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2023-08-24

MarineTrafficでPACIFIC WORLD号の位置がわかる

2023年8月23日にピースボートの第115回船旅が神戸から出航しました(「2023年8月23日(水)、Voyage115が出航しました」)。このあと北米や欧州を廻って、12月に日本に戻ってきます。

 

今頃どこを航海しているんだろうかと思いをはせるのも愉しいものですが、ネットを調べてみたら「MarineTraffic」を見つけました。どういう仕組みなのかは詳しくありませんが、指定した船舶の現在位置を地図上に示してくれます。アカウントを作れば出来ることが増えるようですが、作らなくても、その船の位置や、周辺の他の船の情報は得られます。

 

パシフィック・ワールド号の現在位置を追いかけながら、旅先の様子を想像するのも愉しいですが、いつかは実際に乗船して、自分の目で体験したいと思います。

2023-08-23

船室のテレビ

先週「ピースボート40周年記念イベント」に参加した際、「ピースボート地球一周の船旅 総合カタログ 2024-2025年」を貰いました。これを眺めているだけでも、再び乗船したい気持ちになってきます。

 

以前に乗船したOLVIAもそうでしたが、いろいろな種類の船室が提供されています。もっとも安いのは「フレンドリーエコノミー/バジェット」というグレードだと思います。一人で参加すると相部屋になりますが、そういう人は多いので、これも何かのご縁ということです。


船室備え付けの設備を確認すると、シャワーとかトイレというのはOLVIAと同じですが、どうやら各船室にはテレビが置いてあるようです。テレビがあって、どうするんだろう?船内放送があるのでしょうか。それともDVDなどを視聴するためにつかうんでしょうか。日本近海ならまだしも、日本から遠く離れてしまったら日本のテレビは映らないでしょう。寄港先で現地のテレビ放送が映るのであれば、それはそれで面白いとは思います。

2023-08-19

1人の100歩より100人の1歩

ピースボートの40周年を記念するイベントが開催されたので、参加してきました。第40回クルーズに乗船した時の船はOLIVIAでしたが、今回のパシフィック・ワールド号は、雲泥の差でした。こんな立派な船でクルーズできるのは羨ましい限りです。トーク・セッションの中で「1人の100歩より100人の1歩」という言葉が紹介されました。誰か一人だけが頑張るのではなくて、みんなで力を合わせる事の意義を訴えるという意味で、深く共感しました。


立食形式の軽食が提供されましたが、レストランが開放されていたので座って食べることも可能でした。そのあとでラテン音楽とダンスのパーティーが開かれて、ピースボートに乗船していた頃の記憶が蘇りました。


何時になるか分かりませんが、またピースボートのクルーズに参加したいと思います。

2022-03-18

母国が英語でも世界中の英語表現が分かるわけではないらしい

The Japan Times Alphaの2022年3月11日号に掲載された「Which English do you speak?」(Kevin Wood)というエッセイには、次のようなことが書いてあります。

Hundreds of millions of people speak English, but we don't all understand each other easily.


英語に苦労している日本人から見ると、英語が母国語ならば世界の何処に言っても(ほぼ)英語が通じるし苦労はないだろうと思っていましたが、そうでもないようです。イギリス英語とアメリカ英語でも違いがありますが、オーストラリアの英語とか、シンガポールの英語とか、現地に元々あった言語の影響をうけて独自の表現が確立されているのは、当然かもしれません。


エッセイには、筆者のオーストラリア人の友人が語った(オーストラリア的な)「英文」が記されています。筆者はカナダ出身なので、これを聴いたらカナダ人は困惑するだろうと書いています。

"come over in the arvo and we'll throw some snags on the barbie, but don't bring your mate Dave, he's a bogan"


これをカナダ人でも理解できるように書き直すと、次のようになるようです。

"Come over in the afternoon and we will cook sausages on the barbecue, but don't bring your friend Dave, he has no manners or brains."


