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2025-10-26

2010年問題

Windows11を使うため、新しいPCを購入しましたので、Windows10だった旧PCで使っていたソフトをインストールし、同様の環境を作ろうとしています。その一環として「The Complete National Geographic」をインストールしました。

 

インストールしようとすると、途中でエラーが出てしまいます。この問題は、事前に「Error Message During National Geographic DVD Install」という情報を得ていました。そこでの解決策は「What a crazy trick: change the date to 2010!」、という奇妙なものでした。なぜこれが解決策になるのか不思議ですが、試しにマシンの日付を「2010年」に変更してみたら、なんとインストールが完了しました。

 

インストール出来てしまいさえすれば、マシン日付を元に戻しても問題ないので、インストールが完了したら「2025年」に戻しておきます。これでNational Geographicの(英語版ですが)創刊号以来の記事がよめるようになりました。 

2020-11-05

『ナショナルジオグラフィック日本版』の2020年10月号に掲載されている「雄大な自然を足の裏に感じて」(文/ニコラス・クリストフ、写真/ザッカリー・クラマー)を読みました。米国には、国土を縦断する長距離トレイルがあるようです。

  1. パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)4,265km
  2. コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)4,990km
  3. アパラチアン・トレイル(AT)3,525km

大きな国だけあって、どのトレイルも吃驚するほど距離が長いです。日本で青森から鹿児島までが約2,000kmと言われますから、その2倍以上もあります。


記事の中で著者は次のように書いています。

1970年にエリック・ライバックという10代の少年が、パシフィック・クレスト・トレイルの全区間を踏破した。その挑戦に関するナショナルジオグラフィック誌の記事と、ベストセラーになった彼の著書を、私は貪り読んだ。

 

ここに書かれている「ベストセラーになった彼の著書」というのは『ハイ アドベンチャー ある青春・山岳4000キロ縦走記』の事でしょう。近所の図書館が所蔵していたので、読んでみました。


著者であるEric Rybackは、18歳の時に1970年6月10日から同年10月16日にかけて約4,000kmの全区間を踏破しています。単純計算すると1日あたり30kmくらいになります。しかし平地を歩いている訳ではなく、山岳地帯ですし、食料などの大きな荷物も背負っていて重かったと思います。全区間を踏破したこと自体も驚きますが、毎日30km以上も歩き続けた事も驚異です。さぞかし強靭な精神力の持ち主なのかと思いがちですが、書籍を読むと、苦悩もあったようですし、気分のアップダウンも激しかったようです。


書籍のなかでエリック・ライバックは次のように記しています。

モニュメント78のほとりで休息していた、内気でいつもびくびくしていたような少年は、いま3700キロ以上遠く離れたここにすわって、たちまち仲よくなったはじめての相手とオープンに、そして親しげにつき合っている。 


究極の体験は著者に大きな変化を与えたようです。 

2020-07-21

アイスマン

2020年7月18日にナショナルジオグラフィック・チャンネルで「アイスマンの真実:史上最古の殺人事件を追え!」(原題:Iceman Murder Mystery: Lost In The Ice)が放送されました。「アイスマン」というのは20世紀末にアルプス山中の氷河から発見された5000年前のミイラだそうです。これまでにも何度も報道されたり、TV番組や書籍などで取り扱われてきたようですが、寡聞にして知りませんでした。

ミイラならば世界中に存在しているし、古代エジプトのミイラは有名でしょう。しかし人工的なミイラは、その当時の権力者などが対象となっているので、当時の社会の価値観や技術水準に左右されます。それに対してアイスマンは、自然の中で偶然にミイラ化していますし、何よりも歴史上の有名人とは何の関係もない名もなき一個人であるところが、興味深いです。

現代から5000年前というと、紀元前3000年くらいです。中国の古代王朝「」だって紀元前1700年あたりですから、それよりも1000年以上も前になります。当然のことながらヨーロッパに王国のような権力者が存在していたわけでもなく、人々がどのような生活を送っていたのか、わからないことだらけでしょう。それを考えれば、ミイラと共に、身に着けていたものや道具類が同時に発見されたということは、その頃の社会を明らかにできるのではないでしょうか。

雑誌版のナショナルジオグラフィック日本語版を購読していたのですが、2011年11月号では「アイスマンを解凍せよ」という記事が掲載されていたようです。すっかり記憶から抜け落ちていますが、捨てずに残しているので、探し出して再読しようと思います。

2019-04-20

ノートルダム大聖堂の火災とケン・フォレットの「大聖堂」

ノートルダム大聖堂が炎に包まれる様子をTVニュースで視て、とても悲しく思いました。貴重な歴史的遺産が損害を受けたことも残念ですが、宗教的な象徴が傷ついたことも残念です。ただし運び出すことが可能な品々は救出できたものも多いそうなので、幸いでした。

