2021-02-26

Windows10でWSL2

いままでWindows10でWSLを利用してきましたが、WSL2も使えるようにしました。


WSL2はWindows10 2004から利用できることになっていますが、去年は2004がいつまで経っても配信されず、なかなかWSL2が使えるようになりませんでした。そのうちに1909でも利用できるというアナウンスが流れたので、2004が待ちきれずに1909でWSL2を使えるようにしてみました。しかしWSL2を使えるようにする設定をおこなうと、VirtualBoxやVMwareに不具合が出たので、WSL2を諦めて、WSLに戻りました。


MicrosoftがWSLとWSL2を同等に機能拡張してくれればよいのですが、WSL2だけしか機能拡張されないような気がするので、なんとかWSL2に移行したいと思っていました。WSL2への移行に挑戦し、もし駄目なら再びWSLに戻るつもりで、移行作業をおこないました。結果としてWSL2が使えるようになりましたが、これまでVirtualBoxで動かしてきた環境が動かなくなるという問題も発生しました。


まずWindow10のバージョンは「バージョン 20H2 (OSビルド 19042.804)」です。ちなみにVirtualBoxは「バージョン 6.1.18 r142142 (Qt5.6.2)」を、VMwareは「VMware(R) Workstation 15 Player 15.5.7 build-17171714」を使っています。


作業手順は次の通りです。「Windows 10 用 Windows Subsystem for Linux のインストール ガイド」を参考にしました。

  1. ダイアログ「Windowsの機能」から「Linux用Windowsサブシステム」と「仮想マシンプラットフォーム」を有効にしました。前者は既に有効になっており、後者はWSL2のために有効にしました。
  2. ここでマシンを再起動しました。
  3. インストールガイドに従い「wsl_update_x64.msi」をダウンロードし、インストールしました。
  4. WSLではUbuntuを入れていたので、WSL2へ移行作業をおこないました。この作業に数時間かかったという報告をWebで見かけますが、15分くらいで終わりました。

    C:\Users\FURUSAWA>wsl --set-version Ubuntu 2

    変換中です。この処理には数分かかることがあります...

    WSL 2 との主な違いについては、https://aka.ms/wsl2 を参照してください

    変換が完了しました。

    C:\Users\FURUSAWA>wsl --list --verbose

      NAME      STATE           VERSION

    * Ubuntu    Stopped         2


これで無事にWSL2が使えるようになりましたが、これまでVirtualBoxで動かしていたCentOS 7.4が起動しなくなりました。しかしVMwareを使えばCentOS 7.4が動くので、それで良しとします。VirtualBoxでは、他にも、openSUSE、FreeBSD、NetBSDを動かしており、それらに問題はありませんでした。

『地下鉄道』

Webで動画を観ていたら紹介されていた『地下鉄道』を読んでみました。


19世紀前半の米国南部の農園で奴隷として働かされていた少女が北部を目指して逃亡しようとする物語です。タイトルにもなっている「地下鉄道」を利用して州境を越えていきますが、「地下鉄道」というのは地下鉄ではありませんし、そういうものが当時実在していた訳でもありません。アメリカで最初の鉄道とされるのは1826年10月7日に開通したグラニット鉄道のようですから、小説で描かれる時代と同じ頃です。当然ながら、当時の人々は鉄道なんて見たことも聞いたこともなかったでしょう。ですから「地下鉄道」というのは、本物の鉄道というよりは、奴隷解放を助けるための「地下組織」という意味です。しかし小説で描かれる「地下鉄道」は、地面の下に本当に作られた鉄道路線であるかのように表現されています。


小説の章立ては、舞台となる州の名前と、登場する人物の名前を交互に組み合わせていて、よく考えられているという印象をうけます。物語の最後の場面においても、逃亡している少女は北部に辿りついていません。小説の途中でも、逃げおおせたかと思えば、逃亡奴隷として捕まってしまったりしていて、最終的に少女は北部に行きついたのか定かではないままに、物語が閉じられています。しかし少女は北部で自由を得て生涯を全うしたのではないかと思います。そう思わせるような描き方やエピソードがあるので、読者は少女の未来を想像する面白さがあります。


物語のテーマが南北戦争よりも随分前の南部の奴隷制度を扱っているため、読むのが辛くなるような描写は少なくありません。直接的に描くと刺激的すぎるところですが、そうかと言って間接的に描いて読者の想像に任せるだけでは、ぼんやりした作品になってしまいます。このあたりのコントロールは著者の腕の見せ所ですが、うまく描けていると思います。ただし表現は、具体的なところも多く、決して穏やかに読み進められるばかりではありません。


この作品は、2016年に出版され、数々の賞も受賞し、テレビドラマ化もされるようです。小説であれば、読者の想像に任せれば良いのですが、映像化されるとなると、いったいどのような表現になるのか気になります。

2021-02-24

塚谷裕一「テレビ番組における虚構とサイエンスコミュニケーション」を読んで

東京大学出版会の広報誌「UP」通巻580号(2021年2月5日発行) を読んでいて、「テレビ番組における虚構とサイエンスコミュニケーション」に興味をひかれました。書かれているのは、あるテレビ番組の制作担当者からの問い合わせに対応した際の経験を踏まえて科学者としてのあり方を論じています。


経験談として事例を2つあげていますが、その具体的な経過は時と場合によって夫々でしょう(事例とはそういうものです)から、また別な経緯もありえるでしょう。そして最後に「改善は可能か」というタイトルで、次のような事を語っています。

一つは、事前の下調べリサーチに十分な時間と人的資源を当てることだ。予算の少ない番組だと、製作チームのうちの最若手あたりに事前リサーチをやらせる傾向がある。これはきわめて危ない。(後略)


