2024-02-10

殿上闇討

平家物語は、「祇園精舎の鐘の声」で始まる「祇園精舎」が有名です。平家物語巻第一の次に書かれているのが「殿上闇討」です。これは、平清盛の父親である忠盛が昇殿を許され、それを快く思わない殿上人が「闇討」を図った物語です。

 

まず次のように語られます。

 雲の上人是を嫉み、同き年の十二月廿三日、五節豊明の節会の夜、忠盛を闇打にせむとぞ擬せられける。

 

この事は忠盛の耳にも入り、いろいろありますが、結局はこうなります。

其夜の闇うちなかりけり。

 

結局何事もなく目出度し目出度しですが、もし「闇討」が実行されていたとするなら、何がおこなわれていたのでしょうか。物語では、忠盛の郎党である左兵衛尉家貞が護衛についたものの、忠盛の近くには居られず「殿上の小庭に畏て候ける」と描かれています。殿上人といえば公卿ですから、闇討ちの実働部隊ではないと思います。しかし忠盛の郎党でさえ「殿上の小庭」より先には行けないくらいですから、殿上人の配下の腕っ節の強そうな郎党だって殿中には入れなかったのではないでしょうか。

 

そうなると、「雲の上人」が「忠盛を闇打にせむ」と相談した際に、自身が木刀か何かで(?)忠盛を袋叩きにしようと考えていたのだろうかと思うと、なにやら滑稽です。

vscodeとPythonと『Python計算機科学新教本』

オライリーから『Python計算機科学新教本』という書籍が出版されています。大雑把に言ってしまうとアルゴリズムについて書かれた本ですが、Pythonを使って説明しているのが今風です。同じ著者から他の言語で説明している書籍がO'Reillyから出ていますが、和訳は無いようです。

 

この本の「3章 制約充足問題」や「4章 グラフ問題」を勉強してみようと思っています。書籍の中でソースコードも提示されていますし、ダウンロードサービスもあるようですから、Pythonが動く環境さえあれば、勉強するための最低限の環境は整います。それでも構わないのですが、最近はやりのVisual Studio Codeを使ってみようかと思います。


vscodeとWSLを連携させることが出来るようですし、Pythonを扱うための機能も揃っているようです。Web上には多くの記事がありますが、「Visual Studio Codeで快適Pythonライフ」を参考にしてみました。Pythonをコーディングするだけなら、WSL上でviを使うのが手っ取り早いのですが、vscodeならデバッガを利用できるようなので、そこに魅力を感じています。

2024-02-05

古典新訳コレクション(古川日出男訳)『平家物語』を読了

河出文庫から刊行された『平家物語』(古典新訳コレクション、古川日出男訳)の1~4巻を読みました。これはアニメ作品の「平家物語」の原作であり、元々は日本文学全集の『平家物語』を文庫化したものです。

 

平家物語は物語なので、歴史的事実に忠実というわけではありませんが、源平の争いで有名なエピソードは、ネタ元が本書にあると思います。冒頭の「祇園精舎」は有名ですし、「鹿谷」、「俊寛」、「那須与一」、「壇浦」、「大原御幸」などは知っていましたが、『平家物語』全体を通して読んだのは初めてでした。


源平合戦のクライマックスは「壇浦」ですが、『平家物語』での扱いは意外とあっさりしていると感じました。もっとも『平家物語』には多くの異本があるので、もっと延々と壇の浦を語る諸本もあるのかもしれません。

2024-02-03

鉄道における構内踏切と跨線橋の歴史

近年の鉄道駅は橋上化が進んでいるので、純粋な跨線橋は少なくなっているのではないかと思います。国内最古の跨線橋が2021年に姿を消したそうです(「国内最古の跨線橋、5日に110年の歴史に幕 愛知・JR半田駅」)。これは現存していた跨線橋としては国内最古なのかもしれませんが、日本の鉄道史上で最古ではないでしょう。そもそも日本の鉄道の歴史において、跨線橋が初めて登場したのは、何時頃で、何処だったのでしょうか。

 

新橋横浜間に鉄道が開業した時に跨線橋があったとは思えません。もちろん作ることは、技術的には可能だったと思います。しかし乗客の安全上として跨線橋が必要な状況だったとは考えにくいところです。むしろ鉄道開業当初であったとしても、構内踏切は存在していたかもしれません。今日において構内踏切は珍しくなってきてはいますが、地方私鉄やローカル線などで、今でも使われています。2024年年始にJR八戸線の久慈駅に行ったら、存在していました。

 

跨線橋に比べると構内踏切は、構造が簡単ですし、新橋横浜間の鉄道開業当初もしくはごく初期において、何処か駅に作られていたとしても不思議はないと考えられます。


跨線橋や構内踏切が、日本の鉄道史上で何時頃から存在していたのか調べるには、どうすればよいのでしょうか。Webで検索してみると「明治期における鉄道跨線橋の 沿革に関する研究」(三浦彩子・小野田滋、日本建築学会技術報告集、第15巻、第30号、pp577-580、2009年)という論文が見つかりました。この中に掲載されている情報では、明治15年に品川駅や川崎駅に跨線橋が存在したようです。ここから調べていけば、いろいろと分かりそうな気がしてきました。

dynabook SS SX/15Aの不調

かなり昔に購入したdynabook SS SX/15Aの調子が最近よくありません。購入当時はWindows Vistaがインストールされていましたが、2017年に延長サポートが終了したので、それ以降はNetBSD/i386に入れ換えています。

 

購入当初より、電源を入れてもOSが起動しないことがありました。画面に「TOSHIBA」というグラフィカルな表示が出たまま先に進まず、なぜか突然ファンが全力で回り出すので、電源を強制的に落としていました。こうなった場合、何度か電源オンと電源オフを繰り返すこともありましたが、何回かするとOSが起動してくれます。 


