2017/04/08

名古屋のリニア・鉄道館に行ってきました

JR東海が名古屋に開館した「リニア・鉄道館」に行ってみました。

国鉄時代には、東京神田須田町の交通博物館とか大阪弁天町にある交通科学博物館などが有名でした。これらは所在地が偶々東京であったり大阪であったりしたというだけのことで、特に地域を限定して展示していたつもりはなかったはずです。

国鉄が分割されJRになると、管轄内にある博物館が地域色を帯びるようになっています。神田の交通博物館は大宮に移り鉄道博物館になりましたが、JR東日本のための博物館としての色が濃くなっています。大阪の交通科学博物館は京都にある梅小路蒸気機関車館と一体となり京都鉄道博物館に変わり、同様にJR西日本の意向が強く反映されるようになりました。

JR東海の管轄内には国鉄時代から存在する博物館がありませんでした。そこで新規に鉄道に関する博物館を開館し、JR東海が誇る技術を前面に押し出した展示をおこなっています。

設置主体が、全国一律を旨とする国鉄から、地域色を持つJR各社に変わることで、 (設置主体以外のJR各社の情報が全くないわけではありませんが)地元密着型の展示をおこなう傾向にあります。これは展示を見にくる観客からすれば、あまり知らない他所の地域の話をされるより、身近にある親しんでいる地域の話題と絡めて解説されているほうが、親近感がわくという事情があるのでしょう。

 このような事情により、リニア・鉄道館では東海道新幹線開発の話題に大きなスペースを割いています。

東海道新幹線が開業してから50年が過ぎ、戦前の弾丸列車構想は若干夢物語的であったとしても、戦後になって具体的計画がスタートしたのは60年ほど前のことです。日本の新幹線は世界中で有名となり、今に生きる我々からすれば、当時の日本には新幹線を開発するための技術が全て備わっていたと思いたいことでしょう。要するに、日本で新幹線が開発できたのは歴史的な必然であり、 出来るべきして出来たと思うことでしょう。全くの絵空事が現実のものとなったとは言いませんし、ある程度の実現可能性を見込んでいたからこそ、開発が始まったのでしょう。しかし「出来て当然」とか「坦々と事業を進めていくだけ」というほど簡単な話でもないと思います。

昨今の労働問題のひとつに「ブラック企業」問題があります。社員などを死に追いやったり、回復が難しい心理状況に追い詰めてしまう企業は「ブラック」と呼ぶしかありません。しかし困難なプロジェクトに関わろうとし、難問が山積するプロジェクトを推進していこうとする企業に対しても「ブラック企業」呼ばわりがされてしまうこともあります。とくに東海道新幹線開発のように、従来の技術からは大きく飛躍した成果を求めるプロジェクトでは、並大抵のことでは成功に至りません。それこそブラック企業と呼ばれることも覚悟するほどでないと、なかなか巨大プロジェクトは廻らないと思います。

ただの「ブラック企業」と、未来を見据えた結果として「ブラック企業」的になってしまう職場との違いは、どこにあると考えたらよいのでしょう。ブラック企業を無くすためには、どうしていけば良いのでしょう。

一朝一夕に答えが出るような簡単な問題ではないと思いますが、ひとつの考え方として余裕の欠乏を無くしていく必要があると思います。余裕というのは、スケジュールとしても、コストとしても、人員配置としても、無くてはならないものです。しかし昨今では余裕を失いつつあるのを感じます。 どれくらい余裕があれば良しとするかは総合的な判断ですが、その調子で人間に対しても余裕を削ることのみを考えるようになっていくと、行きつく先は「ブラック企業」ということになるでしょう。

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