このような問題は、テレビ番組制作サイドに限らず、現代社会の各方面でみられる傾向ではないかと思います。IT関係の「プロジェクト」などは特にそうかもしれません。


要するに「下調べリサーチ」に価値を認めていないのでしょう。それ故に、最若手にやらせておけば十分だという発想が出てくるのでしょう。しかし最若手という存在は、様々な雑用を押しつけられる存在です。あれもこれもやらなければならないので、時間もないでしょう。結局は、「下調べリサーチ」というのは、そのような「雑用」のひとつにすぎないと思われているということです。知的作業を「無駄」(とまでは言えなくても)だと判断しているのかもしれません。


このようなことを考えていた時に、NHKで放映されている「100分 de 名著」で視た場面を思い出しました。2021年2月のテーマは、フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面』でした。その第4回目(2021年2月22日放送)で聞き手の伊集院さんが、テレビ局のトイレで見た「ここで寝ないでください」という張り紙に関するエピソードを語ります。これは「下調べリサーチ」の問題とは違いますが、通ずるところがあるように思います。

2021-02-10

McCartneyやJackson

the japan times alphaの2021年2月5日号に掲載された井上千尋先生の「英語なるほどQ&A」には次のような事が書かれていました。

McCartnetyはアイルランド系の名字で、「~の息子」を意味するMac(のちにM'c、Mcと省略)とCartneyという姓が合わさったもので、(後略)


これを読んで、例えばジャクソン(Jackson)のように「son」がつく名字も、「~の息子」という意味があるのを思い出しました。この場合なら「ジャックの息子」となるようです。他にもスティーブンソン(Stevenson)とかアンダーソン(Anderson)とか、同じように「son」がつく名字があります。


そうなるとマッカートニー(McCartney)は、「アイルランド系」で「カートニーの息子」という意味なのでしょうか。似ているものとしてマクドナルド(McDonald)を思いつきますが、これも「ドナルドの息子」という意味なのでしょうか。


このような形式の名字は日本には無いのではないかと思います。親の名前を子が受け継ぐことはありますが、名字に使うのは聞いたことがありません。それでも「四郎次郎」のように、親の名前と子の名前を合体させるような例はありますが、やはり名前であって、名字にはなりません。


「Mc~」とか「~son」のような形式の名字は、全ての名前に適用できるものなのか不明ですが、実際のところどうなんでしょうか。例えば、Bill Gatesの子供が「親の威徳を継承したい」と考えて、McBillとかBillsonのような名字を創作しても、構わないものなのでしょうか。

2021-02-04

万年筆とコンバーター

数年前に万年筆「プラチナ#3776」を購入しました。一緒にコンバーターとインク「セーラー 13-1007-244」も買いました。普段ノートをとるときには万年筆を使うようにしていますが、それほど書く量が多い訳ではないので、ボトルにインクは半分くらい残っています。新しいインクを買うのは、数年後になるでしょう。


数か月ほど前から気になっているのは、コンバーターでインクを吸い上げる時に気泡が入ってしまい、全然インクが充填されないことです。インクの吸い上げ方が悪いのか、万年筆が故障してしまったのか、悩んでいました。


Webを検索すると同様の悩み事が見つかります。参考になる記事「コンバーターでのインクの吸い上げ」があり、次のような回答が記載されていました。

2. ペン先を上に向け、ペン芯にインクがじわっとあふれそうになるまでコンバーターのおしりを回す。


この手順を試してみたところ、ペン先の根元から気泡が出てくるのが確認できました。この様子をみて、ふと疑問に思ったのは、「万年筆のインクは、どこからコンバーターに入るのだろうか」という事です。


コンバーターで万年筆にインクを吸い上げ場合、ビクビクしないで万年筆をインクボトルの中まで軸を入れるようにとアドバイスされています。吸い込み口がインクの中にチャンと入るようにする必要があるのでしょう。もしかして、この万年筆の吸い込み口はペン先の根元にあるのでしょうか。


もし吸い込み口が根元にあるのなら、いま起きている問題は説明がつく気がします。まずボトルインクの残量が少なくなってきているため、根元がインクの中に入らなくなっているのではないかと思います。もしそうであるなら、今後はますますインクの残量が減ってくるので、何か対策を講じる必要がありそうです。


当面はボトルを傾けてインクを吸い上げようと思いますが、それで済まなくなる時が来るでしょう。ボトルにインクは残っているのに、コンバーターで吸い上げる事は出来ないという日がやってきそうです。

2021-02-03

find & xargs

Webを検索していたら「find mostly doesn't need xargs today on modern Unixes」という記事を見つけました。この記事の趣旨は「今どきのUNIXならfindxargsは必要ない」という事かと思いますが、むしろ初めてfindのオプション「-print0」とxargsのオプション「-0」の存在を知りました。


UNIXでは空白文字でコマンド行を区切りので、Microsoft Windowsでよくみられる「空白文字を含むファイル」を扱うと、意図しない結果に戸惑います。

furusawa@tpe530c> ls "Microsoft Windows like filename.txt"

Microsoft Windows like filename.txt

furusawa@tpe530c> find . -type f | xargs ls

ls: ./Microsoft: No such file or directory

ls: Windows: No such file or directory

ls: filename.txt: No such file or directory

ls: like: No such file or directory


このような状況が想定される場合、単純にfindxargsが使えないので、いろいろな回避策を駆使して対応していました。ところが上述したオプションを使えば、問題ないのです。

furusawa@tpe530c> find . -type f -print0 | xargs -0 ls

./Microsoft Windows like filename.txt


こんな方法があったのかと驚きです。FIND(1)にはオプション「-print0」の記載がある事には気付いていたのですが、何に使うのか不明なままでした。