2024-06-12

其子どもは、諸衛の佐になる

昨年から『平家物語』を暗唱しようと思っていて、ようやく「鱸」に入りました。これは「祇園精舎」と「殿上闇討」の次ですから、巻第一の最初の方です。この調子では、全巻はおろか第一巻すら覚えられない気がしますが、それは別に構わないのです。

 

ところで「鱸」の冒頭は、次のように始まります。

 其子どもは、諸衛の佐になる。

 

つまり忠盛が御所で地位を得たことにより、その子である清盛や忠度なども栄華を極めようとしているのです。


それはともかく、「其子どもは」というのは、使われている文字が古態ですが、現代文でも違和感なく読めるでしょう。しかし古文では「其/子/ども」と区分して理解するのではないかと思います。現代文なら「其/子ども」と理解するでしょう。

 

今日では、「子ども」というのは複数を意味しないので、複数であることを強調したければ「子ども達」となります。しかし古文では「兵ども」のように「ども」は複数を意味する言葉ですから、一人なら「其子」だし、複数なら「其子ども」となるところでしょう。

 

「其子ども」を、古文風と現代文で発音しわけるのは、ちょっと難しいかもしれません。「其子」の後に、僅かに間をいれて「ども」に続ければ古文風に、「其」の後に、僅から間を入れて「子ども」に続ければ現代文風に聞こえるでしょうか。

2024-06-09

「殿上闇討」まで暗唱できるようになった

昨年晩夏より語り本系の『平家物語』を暗唱できるようになろうと、最初から覚えています。暗唱できるようになったから何かあるのかという訳でもありませんが、どこまで出来るのが挑戦しています。最初の「祇園精舎」は、短かったし、有名な「祇園精舎の鐘の声」で始まるので、意外とすぐに覚えられました。

 

次の「殿上闇討」を覚え始めたのは去年11月頃でしたが、かなり苦戦し、最近になってようやく覚えきりました。

 

その次は「鱸」で、さらに次は「禿髪」です。この調子で覚えていっても、『平家物語』は長いので最後までいくとは思えませんが、挑戦し甲斐があるのは確かです。

2024-06-08

NIGHTSTALKERにレベルを下げられた

Wizardry #1でB9Fの探検を済ませ、B10Fに落ちる場所も判っていますが、まだ経験値が足りないし、呪文も覚えきっていません。しばらくB9Fをウロウロして、レベルを上げようと思っています。

 

と、思っていたところが、NIGHTSTALKERに遭遇し、レベルを下げられてしまいました・・・ 

やられた!と思いましたが、さらに別の場所で再び遭遇し、さらにレベルが下がりました。

冒険を重ねてきて、ようやくレベル13まで来たのに・・・

 

Webを探すと「ある意味、死ぬよりもいやなこと」のような悲しい報告が見つかります。

2024-06-07

Wizardry #1 でB9Fまで探検終了

今年初めから、Windows10上のPC98エミュレータを使用してWizardry #1の冒険を続けてきました。各階のマップを作りながら地下に下りてきましたが、ようやくB9Fまで探検を終了しました。B10Fに落ちる場所も判明したので、いよいよ最終局面に向かうことはできるのですが、まだ冒険者たちの準備が整っていない気がします。


冒険中にPRIESTをBISHOPにクラス変更したためかもしれませんが、呪文の覚えが悪く、高いレベルの呪文を覚えきれていません。またパーティ内の冒険者はレベル13に達しようとしており、B10Fに下りるための最低限のレベルではありますが、もう少しレベルを上げておいた方が良さそうな気がしています。

 

レベル13ともなると、次のレベルに上がるための経験値も大きいし、大きな経験値が得られる魔物がなかなか出てきてくれません。そうは言っても、B9Fで時間をかけて、レベルを上げ、満を持してB10Fに下りようと思います。

2024-06-05

「になります」の敬意の度合い

ここ最近と言わず、もう十何年も前から指摘されているのが「~になります」という表現です。食堂な何かを注文し、それがテーブルに届いたときに、「お待たせしました。○○になります」と言われることがあり、とても違和感があります。同様に感じる人は多く、Web上にも「「~になります」?」のような記事があります。

 

このような表現をする本人の意図は、聞いてみないと分かりませんが、敬意を表しているつもりなのではないかと思います。例えば食堂で「日替わり定食」を注文したとしましょう。これがテーブルに届いた際に、どのような表現が(本当にそう表現するかは別にして)考えられるでしょうか。敬意の度合いに応じて示してみると、以下のようになりそうです。