英語と違って日本語は、(日本語を勉強している人は世界中に居るかもしれませんが)日本語が母語に準じるように使われている地域が海外に見当たりません。以前にピースボートで南米を訪れたときに日系移民として現地に移住した人達と話す機会がありました。彼らは、日本語を話すのは随分久しぶりだと言っていました。日本語でお互いに会話ができて有り難いことですが、日本を離れて久しい彼らと、日本から訪れた我々とでは、同じ日本語と言っても微妙な差異が生まれてきているようでした。こちらの話しの中に現れる単語や表現に対して、相手からすると「ちょっとわからない」という表情をみせるのが印象に残りました。

2021-03-15

ダナンのTien Sa港

もう随分まえにピースボートに乗船しました。ベトナムのダナンに寄港し現地の若者と交流したのですが、とても良い思い出でした。今でもダナンの街は思い出すのですが、記憶が断片的です。当時と違って今ならGoogleマップがあるのですが、船が着岸した港や、交流した場所などが、具体的に何処だったのか(写真は残っているのですが)よくわかりません。


NHK BSプレミアムで「人気リゾートの素顔 ダナン~ベトナム~」(2021年2月16日放送)を視ました。これは2018年に放送された「世界ふれあい街歩き」の再放送のようです。最近のダナンはリゾート地として人気が高まっているようです。放送で見たダナンの街並みは、ピースボートで訪れた時のダナンの街並みとは随分違います。僕が行ったのは旧市街だったようです。


ピースボートの船が着岸した港が何処だったのかGoogleマップで探そうとしましたが、どこだったのか良くわかりません。勿論クルーズ船ですから、海沿いであることは間違いないのですが、それらしい場所が幾つもあって、どの港もそうであるように見えるし、どの港も違うようにも見えます。微かな記憶では、港でバスに乗り換えて、長時間ではありませんが移動し、旧市街にある交流施設に向かった記憶があります。施設の近くにはハン川があり、川岸にも行ったと思います。夜は砂浜でキャンプをしたような記憶もあります。


記憶を辿りながらWebで検索していたら「DaNang お天気 Blog」というブログを見つけました。その2006年11月9日の記事で次のようなことが書いてありました。

ピースボートでやってきたお客様をお迎えに久々にTien Sa 港まで行ってきました


僕がピースボートでダナンを訪問したのは、これより数年前ですが、おそらく港は同じでしょう。Googleマップで確認するとTien Sa港というのは、旧市街の対岸で、新市街側にあるようです。


ダナンに滞在したのは一晩だけでしたが、ベトナムの人達は人懐っこく、翌日船が出港するときには大勢で見送ってくれました。当時の光景は、今でも瞼の裏に焼き付いています。

2017-02-08

ピースボードの思い出をフォトブックにしてみました

一昔前にピースボードで旅行をしました。この時に初めてデジカメを買って持っていきました。それまでは昔ながらのフィルム式のコンパクトカメラを使っていたので、どちらかというとフィルム式カメラの方が馴染みがあり、旅行の最初の頃はデジカメは使いませんでした。

しかしフィルム式だと現像しないと撮影した写真が見られないし、現像したりプリントするのにお金がかかると思うと、デジカメを使うのに慣れようと考えました。当時のデジカメは、現在と比べると画素数が少ないし、処理速度が遅いのでシャッターを切るタイミングが一呼吸遅れることがよくありました。

しかしデジカメの最大の利点は、撮影した画像ファイルをPCで直ちに見られることです。しかも記録メディアに入るうちなら余分に撮影しても、要らなければ消せば良いだけの話なので、プリントしない限りお金の心配をしなくても済みます。

デジカメを使う場合には、シャッターチャンスを待ってからシャッターを切っては遅いということに気付き、シャッターを余分に切ったところで不要なら画像ファイルを消せば良いということに気付いたので、旅行中はデジカメで撮影しまくりました。最終的に2,400枚ほど撮影しましたが、気に入らない写真を消して、結局900枚ほどが残りました。シャッターチャンスを逃すより撮りすぎる方がマシという発想に転換しました。

旅行から戻ってからは、たまに思い出したように写真を眺めて旅行中の記憶を呼び覚ましていたのですが、ずいぶん長いことパソコンのディスクの肥やしとなって眠っていました。

