2018/04/29

Atsuta's new roadside station

Japan Times STの2018年4月27日号に掲載されているエッセイの執筆当番はDeborah Davidsonさんで、「Atsuta's new roadside station」というタイトルでした。北海道の石狩市に「あいろーど厚田」という道の駅が2018年4月27日にオープンするようで、それと絡めた内容です。

エッセイ本文には以下のような文がありました。
Like service areas and parking areas, roadside stations offer parking space, public toilet facilities and a place for weary drivers and passengers to buy food and drink.
ザックリと要約すると「道の駅には駐車スペースがある」ということですね。英語表現を活かすなら「道の駅は駐車スペースを提供する」となるでしょうか。

ここで和文英訳について考えてみたいと思います。日本人が日本語で考えて、言いたいことを英語に置き換えようとすると、碌な英文にならないと言われます。だから英借文せよと指導されます。上記したような「道の駅オープン」に関する話題であれば、日本語的思考で「道の駅には駐車スペースがある」という内容を翻訳して「There is parking space in roadside stations.」みたいな英文が出来上がるわけです。この英文が全然ダメということも無いかもしれませんが、拙い印象を受けます。できればエッセイのように「Roadside stations offer parking space.」のような英文を書いてみたいですね。

こなれた英文は一足飛びには書けないので、普段から地道な練習が大切です。そうではあっても、日本人的思考方法と英語圏的思考方法の違いというのも、あるのではないかと考えています。

NHKラジオ講座が4月から新年度に入りました。以前から聞いていた「ラジオ英会話」の講師が変わり、テキストも大きく変わりました。毎週金曜日は「今週のREVIEW」というコーナーがあり、「PRACTICAL CHALLENGE!」という課題に対して、「SIMPLE ANSWER」と「ADVANCED ANSWER」という2種類の模範解答が提示されます。後者は、英語圏的発想に基づいているような気がしています。

千里の道も一歩からという気持ちで頑張りたいと思います。

2018/04/15

日本人姓名の英語表記と欧米人姓名の日本語表記

日本人の姓名は、先に名字がきて、後に名前が続きます。例えば鈴木という名字で、名前が太郎なら、鈴木太郎となります。しかし英語では、先にFirst Nameがきて、後にFamily Nameが続くことになります。だからTaro Suzukiのように逆順にします。日本人の名前を英語だからと言って逆順にするのはおかしいとの主張もあるようですが、主流にはなっていません。中学生が英語を学び始めるときには、My name is Taro Suzuki.のように教わるのが(良くも悪くも)当たり前になっています。

一方で、欧米人の名前を考えてみましょう。例示するのは何でも構わないのですが、例えばMicrosoftの創業者であるビル・ゲイツを考えてみましょう。正確にはWilliam Henry "Bill" Gates IIIとなるようです。First NameがWilliamで、Family NameがGates、通称Billというところでしょうか。彼が日本語を話せる(片言ではなく)のか否か不明ですが、仮に話せるとしましょう。上述した「鈴木太郎」が英語では(英語の習慣に合わせて)「My name is Taro Suzuki.」と自己紹介するように、「Bill Gates」は日本語では(日本の習慣に合わせて)「私の名前はゲイツ・ビルです。」と語っても良いところですが、そうはなりません。

何故でしょう?

日本人の姓名を、英語では英語の習慣に合わせて逆順にしています。しかし欧米人の姓名を、日本語で語る時でも日本の習慣に合わせることはなく、元々の順番のまま変わりません。

日本人の姓名でも歴史上の人物だと逆順にせず、「徳川家康」なら「Tokugawa Ieyasu」となるようです。しかし現代人だと、著名人であっても、例えば「小泉純一郎」は「Junichiro Koizumi」のように逆順です。

