2017/07/31

TVドラマはリアルさを追求したとしても本当にリアルな訳ではないハズ

NHKの大河ドラマは、戦国時代か幕末明治期を扱うことが殆どです。その時期の有名人は放送されてしまっているので、主人公を選んでドラマを組み立てるのが大変なんじゃないかと思います。特定の地域では有名な人物はたくさんいると思いますが、全国的な知名度が高くないと視聴率が落ちて「失敗作」とか評価されてしまうでしょう。

同時に、最近の大河ドラマは時代考証が綿密になってきているようです。歴史研究などの新しい知見を取り込んでいたり、当時の風習や言葉遣いなども出来る範囲で再現しようとしているようです。

例えば、斎藤道三の娘で織田信長に嫁いだ女性を、昔は「濃姫」としていましたが、最近は「帰蝶」と呼んでいたりします。名前が本当に帰蝶だったのか確かではないと思いますし、現代ドラマの家族関係のように親子や夫婦の間柄で帰蝶という名前が呼び合っていたのか、怪しいところです。

さらに言えばドラマでは当時の実名(いわゆる諱)を使って会話を繰り広げていますが、ここも純粋に当時の状況を再現しようとすれば怪しいところです。配下の武将が主君の名を呼びかける場合や、同盟している大名同士において、実名が使われる状況は無かったのではないかと思います。諱は忌み名であり、そう容易く口に出せるようなものではなかったはずです。しかしドラマで当時の会話を忠実に再現しすぎると、史学の専門家以外は視ていても何のことはサッパリ分からない会話になってしまって、「ドラマ的」に面白くないでしょう。

同じような状況はNHKの朝ドラにも言えると思います。今は「ひよっこ」が放送されています。この作品は従来と大きく違って、純粋な創作であり、実在するモデルがいません。しかし舞台設定は茨城県北部ということになっているので、茨城県北部を「思わせる」ような方言で会話しているようです。

ここで先程述べた大河ドラマと類似した状況が生じます。つまり、茨城県っぽい方言であっても、本当に茨城県北部で使われていた方言ではないだろうと思われることです。

どういう意味かというと、イントネーションとか方言らしい言葉を使うことで、茨城県「らしさ」を表現することができます。しかし方言というのはイントネーションだけではありません。使われている語彙なども重要です。方言に地域限定性が強いほど、使われている語彙は全国的に馴染みの薄いものになります。それが全国で放送されるドラマに現れれば、視聴者からすると「何を言っているの?」ということになってしまうのではないでしょうか。これではドラマ(娯楽作品)になりません。

そういわけで、大河ドラマにしろ朝ドラにしろ、純粋に歴史的であったり、純粋に地方色を表現したりしているわけではなく、視聴者かイメージできる範囲に抑えてあるのではないかと思います。

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