ここ数年ほどは旅行中に撮影した写真をまとめてフォトブックを制作しています。このようなサービスを提供している会社は幾つかあり、どこを利用しようかと迷ったのですが、評判や直感で決断して「photoback」を利用し続けています。最初の頃は、フォトブックを制作するための基本的な考え方もわからなかったし、photobackが提供するサービスの概念をどのように活かしたらよいのか見当がつかなかったので、ずいぶん苦労しました。最近は作り慣れてきたので、出来上がったフォトブックのイメージを頭の中に思い描きながら、楽しく制作できるようになっています。

ピースボートの旅行の始めの頃は、フィルム式カメラで撮影した写真しかないので、スキャナでデジタル化しました。さすがに画像が荒くなってしまいますが、個人的な作品なので許容範囲です。

旅行中の写真が900枚ほどあるとは言え、さすがに全部をフォトブックに使う訳にはいきません。ひとつひとつの写真は貴重な旅行中の想い出なので、できるだけ多くをフォトブックに使いたいのはやまやまです。しかしフォトブックを制作する上では、ただ無作為に写真を並べるのではなくて、何らかのストーリー性を持たせつつ、写真の大きさや配置をコントロールして、一貫性のある作品に仕上げたいと思っています。

一方でphotobackが提供するフォトブックの最大ページ数の制限も考えなければなりません。結局使用した写真は184枚でした。分冊して制作すれば、もっと多くの写真を使ったり、レイアウトを工夫したりできたでしょう。このフォトブックは思い出を一冊にまとめることが大事であって、全ての写真を見たければパソコンの中に全て入っているのです。

2016-12-27

MITCHELLS PLAIN 7785 CAPE TOWN SOUTH AFRICA

もう随分前のことになりましたがピースボートに乗船したことがあります。今でも昨日のことのように記憶に残っている良い思い出です。船内では別料金で「GET(Global English Training)」という英語コースを受講しました。

寄港した時には学んだことを実践するため数々のミッションが計画されていました。そのひとつとして、ケープタウンでは現地の家庭にホームステイする(一泊だけですが)という課題が与えられました。当初はホームステイ先あたり2人ずつ割り当てると聞いていましたが、実際には各家庭に1人ずつ送りこまれることになってしまいました。受け入れる家庭の都合としても部屋に余裕があるわけではないので1人ずつの方が良かったのでしょうし、送り出す側の講師陣の意向としても1人ずつなら誰にも頼れないので甘えが出ないと考えたのかもしれません。

ケープタウンから車で2時間くらいの街だったと思います。 鉄道の駅があって写真を撮りましたが、駅名とか地名が判明するような情報が写っていません。ホームステイ先は「Mitchells Plain」というコミュニティの中にありました。夕食をご馳走になったあと近所の家庭に連れて行ってもらいました。南アフリカ共和国はイギリスの影響を受けているためか、自動車は日本と同じ左側通行でした。夕暮れの中を歩いていると、そこがまるで日本にいるかのように錯覚しそうな風景だったことを覚えています。

ホームステイ先には礼状を出したので住所は知っています。ふと思いたったのでグーグルで検索してみたところ、Googleマップでポイントされた場所がありました。なんとストリートビューもあります。視界を左右に動かしてみると、ここがホストファミリーと写真を撮った場所に間違いないようです。

ケープタウンからMitchells Plainに来たとき、またケープタウンに戻るときの集合場所がホームステイ先の近所にあったような記憶があります。こういう場所は日本なら公民館とか集会場とかですが、外国なら教会がそういう場所に相当するでしょう。Googleマップで確認すると「Church of the Annunciation」という英国国教会の教会があるようです。ここもストリートビューで見られます。この教会の入り口の前でも現地の人達と写真を撮っていて、その背景に写っている様子が、ストリートビューで見る建物の様子と一致します。間違いないでしょう、ここです。

なんて凄いんだGoogle。旅先で見た風景が甦るとは思ってもいませんでした。