  1. 「日替わり定食。」(あまりにもぶっきらぼうで、もうちょっと何か言えよと思うでしょう。)
  2. 「日替わり定食だ。」または「日替わり定食である。」(上の例よりはマシですが、こんな表現をする店には二度とこないでしょう。)
  3. 「日替わり定食です。」(丁寧で、ごく普通の表現かと思います。)
  4. 「日替わり定食でございます。」(お店によっては、こういう表現もあるでしょう。)


では「日替わり定食になります」という表現をする場合、上述した1~4のどのあたりに相当すると思っているのでしょうか。もしかすると、4番目と同等か、さらに敬意が高いと思っているのかもしれません。つまり、「日替わり定食です」という言い方は、お客「様」に対して失礼だから、「日替わり定食になります」という「べき」だと思っているのかもしれません。


結局のところ、本当の理由は不明なのです。このような話題が掲示板などで盛り上がると、こう表現している側から、「マニュアルでそういうように決まっているんです」と発信されるのを目にする事があります。本当にそういうマニュアルが存在するのかは裏付けがとれる訳ではありませんが、そういう風に言うように指導されていたり、もしくは(仮に間違っているとしても)よく耳にするので、そういうものだと考えていて、自発的に言っている場合もあるのではないかと思います。

カリー化の定義

数年前からHaskellを学んでみようと何度も試みていますが、なかなかハードルが高いと感じています。今までに慣れ親しんでいたC言語とかPythonなどとは大きく異なるので、これまでの経験や勘が働かないことも、困難さの原因のような気がします。いろいろと理解が難しい概念があるのですが、そのひとつが「カリー化」です。

 

関数プログラミング入門 ―Haskellで学ぶ原理と技法―』の「1.4.2 カリー化」で説明されていますが、とても簡潔なので、これだけでは良く分かりません。Webを検索すると、カリー化に苦しんでいる人が多く様々な記事が見つかります。いろいろと読んでみると、「カリー化談義」に次のように書かれており、なるほどと納得しました。

「複数の引数を取る関数」を「一引数を取る関数のチェインに直す」こと。これはkmizuさんの定義。世間でもよく使われる。


カリー化というのは、Haskellに限った話ではなく、Pythonなどにも適用できるようです。しかしカリー化を前面に押し出してくるのは、やはりHaskellならではとは思います。


ともかくHaskellは、関数型プログラミング言語なので、慣れるのに苦労しそうです。前述の書籍を読んでいこうと思っているのですが、図書館で借りているので返却しなければならず、じっくり読むことが出来ません。手元に置こうかと思っていたのですが、放送大学のディスカバリーサービスで検索してみたら電子書籍として参照できることが分かりました。これがあるなら、いつでも読めると思います。

2024-06-03

hreflink

LaTeXで資料を作成する際に、生成されたPDFにおいてセクションに対するリンクを張るために、パッケージ「hyperref – Extensive support for hypertext in LaTeX」を利用しています。このパッケージを使えば、目次から該当するセクションに対してリンクが張られるので、文章を参照する際に便利です。

 

ここで問題になるのが、本文中でセクションにリンクを張るには、どういう方法があるんだろうかという事です。同じような疑問を持つ人はいるようで、StackExchangeに「Making clickable links to sections with hyperref」という質問がありました。そこで勧められているのが「\hyperref{}」を使うことでした。ただし、この方法には前提として「\label{}」で予めラベルを作っておかなければなりません。この方法がLaTeXとしては正しいのだろうと思うのですが、予めラベルを作っておく必要があるというのが、どうもスッキリしません。

 

パッケージ「hyperref」ならば、目次から該当セクションにリンクが張られているので、何らかのラベルが自動的に付与されていると思います。これを参照すれば何とかなるんじゃないかと考えて調べてみました。その結果、拡張子TOCというファイルで使えそうな情報が記録されているようです。


例えば、文章の最初に「1 はじめに」とあったなら、TOCファイルには「section.1」として定義されています。これを利用して、本文では「\hyperlink{section.1}{はじめに}」のように記述しておけば、生成されたPDFにおいてリンクが張られていました。これからは、この方法でいこうと思います。

 

正統なLaTeXとしては、TOCファイル内の「section.1」のような番号は変わる可能性があるので、直接参照するのは間違っていると考えるでしょう。全くそのとおりだと思います。パッケージ「hyperref」か、その他の何かのパッケージで、僕が求めている機能があるなら、それが最も望ましいのですが、正しくない方式であったとしても、当面はこうしようと思います。