2017/02/19

XML構造化をおこなうための「思想」はどこで学べるのか

O'REILLYの『入門XML 第2版』を読んでいます。技術的側面は何とでもなると思いますが、思想的側面を学ぶにはどうしたよいのだろうかと考えています。例えば、次のようなことです。

「3章 情報のモデル化」において「例3-1 小切手帳の文書例」から一部を抜粋します。
<支出 分類="消耗品">
  <金額> 10.58</金額> 
  <日付><年>2002</年><月>1</月><日>10</日></日付> 
  <支払い先> Exxon Saugus</支払い先> 
  <明細>ガソリン</明細>
</支出>
これは「XMLとはこういうもの」を示す例にすぎないので、この妥当性を議論するのはお門違いかと思いますが、ちょっと考えてみます。

「支出」というものの中に「金額」、「日付」、「支払い先」、「明細」があります。しかし「分類」は「支出」の一属性として扱われています。何故でしょう。「分類」も「金額」などと同じ副項目に落としてはいけないのでしょうか。また逆に「金額」などを「支出」の属性としてはいけないのでしょうか。

これは何かの方針に基づく決め事なのではないかと想像しています。その方針(または思想)に応じて決めれば良いのでしょう。何かが絶対的に正しく、何かがそうではないというわけではないのだと思います。

ひとつの類推として、RDBにおける正規化の理論が思いつきます。理論的に正規化すべきではあるけれど、実装などの都合で正規化をくずすことも無いわけではないようです。これはRDBの知識に欠けた担当者が、やみくもに実現するという情けない理由ではなく、それなりの判断の結果として、そういうこともあるということです。

XMLの文書化にも同様の理論的背景があるんじゃないと思っています。もっと抽象的に言えば、XMLという具体的な技術に拘らず、もっと一般的に情報をまとめ上げるときに、どうすべきなのかという指針と言ってもよいのです。

いろいろあるよ、一言では語れないよ、というなら勿論それでも良いのです。こういう大きな問題を一言で語るのは難しいでしょう。その「いろいろある」というのを、具体的に知りたいのです。大きな問題を細かく分割していくことで扱いやすくなっていくはずだからです。

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