようかと思います。

2021-03-15

ダナンのTien Sa港

もう随分まえにピースボートに乗船しました。ベトナムのダナンに寄港し現地の若者と交流したのですが、とても良い思い出でした。今でもダナンの街は思い出すのですが、記憶が断片的です。当時と違って今ならGoogleマップがあるのですが、船が着岸した港や、交流した場所などが、具体的に何処だったのか(写真は残っているのですが)よくわかりません。


NHK BSプレミアムで「人気リゾートの素顔 ダナン~ベトナム~」(2021年2月16日放送)を視ました。これは2018年に放送された「世界ふれあい街歩き」の再放送のようです。最近のダナンはリゾート地として人気が高まっているようです。放送で見たダナンの街並みは、ピースボートで訪れた時のダナンの街並みとは随分違います。僕が行ったのは旧市街だったようです。


ピースボートの船が着岸した港が何処だったのかGoogleマップで探そうとしましたが、どこだったのか良くわかりません。勿論クルーズ船ですから、海沿いであることは間違いないのですが、それらしい場所が幾つもあって、どの港もそうであるように見えるし、どの港も違うようにも見えます。微かな記憶では、港でバスに乗り換えて、長時間ではありませんが移動し、旧市街にある交流施設に向かった記憶があります。施設の近くにはハン川があり、川岸にも行ったと思います。夜は砂浜でキャンプをしたような記憶もあります。


記憶を辿りながらWebで検索していたら「DaNang お天気 Blog」というブログを見つけました。その2006年11月9日の記事で次のようなことが書いてありました。

ピースボートでやってきたお客様をお迎えに久々にTien Sa 港まで行ってきました


僕がピースボートでダナンを訪問したのは、これより数年前ですが、おそらく港は同じでしょう。Googleマップで確認するとTien Sa港というのは、旧市街の対岸で、新市街側にあるようです。


ダナンに滞在したのは一晩だけでしたが、ベトナムの人達は人懐っこく、翌日船が出港するときには大勢で見送ってくれました。当時の光景は、今でも瞼の裏に焼き付いています。

2021-03-06

鉄道会社の名称の謎

東北新幹線が盛岡以北に延伸開業した際に、並行在来線としての東北本線が「IGRいわて銀河鉄道」と「青い森鉄道」として分離されました。ここで「IGRいわて銀河鉄道」は英語表記では「Iwate Galaxy Railway Co., Ltd.」 となるようなのですが、日本語表記で何故「IGR」が付いているのでしょうか。


公式サイトにある「旅客営業規則」の第1編 総則の第1条では次のように書かれています。「当社」というのは「IGRいわて銀河鉄道株式会社」の事だと言うのです。

この規則は、IGRいわて銀河鉄道株式会社(以下「当社」という。)の旅客の運送及びこれに附帯する入場券の発売等の事業(以下「旅客の運送等」という。)について、(以下略)


これに対して「青い森鉄道」の英語表記は「AOIMORI RAILWAY Co. Ltd」のようですが、日本語表記において「AR青い森鉄道」とはなっていません。日本全国の鉄道会社でも同様かと思います。

博物館から現役復帰した戦車があるという噂

 Webで「21世紀に入っても運用!? WW2期米ソの代表的戦車 M4「シャーマン」とT-34の「戦後」」という記事を読んでいたら、驚くような記述がありました。

2014(平成26)年に発生したウクライナ動乱では、戦争博物館から持ち出された大戦中の重戦車IS-2が戦力化されたという噂がありました。

この「重戦車IS-2」というのは、第二次世界大戦でソ連軍が使用したものです。キリル文字で書かれたロシア語をラテン文字にする都合で、「IS-2」とも「JS-2」とも表記されます。独ソ戦で有名なソ連軍戦車はT-34/76ですが、それよりも強力な火砲を装備しています。第二次世界大戦末期には後継のIS-3が戦場に現れたという話もあるので、IS-2というのは第二次世界大戦当時の最強戦車だったかもしれませんが、冷戦期以降の米ソ対立時代から見れば、過去の遺物です。


世界各地には第二次世界大戦中に使われた戦車を展示している博物館があるようです。当然ながらIS-2も展示されていることでしょう。噂話とは言え、驚くのは、そのように展示されていたIS-2が「戦力化された」という話しです。第二次世界大戦で使われた戦車や軍用機を復元して動かしているという話は聞いたことがありますが、それは「戦力化」とは言わないでしょう。「戦力化された」というなら、少なくとも火砲は撃てる状態に戻されたと思うし、無線などの支援設備も復旧したのでしょうか。


