J: It was so nice of you to take the time to make this delicious meal for me, Olivia.仮にこの表現を身につけて「英借文」に活用しようとしたら、どうなるのか考えてみたいと思います。
J:オリビア、こんなおいしい料理をわざわざ僕のために作ってくれて本当にありがとう。
英作文するな、英借文せよ、と度々言われますが、では具体的にどうしたら良いのか噛み砕いて説明しているのは殆ど見たことがありません。よく見かけるのは、「キチンと復習すれば」とか、「丁寧に学べば」自ずからわかるはず、という説明です。こういう抽象的な説明で英語が出来るようになるなら苦労はありません。
日本人が英文を組み立てるとしても、まず最初は母語である日本語で(意識はしていないかもしれませんが)言いたいことを考えます。上述した例文なら、下段の日本文の方を最初に思い浮かべることになります。その次に英語表現に変換しようとして、ここで英借文が出てくるわけですが、上段の英文が導き出されることになります。もちろん別な表現の英文でも構わないのですが、それを言い出すと表現は無限に考えられることになってしまって、結局英借文の話が何処に行ったか分からなくなるので、ここでは上段の英文に辿りつくことにします。
ここで例示したような文を必要とする状況が、そもそも考えられるのでしょうか。長い人生の中で何回かはあるかもしれません。しかしピンポイントで日英の文を一対一で覚えておいたところで、活用できるシチュエーションは滅多に(もしかすると全く)訪れないに違いありません。
この例文を英借文として活用できるためには、文の構造を分析しておくことが第一歩になるでしょう。
文の後ろのほうにある「make this delicious meal for me」のところから見ていきます。「僕のために」が「for me」で、「こんなおいしい料理を作ってくれて」が「make this delicious meal」です。とくに理解に苦しむところはないでしょう。
文の中ほどにある「take the time to」は多少頭をひねります。ここは別売りテキストの中で語釈がされており「わざわざ(時間を割いて)・・・する」と説明されています。僕の手持ちの辞書(アクティブ ジーニアス英和辞典)でも「take the time to do わざわざ時間を割いて・・・する」と書いてあります。
最後に文の始めのほうの「It was so nice of you to」を見ることにします。ここについても別売りテキストでは「・・・してもらって本当にありがとう」と説明しています。手持ちの文法書(総合英語フォレスト第5版)では「第7章 不定詞」の中の「3 不定詞の副詞的用法」の「4 「判断の根拠」を表す」として次のように説明しています。
kindのような人物評価を表す形容詞が判断の根拠を表す不定詞を伴う場合(中略) <It is [was] + 形容詞 + of + 人 + to 不定詞>「~するとは<人>は・・・だ[だった]」という形にすることができる。
さらに「5 不定詞の意味上の主語と否定語の位置」では「2 意味上の主語を示す場合」の説明として次のように書かれていますが、 「人物評価を表す形容詞とともに不定詞が用いられ(中略)る場合は、to 不定詞の意味上の主語はofの後の「人」である」とあります。
不定詞の意味上の主語を示す必要がある場合は、不定詞の直前にfor ~を置き、<for ~ + to 不定詞>の形にする。以上の情報を総合すると和文と英文の対応が理解できるようになりました。英文を基準にして和訳するなら、テキストに出ている日本語とは微妙に表現が変わり、「僕のためにわざわざ(時間を割いて)こんなおいしい料理を作ってくれるとは君は親切だ、オリビア」となるでしょう。
テキストに掲載されている日本文も和訳した文も、どちらが良い悪いという問題ではありません。ただしここで問題にしているような「英借文」をしようとしている場合は、ちょっと話が違ってきます。
上述した説明で見てきたように、英文は幾つかの小さな塊を組み上げて出来ています。日本文から英文に「英借文」の手法で変換するには、日本語の文の中のパーツが英語の文の中の一部分にうまく当てはまるような形に持ち込まなければなりません。これが英作文において度々指摘される「和文和訳」です。例えば『[はじめる編]英作文のトレーニング』(Z会出版)では「第1章 講義編 英作文の書き方を身につける」の最初に「SKILL 1 和文和訳する」ことを指導しています。
日本語で発想した事柄を、いきなり英訳しないで、いったん英語になりそうな形の日本語に変えてから英訳するという考え方は、とても納得のいく方法です。しかし闇雲に「和文和訳」しても、いろいろな可能性が出てきてしまって、どうしたらよいのか出口が見えなくなる恐れがあるのではないでしょうか。どういう英文に持ち込むのかという「落としどころ」がないままに「和文和訳」したところで、無限の可能性の前で立ちすくむだけです。
以上に述べてきたような事柄をうまく捌けるようになれば英文を書くのがうまくなるような気がしています。
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