この報道を見た時に、かつてNHKで放送されていた「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」を思い出しました。原作はKen Follettの「The Pillars of the Earth」です。ちょうど東日本大震災の発生前後にNHK BSで放送されていました。不安な時期でしたが、ドラマでは、崩れても再び再建していこうとする逞しさを感じ、勇気づけられました。

フランスのマクロン大統領はノートルダム大聖堂の5年以内の再建を目指している、と報道されています。予定通りの期限に再建できるのかは分かりません。しかし崩れても再び立ち上がることができることを示すことこそが、未来への希望というものではないでしょうか。

2019-03-10

マーズ 火星移住計画 2

ナショナルジオグラフィックチャンネルで2019年2月から「Mars 火星移住計画 2」というドラマが放送されています。2017年2月頃に放送されていた「Mars 火星移住計画」の続編です。近未来のストーリですからSF物ではありますが、只のSF作品であるだけなら、別にナショナルジオグラフィックが制作しなくても良いわけです。「人類が火星に行く」というテーマを扱う作品でありながら、現在の地球環境や資源開発との関わりを投影しているあたりが、ナショナルジオグラフィックでなければ制作できなかった特徴と言えるでしょう。

未来の火星と現在の地球における資源開発や国際情勢、さらには巨大企業との関わりを、行き来しつつストーリーが展開する視点は、とても示唆に富みます。火星で人類が暮らしていくという問題は、(現時点では「行くことが出来るだろう」という段階にすぎないので)技術的な側面に関心が集中しています。しかし「行くことが出来る」のは(今日の自動車や飛行機でも事故が避けられないように、火星に行くことのリスクはあるとしても)当たり前の時代がくれば、人間の集団による社会が成立していく中で、多様な利害が交錯していくのでしょう。それは今日の地球であろうが、未来の火星であろうが、おそらく変わらないと思います。

さらに興味深いのは、火星に移住した近未来のドラマを視ているなかで、今日の社会問題の一端に気付かされることです。本当に人類は火星に移住できるのだろうか、それは数十年後なのか、100年後なのか、それとも数百年後なのか、正確なところは分かりません。しかしそこに出来上がる社会は、今日の社会秩序や国際情勢の延長線上となるでしょう。未来の火星が桃源郷となることを夢見るのは自由ですが、今日の社会とは全く異なる世界が誕生すると考えるのは、夢物語だろうと思います。

2019-01-20

PRESIDENT ALEXANDER GRAHAM BELL ON JAPAN

ナショナルジオグラフィックの日本語サイトに「そうだったのか!「ナショナルジオグラフィック」」という記事が2011年から2013年に連載されていました。この記事の第5回「ナショジオが見た明治の日本」では次のような記述があります。
 以降は1901年までに計4本の記事が掲載されました。そのひとつは1898年10月にグラハム・ベルが日本を訪問したときの手記です。
  「日本の過去25年間の目覚しい発展ぶりをみると……将来さらに成長を遂げる可能性が高い」とベルは結んでいます。 
グラハム・ベルは電話の発明で有名です。ウィキペディアにも次のように書かれています。
1898年にはベルが来日し、東京と京都で講演したほか、天皇にも謁見し、勲三等を受勲するなど外国人としては破格の優遇を受けた。講演では米国聾教育事情の紹介と日本への提言のほか、全米地形地質学会の会長でもあったベルは雨量と山岳の多い日本は水力エネルギーの宝庫であると指摘し日本の将来を鼓舞した。東京での講演は伊沢修二が『唖子教育談』としてまとめ、京都での講演については京盲文書が『ベル氏来院記』として出版した( 2013年に『ベル来日講演録 ―東京・京都―』(近畿聾史グループ編)として復刻)。 
1898年というのはナショナルジオグラフィック協会が発足して10年が経た頃のようです。グラハム・ベルは第2代会長(1897年~1904年)を務めていたようです。「The National Geographic Magazine」(Vo. IX, No. 12)には「PRESIDENT ALEXANDER GRAHAM BELL ON JAPAN」という記事が掲載されています。

既に販売は終了しているようですが、2013年頃に「 THE COMPLETE NATIONAL GEOGRAPHIC」(DVD-ROM 7枚組み)が発売されていたので入手しました。1888年の創刊号から2011年までの記事が(当時の広告も含めて)全て収録されています。ただし英語版です。これを使って、件のベルの記事を探してみました。1898年12月号の509頁から512頁にありましたので、読んでみようかと思います。