なんだか、日本で公園などに展示されていた蒸気機関車を復元して営業運転に復帰した、というような話しのように聞こえて仕方がありません。

2021-03-05

チャップリンの「街の灯」と右ハンドル

2021年2月24日にNHK BSプレミアムで「街の灯」が放送されたので、観てみました。ウィキペディアによれば、制作・配給は「ユナイテッド・アーティスツ」というアメリカの会社とのことです。1931年に公開しましたが、制作に取り掛かったのは1928年からだそうですが、映画スタジオは何処にあったのでしょうか。チャップリン自身はイギリス出身ですが、映画との関わりの舞台となったのはアメリカなので、おそらく撮影されたのはアメリカだったのではないかと思います。

作品中では、泥酔した金持ちの友人と一緒に自動車に乗るシーンがあります。その車は右ハンドルですが、何故でしょうか?今日ではアメリカの自動車は左ハンドル右側通行ですが、1930年前後は違ったのでしょうか。

Webで見つけた「第14回 アメリカ車 :序章(2)フォード モデルT(1908年~1927年)」という記事には、以下のような記述があります。
T型はアメリカ車に左ハンドルを定着させたモデルであった。T型出現までは右ハンドル、中央ハンドルが入り乱れていたが、右側通行では左ハンドルが安全面、利便性でベストであると判断されたようだ。

チャップリンの映画作品から当時の社会事情を想像するのはナンセンスかもしれません。しかし出来上がった作品が当時の社会事情と無縁という訳にはいかないので、そういう視点で作品に接するのも面白いものです。

2021-03-03

「コロナか」は「コロナ禍」なのか「コロナ下」なのか

もう一年以上もCOVID-19により日常生活が影響を受けています。新聞でもテレビでも枕詞として「コロナか」だから云々と報道していますが、「コロナ禍」と「コロナ下」のどちらのつもりで使っているのでしょうか。


同様の疑問を持つ人は少なくないようです。


正確に表現するなら、「コロナ禍のもとで云々」とか「コロナ禍下で云々」という事になるのかもしれませんが、かえって誤解されるかもしれません。新聞のようなテキストなら「コロナ禍」と「コロナ下」を使い分けることができるでしょうが、テレビのような音声では「ころなか」の文字がどちらを意味しているのかは表現できません。


手っ取り早く、どちらでも気にしないというのも、ひとつの考え方でしょう。例えば「適当」には、「いいかげんな」という悪い意味合いと、「適切な」という(どちらかと言うと)良い意味合いを持つ、誤解を生じかねない表現があるわけです。だから言葉に厳密さを求めるのは無理があると思います。


ふと連想したのは、「コロナ禍」という表現があるなら、「戦時下」は「戦時禍」でも良いのではないかということです。「下」と「禍」には使い方が根本から異なるということは分かりますが、先の戦争当時の庶民の暮らしは「戦時下」というより「戦時禍」の方が、より実態に合っているのではないでしょうか。

2021-03-02

工学部工学科?

Webを見ていたら「工学系学部で進む「大括り化」 6~10学科→1学科に」(朝日新聞デジタル、2021年2月28日)という記事を見かけました。記事では以下のように書かれています。

大学の工学系の学部で、専門分野ごとに細かく分かれていた学科の数を減らし、「大括(おおぐく)り化」する動きが広がっている。


これまでなら、工学部の中には、電気工学科とか機械工学科とか、その分野ごとに細分化された学科があるのが普通です。近年は、このような伝統的な名称以外にも、例えば北見工業大学には地域未来デザイン工学科という従来の枠組みにとらわれない学科も出てきています。このような新しい名称の学科が増えてきたからなのか否かわかりませんが、記事では「縦割りの弊害も指摘されてきた」とも指摘しています。


そこで学科の「大括り化」です。私が学籍を持っている放送大学では、教養学部の中には教養学科しかありません。大学の内部組織構成において、学部と学科を設ける意義がなんであるのかわかりません。しかし内実は別にして、一般的には学科を設けることで「縦割り」となることは避けられないでしょう(「弊害」をうむとは限らないでしょうが)。


縦割りを排して、弊害を避けたいのであれば、いっそのこと工学部に属する全学科を纏めて「工学科」にしてしまえば良いかもしれません(極端ですが)。