2017/04/11

英語らしい表現の発想の根幹はどこにあるのだろう

The Japan Times STの2017年4月7日号におけるCENTER SPREADコーナーのタイトルは「Beyond spring cleaning: Tapestries get 16 years of grooming」でした。ニューヨークの教会が所蔵するタペストリーが長い年月をかけて修復完了し公開されているという話題です。STでは記事によっては日本語の註釈がついており、この記事の場合「火災の被害に遭ったタペストリーの修復完了、公開へ」というタイトルになっていました。

日英のタイトルを見比べてみれば一目瞭然ですが、いずれかを訳して他方ができているわけではありません。それぞれの言語の習慣に則り、つけられているタイトルだと思います。もし英語のタイトルを和訳しただけのような日本語タイトルだったなら、それでも日本語として理解できないことはないと思いますが、日本の新聞に一般的にみられるタイトルと違うという違和感を持つかもしれません。おそらく逆も同じことで、日本語のタイトルを英訳しただけのような英語タイトルになっていたら、それはそれで英語ネイティブにとっては違和感があるのでしょう。

英語としての文法に則るのであれば日本語からの直訳調であろうが何だろうが問題ないという意見があり、一理あると思います。しかしそこが目標となると、それ以上の進歩が望めなくなりそうなので、(たとえ辿り着けないとしても)ネイティブが書けるような英文に到達できることを目指しておきたいと考えています。

その為にはどうしたら良いのか。

模索中ではありますが、日本人が書いた英文ではなく、ネイティブが書いた英文を出来るだけ多く目を通していくことが最低限必要だろうと思います。

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