2016/08/21

人力車は明治の日本の象徴ということなのか

The Japan Times On Sundayの2016年8月7日号の23面に100年前の記事として「'Rikisha' disappearing from Tokyo's streets」(Friday, Aug. 11, 1916)が掲載されていました。1916年というと大正5年ですが、その時には既に東京では人力車は少なくなっていたそうです。
With the introduction of electric railways and automobiles, the number of rikisha in Tokyo has greatly decreased, and with the decrease of its number the romantic feature of rikisha has entirely disappeared.
人力車というのは明治時代になってから登場し、江戸時代の駕籠を駆逐した文明開化の象徴のような乗り物でした。このような事は知っていても、人力車が何時頃まで使われていたのかというと、具体的なイメージが湧きません。例えば下村湖人の『次郎物語』(第4部、13 送りの日)には次のような記述があります。
朝倉先生は、もう、玄関に待たしてあった人力車にとびのって、駅の方へ急いでいたのであった。
これは昭和7年頃を描いている箇所ですが人力車がでてきます。もっともこれは小説ですから現実と混同するわけにはいきませんが、イメージ的には戦前であれば人力車が使われていても違和感はありません。ところが同時代史料である新聞記事では、大正初年になると東京では既に人力車が大幅に減少しているというのです。

人力車は明治に生まれ、明治にピークを越えて消えていった、明治の象徴ということなのでしょうか。

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