このような状況は、今更変えられないのでしょうけど、スッキリしない気持ちもあります。

2018/04/05

The Japan Times ST 2018年3月30日号のLUANN

The Japan Times STには「LUANN」という漫画が掲載されています。主人公のルアンは、僕がSTを読むようになった頃はHigh Schoolの学生でしたが、今はCollegeに通うようになっています。この漫画に出てくるキャラクターは、それなりに成長しているようですが、現実の時間と同じスピードで成長している訳ではありません。日本でお馴染みのサザエさんは、もう半世紀以上も続いていますが、幼いタラちゃんが老紳士になったりはしていません。アメリカだってピーナッツ(スヌーピーとかチャーリーブラウンなどが出てくる作品)も、キャラクターが微妙に成長したとしても、成人することはなさそうです。

それはともかく、今回の作品では、次のような表現がありました。
AND I'M GIVING YOU MY CREDIT CARD SO YOU CAN SPEND THE DAY SHOPPING AT THE MALL.
これが和訳では、以下のようになっていました。
 それとね、ルアンには、モールで一日買い物できるように、僕のクレジットカードを渡すよ。
ストーリー自体はエイプリルフールに因んだものなので、細かい事実関係は問題ではありません。ここで気になったのは、英語と日本語の表現の仕方の違いです。

英語では「I'm giving you my credit card」→(だから)「you can spend the day sopping」となっています。これに対して日本語では「モールで一日買い物できる」→(ように)「僕のクレジットカードを渡す」となっています。

因果関係を考えると、「クレジットカードを渡す」のが原因で、「モールで買い物できる」のが結果です。英語は原因を先に述べ、その結果が後続しています。しかし日本語では、結果が先に来て、その後で原因が伝えられます。

これを普遍的に考察するのは大変で、深く研究しなければなりませんが、上述した例に日英の表現の違いを見る気がします。英語は言いたいことを先に言うし、日本語は後回しにするようです。

英語では主語の次に直ちに動詞が来ますし、否定形にする場合も、文の最初の方で判明するような構文になります。しかし日本語では動詞は文末にありますし、否定形にする場合でも文の最後の最後まで判断できない構造です。

日本人が英語を勉強しても、日本人的な発想の英文になってしまうと思います。発音がネイティブ並で、文法的にも誤りがないとしても、発想が日本人的だと英語としてはスッと入る表現にはならないのではないでしょうか。逆もそうで、外国人訛りのない発音で、てにをはの使い方にも問題がなくても、日本人的な発想とは違う日本語の文章は、理解する速さに違いが出るのではないかと思います。

国立西洋美術館の音声ガイド

今では多くの美術館の特別展(企画展と呼ぶのでしょうか?)では、入口付近で音声ガイドの利用を呼び掛けられています。しかし常設でも同じような対応をしているところは、それほど多いとは言えませんが、上野恩賜公園にある国立西洋美術館では音声ガイドが用意されています。「常設展(所蔵作品展)音声ガイド」と「建築音声ガイド」があり、どちらも300円です。

音声ガイドというと、美術館によって機種は異なりますが、使い方は似たようなものです。作品につけられた番号を機械に入力すると、その案内が聞こえるという仕組みです。国立西洋美術館の「常設展」用の音声ガイドは、同じでした。

ところが「建築」の音声ガイドは方式が違いました。ペンタッチ型になっています。音声ガイド機器と一緒に渡された「AUDIO GUIDE 国立西洋美術館 世界遺産建築音声ガイド」というA4サイズで二つ折りの紙(種も仕掛けもなさそうですが)をペン先でタッチすると(なぞるわけではありません)、音声が聞こえる仕掛けです。

ガイドは12種類あって、「1F 前庭・19世紀ホール」 に「1 近代建築の5つの要点」他5種類、「2F 展示室」に「7 バルコニー」他5種類です。

不思議なのは、なぜタッチするだけで指定された音声が再生されるのかということです。紙に仕掛けがあって(内部的にICタグが埋め込まれているとか)ではなさそうです。只の紙にしか見えません。
また紙に印刷されている文字列を読み取っているわけでもないと思います。ペン先をタッチするだけで、なぞっているわけではないからです。

試しに紙の端の方(案内とは全然関係なさそうな箇所) をタッチしてみたところ、案内は再生されませんでした。何か仕掛けがあって、タッチした場所と再生するガイドとの対応がつけられているようです。

どんな仕組みなんでしょうか。とても気になります。