この原因が何なのか分かりませんが、最近になって、OSが起動するまで電源のオンオフを繰り返す回数が、数回では済まなくなり、数十回になることが出てきました。しかし、一発で順調にOSが起動することもあるので、不調なのは確かですが、完全に壊れた訳でもないようです。

 

マシン本体の調子が良くないし、CPU自体も旧いのでパワー不足を感じるところもあります。さらに1.8インチのHDDが使われているようなので、2.5インチHDDのように気軽に換装できないのも、ちょっと困りものです。メインで使っている訳ではないので、いきなり完全に壊れたことが発覚したとしても、それほど実害はないのですが、できれば気持ちよく使えるマシンの方が有り難いのは確かです。

 

完全に壊れたことが確認されてから、代替機種を入手しても構わないのですが、そろそろ次のマシンを物色してみようかと考え始めました。今はNetBSD/i386ですが、次はNetBSD/amd64にしたいと思います。HDDでもSSDでも構いませんが、自分で換装作業が出来るマシンにしておきたいところです。そして最も重要なポイントは、持ち歩く都合上、B5サイズのサブノートPCであることが必須条件です。


OSは自分でNetBSDを入れるつもりなので、Windowsが入っている必要はありません。また最新機種である必要もないので、中古で十分です。むしろ1~2万円程度で購入したいと思っています。中古で入手できれば良いので、メーカーには拘りません。ただし、ノートPCのキーボードは、左下が「Fn」キーになっている事がありますが、Emacsなどを利用するので「Ctrl」キーになっていてくれれば良いとは思います。

2024-01-23

新大陸には水と空気と土地があった

朝日新聞のオンライン版で「「宇宙世紀は来ない」ガンダム描いた富野由悠季が見据えるリアルとは」という記事を読みました。その記事に、次のような文がありました。

 次に、宇宙空間での衣食住について。(1620年に英国からアメリカ大陸に渡った)メイフラワー号が新大陸でアメリカ合衆国を建国できたのは、そこに水と空気と土地があって、先住民が住んでいたことで、人が住めることが明らかだったからです。宇宙はそれが一切合切ない。宇宙開発を目指している企業の責任者は、人が宇宙に住むことの深刻さを想像できていません。


アニメで「ガンダム」が放映されたころは「人類が宇宙で暮らすようになる時が来る」と夢みていました。現実においても、2000年を過ぎて以降は、スペースコロニーは無理だとしても、火星に移住するようにはなるのではないか、しかもそれは、2050年頃までには実現しているのではないか、という「夢」のような話も出ています。


私自身では、何百年も先の遠い未来には、もしかするとそうなっているかもしれませんが、そこに至る過程は容易ではないと思っています。何故ならば、先の記事にもあるように、世界史における大航海時代や新世界発見ならば「そこには水と空気と土地があった」のに、宇宙には(火星でも良いですが)「一切合切ない」からです。

 

メイフラワー号の乗組員たちが新世界をインドと勘違いしたように、当時の航海では目的地を逸れて見知らぬ土地に流れ着くことも多かったでしょう。そうであったとしても、所詮は地球上の何処かですから、水も空気もあるし、もしかすると航海に復帰することもできるでしょう。それまで生き延びることもできるでしょう。

 

しかし宇宙は地球上と同じではありません。火星を目指していたつもりが、どこか別の惑星に辿りつく(と言っても、辿りつくまで乗組員は生き延びられないと思いますが) としても、そこには土地はあるかもしれませんが、水や空気が存在する可能性は限りなく小さいでしょう。

 

そう考えれば、地球上の冒険と宇宙での冒険と同等と見做している事が信じられません。先の記事にあるとおり「人が宇宙に住むことの深刻さを想像できていません」という意見を見て、同じように考えている人が居ることを知り、心強く感じました。

2024-01-17

B6系蒸気機関車

偶然『図説蒸気機関車全史』という書籍がある事を知り、近所の図書館が所蔵していたので借りてみました。明治初期は国鉄ではありませんでしたが、概念としての「国鉄」に所属した全ての蒸気機関車について書かれています。これは資料として手元に置いておきたいと思いました。


まだ途中までしか読んでいませんが、いろいろと発見がありました。例えば、B6と呼ばれた蒸気機関車が存在していたことは知識として知っていました。これは2120形とも呼ばれていたということも知っていましたが、書籍によっては2100形と記述されていることもあり、どちらが正しいのだろう(一方は誤植ではないか)とも思っていました。

 

本書には「3-2-5 「明治の標準機関車5」 B6系 1890年~ 2100/2120/2400/2500形」として、それらの経緯が詳しく書かれており、B6と2120形や2100形の関係がよくわかりました。そもそもB6というのは「3-1-1 1898年の形式変更によるクラス分け」に書かれているように、明治時代に鉄道国有化で蒸気機関車が雑多な形式で集まってしまったため、管理するための体系だったようです。「B系 六輪連結タンク機関車」の細分類として「B6系」を定義し、それが「4-2 1909年の「大改番」」で書かれているように、「2100形、2120形、2400形、2500形」に変わったということのようです。


蒸気機関車の形式は、D51とかC62のように、最終的には英文字が動輪の数を示しているので、「B6」というのも同様かと誤解していました。しかしB6というのは「0-6-2」という軸配置なので、何故「B」なんだろう、何故「C」ではないんだろうと思っていました。


B6以外にも、明治期の蒸気機関車は様々な番号が付与されて呼称されているので、なんだかよくわからないというモヤモヤがありましたが、それがスッキリと晴れてきそうです。